軽岡峠(三尾河側-2)


 初っ端のこの藪はかなり深い.ちょうど背丈くらいの高さの若木が,互いにかまらりあうようにして育っている.踏みつけ,引き裂き,かいくぐって進まねばならず,遅々として進まない.ナタか何か,何がしかの武器が必要である.

 50〜100mほどの荒れ地を抜けると,今度は径3cmほどに育ったブナその他の照葉樹群が行く手を斜めに遮る.道幅いっぱいに傾いでいるそれは見た目以上に凶悪だ.人間はその下をくぐったつもりでも,高く担げた自転車のリアタイアが引っかかる.それがしかも,屈んだり傾いだりした姿勢に来るものだから,それを後向きに「ひっぺがす」ような力が加わって,背骨と背筋腹筋がぎしぎし言う.自転車をぶつけずにクリアしようとするなら担いだまま海老反りにならなければならず,気分はもうマトリクス状態.いずれにせよ腰を痛めそうだ.ざくざく伐って進むこともできるが,こんな悪条件の地でこんな姿になりながらも生きようとしている彼らに敬意を感じて,報告者はあまり伐ることができない.

 ブナの若木群を抜けると,周囲の森が深くなって,道も当時の面影を取り戻してくる.路面には薄い熊笹が茂り,押して行けるほどにまでなる.が,今回悟ったのは,こんな所でも押すより担いだほうが体力を消耗しないということだ.木の枝や土くれ,岩などがいくらでも隠れていて,無理に押し進むとそこへ引っかけてパルス的な運動を繰り返す事になる.それが後々になってボディーブローのように効いて来るようだ.この峠は,丸々4kmを担ぎ続ける気力と体力が無ければ突破できない.

 

 熊笹道は,道のこの段が大きく曲って北向きに進み始めるあたり,すなわち2002年に報告者がエスケープした谷に面するまで続く.この谷に入り始めたあたりから,再び荒れ地の様相を呈してくる.どうやらこの谷の斜面一帯が崩壊しやすい地形・地質になっているようで,ルートのあちこちで道幅が消失している.上から崩れて来て藪の斜面になっているものもあれば,道がちょうど半分,平行なまま滑り落ちて,まるで2本の登山道が平行しているかのような箇所もある.地図で見てもこの斜面の傾斜が最もきつく,かつ全般的だ.土砂が崩れた上に森の新米が芽吹いてきて,傷口を覆って行く.いかにも自然的なエントロピー増大の現場だが,人間にとってはそこだけが無秩序のChaosとなって厭わしい.勝手なものだ,と人事のように思う.

 森が薄くなって,一際厳しいブッシュを抜ければ,目の前に広場─とはいっても当然樹木が茂っている訳で,踊ったり祭ができたりするようなものでは決してない─が現れる.森深い山中にぽっかりと空いた12畳くらいの空間.平坦な場所に奥から幾筋かの小さな流れが入ってきて,一帯にミニ河原を成している.ここが2年前に道をロストした場所だ.報告者は反対側の六厩から登り,ここまで来て道を見失い,谷を直下してエスケープした.道だと思って入り込みロストした所は,確かに道のような恰好をしているが,広場の一角でしかない.どうやらカーブを曲るための退避場だったようだ.

 振り返ってみれば自分の来た道が藪にしか見えない.またここからヘアピンカーブして登って行く道も潅木と雑草に覆われて道のようには思われない.ヘアピンの道形が非常に鋭くて,2つの道(というより道の上に開いた空間)がひとつながりに見えることも,道をロストした原因だったろう.しかしあの時,道を見つけていた所で,さらに激しい藪漕ぎが待ち受けていたことになる訳だが.AM10:30.


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