万世大路(福島側・その1)

■調査 Experiment

 万世大路旧道の福島側入口は東栗子トンネルの東口すぐの所から始まる。その万世大路旧道を訪ねる前に、ちょっと足を伸ばして「栗子隧道碑」を見に行こう。東西の栗子トンネルの間に位置する国土交通省福島工事事務所・栗子国道出張所の一角にそれはある。明治十五年に内務省が作成した、高さ3m近い立派な碑で、隧道建設のいきさつがその表裏にびっしりと彫られている。見事な隷書でたいへん読みやすいのだが、いかんせんボリュームがありすぎる上、TRONコードを駆使せねば表現不可能な旧漢字が使われている。開通前後のハイライトだけ抜粋してみよう。




「・・・明治九年十二月&T232d60;工先&T23695a;一隧於苅安村長三十五間二月而成而栗子之&T23743b;則全山皆磐石開&T23695a;&T217a29;難且入地漸深空氣不通県令乃購穿坑機噐於米國一器之功敵坑夫二十人引空氣轉噐畢則空氣散坑中初穿隧道自西方至是轉東方而用機噐於西方自是二方競進然一日&T222169;穿猶不過數寸積二&T22907a;&T23962f;&T23743b;中互聞鏨&T23695a;之響衆始知相距近得氣而進縣令親&T217b2d;&T226abc;工夜半忽有大呼者曰&T212e4f;&T22353a;一坑夫疾赱来報也皆匍匐注視則西鏨與東&T23695a;相交衆&T268329;躍不己聲深&T23743b;中實十三年十月十九日也・・・」
(明治9年12月、まず苅安村に延長35間(約20m)の隧道を穿ち、翌年2月に完成。栗子隧道は山全体が強固な岩で掘削は困難を極めた。しかも深く掘るほど空気が滞って支障を来した。県令が購入した米国製の空気圧式穿坑機は坑夫20人力に匹敵し、しかも坑内の空気を散じる効果があった。西口からは人力で、東口からこの器械で掘り進めたが、それでも一日数寸しか進まず。二年の歳月が過ぎたころ隧道のなかで互いの鑿音が聞こえるようになる。開通間近であることが知れ、県令も詰めて工夫を叱咤激励した。夜半に大声をあげて一工夫が知らせに来た。みな這いつくばって見れば西の鏨と東のつるはしが互いに交わっている。みな踊りあがって喜びその声が隧道内にやむことがなかった。実に明治13年10月19日のことであった。)


 さて、いよいよ旧道へ。先にも述べたように旧道は新トンネル口から入るようになっている。以前はもう少し下方のパーキング付近から登っていくものであったようだが、このパーキングの建設によって道が失われてしまったようだ。とってつけたことが一目瞭然の狭くきつく荒れた道を登れば、5〜6回ほどカーブしたところでふっと緩くなる。そこからが真の万世大路だ。轍は1本しか見えないが、道幅そのものは優に2車線分あり、石組みの護岸法面が所どころ残っていたりもする。苔蒸し、草に埋もれた姿ながら、人を唸らせるその風格は現役の道にも劣らない。この周囲にしては珍しく緩やかな斜面をうまく処理し、無理のない大きなつづらを何度も折って二ツ小屋隧道へ。


 二ツ小屋隧道南口。写真で見た時の印象よりも大きく、城塞を思わせるピラスター(付け柱)ともあいまって大変迫力のある隧道である。隧道の内部は2車線のコンクリート敷きで、さすがにあちこちで崩落を起こしていた。隧道の南口右手には明治天皇御駐輦の碑がある。これは開通式の際に明治天皇が休憩された場所を示すもので、同じものが滝上にもある。万世大路公園の看板によれば、山形側にも川越石、滝ノ沢、栗子に作られたそうである。



 明治期の工事で山形県が栗子隧道掘削に全力を尽くす一方、福島県はこの二ツ小屋隧道と前後の峠道の施工に当たった。全長377mの隧道工事は、栗子隧道ほどではなかったにせよなかなかの難工事であったらしい。南口からわずか数十m掘り進んだところで破砕帯に遭遇し、落盤を止めることができなくなってしまった。慌てて係官を大阪鉄道局に派遣し、土石留方法を習得させ、それでようやく工事を再開することができたという。昭和初期に行われたトンネル拡幅工事の際にも、やはり同じ破砕帯に悩まされている。この箇所の石組みを取り外すとたちまち土砂崩れが起き、応急処置を施すまでに実に140mもの土砂が崩落したと記録にある。



 道はここからいったん谷底まで下り、橋で渡って対岸を登る。先に道のりを説明してしまうと、さらに一つピークを越えて、また谷を渡って、もう一つ別の枝谷を渡り、ようやく栗子隧道に至るという、大変複雑な道筋となっている。2002年の時点では、一つ目の橋(鳥川橋)を越えた先で沢からの土砂が道を覆っていたが、自転車ならばさほど問題なく通ることができた。ピークを越えて次の谷底に至る直前まで車線幅は続いている。見渡す限りの視界に―――道以外の―――人工物が一切ない、そんな果てしない森の中を静かに進む。


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