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夢の木坂(仮称)


 気が付くと私は穴にはまっていた。

 穴というべきではないかも知れぬ。山中に開けた広場の端、そこは崖になっていて、恐らく雨水がそこから流れ出るためであろう、幅50cmほどの半円形に、深く垂直にえぐれている。そばに生えている大木の根が露わになってその穴を制限している。私はそこにはまっている。

 もう随分長い間そこにはまっていたのであろう、腕はしびれ、体は鉛のように重い。手と腕のやり場が広くとれているため落ちずにいられたようだが、足下は宙ぶらりんである。

 早く抜け出さなければならない、と思って、宙ぶらりんの足で足場を探るが、まったく手応えがない。今自分の腕が懸かっている崖にすら届かない。下のほうで丸くえぐれ、ちょうど丸壺を半分に割ったようなかたちになっているようだ。簡単には抜け出せない。だからこそこうやって長い間はまっているのだろうと思う。腕力だけではい上がろうとするが、もはやそこまでの力が残っていない。どうしたものかと思ってふりかえる。

 はっとする。そこには何ともいい表し難い、美しい色の空があった。まばらな林の背後に広がる盆地、かなたに見える山並みの上に広がる瑠璃紺青の空。生まれて初めて見た美しい色であった。断言してもいい。こんなきれいな色の空は見たことがない。秋晴れの抜けるような青空、しかも天頂の特に濃い色の空に、ちょっとだけグリーンを溶かし込んだような青。くっきりとした色だが単色の絵の具でべったり塗ったような色ではなく、いちばん違うのはこの透明感だ。すぐそばでふつうの生活が営まれているというのに、まるで一度もひとが触れたことがないような美しさだった、白神岬のあの海のような。よく見れば星がまたたきはじめており、それで夕闇であることに気付くが、それは都会で見るような夕まぐれの空ではない。「日が暮れる」という倦怠感みたようなものとは無縁の、むしろ飄々とした軽さのある紺青だ。その青を背景に、つらつらと青黒い葉を茂らせて木が伸びている。その多くは空の『あかるさ』に負けて黒く沈んでいる。

 この空、写真に納められるだろうか。急にそんなことを思う。FinePIx6900zの性能にはいつも驚かされている。きっとこいつなら撮れるにちがいない。そう思って、どうにかして崖の上の広場に上がらねばと思う。この美しい空を撮りたいという一心で。

 足をばたばたさせていると、うしろのほうで何かに当たった。下から生えている木のようだ。足をかけるとしなってしまい、あまり足場にならないが、ないよりましだ。必至に足をからめながら、力の入らぬ腕を精いっぱいふんばって体を押し上げる。ズダ袋のようにとりとめもない体がずるずると上がる。ようやく腰から上が崖の上にあがる。


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