観 | 音 | 坂 | | | 行政:滋賀県長浜市〜米原市 | 標高: 160m |
隧 | 道 | ■ | | | 1/25000地形図:長浜(岐阜14号-2) | 調査:2005年2月 |
■背景 Background
観音坂隧道は横山隧道と同じ峰を越える.長浜市役所前から東へ向かう県道のピークにあり,現在も基幹県道として利用されている.「土木百年年表」によれば昭和8年竣工,村田鶴の設計であって,昭和に入って初めて彼の名が現れる隧道である.
■調査 Experiment
国道8号から隧道へ向かうには,市役所や長浜駅への案内看板を目印にすればよい筈なのだが,報告者は国道沿線が最も繁華になる辺りでそれを見落としてしまった.県道の標識もないためやや注意が必要.しかしながらこの付近から適当に東に向かっても,いずれ谷奥の隧道に至ることができる.
隧道の麓にある石田町は石田光成生誕の地.現県道の一本南の道が古い街道筋───朽木街道という───であったようで.古い民家で構成される集落がなかなか趣がある.集落奥の寺院の前で直角に折れ,細く急な勾配の道で県道に合流していく.かつて徒歩で越えていた頃の山道も,ハイキングコースとして整備されている由.
なかなか個性的なポータルである.坑口部分が30cmほど前にせり出しており,全面に下見板張り風の装飾が施されている.そしてポータル上部にはデンティル.全体として品のよい砦───そんなものがあるかどうかは別として───のような印象を受ける.迫石の大きな凸型もポータル壁面の装飾と調和していて違和感がない.これが戦前のトンネルだと知って通る車は,殆んどないのではないか.アーチ環はやや下すぼまりになった馬蹄形で,これは一連の隧道の系譜に則っている.
坑口西側の向かって右手には開通記念碑.硯みたようにぴかぴかに磨きあげられた碑面に,端正な楷書で事のいきさつが刻まれている.裏にはずらりと寄付者名が並ぶ. 観音坂隧道碑
米原側.扁額には当時の滋賀県知事・伊藤武彦による「造化無権」が刻まれている.いい響きだがちょっと意味が捉えにくい.調べてみると"造化"とは万物を創造した造物神のことで."権"にははかりごとの意味があるという.創造神に私心なし,あまねく平等なり───誰もが隧道の恩恵を受けられる───といったところか.なお長浜側の題額も同じ伊藤武彦の書で隧道名と竣工年月日である.
トンネルを抜けると目の高さに水田地帯が広がる.その向こうにどっしりと腰を据えている伊吹山.絶妙な位置であり角度である.ポータルの意匠もさることながら,路線選定にも思慮深さが感じられて良い.
■考察 Discussion
観音坂隧道の特筆すべきことは,その意匠の先駆性である.それまで隧道の装飾といえばピラスターや笠石帯石による「消極的な」ものしかなかった.無論,鈴鹿隧道のような例もないではないが,それでも冠木門型という範疇を出ていない.ピラスターを廃しポータル面を突出させるという独創的なデザインを持ち込み,「積極的な」設計をした村田鶴.その深意はいかなるものだったろう.戦後に作られた数々のトンネルにも此様な独創性を持ったものが,果してあるだろうか.
■参考文献 References
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