明治隧道@大阪府の一環で調査した物件.箕面の滝の脇なる隧道が実は明治隧道だったという.投書は素堀りだったが箕面公園の整備に合わせて坑門工が作られ「大日嶽隧道」と命名され,それが今日の歩道隧道になった.両者の間に「奥箕面隧道」と呼ばれていた時期があり,そう書かれた扁額つきの旧ポータルが現在のボックスカルバートの上に残っているが,いつの出来事であるかは明らかにできなかった.それよりも壁裏に旧式標識が残っているのを発見したことのほうが衝撃. EOP; include("./template.php") ?>