旧峠


 もう一度西口を見ておこうと思って戻った時,峰が案外すぐそこにあることに気づいた.新隧道の右手の斜面がゆるやかな谷になっていて,上手が明るく光っている.杉の木立から洩れてくる光が,古い峠道を照らしているのにも気づいた.ちょっと,行ってみようか.

 

 取り付きは新道の擁壁によって失われている.斜面を無理矢理直登すれば,踏み分け程度の細い道.細く頼りなく,枯れ谷に沿って登っている.それを丹念になぞっていくと,その奥でくるっと回って,反対側の斜面の上に峠.

 かつての峠.津坂の隧道の旧峠を思い出す,小さな切り通しだ.正午の日差しの木漏れ日が強烈なコントラストで斑模様を描き出している.滝原やその川上の数集落の人だけが利用した,街道というほどの需要もなかったであろう峠.それがかえっていとおしくもあり,見知らぬ家の勝手口を覗くようなバツの悪さも感じたり.自分とは縁もゆかりもない道が残っている・・・事実はただそれだけなのだが,ぐっと来るのは,なぜだろう.

 滝原の側はよく日が当たるせいか少し薮気味だ.すぐに2手に分かれた.最初は右を取ってみたが,全然下らない上に,新道法面の金網で行き止まりになってしまった.引き返して左手へ.同じような細道だ.新トンネルの上を越え,民家の連なりを右手に見下ろしつつ,しばらく薮と戯れて.木々と金網の間のわずかな隙間を縫って下れば,意外なことにちょうど旧隧道西口の碑の所へ出てきた.そうか,だからあの碑はここにあったのか.

 こんな感じで,見知らぬ土地の見知らぬ道と戯れた記録.誰かにちやほやされるでもない小径こそ変わらず残ってほしいと思ったひと時だった.


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