|行政:北海道大滝村〜千歳市標高:610m
|1/25000地形図:白老岳(札幌16号-2)調査:1999年8月


 『ほとんど人がはいっていないらしく荒れ放題である。しかしかつては車も通った道なので、崩れている所以外は趣を残している。峠には大きな看板も残っている。支笏湖と恵庭岳も奇麗に見える。しかし、世間から忘れられたこの峠は、着実に自然に還らんとしている。』[銀輪'93・P472:重田氏]

 この峠を語るには、以上の言葉だけで十分なのかも知れない。しかし、92年の時点ですでに自然に還りつつあったこの峠の最近の姿を、改めて報告してみるのも悪くはなかろう。何となれば、ここで紹介する姿が、ひょっとしたらこの峠道の最後の姿になるかも知れないからだ。それほどまでにcriticalな自然化が、この峠では進んでいる。

 美笛峠は───言うまでもなく───国道276号の要衝である。ピークの清滝トンネルを越えれば、見渡す限りの森と、独特な山容の恵庭岳(e-en-iwa:頭の尖った山) 、眼下に広がる支笏湖(si-kot:大きな沢)が待っている。北海道のスケールの大きさをかいま見れるスポットであり、北海道に来たライダー/サイクリストが多く訪れる場所である。が、その上部に残る美笛峠旧道に気付く者はほとんど皆無である。(pi-pu-i:小石原のある沢)


 大滝村の「道の駅276」を過ぎると、国道は陸橋を使って最短距離を走っていく。この陸橋の左手に旧道の破片がある。入り口のあたりは草が覆い、道の上を山水が流れ、もはやかつての国道を思うことはできない姿であるが、苔むしたコンクリートの護岸や金網、真新しい交通標識がぽつぽつと残っている。最終的には崖の上に出てしまうので、この道は引き返さなければならない。

 その後、旧道は峠のトンネルまで姿を現わさない。すぐ真上に青い空が見える清滝トンネルの右手に、それは現れて、いずこへともなく続く。この道も、国道だった頃の面影はすでにない。いかにも作業道といった風体の、赤土に石がごろごろ転がる地道である。トンネルのすぐ上に峰が見えているため、すぐに峠につきそうな感じもするが、実はここからが長いのだ。


 白老岳からこのあたりにかけての斜面は、なだらかな上に木が少ないため頗る展望が利く。そんな斜面をゆるゆると詰めていく道は、さっきの峰からどんどん離れていってしまう。加えて道もとってつけたような雑さをみせ始めるため、本当に峠につけるのかと不安にさいなまれるかも知れない。が、わずかずつのカーブを繰り返して、ちゃんとトンネル上部の峠へと続いている。最後に大きく右に曲がれば、美笛峠。

 峠はたいへん細長い切り通しで、支笏湖側に大きく落ち込んでいる。真直ぐ伸びる道の向こう、切り通しの緑の壁が焦点を結ぶ先に、風不死岳の独特な頭が覗いている。見事に計算された道である。峠にはそれ以外に何もない。看板もなければゴミもない。ただ風が吹き抜けるだけの、そんな峠である。

 切り通しを支笏側へ下れば、すぐに道は左へ折れる。ここから先は急斜面につけられた道がしばらく続くが、突然に草に覆われだす。大滝村側も荒れていたがこちらはそれ以上だ。


 報告者が訪れた1999年の夏は、7月の終わりに記録的な豪雨が北海道中を暴れ回った。そしてその「成果」の一つが目の前にあった。比較的新しい交通標識の脇を、大岩が2つ、塞いでいる。まるでそれは以前からそこにあったかのような存在感を有しているが、よく見れば土にまみれ、下敷きになった木も草もまだ青々としていた。自然が自然に戻ろうとする力は、こうして人の跡たる道さえも消そうとしているのだ。そして報告者は、冒頭の言葉を思い出したのであった。

 鉱山のある谷へ出てくるまでに、沢と化してえぐれかえった部分や、青々と葉を茂らせたミズナラを幾度も越えなければならない。急斜面の不安定な道の先は、しかし、しっかり締まった目の細かな砂利道である。あとは新道まで、この雰囲気を楽しみながら───あるいは考えながら───下ることができる。


 

 

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