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北朝鮮→大河原峠修学旅行(仮称)


 舞台は朝鮮半島らしい。夜中、建物の中で馬鹿騒ぎをしている。隅鉋があって助かったり戸袋に住む鯛を釣ったりというイベントがあった記憶があるが定かではない。ともかく、階下に降りたところで建物の営業準備が始まってしまい、「何を踊って居るのか、しかもまだ開館前なのに」と難詰する従業員に対し「イヤ泊まり掛けなんスよ」などと弁明にもならぬ弁明をしている自分からこの長い物語は始まる。

 喚きちらしながら売場の角を曲がると喫茶店。さすがに腹が減ったな、と数人いた仲間とともに立ち寄る。何か有名なシェフがやっているらしい。頼んだのはキーマカレー中辛。960円と高価な割にはあまり旨くなく、売場廊下に面したレジ兼食器返却場に皿を持っていったついでにレジの人間をからかってやろうと思う。すると、そのレジにいたのはかつてバイトで一緒だったK氏であった。「お持ち帰りでこおてるりゃんなあほう」などと言ってみる。冷蔵庫を探すがもちろんそんなものはない。出てきたのは草餅桜餅らしい餅ばかりであった。あはは、ざまあみろ。

 その場を出てさらに階下に向かう。と、ここでこの建物が大きなフェリーであることを発見する。フェリーにありがちな雑居寝の二等客室の間を抜ける長い廊下。右手には観音開きのドアがあり、その向うは港町を見下ろす眺め。そうだ。今おれはフェリーに乗って北朝鮮へ向かっているのだ。突如としてそう認識する。なぜに北朝鮮なのかわからないが、その二等客室のすさまじい汚れ具合いなんてまさにそれではないか(と無茶苦茶な理論で考える)。痩せこけ襤褸を纏った大勢の人間が、その二等客室からこちらを見ている。塵や汚物の散らかる廊下や煤けた天井にはびっしりと黄土色の黴が生えているばかりでなく、その暗がりから鼠の目が黄色く光ってさえいる。うわ、と思って身を起こすと、寄り掛かっていた消火栓にも黴が生えていたらしく、ジャケットが黄色く粉を吹いたようになってしまう。

 見てはいけないものを見てしまったなという思いと、船首方向にある自分達の部屋へ戻るため、ちょうどそこにかかっていたタラップを降りてしまう(別のところにもタラップがかかっているものだと思っていたため)。が、降りたとたんに船が出航してしまい、私を含む数十名が置き去りにされてしまった。ゆっくりと遠離っていく大きなフェリーの姿を、我々は見送ることしかできない。

 このへんから修学旅行中であることが認識され始める。明日には日本に帰って、そして大河原峠に登る予定になっているはずだ(もちろん、修学旅行で、しかも自転車で)。服の学生服を着た連中もいて、慌てて船を追い掛けはじめる。どうにかして連絡を取らないと、と思う一方、船は細長い運河のような港を上流側へ向かっていっており、ゆくゆくはこの奥の港へ停泊するはずだと気付く。この運河状港に沿っていけば船に戻れるはずだ。周囲の状況からすれば、せいぜい数時間も歩けば奥の港に着くはず。そういって、周りの2〜3人と駈け出す。

 しかし、港だけあって倉庫で塞がれていたり貨物用の線路があったりし、きれいに水に沿っていくことはできなかった。なるべく離れないよう裏道をたどっていくが、しまいに県営住宅のような古いアパートの敷地に入ってしまった。北朝鮮の子供が遊ぶコンクリート打ちっぱなしの廊下を抜け、三の字型に並んだアパートを通り抜ける。異国の地だけに不安は増すばかりだ。そうして最後の一棟を抜けると、そこだけがアパートの上のほうの階であり、港を一望する眺めがあった。

  状況を確認すべく、廊下を右手に折れて端へ向かう。ちょうどそこから港を見渡すことができた。ここを下りさえすれば港へつける。そう思った矢先、その廊下の突き当たりの向うにある扉から女の人が出てきた。片言の日本語で喚いている。勝手に侵入してきたことを非難しているらしい。そりゃすまんとは思うが、その前に、何でそんな不自然な作りのドアなんだ?あんた落ちそうで見てられないよ。と思いながらもかくかくしかじかと状況を説明する。解って貰えたらしい。しかも、船に連絡をとれるようにと携帯電話を呉れた(自分の持っていた家庭用電話機の子機と交換してくれたのだ)。とても大きくて雑な作りだが、あまりの有難さに涙を流しながら「いつか必ず返しに来ます」などと言ってしまう。大丈夫なんだろうか。またここに来る事があるのか。

 そのくせその電話を使おうという気持ちはちっとも起こらず(だいたいフェリー内にどうやって電話をかければいいのだ? 電話番号なんて知らないぞ)、どんどん状況を絶望視し出す。仲間の一人はあまりに絶望したためか、この高さから地上に飛び下りてしまう。一人減った。落ち着いて階段を探し、一階に降りると、あと一歩という所で扉に貼られた絵の化け物に捕まってしまう。必至で振り解き逃げようとするが、後ろから叫び声。さっきの扉に一人ひきずり込まれたらしい。戻ったところでその一人が扉からまろび出てくる。その部屋の住民と思しき人物も顔を出す。「あっ、○○やっ!」と仲間の一人。「○○?」「伝説のイラストレーターと呼ばれたあいつだ。以前は日本にいたが行方をくらまし、今や奴の絵はすべてプレミアものだ。こんなところに隠れ住んでいたか・・・」「それどころじゃないだろ!」 壁に貼られた未発表ポスターを欲しそうに眺めている仲間をひきずって逃げる。

 ようやく港に出ることができた。日が落ちて夜になってしまったが、建物や船の明かりが煌々と輝いているので辺りは明るい。ちゃちな作りの船腹を青く塗ったフェリーが横付けされているが、これではなさそうだ。記憶のフェリーは黒い船腹に白の客室、もっとどっしりとした大きなものだったはず。さまよわせた視線を川上に向けると、遠くに見える港のどん詰まりに、向う向きに泊まった大きなフェリーのシルエット。あれに違いない。


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