1 | 0 | 9 | 行政:徳島県阿波町〜市場町 | 標高:610m |
峠 | ■ | | | 1/25000地形図:西赤谷(徳島16号‐1) | 調査:1998年3月 |
■背景 Background 厳密には旧道ではないが,こういう場でないと紹介できないであろうし,紹介せねば誰も気付かないであろうと思われるため,こうして特別報告書として提出するもである.世の中には「109峠」という名前の峠が存在する. 日本には2万の峠があるという.その中には漢字はもちろんのこと,ひらがな,カタカナの峠,漢数字の峠さえある.しかし,「英数字の峠」というのはこの109峠を除いて恐らく他には存在しない.そういった意味でも希有な存在である.地形図には載っていず,あるいは通称とか略称のようなものと思われそうだがさにあらず.峠にはちゃんと「109峠」の碑があるのである. この109峠はOUCCの91年度春合宿において初めてその存在が確認された.昭文社発行のツーリングマップル・中国四国編(以下TML)では「7.7km ハード」とガイドが出ている道のピークがそれである.香川県と徳島県の県境付近,徳島県阿波町と市場町の境にあるが,北側は香川県白鳥町からの通しかないので実質的には県境越えの峠と言ってよい. 正式名称は町道引地長野線,自衛隊の施設大隊109部隊がこの道を開削したことを記念して109峠と命名されたものである.自衛隊の施設大隊がこうした道の開削を行う例は多いらしく,大分県の九十六位峠,兵庫県の若杉峠(わかすたわ)もそうした自衛隊建設の道である(特に後者は中部方面隊第101,105部隊の手によるものであるという)が,そのような中にあって開削者の名前を峠名とするセンス(しかも英数字のまま)がこの峠の独自性を高めている. ■調査 Experiment 報告者は98年の春に香川県側から登った.大川町から日下峠を越えて国道377号に乗り,大坂峠を越えて白鳥町長野へ. ここはTMLの国道通りに行くと余計に登らされてしまうので,あえて日開谷川を下って,大影小のあたりからの白道を行ったほうが楽であろう.特に長野〜払 川の区間にはTMLにない道があって,国道沿いに行くとあるいは迷うかも知れぬ. 国道と109峠への分岐は非常に小さく,TMLだけでは判別しにくい.分岐のそばにオガライトの加工場があり,これが目 印といえば目印であり鼻印である.ここからしばらくは舗装.山にさしかかったあたりには「番所」という名の集落がある.やはり番所があった所らしく,今は 普通の民家だが,門前には御番所跡であることを示す石碑があった.また,草むらの中にはひっそりと馬頭観音が立っている.
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『此の峠ハ善通寺駐屯一〇九施設大隊乃功を讃え一〇九峠と命名された 阿波町長割石易二郎』 南側は一部舗装であるが,北側に比べるとずいぶん荒れている.こっちから登ればかなり押しが入ることだろう.TMLのガイドはこちらの側のことを言っているに違いない.ちなみにヘアピンの部分にはちゃんと第3ヘアピン・第2ヘアピン・第1ヘアピンと看板が立っていたのが可笑しかった(正式な地名看板で).第3と第2のヘアピンの間に砥石場谷という谷があり,ここで水を入手すれば,報告者のように109碑の隣で野宿することもできる. 報告者が訪れたのは3月の半ば.県道3号のある谷は正確に南北に長く,そのせいかと思うのだが,沿道にある桜はすでにちらほら咲き始めていた.平地ではまだつぼみだったというのに.
■考察 Discussion 陸上自衛隊のウェブサイトによれば,109施設大隊はのちに他の部隊と編合されて第8施設群となった.阪神淡路大震災をはじめとする自然災害の復旧作業でも多いに活躍している.今日では海外派兵問題等々で忌避感を抱く向きもあるだろうが,この峠の存在が示すように,彼らの存在に感謝する人々がいることもまた事実だ.世の中というものはおしなべて一刀両断にいかないものである. ■参考文献 References
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