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2024-06-18 [長年日記] この日を編集

[独言] カルガモを見て思う

今月の初め頃だったと思う。通勤途中に渡る川でカルガモの親子を目撃した。ヒナは5匹。おそらく生まれたばかりで鶏の卵くらいの大きさであった。こういう小さな生き物は無条件に愛おしい。親ガモに引っ付いて泳ぎ回るさまを眺め、雛だけで及び回るさまを眺め、その中の一匹が草陰でごそごそしているうちに残りが他所へ行ってしまい首をあげた時には仲間が見えなくなっていて慌てて探し回っているどんくさい一匹を応援したりしてその場を去った。

その翌日だったかに土砂降りの雨になった。市街地を流れている川なので両岸をコンクリート壁で挟まれた流水路のようなやつだ。降った雨が集まってたちまち濁流になるような川なので、カルガモ親子が水草を啄んでいた辺りなどはあっさり水に浸かってしまったようだ(後日その草洲の上の方に泥が引っかかっていた)。

そんな雨が降ったものだからカルガモも流されてしまったらしく、その後1周間ばかりは姿を見なかった。あんな小さなヒナだし、身を隠すような岸もないわけだし。可哀想なことだと思っていた。

けれどもさすがは自然の生き物である。一週間ほど経ってから再び親子を見かけた。いったいどこに隠れていたのだろうと感心する。いや隠れる暇もなく川下まで流されてしまったのかも知れない。それが一週間かけて遡ってきたのかも知れない。

その後も雨が降るたびに姿を見なくなり、また戻ってきて、というのを何度も返したように記憶する。見るたびに雛の数が減っているが(いまは3匹だ)確実に大きくなっているのも感心する。人が手を貸さなくとも自然の生き物は生き延びるものだ。たぶん数千年数万年、いやもっと果てしなく長い年月をそうやって過ごしてきたのであって、ポッと出のニンゲンどもがしてあげられることなどないのだと思う。

むしろ人間のほうが弱く儚い存在かも知れない。やれ猛暑だ、やれ線状降水帯だと騒いではしてもいない契約の不履行を自然に詰る。不意に大地震が起こることを何度も何度も見聞きしているはずなのにいざ自分がその災害に遭うと「こんなことが起こるなんて……」と呆然とする。自然との付き合い方だけでない。不測の事態が起こった時にかのカルガモぐらいの逞しさで切り抜けられる人間が(自分も含め)どれくらいいるだろう。生きる、にそれ以上の何かを求めて余計な無駄な苦労をしているニンゲンばかりではないか(自分も含め、と言いたいところだがnagajisをニンゲンに含めてよいかどうかは議論の余地がある)。ニンゲン同士で罵り合い貶し合い殺し合う愚。カルガモは多分生き残るために他雛を蹴落したりはしない。


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