【標高】740m
【行政】鳥取県東伯郡三朝町〜岡山県苫田郡上斎原村
【経緯度】北緯:35°18′50″/東経:133°55′50″
【水系】天神川水系加谷川〜吉井川水系池河川(人形仙川)
【二万五千図】上斎原:NI-53-26-1-1 高梁1号-1
【五万図】奥津:NI-53-26-1 高梁1号 \ S50編
【ツーリングマップル】中国四国 P14 3-H
国道179号・482号。日本百名峠だが、選者はここではなくて、現在の人形峠から西へ数キロ離れた所にある旧峠を意識している。旧国道(いわゆる人形峠)には旧動燃(動力炉・核燃料開発事業団)の施設があり、暇つぶしが可能。最近はまた何やら問題が起こっているようだが、ほおっておこう。旧国道の人形峠に対するOUCCの走行記録は数多い。
人形峠の名の由来は複数あってはっきりしていない。峠にいた大きな蜂を退治するために人形を作って立てた(峠の解説の看板より)、とか、母子が峠で休んでいるうちに子供が人形に変わってしまっていた(「日本百名峠」だったっけ?)とか。ここももっと違う由来がありそうに思えて仕方がない。
ウラン鉱の発見された露頭は峠よりやや上斎原側に下りた道路脇。記念の碑もあるが全くそこなのかは不明である。人形峠というとまずウラン、日本でウランといえば人形峠を思い浮かべてしまう人も多いだろうが、1958年の段階でも日本で発見されていた含ウラン鉱鉱床は約30もある。そうしてその一つがここであるというに過ぎず、ただその濃度が商業的に利用可能な濃度であったというだけだ(ひょっとしたら山奥という立地のせいもあったか知らぬが)。含ウラン鉱鉱床の種類としてはペグマタイト鉱床、気成〜熱水成鉱床、高温熱水交代鉱床、熱水鉱床、堆積岩中鉱床、漂砂鉱床などがあり、人形峠のものはそのうちの堆積岩中鉱床(含ウラン砂礫層)である。大昔のこのあたりは花崗岩でできた盆地で、そこに礫岩が堆積し(いわゆる人形峠礫岩層)、一部に湖があったと考えられている。ここへ流れ込む川には花崗岩から浸出したウランが溶けており、流れ出る川がなかったことと還元性環境であることが重なって、湖の底に堆積したり、地下水となって礫岩層のすきまに浸透・晶出した。これがいわゆる人形峠のウラン鉱となっているわけだ。
■編集者のコメント
うちわ話になるが、旧動燃の施設前には何故かオオサンショウウオを飼育している水槽があって、ここに行った記録を見ると必ずこのオオサンショウウオに触れているのが面白い。オオサンショウウオの寿命は100年くらいだそうだから、銀輪にあるオオサンショウウオはみな同一サンショウウオなのかも知れない。そんな詰まらぬ事を考えて仕舞ったことだ。道としては平凡で、とりたてて書くこともない。(H8.7.:ながとみ)
■みなさんのコメント
■関連リンク
・上斉原村の公式ページに、前述した人形峠の伝説があり。この絵は峠にある解説の看板のものと一緒
・人形峠展示館紹介のページ
・旧動燃のページ
・国土地理院地形図閲覧システム:人形峠 旧人形峠はこのあたり
・国土地理院『うぉっ地図』:人形峠
・国土交通省空中写真:CCG-76-4-C2B-17, 18, 19, 20 / CCG-76-4-C3A-32, 33, 34