田町隧道と同じ願書で掘削願が出され,明治7年8月に完成している.田町隧道の北にあってほとんど同じ方角に抜けるものだが,田町が隣の字(鷹匠町)への連絡路という位置付けだったのに対し,薬師谷を経て三重・臼杵へ向かう路線を視野に入れていたのが府内町隧道だった.しかし後に五衛門谷隧道ができると,逆に田町隧道が最短距離のルートとなって,府内町隧道はそれ以上の発展をしなかったようである.

田町隧道(岡城トンネル)が竹田市街とほぼ同じ高さにあるのに対し,府内町隧道は前後が少し坂々している.住宅に挟まれた小道を登っていくとコンクリートで被覆された坑口に到着.大きさ的にはほぼ当時のままで,特に高さは2.7m制限となっている.

東口に「寄贈者 竹田市上町 宇都宮ハル」というプレートが設置してあって何やら曰くありげ.まさかこのコンクリート巻のことだったりするのだろうか? EOP; include("./template.php") ?>