nagajisの日不定記。
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東雲新聞明治21年3月17日 49号2面
●大阪紡績会社 同社は従来六十万円の資本金を以て設立し器械の錘数三万個汽缶の馬力五百五十個なりし処昨年中更に六十万円の資金を増加せしにつき従うて又之れが器械及び汽缶等をも増置することとなり汽缶は英国ボルトン府「ヒツク、ハアークリーブス」社に又機械は同国ヲルドハム府「フラツト」社に何れも三井組の手を経て注文せし趣にて来年三月までには悉皆到着する筈なりと云う又右器械及び汽缶等を据付ける家屋は同会社の東側へ新築する由にて目下地固め最中なるが該家屋の落成も大抵来年四五月頃の予定にして実地運用は同六月頃なる由尤も右予定の如く実地運用の上は器械の錘数六万個となり汽缶の馬力は千三百五十個に上り建物の敷地は二千六百七十六坪となり職工千三百人を要するに至り営業時間は一日平均二十四時間にして三千貫目の紡績を成し得る都合なりと
とあるけれども関西煉瓦がB.C.△H.J.を作り始めるのはそれ以降。
●関西煉瓦会社 同会社は従来府下豊島郡小曽根村に於て営業し居たる処同所近辺の土質よりは播州明石郡舞子浜の土質の方遥かに優等にして且つ運搬の便も宜しきを以て今度右舞子の浜に移転する事に決定せし由にて既に其筋へ願い出でたりと云う
9/8の記事も参照のこと。んで10月にウェイクフィールド氏が招かれる。ひょっとしたら間に合ったのかな。
●堺煉瓦会社 堺煉瓦会社にて目下の製造高は一日平均四万個のよしなるが昨年来追々需要の道開け従前のままにては到底其の供給に応ずる能わざるに至りしより此度新たに蒸気仕懸の製造機械を買入れ今四万個即ち都合八万個を一日に製造することに決定し高田商会の手を経て独国へ右機械を注文せしと云う因に記す現時府下の煉瓦製造所は凡て十五ケ所にして一ヶ月の製造高三百万個なるも関西需要口の日増しに殖える方なるが為め何れも其の事業拡張の手筈中なり
東雲新聞明治21年2月5日第15号2面。この記事が正しいのであれば関西地方で最初に整形機械を導入したのは堺煉瓦(旧)ということになる。テキストに起こした公告では擬洋風の新式窯導入とあった。これもホフマン窯的なものであれば通説の大阪窯業明治24年だったかより早い。ま「擬」っていう位だからホ窯でないかも知れぬ。21年12月の公告。
公告では「70万個以上を製造可能」とある。一日8万個を30日作ったら240万個なのでそれは作りすぎか。一日4万でも120万、月20日操業で80万。機械いらんのちゃうん。朝日新聞の明治21年5月の記事では岸和田が120万/月、他は40万/月ライン。つか堺煉瓦がねえぞ。