|行政:滋賀県西浅井町標高: 200m
|1/25000地形図:木之本(岐阜15号-2)調査:2005年2月


■背景 Background

 昭和9年竣工の湖北隧道は,現在は西浅井町の町道という位置付けになっている.奥琵琶パークウェイが岩熊(やのくま)から月出峠にかけて登って行く途中で峰を抜け,八田部に向かう道だ.建設から60年以上経った今でも十分に車が通行できるためあまり旧道とは感じられないが,奥琵琶パークウェイや国道8号の岩熊トンネルが完成した今となっては機能的な旧道であると言える.
 設計者は不明だが,「滋賀県の近代化遺産」では村田鶴ではないかとしている.根拠はその意匠の美しさだ.報告者も,きっとそうに違いないと思う.

 

■調査 Experiment

 最初に断っておくが,奥琵琶パークウェイ(県道葛籠尾大崎線)は冬期通行止めである.いかに麓が無雪だからといって,安易に侵入するとえらい目に遭う.特に東側は───日の当たる斜面であるにかかわらず───2月でもかなりの積雪が残っているうえ,融けかかったそれが再び凍り付いている有り様であるので,除雪がなされる4月以降に行くことをお勧めする.慌てなくても隧道は逃げやしない.

 西側は現国道の岩熊トンネル付近から分岐する.道は1.5車線幅で,八田部をぐるりと取り囲む山脈に沿って南東へ.風景はあまり変化せず,少々退屈な思いをするかも知れない.報告者のように雪の積もった中を押し行くと,その無変化が焦りを増長しさえする.

 最後に左手にくっと曲がって隧道に到着.これが,報告者が密かに日本一美しいと思っている湖北隧道である.
 

 ポータル壁面はコンクリート.観音坂隧道と同様に坑口付近が前にせり出した構造となっている.違うのはそのせり出し方の大胆さと,横にスリットを入れて装飾としていること.そして丸く整形された迫石達である.隧道という機能重視の構造物に有機的な曲線を大きく採り入れたデザイン.ドイツ表現主義を予感させる───と,素人の癖にそう評したくなるほどに,湖北隧道は美しい.

 まず一瞥して,せり出した部分の角の丸みとアーチ環の円形が見事に調和していることを感じる.台形や楯状の迫石ではなく円形を導入しているところに設計者の意図を感じたい.アーチ環の縁につけられた繰り型にも,ディテールに拘りを持つ設計者像が見える(「滋賀県の近代化遺産」では自然石風に仕上げられたコンクリートとあるが,明らかに花崗岩である).

 横に入れられたスリットも,単純だが非常に効果的なアクセントだ.このスリットが作りの重厚さを軽やかに見せている.もしこれがのっぺらぼうのコンクリート壁だったら,威圧感しか与えなかっただろう.また逆に過剰な装飾であったら,観光道路の隧道としては役不足だ.装飾を最小限に抑え,かつ自己主張も忘れてはいない.このバランス感覚もいい.

 

 

 西側の題額は左書きで「風光随一」.もともとこの路線は北琵琶湖の周遊道路として計画されたものであり,隧道はそのハイライトの一つとなるものであった.八田部の側から来ると,隧道を境に風景が一転し,琵琶湖の「湖畔美」が味わえるような仕掛けになっている訳だ.東側の坑口は湖面から約100mの崖の上.琵琶湖に影を落とす藤ヶ崎や古戦場として名高い賤ヶ嶽といった湖北の風景が間近に広がっている.

 

 

 

 隧道ポータルの構造は東側のほうが解りやすい.翼壁に相当する凹部は,上部でさらに段を持っており,坑口と合わせて3段となっている.最上段を引込めることで下から見た時の見かけの高さを低くしつつ,坑口のせり出しをより強調しているようだ.なお写真ではわかりづらいが,各段の最上部は石製となっている.
 東側の題額は右書きで「湖北隧道」.伊藤県知事の名前も見える.左書きだった西側題額とは対称的である.

■考察 Discussion

 報告者の報告したいことは,調査の頁で述べ尽くしてしまった.現在追加の資料を取り寄せ中である.これが届いた暁には,新たな知見を報告できるかも知れぬ.期待せずに待たれたし.
 なお一言だけ,この隧道が新たに「近代土木遺産」リストに加えられ,恐らく日本唯一のドイツ表現主義意匠を有するものとして,Aクラスに指定されたことを付け加えておく.


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