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治田峠 (はったとうげ)

【標高】770m
【行政】滋賀県神崎郡永源寺町〜三重県員弁郡北勢町
【経緯度】北緯:35°08′41″/東経:136°26′36″
【水系】淀川水系茨川〜員弁川水系青川
【二万五千図】竜ヶ岳:NI-53-8-10-1 名古屋10号-1
【五万図】御在所山:NI-53-8-10 名古屋10号 \ S56修
【ツーリングマップル】関西 P33 2-B

 永源寺町茨川から三重県側へ越える峠。茨川は永源寺町の中心部から遠いため三重との繋がりが深く、茨川林道が整備されるまではこの峠を経由して生活物資を入手していた。同じような位置関係で白瀬峠もあるが、こちらはほとんど使われなかった模様。

■編集者のコメント

 茨川の集落に入ってすぐ右へ、治山工事のために作られたとおぼしき道が200mほど伸びている。左手の谷は砂防ダムというか木防ダムというか、目の粗い格子状の堤に多数の木が引っかかったままだ。谷の斜面は角ばった小石混じりの土で、しかも急角度になっているためか、植えられた杉がことごとく倒れあるいは谷底へ落ちてしまうようである。嫌な予感が的中し、峠への道もこの倒木の下に埋まっていた。車道の終点地点から50〜100mほどは全く道が判らず、そのうえ名に違わず茨が多い。斜面に倒れた倒木とこの茨をかわすために谷の側面を上に行ったり下に行ったりするばかりでちっとも先に進めない。これがまたいらいらする。
 ようやくのことで倒木をクリアすると、その先に赤テープを発見。これに従って河原へ降りるが、すぐさま別のテープ(ピンク色)に導かれて斜面へ戻る。実はこのピンク色のテープは偽物で、ほとんど道とはいえないような斜面を引っ張り回された挙げ句、右から入ってくる沢でブッツリと切れてしまう。これはあとで気づいたのだが、赤テープで示された本当の道は基本的に川に沿って登っており、川から5mも離れることなく遡上していくのだった。そうとは知らずにこの斜面で1時間以上無駄な運動をしてしまう。
 どこをどう辿ったのか全然覚えていないが、やがて狭い谷のわずかな空間に作られた炭焼き窯跡に至る。これを過ぎれば、まあ普通の登山道と言っても差し支えない道になる。残りは峠直下まで一本の谷底道。最後に大きめの谷が右から入ってくるが、ここも迷うことはなさそうだ。左に進路を取れば正解である。
 問題はその先、谷底を離れて峠へ向かうつづら折れの入口が大変わかりづらいのである。それは谷の右岸にあるのだが、道が崩れかけていて単なる斜面にしか見えず、肝心の赤テープもしばらく現れてくれない。本当はここに峠方向を示す看板があるのだが、木の裏側に回っている上に裏返っていたりしていて全く役に立たぬ。しかもこの道形は地形図や山高のルートとは少しく異なっているように思えてならない。少なくとも地形図のような谷の左岸に上がるものではないのだ。ちなみに私はここで30分くらい迷いに迷った。もうだめだと思って引き返している時に上記の裏返った看板を偶然見つけたのだった。
 峠へのつづら折れは深く掘り込まれた塹壕状の道。今までの行程からは想像できない立派さである。細い尾根の一角たる峠には付近の山や青川への看板も。さほど峠らしいとは言えない峠だが、個人的にはここまでの行程の大変さもあって印象深い峠である。
 ちょっと休んで青川へと下る。こちら側も塹壕状の道に落ち葉が詰まった雰囲気のよい道。落ち葉の下にこぶし大の岩がごろごろしてなかったらもっと良かっただろう。この岩のおかげでタイヤがかんかん跳ねてしまい、うまく下ることができなかった。尾根をつづらで降りる所などは特に道の彫り込みが深く、雪が降ったらボブスレーができるんじゃないかしらんと思う。きっと付近の山への登山道としてよく利用されるのであろう。そうそう、この尾根筋には中尾地蔵というお地蔵様の祠あり。
 つづらのスパンが長くなって、1、2度大きく弧を描いたと思ったら日の当たる大きな草原に出る。あとは乗っていけるかなあと思ったが、これはさすがに甘かった。草に埋もれた道は草の下で上下左右にのたうっており、気をつけないと歩いていても危ない。左手に大きな谷の斜面を見ながら、林に入ったり沢を渡ったりしつつ、押し担ぎはどこまでも続く。
 ここに来るまで、この峠道はただの生活道かせいぜい近江商人の交易の道程度のものだろうと思っていたのだが、下りの途中で朱塗りも鮮やかな鳥居と小さな祠のある日之岡稲荷なるものを発見する。その解説看板によれば江戸時代にはここ一帯が鉱山であったらしく、かなりの賑わいであったそうだ。そう言われてみればさっきの草原やここら一帯の森の中など、建物があってもおかしくない広さと平さがある。途中には小さいながら隧道もあったりして、意外なもの続出なのだ。あとは車道まで、広い河原をとぼとぼと渡ったり滝のそばの岩崖を鎖渡しでへつったりで少々大変。(2002.6.:ながとみ)

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■関連リンク

・国土地理院地形図閲覧システム:治田峠      
・国土地理院『うぉっ地図』:治田峠
・国土交通省空中写真:CKK-75-10-C18-11, 12, 13, 14 / CKK-75-10-C19-11, 12, 13, 14 / CCB-82-5-C18-12, 13


治田峠・茨川側
 西側の峠道。谷の側面を行く箇所。(な)

治田峠・茨川側
 西側の峠道その2。谷底から峠直下の斜面へ入る付近。(な)

分岐の看板
 分岐の看板はこのように下り方向でないと気づかないようなところにある。(な)

治田峠
 峰の一地点といった体の治田峠。写真左手が茨川から登ってきた道。(な)

治田峠道・三重側
 青川へ下る。尾根筋のつづらはこんな感じの巾広彫り込み道。(な)

治田峠道・三重側
 治田鉱山跡を過ぎる道には20mほどのトンネルもあり。(な)


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