行政:福岡県香春町〜北九州市小倉南区 標高:220m
|1/25000地形図:金田(福岡2号-3) 調査:1996年8月,2004年8月


■背景 Background

 仲哀隧道に同じく,福岡県香春町にある峠.北九州と筑豊・秋月を結び,交通上でも軍事上でもただならぬ役割を果たしてきた峠である.その重要度は,わずか300m四方の断面を1つの峰越え道───金辺峠───と4本のトンネル───国道322号の2本のトンネルに旧金辺隧道,そしてJR日田彦山線の金辺隧道───が通過していることでもうかがえる.まずは峰越えの旧峠から調査報告を始めたい.

■調査 Experiment


 国道322号から旧道に入るには,現国道トンネルの入口付近から岐れることになるが,香春の側から行くと少々奇妙な道筋になる.西側を行く本道で登れば,金辺第二トンネルの手前の信号で右折.そのままバイパスを突っ切って,正面の谷腹に広がる民家の間を抜けて行く.ぐるりと南に回って,北へ進路を変え,最後の民家を過ぎた辺りから砂利道に.そのまま第一トンネル付近を通って,そのカーブの上段が金辺隧道への直線だ.

 上写真の正面左が金辺隧道.右手に伸びるのが峠への道である.隧道脇からかなりの勾配で上がっていき,峠までは3分もかからない.道の両脇にはかつて民家の石垣だったと思われるそれが壁を成しているが,その垣に囲まれているのは真新しく巨大な電波塔だ.石垣になかなかの風情があるだけに,ちょっと惜しい.

 峠の紅葉の木の下には,旅人の喉を潤したであろう井戸の跡(先の鉄塔の前にも同じものあり).石垣で一段高くなったところにある大きな石碑も目を引く.もっと探せば郡境碑や,名前の由来となった金辺観音もある.古くは小倉街道と呼ばれた道筋だけあって,たいへん充実した峠である.


 幕末.倒幕を目論む長州藩と,幕府軍小倉藩が戦戈を交えた「小倉変動」において,この峠一帯が激戦地となっている.攻める長州藩は高杉晋作率いる奇兵隊を筆頭に,近代兵器で身を固めた一大勢力.小倉藩軍はなすすべもなく退却し,金辺峠を越えて香春の地に仮陣を敷く.そしてこの峠で最前線の守備に当ったのが,小倉藩老中・嶋村志津摩であった.彼は先鋒第一隊を指揮して大小数十戦をよく戦い,薩摩藩の仲裁で和睦するまで,田川の町を守り抜いた.その戦いぶりは,長州藩が停戦条件として「嶋村の首を差し出す事」をあげたという逸話からもうかがえる.
 戦後,その褒美に藩主直々のねぎらいの言葉と千石の加増,小刀一振りが下賜されたが,財政の逼迫を知る嶋村は加増を断り,小刀だけをおしいただいて,金辺峠の警備へと戻って行ったと伝えられている.彼はこの戦での活躍に留まらず,藩内の殖産興業や財政建て直しにも活躍し,彼を慕う者は多かったようだ.明治9年に病没したが,家臣らと,彼に守られた田川の村人が中心となり,顕彰碑が建てられたという.今も峠にたたずむ石碑がそれである.
 ちなみに藩政時代にはこの石碑のあるあたりに茶屋兼関所があったという.2つの郡に跨っていて,座敷は企救郡に,台所は田川郡に属していたとか.


 金辺観音はこの石碑の裏手を登ったところにある.太宰管内誌などでは「木辺峠」と書かれるこの峠が「『金』辺峠」となった理由の一つにこの観音様の存在がある.細川忠利侯が小倉藩主の頃,峠周辺には良質の金山があった.峠には金無垢の仏像が安置され,峠の茶屋の伝七爺さんがその管理を任されていたという.やがて細川家は熊本に移封され,観音様も熊本へ.その晩から,熊本の殿様と伝七爺さんの両方の夢枕に,「金辺へ返してくれ」という観音様が立つようになった.困り果てた細川の殿様は同じ姿の観音様を木彫りで造らせ,伝七じいさんに任せたと伝えられている(葦書房・九州の峠:P242).金無垢が木になったのだから「金辺→木辺」ではないかとも思うが,そこはまあよしとしよう.ともかくも,「呼野金」と呼ばれたこの金の産出が関係していることは間違いないようだ.


 郡境碑は峠の切通の西側にある.実は石碑のある石垣の台から見えているのだが,そこへ至る道が明瞭でないため見落とされがちだ.かくいう報告者も,1996年に初めて訪れた時は全然気付かなかった.従是南田川郡,従是北企救郡と記されて,静かに峠を見下ろしている.


 北側は緩い勾配ながら沢荒れしており,素直に乗って下ることはできない.小さな廃屋(と,ひょっとしたらまだあるかも知れない,ガムテープで目張りした乗用車)の前を抜けて,金辺隧道北側に接続する.

■参考文献 References

  • 香春町誌(香春町誌編集委員会,1966)
  • 香春町史 (香春町,2001)
  • 郷土史誌かわら 香春町歴史探訪 -知的な散歩のために-(香春町教育委員会編,1992)
  • 日本の近代土木遺産 現存する重要な土木構造物2000選(日本土木学会,2001)

→金辺隧道

 

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