録"nagajisの日不定記。
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歳をとったせいか汗のかき方が変わったような気がする。若い頃はバンダナから垂れる汗が眼鏡にかかって鬱陶しく、あるいは額からの汗が目に入って瞬かせながらでないと歩けないほどだったから頭で相当に汗をかいているのだと認識していたのだけれども、最近は顔中あらゆる箇所で汗が吹き出すような感じがする。その汗の量が尋常でなく、目にも入れば鼻にも口にも入りそうになってフウフウぶうぶういいながら歩いている。眼鏡を上げてタオルで拭いてもきりがなく、かといってデコをふいたところで追いつかず、腹の底から嫌になる。コロコロバッグを曳いている時のように手がふさがっていると汗を拭うこともできずフウフウぶうぶうをひたすら繰り返すばかり。こんなだから道行きの風光も記憶に残らない。自分の汗で溺れ死ぬんじゃないかという微塵の空想を無限に繰り返して歩くばかり。
汗みずくになってべっとり張り付くシャツ。化繊かどうかなんて意味をなさない。腕を捲ってみても53.5ミリが52.0ミリになった程度の違いしかない。パンツは当然中までビショビショのBVD状態。これが風で気化してくれれば多少は涼しく感じられるのかも知れないが昨今の夏は微風すらも吹かずそよりともしない。吹いたところで湿度の高い高温の風。エアコンの室外機を背負って歩いているような気になる。こんな暑い中を歩くのが馬鹿なのか。こんな暑さを常態にしてしまった人間活動が馬鹿なのか。いずれにしてもクソである。
大阪鉄道踏切井路開渠と秋津川橋梁の間にあるのを見つけた。垂直の煉瓦壁に薄い石梁を渡した上に土を盛って築堤にしてある。こういう構造物を開渠といってよいのだろうか。上がふさがっているから暗渠と呼ぶべきであるような気もするし、しかし暗渠と言ってしまうと煉瓦アーチを連想できない。煉瓦アーチ=暗渠、それ以外=開渠という分類で慣れているのは間違いなのかも知れない。そうしてなかなかよい精度で 7.4 x 3.5 x 1.75 寸の大高並形(大阪鉄道の構造物に使われている煉瓦は大高並形に類似するものが多いがぴったり一致するのは少ない)。しかしヤーポンでは 8-3/4 x 4-1/4 x 2-1/8 in になり、1/4 in 目地を見込んだモジュラー煉瓦と見れなくもない。目地込み厚 2-3/8 in はよい精度で 2 寸 になるから積み見当はつけやすい。鉄道局が作っていた橋台が基本ヤーポンで設計+ 9 x 4-1/2 x 2-1/4 in の煉瓦を使う前提だったので、それを作りやすくするためにモジュラー化したうえで目地込み厚 2 寸 で積めるようにしたのが並形、それを勝手に 7.4 x 3.5 x 1.75 寸と読んだのが大高庄右衛門(あるいは六大窯業会社のどこか、おそらくは堺煉瓦)、だと思っている。意味的には広島軍用水道規格 7.3 x 3.55 x 1.8 寸 と同じものだと思っている。それを寸法規格として数値を明示する場合に 7.4 x 3.5 x 1.75 寸 とするか 7.3 x 3.55 x 1.8 寸 とするかの違い。

そうしてこの開渠(暗渠)、中央格段に七五を入れて調整しているーーーあとで阿波里に再撮に行こうかとも思っていたのでここで得られて助かったーーー。わずかに斜交しているうえ築堤の高さとの兼ね合いもあるからきれいには作れなかったのだろうかと思ったりしたが、北方の八条川橋梁では直交なのに小口挟みでやっていたから結局は作者の癖なのだろう。そうしてその七五の位置が完全な中心ではない。メジャーで尺取り虫しながら測った雑な計測だが、郡山方橋台は向かって左から413/435cmの位置に七五の中心がある(長手段で測ったから真の中心はもっと左寄りにある)。他で見た小口挟みもどれもそうだった。挟んだ小口を線路中心に合わせ、そこから左右に積んでいったのではなく、両脇から積み始めて中央で合するような積み方をしたに違いない。そうして最後の一個が長手にならなくなって小口や七五で調整したと。南和鉄道の第14号開渠を見るとそれがさらに明確にわかる。長手段には七五っぽい中途半端なの、小口段にも幅3寸くらいのヨーカンよりさらに薄いのを入れている。長 9 in で積むことを前提にした設計にモジュラー煉瓦を使ってもなおキッチリ合わないのは何故か。
掃いて捨てるほどある煉瓦橋台も、何でもない開渠でも、それぞれに個性があり見どころがあることをようやく知った。早く気づいていれば橋台正面写真も撮っていたのにと後悔している。ばかだねえ。