nagajisの日不定記。
本日のアクセス数:0|昨日のアクセス数:0
ad
6日のPM8:00に始まって,7日AM4:00まで続いたチャット.振り返ってみて,まず,30人近くもの方が集ってくれたことに感謝を申し上げたい.ORJをやっているとどうしても一方的な意思疎通になってしまって,自分の考えがどう相手に伝わっているか(相手がどう思っているか),相手がどんな考えをしているのかが解りづらい.そのためにアンケートを設置しているけれども,それも一方通行だから,何だか間延びしたキャッチボールのようになってしまうのが歯痒かった.
そんな思いもあって,前々からチャットで聞きたいと思っていた.それがこういう形で実現したこと,それが予想以上の反響で,みなさんが真摯に考えて下さっていることがわかって嬉しかった.
結果からすれば,編集部(というよりもnagajis?)の考えの甘さを露呈することになったけれども,それでいいと思う(これは開き直りではなくて).
「ORJですでに書いてきたこと」を前提として話を進めてしまったこと.
ORJの第5号でNPO化にあたっての問題点,NPO化して何をするか,等を書いたつもりでいて,それを大前提として話を進めてしまった.ORJのスタンスも,これまで5号続けてきたなかで語った気になっている.よくないことだ.
編集部内でも3カ月近く前からこのことを考えていて,実際にどんな活動をするのか?NPO化することで自分を縛ることになるが,それでもいいのか?といったことを話し合ってきた.そのうえで「NPOやりたい!」という結論に達して,提言に至っている.ただその過程を見せられていない状態で,聞かされた人は,誤解するに決まっている.
「NPO化ありき」で話を進めてしまったこと.
いくら私たちが「NPO作るぞ!」といったところで,賛同して下さる方がいないことには始まらない.そもそも廃道あるきでNPOなんて可能なのだろうか───当然自分達は可能だと思っているけれども,たった3人の意見だ───,という不安もあった.まずはこのチャットで「NPO作れるんじゃない?」という提案をして,それに対する意見を聞きたかった.しかし話の流れに流されて,特に前半が「NPO化するから参加者を募るチャット」みたいになってしまったと思う.これは自分がうまく司会進行を勤められなかったところに非がある.あくまでも今は「NPOどうよ?」という段階に過ぎない.
法人化することで何が良くなるのか? 法人化しなければならない必然性は? それを明確にできていないことが判明したこと.例え個人であっても社会貢献できない訳ではないから,任意団体として働きかけていくことは可能だ.そこに「飛び道具」としてNPOを持ってこようとしたところに甘さがある.
_ ヨッキれん [ 当日はお疲れ様&ご参加の皆様ありがとうございました。 反省点を含め、感じたことは編集長と右に同じです。 加えて、個人的な発言が多かったことも反省。 以後、自重します。 ちなみに、言い訳になるけど..]
検索機能まで実装してしばらく置きっぱなしだったので,ここ最近,激しく手を加えている.
もともとデータベース化したいと思ったのは,リストの価値は勿論,余りに間違いが多すぎて「修正してぇ〜!」という欲求があったから(笑.なので検索だけ出来ても,自分としては全然嬉しくない.追加や修正ができるようになってやっと一段落,といったところ.
もちろん,ただリストをデータベース化し修正することだけが目的ではない.多くの方に,コメントやリンク,写真を加えてもらって,「土木遺産リスト」にまで高めてもらいたいと思う.第4号の「明治隧道project」でも書いたが,道路用隧道の歴史(どんなものが作られたのか?どういう技術・意匠があったのか)がよく知られていないままに失なわれつつある.技術的な面だけでなく,誰が使ったのか?どんな使われ方をしたのか?といった想いもまた,失われていっている.そういうものを少しでも記録してもらって,後世に伝えられたら,と思う.
tdbのセールスポイントの一つは,Google Mapsと連動して経緯度の入力と地図表示とを同時に行なえるようにしたこと.ここだけはすごく直感的なインターフェイス(wになったと思う.現状,ほとんどの隧道に経緯度データがないから,みんなにぐりぐりしてもらいたい.データ部分は無理でも,自分の知っている隧道に照準を合わせて「送信」するだけで,地形図へのリンクや(該当するものがあれば)航空写真へのリンクも自動生成される.Mapionからたどれば地名もすぐにコピペできる(実はpdbqではここも自動化していたりするのだが).
現在,MKさんから最終校正データをいただいており,システムに問題がなければこちらと入れ換える予定.それまで「バグ出し」のつもりであちこちいぢってみてほしい.
pdbqを作った時にも思ったが,データの修正や追加はなかなか面倒なものだ.検索するためにフォーマットを揃えるとそのフォーマットに合わせて書くこと(あるいは書いてもらうこと)がまず壁になる.データの書き方はわかりやすいマニュアルを作って告知する必要あり.加えてフェイルセーフな仕組みも(例えば西暦→和歴の変換とか).
どういう構成にするかとかインターフェース(wはどうするかとかはすぐに描けるのだけど,いかんせん,ロヂックの部分がまるで通用しない.pdbqはBeOSのファイルシステム(BFS)に依存している.ちょうどMacのファイルシステムHFSのようにファイルにメタデータを付加することができて,それをqueryで検索することができる.一峠一ファイルにしてそこにメタデータとして峠名だとか標高だとかを書き込んだり検索したりしている.
もちろんそんな便利な機能はないから,いわゆるデータベースアプリを利用しなければならないのだが,全くといっていいほど知識がない.おまけにphpも詳しくないから,perlで書いた無茶苦茶なアルゴリズムをリファレンス本を読みながらphpに移植する作業となる.
perlとphpとは似ているとはいえ,perlの配列とハッシュとが一緒になったようなphpの配列にまず悩む.便利なようで過信すると壷にはまる.natsortした時に配列のキーと値とが一緒にソートされるから,perlにおいてforで0から順にたどっていくようなアルゴリズムが狂ってくる.s/(.*?)//gでマッチした部分を取り出すようなことがpreg_replaceで出来ないこともしばらくやって気づいた.阿呆也.
postgresは思ったよりわかりやすいが,よく解らない使わない機能がたくさんあるのが逆に不安.テーブルの構成もきっとスマートでないに違いない.
無事終了し,さきほど帰宅.飯を食って横になっているところ.アノ時間から自走で帰ってこれたことが半ば嘘のようだが,何とか帰って来れました.参加されたみなさま,お疲れ様でした.
$$詳細はあきら氏にお任せするとして(ヲイ,あらすじだけ.
朝7時すぎにJR福知山線に乗り,篠山口まで輪行.9時頃あきら氏と合流.鐘ヶ坂に向かって,合流予定のコルカタ氏を探しつつさっそく鐘ヶ坂隧道へ.
新トンネルは今のトンネルより一段も二段も低いところから始まってて,新道をイベント会場として開放していた.トンネルウォークは鐘が坂旧隧道を通って新トンネルで帰ってくる(その逆でもいいけど),片道4kmの歩き旅.
さっそく旧隧道がどうなっているのかを見に行く.現道とは反対側の川の土手沿いに登って,瓶割峠方面へ向かう車道に出て,そこから鐘が坂へと登ってゆく.のっけから新しい砂利道になっていてびっくり,約10年前の廃道からも,昨年の草刈り道からも想像つかないような新しさになっていた.山側には排水溝も.
鐘ヶ坂隧道は昭和に掘り下げられた部分が埋め戻されていて,ちょうど明治の頃の高さと同じになっていた.せり上がりアーチを形成するスライス煉瓦が目の高さ.おかげで天井にトラックが擦った跡をいくつも見る事ができた.この高さのお蔭で気付いたことなり.
隧道内には和モダンな灯篭が点々とついていて,そう悪くない演出だ.
_ マリオ君 [あそこに入ったバスがでれなくなったというのはないのか齊]
それより最初に目が行ったのは,ポータル裏側の亀裂がL字鋼+ボルトで固定されていたことだ.ひびを跨ぐようにして何本もL字鋼を渡し,それをボルトで煉瓦壁に固定している.何だかブラックジャックの顔の瑕のようで痛々しかったが,実際問題として廃隧道のポータルを補強しようとするならこれ以外に方法がないように思われる.もしくは西側のコンクリート補修のようにポータルの外側から「つっかえ棒」でもするしかない.そしてそれは景観を台無しにする最悪の方法だ.ポータル裏のこのヒビは山から外側に向かう土圧が原因だから,いったんポータル裏側の土砂を取り除いて圧力を減じ,ヒビを埋めたうえで,クッション材になりそうな素材で埋め戻すか,付近の岩盤から土砂留めをたちあげてポータルとの間に壁を造ってやるしかないだろう.みたようなことを,低くなった扁額を見上げながら思った.
嵩上げされたことにはあまり反感を覚えない.開通当初の高さに戻ったのだから,言ってみればこれが元の姿.見づらかった扁額も鶴の彫刻もちょうど良い具合の角度で見られるし,隧道脇の寄付金者名碑も目の高さになった.以前はちょっとした崖の上にあって,上に登らなければ間近に見ることができなかったが,路面が嵩上げされたお蔭で誰もがこの石版に目をやることができる.この日は熱心にメモを取る人の姿もあり,長いこと放置されてきた碑にとって良い供養?になったと思う.
一つだけ,この嵩上げによって昭和の掘り下げの記録・記憶が薄れてしまわないことを願う.最近になって,土木工事はその改修の積み重ねもまた価値があるのではないかと思うようになった.例えば鋼橋などは鉄道用から道路用へ,歩道へと転用されて何度も使われている.ダムや堰堤も決して造り捨てではない.築数十年で取り壊されるビルの一過性に比べれば,もっと長い目で造り続けられ,手を加えられ続けていくことが土木というものの本質なのではないか.門外漢が何を言うか状態ではあるが,そんなことを思う.
煉瓦アーチ+側壁という離散構造体を載せたまま路面を掘り下げる.考えてみればなかなか難しいことである.ちょっとでもバランスを崩したら,掘り下げた足元が緩んだりしたら,アーチは崩れ落ちてしまうだろう.どうやってこの掘り下げを成し得たのか長い間の疑問だったが,先号の廃道を読むを書きながら,いわゆる「逆巻き法」と同じことをやったのだろうと気付いた.櫛の歯のように数mおきに路面を掘り下げ,そこから側壁下を掘ってコンクリートで壁を造り,煉瓦を支える.それが乾いたら残りの区間も掘り出して同様に壁を造る.交互に壁を造るのだ.確証はないけれども他に妥当な工法もなさそうである.
入口が高くなったアーチ.それを実現するための薄い煉瓦の層.この日通った人のどれだけが気付いただろうか.否,気付かないほうが設計者の意図に叶っているのかも知れない.自分はそれを知っていながら,自然にトンネル内へと吸い込まれていき,不思議と「低くなった」という感じがしなかった.そうして出口が見える頃,外が大きく明るく見えることで安心感を覚えた.向こうに「世界」が広がっている.おおげさに言えばそんな感動だ.理屈で解っているのと体感するのとでは雲泥の差だということを実感した.
_ MIMIZUK [パスワード入力画面が出てダウンロードページへ行けません.アクセス殺到中なのかしら?]
_ nagajis [うーむバレてしまいましたか(汗 プレスリリースを出して30分ほど、アクセス制限をかけるための .htaccessを置きっぱなしにしてました。申し訳ありません。]