竹田市街から玉来へ向かう道として古くから利用されていたルート.玉来は玉来川(大野川)に臨む水運の町で,岡藩時代は第二の商業都市だった。そのため交通量も多く、早い段階から隧道開削計画があり,寺道隧道とともに明治7年に掘削願が出され,同年中に完成した記録がある.のちに川下隧道とともに大分県道熊本県道に取り込まれた時,馬車が通行できるよう拡幅改修を受けている.その後も国道57号の隧道として活躍していた時期があり,そんなこんなで当時の姿は全く残されていない。現在は狭い2 車線舗装にコンクリート巻き+ロックシェードのうえ,新山手トンネルの完成で旧道化している. EOP; include("./template.php") ?>