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旧道倶樂部録"

nagajis不定記。
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2014-09-01 [長年日記] この日を編集

[] Robert A. Heinlein『夏への扉』

書庫から発掘したので記念読書(やらなきゃいけないことがあるのはわかっとるのだ.逃避行動なのだ).何度読んでも素晴らしい作品だと思う.不朽の名作という感を新たにする(これは福島正美氏の名訳に負うところ大と思い).以前とは違うところで涙している自分を発見して「変わったな」と思った.大切にしよう.

昭和60年第17刷,p.276に余計な閉じカッコが一つある.あと「こういう時に調法する」は間違いじゃなかった.調法も重宝も同じ意味.あとページに経年のヤケ・カバー背表紙天角の破れをテープで補修してあるうえに劣化が始まっている.

[ネタ] 徳川道ミッション終了

画像の説明

最後の区間を歩いた.足掛け7年でようやくコンプリート.ここを後回しにしていたのは,ほぼ全線が改修済み、特に後半は長々と市街地歩きが続くとわかっていたからだったのだが、そうして事実その通りだったのだが、むしろそういう状況である道を取り上げることに意味があると思うようになっているいまの自分である。7年間の鍛錬の成果だろう。人の目を引くような遺構なんて放っておいても誰かが行って、幾らでも写真撮ってupして鼻高々される。写して残せないものだからこそ手段を講じなければならぬ。「ただ道が写ってるだけじゃん」とかぬかす野郎にはこちとら用がない(誰がそういったのか名前すら忘れてしまった。あはは)。

朝霧へ降りていくところで思いっきり道を間違えてしまい、1時間ほどロスしたが、そのお陰で神戸線の人身事故に巻き込まれずに済んだ。予定通り神戸市立図書館に行っていたらモロだったろうと思う。ウメチカも少し撮り足せた。最後のシーンを撮り間違えていたのや、三番街の螺旋階段とかを回収。阪神構内はせっかくのチャンスだったのに間違えて北側を行ってしまった。

開いたのは10番出口だ。作中には出てこないが、あの直線的に登っていく階段は いかにも地上への脱出という感じがするし、ゴツい扉と柵とがあって、閉じ込められる可能性を圧力してくる。地上に出た時にスパッと切り替わる感じ(地上にまろび出たという感じ)も、そうなっていることを想像しながらーーーもし出ていたらを想像しつつ読んだらさらに迫真だろうと思った。

プチシャンを通らずにB1にあがるのも実に意味がある。堀さんどこまでリアルなんだ。

[看板] 鏝絵@大蔵八幡町

画像の説明

適当なカテがないので看板にする。大蔵八幡町の旧西国街道筋で見かけた鏝絵。月に兎の風流に加えてこの立体感がすてき。すでに絵のレベルを超えている。欧米のビルにガーゴイルが座ってるのと根は一緒なんだと思う。日本ではそこまでアピールしない。様式に取り込まれて「あって当たり前」の存在となり目に入っても意識されないようなモノになったものと、もとからさりげなくて、そのくせ作り込んであって、気づいた人が「フフッ」となれるものとでは、後者のほうが日本的だろう。東照宮の眠り猫とか。


2014-09-03 [長年日記] この日を編集

[独言][] ロータリー覚書

最近ロータリー復権のニュースをよく耳にするようになった.今はロータリーと言わず「ラウンドアバウト」というらしい.ロータリーとラウンドアバウトとどう違うのかよくわからなかったのでWikip.など眺めてみたけれども,やっぱりよくわからない.進入に一時停止が必要とか,ロータリー内に信号があるとかがロータリーで,そういうのでない現代的なのがラウンドアバウトみたいな書き方している.で,狭義のラウンドアバウトは国内に存在しないみたいな言い方.じゃあ寿ロータリーとか阪大近くの住宅地のあれとかは違うんかいの.

ロータリーは昭和9年に東京市内の交差点の交通整理のために導入されたのが最初.もちろん信号はなかった.進行のしかたなどは今のラウンドアバウトと変わるところがない(通行に優先順位があったかどうかはわからない).昭和14年までに25カ所以上が設置され成績はそこそこ良かった.この25箇所だけでも交差点での事故が3/5くらいに減ってる.最初に設置された和田倉門交差点のは道路の改良第17巻第8号に図がある.ここは若干特殊で大手町~皇居の路面電車が東西中心線を貫いていた.

戦後もそれを引き継いで各地に作られている.千葉の東金街道と成田街道(だったっけ)の交差点とか.

それが廃れてしまったのは,ひとえに「歩行者に優しくない」という点による.車が多くなるとひっきりなしに侵入してくる/出てくる車で人が渡るタイミングを失する.前掲道改の講習資料でも歩行者をどうするかが課題としている.完全に解決するには地下道を通すしかなく,すべての交差点にそれを設けるのは不可能だ.それよりか信号を設置して普通交差点にしたほうが安上がりかつ大量の車を捌ける.あと車の性能がよくなってスピードが出やすくなった結果横暴な運転者が増え歩行者を危険に晒すようになった.戦前の車はひとが伴走できるほども遅かったのだ.歩行者のマナーも悪くなってるだろうな多分.結局は資料にある断続的交通整理の信号間隔を最適化する方向で発展せざるを得なかった.

失敗の最大原因は車も人も多い市街地にロータリーを導入したことだろうと思う.そういう所ほど効率的な交通整理を必要としたのだろうけれども.ある程度交通が疎らでないとうまく機能しない.道路が車でぎゅうぎゅう詰めになるような時間帯のあるような場所ではあっさり閉塞するんじゃないかしらん(しかしそういう場所ははなからRA化しないだろう.2車線4車線をロータリーにできないものな).

放っておいてもこの先人口は減る一方なのだから,あと数十年もすれば交通渋滞も緩和されるんじゃないか.

http://www.mlit.go.jp/road/ir/ir-council/roundabout/pdf01/5.pdf


2014-09-06 [長年日記] この日を編集

[挾物] 無一門氏の宣言文

画像の説明

久しぶりに琴線に触れる挾物に出会った.今から約40年前に書かれた宣言である.本人の許可なしに掲げると怒られるに違いないが,こういうものを書きたくなる気分は私にもあったし(今でもあるし),胸の内から湧き上がる思いを衝動のままに書きつけたものだというところに計り知れない価値を感じる.誰に宛てて書いたものでも,誰かに読まれることを予期したものでもないナマの感傷.百千万の美辞麗句で飾り立てたブンショーより遥かに尊いと思う.

なにより私は承諾をとるべき本人を知らない.入荷してきた古書に挟まっていたのだから.その挟まっていた本が永島慎二の作品集だったというのも味わいを深くする.実際無一門氏も漫画家志望の青年であった節がある(一緒に挟まれていた別のメッセージによる).

蛇足.朝日文庫『戦後値段史年表』によれば,昭和50年の銀行初任給は大卒で85000円,高卒で70000円だった.平成7年にはそれが約2倍になっている.氏の金持ちぶりは推して知るべし.その具合いもまた,自分に通じるものがあって人事とは思えない.


2014-09-09 [長年日記] この日を編集

[独言] 分かりきった苦労

徳川道のフォーマットは、やはり失敗だ。。。フォーマットに合わせた書き方を開発できなかったのも敗因だが。。。

前編紙芝居で、地点図示をかならず入れて、とかすればまだリンバカンがでるかもしれん。あるいは改ページと改場面を一致させずに流し入れるとか。しかし今さら作り直す気力はない。

最後に終えての感想を入れてみたがバッチリ浮いている。こういうのばかり自然に作れるのは、それはそれで才能かも知れんなあ。

[独言] 月が綺麗

大阪では叢雲なき中秋の名月。この日が晴れるのは珍しいというが、昨年一昨年(その前の年か?)ときれいな月を見た気がする。明日のほうが満月らしいが今日ので充分満足した。


2014-09-10 [長年日記] この日を編集

[独言] 時間110mm超

王将前に停めていた自分の自転車と生協が水没した平成6年水害に匹敵する雨量・・・これが数時間続くようだったらヤバイ.まあここ(桜塚)が水没することはないだろうけれど,倉庫が心配だ.

[独言] 恥の文化

ファミマ事案を読んで、「恥の文化」という評の便利さを改めて思う。わざわざ動画をアップロードしたのは、それで相手を最大級に辱めることができると思っての行為だ、と考えるといい。日本人は人前で恥をかくことを極端に恐れる。そして恥をかかせるには衆人環視の数が多ければ多いほどよい。現代ではネットがそれを代役する。 けれども犯人の愚かなところは、ネットが自分の味方だと錯覚していたところにある。取り巻きすなわち世界だと思っていた哀れな人なのだろう。&、そういう衆人環視の恥を人生のどこかで味わったことがあって、その効果の程を知っていたからに違いない。要するに典型的な日本の下衆だ。

あまりに話が出来すぎているので、ファミマ側の対応は計略だったんじゃないかと思わないでもない。完膚なきまでに負けたように見せかけ、調子に乗せて自爆させるという作戦。少なくとも店側で準備して証拠撮ったりとかしてたんじゃないか。

同じ茨木の盗撮事案も恥につけ込んだ犯罪。警察に届けること則ち恥をかかされたことを誰かに告げなければならないのは決して心地よいことじゃない。そうせずに独り腹に抱え込んで我慢する人が多かったせいで発覚が遅れた。そんな馬鹿らしい手段で金を得なければ生きていけないという恥の方を犯人は自覚すべきだろう。もっとも、恥をかき続けていたら人はだんだん厚顔になるものだがな。

んでまた、「また大阪か」という決まり文句で悦に浸ってる連中がいるんだろうなあ。目糞鼻糞だ。同じ阿呆面を見飽きた。ものごとを理解するのに自分のわかるほうに我田引水して曲解してでないとできない連中の何と多いことか。飽きた秋田。

「恥の文化」というレッテルは外部から見ると非常に的確に見える。けれどもどこか腑に落ちない部分もある。行動原理のすべてが恥で規定されているわけでもないし。糊面と本体との間に何か一枚挟まっている感じがする。同じレッテルを表側から見ているのと裏側から見ているのの違い? 糊面には違う文字が書かれている? それが張り間違いによるものなのか、当事者だからこそ感じる反目なのかはわからない。ただ便利だから利用しているだけのことだ。

本日のツッコミ(全3件) [ツッコミを入れる]

_ あきら@大阪 [また大阪かっ! これでいいのでしょうかどうでしょうかどうでもいいですけどwww 大体、後先のことを的確に考えられる人は、余所様に絡んだり因縁付けたりしません。あーたほど細々と考え回りませんよw..]

_ TUKA [少し前に流行ったツイでの犯罪自慢は、世界中に発信してるという自覚がない行為だったけど、 今回のはそれと同類ではなく、「世界中に恥を拡散しちゃる!」目的があったのではないか、 という分析は面白かった..]

_ nagajis [そうです>あきら氏 。nagajisの意見なんて無視してたらいいんですよ・・・ #すみません、ちゃんと入手してます>TUKA様]


2014-09-16 [長年日記] この日を編集

[独言][pdf] なんという罠

アンケ。個別版の時点ではちゃんと機能しているのに、統合版にすると番号が狂気の沙汰になっているという罠に嵌っていた。そりゃ個別版だけチェックしてたらわからんわ・・・久しぶりにorz記号を使って悄気を表明しておく。

原因はこう。MacとWindowsでばらばら作るようになった→WindowsのほうがAcrobatのバージョンが高い(透過はこちらでないといらえない&画像解像度を調整する便利なオプションがある)+Macでアンケートフォームを作ることが多い(そのほうが作業が早いので)→Windowsで作ったpdfはMacで統合できない(フォントが競合するとか何とかいいやがる)→Windowsで統合版をつくるはめになる→この時にフォームのnameとvalueがわけわかめに再構成される。対策は統合する時のダイアログの選択を誤らないこと。「重複するので何とか」と文句を言われるのだが、この次でミスるとえらいことになる。

本来はkijiやsendも各記事ごとにユニークな名前をつけなければならないのだろう。今号はWinで作成した記事がなかったから大丈夫のはずなんだが。確認したが大丈夫だった。

ていうか、いい加減15日まで作業するのヤメレ>nagajis。くそう。次回は14日に片付けて15日0時に発行したる。きっとだ。9月が1日少ないとか言う言い訳は許さん。1カ月で13記事作れるなら、たった数記事くらい片付くだろ。

http://library.jsce.or.jp/Image_DB/mag/dokai/pdf/21-11-0166.pdf

[橋梁] 鯨三十三本の漂着及鯨橋

元禄年中に,大鯨三十三頭,小鯨類十本,一夜の中に,白銀村の磯辺に寄せ付き,身体自由を得ず,近村迄の獲物となり,一村を富ますのみならず,八戸地方,皆栄えたりしに依り,同村に一社を建立して,三嶋神社を祭りし由,当社二枚の棟札にあり,故に其の骨を以て,三島川の橋を架せしことありしや,今は土橋なるも,白銀村鯨橋とて上国迄聞え居りしと

中里忠香『向鶴』

八戸市のpdfによると,天和元年(1681)に鯨36頭が寄り付き,その骨を使って白銀村の小流に骨で橋を架けたとある.思いつくことは一緒なのだなあ.


2014-09-17 [長年日記] この日を編集

[pdf][ORJ] 総目次 1〜100号

れいのごとくに503なので告知が出せない。8月号ダウンロードページから落とせるようにしておくが、ちゃんとおとせるかは未検証。

総目次 1〜100号

これ作るのだけで一晩潰れる・・・前もって準備しとかんからいかんのだろうけど。

このどさくさに紛れてTRDBの号数を直しておく。ついでに廢毒の豊作不況を修正しようと思ったらすでに直ってた。ばかめ最初からそう買い手板野ではないか。

[納得がいかない] 分類される

「また大阪か」という言葉に飽きているのは、この言葉に飽きているというよりも、単純指向でレッテル貼りする姿勢に見飽きているというべきだった、と思った。「レッテル」というのが慣用語として普及しているから使うが、まあ「分類」でもなんでもいい。

自分の考えが及ばない事象、理解を超える何か、複雑に絡み合ったバックグラウンド、そういうのを細かく分析してみたり歩み寄って理解を試みようとしたりする労力を放棄して適当な(ここでいう適当はまさにテキトーの適当だ)言葉でもって分類した挙句「ま、自分には関係ないけどね」ヅラする輩の多いこと多いこと。曰く「若者の車離れ」。曰く「森ガール」。曰く「お弁当男子」。適当に持ってきた言葉を貼り付けることであたかもそれを認識し理解したつもりになっている輩の多さに辟易する。そういう新語をつけることが目的、つけたもん勝ちみたいな世の中に飽きている。格好良さげな言葉を無闇矢鱈と並べ繋げて必殺技名にしている子供のような幼さがある。子供のそれはまだ可愛げがあるが世間のそれは根源的に嘘臭くて受け付けない。

背後関係がそんな一言で表せたらなんの苦労もしない。しかもそういう言葉は今までに普及したことのない言葉というただ一点において目を引き耳を刺激し、その事象を上手に言い表しているように見えるのが曲者なのだ。当てはまって当たり前だ。そのために勝手に拵えた言葉なんだから。我田引水曲学阿世のために手前が作り出した造語なんだから。

そうして次の段階として、当てられた言葉が独り歩きを始める。草食系男子という言葉ができればあたかも世の中すべて波だらけ草食系男子だと言わんばかりに濫用される。自省を重視する姿勢にまで草食系のレッテルが貼られる。こっちにだって選択の自由があるのだ。気に食わない人間に手を出さないのがなぜ悪い。あ、話が逸れた。

咄嗟の時に発すべき言葉が見つからなかった時、最近耳にした刺激的な言葉が口をついて出てきやすいのはおそらく人間生理的に仕方ないことだと思うが、そんな時に流行中のレッテルワードが出てしまいやすく、無益な流通に加担してしまうことになりがちなのがまた納得いかない。A・ビアスは辞書編纂者を地獄に落ちるべき人種と定義していたが、本当に落ちるべきなのはそういう恣意的な言葉で恣意的に分類をし始め広めようとした人種なのではないか。どうだ自分の分析は正しいだろ的な天狗面で「ドボジョ」とか言い始めた連中なのではないか(あえてドヤ顔とは言わない)。

というわけで、nagajisを見かけてへらへらしながら「ナガジスやー」とか抜かしているやつは地獄に落ちろ。端的に言って死ね。あ、また話がずれた。

流れが面白かったので批難訓練してみたがやっぱり語彙が貧弱なのな。『原始人』もう一度読め>nagajis。てか人を罵倒しなければならないシチュエーションにあるわけでもなんでもないのだが何故こうもカリカリしているふうを装わなければならんのだ。さては飯盒の底が焦げたか。

多分あれだ、書いた翌日に間違っていると間違えてた自分の頭の悪さをドツきたいんだろう。

[独言] デスクトップ検索

casketの中身だけ配布したら検索できるんじゃね? と思ったがそんなことする以前に7から中身検索が実用的になっているのだった。おわり。そろそろサイトのもインデックスしとかななぁ。いちいちSSHでログインしてやらなあかんのが面倒だ。

あれ、そこcronにしてなかったっけか。それとも、FastCGIになってからshよびだせるようになったんだっけか。

[独言] 検索設定

101号まで済ませた。しばらくやってないとやり方忘れるなあ。あltぢrに書き込んでnnするんだろがこのウスラハゲが.

しかもペペロンチーノに唐辛子を入れ損ねるという体たらく.ダボが.


2014-09-18 [長年日記] この日を編集

[] 『岩波新書の50年』(岩波新書)

ふとした思いつきで残しておいた一冊。岩波新書が、右傾化していく世情に疑義をつきつけるものとして発行されたことを知り、感慨を深くする。この頃の本は明確な矜持をもっていて、世の中も本を通しての知識を求めていた。なんとかして生き残ろうと下衆化していくばかりの今日とは大違い。

読んだことのあるもので最も古いのは宮城音弥の「心理学入門」だったと思う。自分のものの考え方・その考えを行動に移すとき、どうもうまくいかないことが多くなって、自分自身のことがよくわからなくなっていた時期に、吹田図書館の4階書庫の片隅で出会った。読んですっかり解決できたわけではないのだけれども、ヒントみたようなものは得られて、これこそ本を読むということの効能なのだろうと思った記憶がある。以来その4階に入り浸りになって宮城氏の新書を読み尽くした。それが昭和27年発行だったとは知らなかった。それより古いのは、確か14年の赤版を一冊出したことがある気がする。あれは何だったか。まだ売れてないはずだ。

本の知識だけで反射炉を作ってみたり、それを実現するために試行錯誤で耐火煉瓦を作ってみたり(白煉瓦だったか白瓦だったか、そういう訳語が書かれてあるだけという情報量から実現にこぎつけたのだからとんでもないことだと思う)、昔の人の書物から得た情報の処理技術のすごさに唖然とする。工部大学校を卒業してすぐさま建築をなしたりプラントを作ったり、よくできたものだなあと。磁気学の教科書を読んだだけで加速器を作り上げるようなものだ。昔の人はそうするほかなかったのだから必死さも違っただろうと思う。伊藤博文の留学時の一言なんて気障でもジョークでもなく本当の本心から出た言葉のはずだ。

その気分がまだ残っていた頃(昭和20年代〜30年代)には新書のような入門書・解説書が大きな価値を持っていた。翻って今日は、奇抜なタイトルで人の気を引くだけの新書で溢れ返って値崩れしてる。ブログかツイッターで垂れ流してればいいのにと思うような中身の新書ばかり飛ぶように売れる。人が本に求めるものがすっかり変わったのだろう。新書で人生が変わったという人も(某水増し出版社の広告に出てくる実在臭のしない人物はおいといて)いないに違いない。あまりそれを考えるといろいろ虚しくなるのでやめておいたほうがいいな。という切り捨ても宮城氏の新書に教わった気がする。

そうそう、本が「絶対的に偉いもの」じゃなくなったのだ。上から与えられる良情報ではなくて、自分の欲望願望を満たしてくれたり自説(笑)が正しいことを示してくれたり読んで安心したりするための情報が書かれている本が求められているのだった。同じ考えの人間がいることを本の形で知ることで安堵するためだけに買われる本。避けたくなるのはそこに媚び阿る風を感じるからだろう。ふむ。なるほど。


2014-09-19 [長年日記] この日を編集

[独言] 2万10年初版第一刷

『人生に大切なたったこれだけの習慣』初刷は奥付に誤植がある.

[独言] 奈良南部

最近FM大阪が番組縦断で関西府県のおすすめスポットを紹介する特集をやっている.昨日午前中は奈良県を紹介していた.「奈良県っていいところたくさんあるんですよねぇ~」とか何とか宣う二の句が「大仏とか鹿とか」でガクッとした、というのはいつものことだからまあよしとする.次がいけない.奈良南部の出身という二人のナビゲーター、そのうちの1人が「国道24号沿いって最近めっちゃ変わってるよね~見どころも多いし~」みたいな話の振り方をするものだから、さては五條あたりの話だろうか、場合によっては新町か、ひょっとしたら五新線でも、と思っていたら「唐古鍵遺跡とか!」だと.

まさにこの画像のとおりで愕然とした.

本日のツッコミ(全1件) [ツッコミを入れる]

_ あきら@大阪 [どっかで見たことのある画像が出ていて安心したw]


2014-09-20 [長年日記] この日を編集

[資料] 生瀬

明治11 県道3等 一間半 有馬郡三田より川辺郡神崎村に達す

http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/807348/14

明治16 大阪街道 県道3等 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/807352/172

大正元 有馬郡誌名塩村の項目 大正元年に県道とある この時点の県道か。

http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1174089/116

大正元 地形図では西宮街道。一般的には宝塚伊丹から西宮に向かう道をさす。

大正2 兵庫県統計書. 大正2年 第1編 自三田経伊丹至大阪 県税負担 平均幅員や坂道平均勾配など 一間半 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/972541/377

昭和12 兵庫県統計書. 昭和12年 上巻

府県道三田宝塚線

http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1446639/532 20m超の橋梁が3つ

昭和27年 176号昇格 ←これな。

塩瀬町 1951年(昭和26年)4月1日 - 西宮市に編入消滅 ←これもな。

平成 名塩道路 国土交通省プレゼン資料

https://www.google.co.jp/url?sa=t&rct=j&q=&esrc=s&source=web&cd=7&cad=rja&uact=8&ved=0CDgQFjAGahUKEwiv1_biif7HAhWCIKYKHYseDEo&url=http%3A%2F%2Fwww.kkr.mlit.go.jp%2Fplan%2Fzigyohyoka%2Fpdf_2009_02%2F2-9.pdf&usg=AFQjCNHFtj8QR51Yj7cY8M2vDw1_V_7shw&sig2=37_JSRH3up2wf611MQMBBA


2014-09-21 [長年日記] この日を編集

http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/843952/21


2014-09-24 [長年日記] この日を編集

[KINIAS][宣伝] 煉瓦に関する学習会

27日(土)に西宮市大学交流センターで煉瓦についての学習会が開催される。講師に県立橿原考古学研究所研究員の北山峰生氏(「ヒストリア」誌上で煉瓦の報告をされた方)を招き、奈良県下の事例を中心に煉瓦と考古学についてのお話をして頂く予定。産業考古学ではなく考古学から煉瓦を見た時の視座が学べるはず。詳細はKINIASホームページ

http://kinias.jp/

を参考にされたい。

会場は阪急西宮北口駅に隣接する建物なので行きやすいと思う。学習会はKINIAS会員でなくても参加できるはずだし「永冨が言い触らしとった」といえば追い返されることはないはず……。

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]

_ TUKA [昨日放送された「鉄腕DUSH」にて、東京湾の第二海堡に上陸してました。 明治に建設された人工島の要塞なんですが、建設に使われた煉瓦は刑務所で造られたとか。 西南戦争で投降した薩摩藩士たちが作ってい..]

_ nagajis [小菅集治監の煉瓦ですな。あのへんで古い煉瓦というと大抵小菅のです。]


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