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新船越(仮称)


月夜である。月光であたりがはっきりと判別できるほどの明るい月夜である。泊地にしている場所に自転車を置いて、明日登るつもりの峠へ徒歩で下見に行く。目の前の岡を越えれば向こうは海。北を向いている、という意識がある。戸倉峠という意識がかすめるがもちろん現実の戸倉峠とは似ても似つかぬシチュエーションである。

新道のトンネルのわきを緩く登っていく道。その途中、新道からすぐ上に目的地がある。現在は使われていないが、「海側から船を運んだ」ケーブルカーの如き舟引き場である。そう、ここは船が越す峠。いったん峰近くまで引き上げておいて、隧道を通し、向こう側へ下ろすのである。道からは大昔にはそこを越えたであろうはずの峰がすぐそこに見え、もしこのケーブル線路わきを通れなかったら、この格子状のコンクリ護岸を登って向こう側へ行ってもいいなと思う。とりあえず中に入ってみる。

ケーブル線路のわきには作業用と思われる階段。中に入ると大きな建物の一部のようにも思える。海のそば、というイメージが強いせいであろうか、雑多なモノがごちゃごちゃと散乱していて雑然としている(現実世界の自分にとっての漁村はそんな印象がある)。但し通れないというほどではない。30度から40度はあろうかという急勾配に伸びるレール。付属する建物がキの字型に交差しているようだがはっきりとはしない。ともかく最上部では何かの建物の屋上近くといった感じがする(よくありがちな、階段部分だけが屋上に飛び出している構造を想像していただきたい)。高かった天井も頭をつかえそうなほどに低くなっていて、こんなところだとあとで自転車を持ってきたときに苦労するなあと思う。夜+廃屋というシチュエーションから、いらぬ「想像」をして怖くなったりもする。

(図にあるトンネルはこのような位置にあったかどうか定かではない。ただ階段の最上部に至ったときに、背後やや下方に牽引機械の巻き取り機があって、これが動いたらさぞかし騒々しいだろうとはっきりと「考えて」おり、構造的にはそれより下に向こう側への通路がなければならぬ。詳細な機構や構造は別として)

しばらく使われていないため、埃が積もりガラクタが散乱している階段最上部の踊り場。踊り場というよりも幅30cmにも満たない通路である。そこに身を潜めるようにして一休みする。正面に窓がある。向こうも暗いが鉄の柵がかすかに見え、建物の屋上のようでもある。屋上に出たら下には降りられないだろうから行っても意味がないのだが(事実自分はケーブル路線をたどる心算をしていた)、外の景色を見ようという気分になり、何かに怯えるように:恐らく床が抜けたりしないだろうかという恐れでドキドキしながら、窓を開けて向こうへ出てみる。


意外なことに、そこは屋上ではなく、吹き抜けになった階段の踊り場であった。コンクリート打ちっぱなしの、狭く縦に長い建物の内壁にそって、階段が上下へ続いている。壁には何もはめられていない窓が開いていて、そこから月の光がさしこんでいるようだ。階段を下りながら窓の外を見ると、木の生えた山肌が、急角度で海に落ち込んでいる姿が見える。その向こうには水平線と輝く満月。海は凪いでいる。月の光がきらきらと反射して帯をなしている光景が覗いている。この建物のすぐ下まで海のようだ。その斜面は手の届きそうなすぐそばにあり、木の1本1本が見えるかのようであったが、それと海との接点、波打ち際はこの窓越しには見えない。よほど山が海の間近までせまっており、かつ海側で切り立っていることを知る。なるほど、こんな地形だから船を越しているのかなどと納得してみたりもする。(※海が荒れたときに船をおく場所がなく山向こうへ送る、ということなのだろう)

別の窓からはもうすぐそこに埠頭が見える。埠頭から10mも離れていない海上には、船とも防波堤とも見える鉄製の建造物。確かに海のすぐそばなのだと思う。

下りついたところは何やら工場(こうば、のうほうが妥当)らしきところであった。廃業したのであろうか、2階分ぶち抜きの工場内にはほとんど何もなくがらんとしている。やはり造船関係なのであろうか。なにもない、という認識だけで何かあったのかも知れないが正確なことは覚えていない。工場の入り口は、これが工場だと思った所以であろうが、広く高く開け放たれていて、外の光景がよく見えている。やや広めで左手に奥行きのある犬走りの向こうには(実際にはそこまで見えていないはずだが;海のそばという連想からか)いかにも漁村といった感じの街並み。工場は使われていないくせに、その外には稼働中の自販機があり、それを目ざとく見つけてさっそくコーヒーを買う。

外はやはり満月が煌々と照らす月夜である。


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