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屏風乗越(仮称)


 信州である。何故にと問われれば答えに窮するが信州である。正面奥と右手には鋭く尖った山のつらなり。特に右手の山は屏風を巡らしたかのように丸く弧を描いて聳えている。その山が急角度に落ち込むふもとには、対照的になだらかな丘陵が広がっている。地形だけを見れば瑞西かどこかの牧草地帯と言えなくもないのだが、最も大きな差異はそこに広がる和風の住宅。軒が触れあうかのように行儀よくまたびっしりと並んだ姿はまさしく日本の光景である。その家屋のつらなりとそびえる山との対比がおもしろく、野宿の予定を変更して、今日はここの山手にある宿へ泊まることにする。そして明日は、この屏風のような山を縦走して巡ってみようという気になったのだ。

  翌日、空身になって山をめざす。登って気づいたのだが、さすがにこの立地だけあって、かなりメジャーな山であるらしい。ほぼ垂直に切り立った主峰の側面には、何人ものクライマーがはりついているのが見える。中にはもう日が昇って久しいというのにビバークテントがぶらさがっていたりする。いかにも邪魔そうなところにぶら下がっているテント。早よ起きろや、などと聞こえぬ文句を言ってみたりする。

  やがて肩に到着。本格的な岩場登りはここからだ・・・と思いきや、そこはかなりの広さの広場になっていた。そして蟻のようなひとだかり。何なんだこの行列は。みな山へ登るのか。それにしてもどっから湧いてきたんだろうと思うばかりの人の海である。ハスキー犬やゴールデンレドリバーを連れた団体客などもいて何だか訳がわからない。嫌になって、正面からではなく、裏手に回って登ろうと思う。
 なかなか絶えない登山客の行列を強引に渡って、裏口へと回る。が、裏からもやはり登山客が大勢登っているのが見える。その姿を見上げながら、裏手へ裏手へと歩いていく。

  といううちに、いつのまにか自分は住宅地へ降りてきてしまっていた。あれ、道を間違えたか。そういえばこのへんの地図なんて持っていないぞ。宿へはいったいどう帰ればいいんだろう。さっきまでの光景とは全く違う、寂れた町の交差点でひとしきり困惑する自分。
 しかたない、誰かに聞いてみよう。そう思って、正面に見える坂道を降りていく。両脇は道路ぎりぎりまで家が迫り、その多くは商店か何かが廃業して民家に衣替えしたような、ガラス戸の平屋建てである。坂道の突き当たりにはやはり同じような建物。丁字路である。その下りつきには勾配看板。こんな感じである。
  

 何故に小数点5けたなのだ。どこにそういう精度が求められるのか。こいつはおもしろい、と思ってデジカメのレンズを向ける。が、のぞきこんだファインダーには「No Card」の表示が。ちぇ、メディアだけ宿に置き忘れてきたか。どこまでもついてないや。

 看板のある家は営業中の商店であった。木造平屋建ての寂れた商店だが角に煙草売りの窓口があったりして田舎情緒をそそる。そうだ、この看板のことや宿への帰り方をここで聞こう。そう思っているうちに中から女の人が出てくる。和服である。よく見ればそれは藤山直美。話しかけるが早いか機関銃のようにしゃべり出す藤山直美。何なんだ。そうこうしているうちに商店の中へ引き込まれてしまう。
 中には母親らしき人物。娘(藤山直美)と会話していううちに、なぜか激昂しだす娘。やにわに懐から小刀を取り出し、首に当てて「死んじゃるけん」とか何とかわめき出す。しかもそれは守り刀のような胴巻きや飾り彫りのある奇妙な小刀だ。よく見てみると、娘が着ている服は黄色地に赤青緑で模様を染め抜いた琉球舞踊の紅染小紋になっている。何なんだ。俺はどうなるんだ。だがその本人が藤山直美であるせいか、その場面はまるでドラマか何かの一場面のように思えてしまう。もっと上手く演技しろよなーとかなんとか思っているうちに、うやむやのままその場は収まってしまう。
 そう、宿に帰らなければ。宿への道を尋ねると、娘(藤山直美)が案内してくれることになった。後について店を出る。看板のことはあきらめよう。

 道の両に格子戸の家が並ぶレトロな雰囲気の通りを、無言のまま歩いていく娘(藤山直美)。その後ろをついていく自分。あれ、こんなところがあったんだ。惜しいなあ、メディアがないんだよなあ。その格子戸の一つに、娘(藤山直美)はつい、と入ってしまう。地図でも見せてくれるんだろうかと思いつつ後を追えば、何のことはない、その格子戸の裏に立って表を覗いている。つまりこういうことだ。

 馬鹿にするな、と言いたいところだがぐっと我慢。「あっち」という先には、確かに昨日見た○○医院の建物が見える。特徴的な緑色の外装の鉄筋コンクリート3階建て。見迷うはずもない。ようやくこれで宿に帰れるぞ。  


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