今から100年ほど前に,野迫川村弓手原川の上流域で繰り広げられたドタバタ劇があった.大正6年この地に北今西施業組合が起こり,流域の木材を掻き集めるトロッコ軌道網と2つの製材所を建設,さらには和歌山県辻ノ茶屋まで達する索道や,そこから高野山大門前に至るトロッコ軌道まで作り上げ,大規模な伐採を行なおうとした.しかし索道が設計不良でまともに動かず,これがボトルネックとなって事業は休止,はたまた役員間の反目も起こって,計画の半分も実施できないままに終了した.奈良県立図書情報館にその子細を記録した公文書が遺されている.

夢の跡たる現地には,製材所跡と思われる広大な広場,わずかな区間のトロッコ軌道が跡を留めるのみ.そういう過去があったのでは?とこちらから尋ねない限りは物言わぬ,さりげない遺構である. EOP; include("./template.php") ?>