■調査 Experiment
山の入り際には小さな墓地.文久や慶応といった江戸時代中後期の銘のある墓標が並んでいる.この墓標は道に沿ったスペースに整然と並んでおり,以前からこの場所にあったもののようだ.この墓標の存在がかえって道の古さも証明してくれる.
こちら側の峠道は,杉桧の常緑樹に終始し,赤茶けた世界をぐんぐんと登って行く.勾配はきついものの,山道に慣れた軽トラックのおっちゃんなら苦もなく登っていけそうな道幅であり,事実そうして上まで車の入っていた痕跡がある.4度ほど折り返しながら最上段と思しきトラバースへ.長いそれを抜ければ,道は左に折れて,その先に千原峠の隧道が現れる.
![]() トンネルの長さはおおよそ六尋.報告者がいつも撮る「トンネルから見た外の景色」もどこか味気ない.反対側も10mほど掘割りが続いて,その先で3手に道が分かれている.トンネルを背にして右が新設林道.正面が千原に向かうものだがこれも新たな林道が作られており通りやすい.左すれば末集落へ向かう.
隧道の遠阪側には,台座に「小会村 久右エ門」とだけ彫られた石仏.法界定印を結ぶ胎蔵界大日如来かと思われるが,無髪なため定かではない.反対側,末集落へ向かう道の袖には2体の地蔵菩薩あり.一体は蓮の蕾らしきものを持っており,摩耗が激しく結構な年代物である.背光が道標になっているがよく読めず(島田氏のページに解説がある).もう一体は普通のお地蔵様で,こちらは比較的新しめのつるつるとしたものだ.左すへ,右ちはらと読める.恐らく以前は道を挟んだ反対側にあったのだろう.
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