|行政:福岡県香春町〜北九州市小倉南区 標高:190m
|1/25000地形図:金田(福岡2号-3) 調査:1996年8月,2004年8月


■背景 Background

 当時の一大事業であった仲哀隧道が文化遺産に登録されあるあちこちで取り上げられている一方で,この金辺隧道はやや等閑視されているきらいがある.延長は136mと仲哀隧道の1/3程度,竣工も仲哀隧道に遅れること数十年.さまざまな点で後塵を拝するものであるけれども,現在残る仲哀隧道のポータルと同時期に作られた,由緒正しい旧隧道である.

■調査 Experiment

 峠道については金辺峠を参照されたい.峠への分岐を取らずに直進すれば金辺隧道である.ただし,香春町の側は全く素気ないコンクリートポータル.遠くから見ると迫石かと思わされるアーチ環は,近付いてみればアーチ環などではなく,コンクリートに型押ししただけのものであったりする.




 しかし,隧道内部と呼野側は当時のままの煉瓦積みである.仲哀隧道の頁で触れたように,構造は仲哀隧道のそれと全く同じ.ただしアーチ環まで煉瓦で組まれていることと,坑門のせりだした部分の下端の煉瓦(帯石に相当)がすべて小口方向になっているのが違う.仲哀隧道はこの部分も含めてフランス積みであった.
 この隧道の下を抜ける金辺第一トンネルは昭和42年1月に開通している.金辺隧道は,実に50年近く現役として活躍したことになる.

■考察 Discussion

 調査当初は「香春町誌」の記述に基いて大正6年竣工だと思っていた.しかし岡山大学の馬場先生に,仲哀隧道ポータルとの類似性から昭和5年竣工ではないかとご指摘いただいた.「我が国に於ける道路隧道」を見ても確かに工事施工年度;昭和5年度とあり,明らかに間違いであった.仲哀隧道,金辺隧道,櫨ヶ峠隧道とほぼ同時期に3つの隧道が作られたわけで,扁額の意匠が似ていることも自然に納得が行く.仲哀隧道の頁で触れたように,この意匠の扁額は折尾隧道(大正14年竣工)に掲げられていたものと同じである.意匠の根源はここにあるようだが,折尾隧道が現存しているかどうかは定かでない.


 ついでながら,旧国道322号に関連する遺構を一つ紹介したい.国道322号が香春市街のはずれで日田彦山線を潜る地点には,旧国道として機能していた欅坂橋梁が残る.線路に対して隧道部が斜めに抜ける斜架拱,いわゆる「ねじりまんぽ」である.しかも煉瓦積みのものとしては最大となる6.55mのスパンを有し,土木学会編の「近代土木遺産2000選」でAクラス指定を受けている.同書によれば大正4年竣工.ちなみに最大スパンのねじりまんぽは三重県いなべ市にある六把野井水拱橋.しかも現存が確認されている唯一のコンクリートブロック製ねじりまんぽであり,橋方向に対する斜角40度は全てのねじりまんぽ中の最鋭角である.上には上がいるものだ.



 また,道構造物ではないが,近代土木遺産つながりということで金辺峠の下を抜けるJRトンネルも興味深いものである.大正4年竣工の石ポータル・煉瓦巻きトンネルで,金辺側は単線断面だが呼野側は複線断面となっている.内部はいったいどういう構造になっているのだろう.呼野側の隧道出口に架かる跨線橋も,地味に面白い構造である.水道橋と車道橋を兼ねた,石+煉瓦の橋である.


■参考文献 References

  • 香春町誌(香春町誌編集委員会,1966)
  • 香春町史 (香春町,2001)
  • 郷土史誌かわら 香春町歴史探訪 -知的な散歩のために-(香春町教育委員会編,1992)
  • 日本の近代土木遺産 現存する重要な土木構造物2000選(日本土木学会,2001)
  • 土木学会誌第19巻第7号(日本土木学会,1933/土木学会図書館 戦前学会誌データベースより)

■謝辞 Acknowledgement

 岡山大学・馬場先生のご指摘に感謝.


→金辺峠

 

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