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旧道倶樂部録"

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2016-10-01 [長年日記] この日を編集

[煉瓦工場] もはやのがれられんぞ

岡田煉瓦工場とか石川煉瓦工場とかあることを失念していた。「赤煉瓦工場がなくなるまで」ったら1994年版までがっつり見ろっちゅうことになる。無理無理無理。今すぐは無理。

10/1時点のテキストを放り投げておく。PC物故割れて無くなったら嫌だからな。工場通覧はM35-S23まで(除くS11-16)、愛知県統計書明治分まで拾い済み。中央線建設の頃のデータがちょうど無いのは残念だ。

戦時中に煉瓦工場がパンデミックを起こしているのは特徴的かも。耐火煉瓦だけでなく赤煉瓦工場もこの頃多く出現する。土管製造業が兼業していたり陶業地の小規模工場がサブマリン的に浮上してきたのもずいぶん含まれると思うが関西地方にはない特徴だ。

M40には各市各郡に1つ以上の工場があったみたいで瀬戸とか常滑とかにも複数あったことになっているのだが統計書に名が連ねられるような大きな工場はなかったらしい。かわりに土管煉瓦類販売の商社の名がある。

愛知煉石って結構歴史古いのね(M26頃。19とか40とかいうデータもある)。当初は家造煉瓦=赤煉瓦も製造していた。明治末期から耐火煉瓦専業になっている。で大正末だったか昭和初期まで存在。継承関係は終えていないのでその後どうなったかは下記データを解析していただくほうがよい。あと中京耐火と中央耐火があってCT or CTKが断定できぬ。

■■工場通覧. 明治35年

●三重県 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/802715/141
四日市煉瓦製造所
煉瓦石
三重郡海藤村
松岡忠四郎
明治26年4月
職18/5

●愛知県
水野煉化工場
煉化
碧海郡根崎村
水野芳太郎
明治30.4
職23/0

永江煉化工場
煉化
幡豆郡平坂村
永江きく
明治27.5.
職20/3

平坂煉瓦合資会社
煉瓦
幡豆郡平坂村
平坂煉瓦合資会社
目地34.1.
職18/3

神谷煉瓦工場
煉化石
碧海郡高浜町
神谷源之助
明治35.7.
職20/0

大野就産所
煉瓦
碧海郡刈谷町
大野介蔵
明治16.1.
職16/0

●岐阜県 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/802715/144
奥田煉瓦石製造所
煉瓦石
不破郡青墓村大字矢道
奥田平八
明治30.4.
職100/80

小松煉瓦製造所
煉瓦
恵那郡落合村
小松正一
明治33.10.
職22/0

■■工場通覧. 明治37年

●三重県 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/802716/183

四日市煉瓦製造所
煉瓦石
三重郡海藤村
松岡忠四郎
明治26年4月
職15/3

●愛知県
水野煉化工場
煉化
碧海郡根崎村
水野芳太郎
明治30.4
職23/0

永江煉化工場
煉化
幡豆郡平坂村
永江きく
明治27.5.
職18/3

平坂煉瓦合資会社
煉瓦
幡豆郡平坂村
平坂煉瓦合資会社
目地34.1.
職18/3

神谷煉瓦工場
煉化石
碧海郡高浜町
神谷源之助
明治35.7.
職20/0

大野就産所
煉瓦
碧海郡刈谷町大字緒川町
大野介蔵
明治16.1.
職16/0

倉田工場
煉瓦石
碧海郡新川町
角谷安兵衛
明治28.3.
職34/8

片山工場
煉瓦石
碧海郡新川町
片山幾太郎
不詳
職13/2

●岐阜県 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/802716/185
小松煉瓦製造所
煉瓦
恵那郡落合村
小松正一
明治33.10.
職17/0

■■工場通覧. 1冊 明治40年12月末日現在
##http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/802717/209

●三重県 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/802716/183

四日市煉瓦製造所
煉瓦石
三重郡海藤村
松岡忠四郎
明治26年4月
職25/10

●愛知県
倉田工場
煉瓦石
碧海郡新川町
奥谷多作
明治31.3.
職38/5

神谷瓦製造工場
煉瓦石・瓦土管
碧海郡高浜村
神谷徹
明治35.7.
職30/3

愛知煉石合資会社
耐火煉瓦及家造煉石
名古屋市下堀川町
愛知煉石合名会社
M26.6.
職10/1 電1/3

奥村工場
瓦煉瓦
丹羽郡池野村
奥村兼松外4名
明治38.
15/12

名古屋煉瓦合資会社
赤れんが
愛知郡千種村
名古屋煉瓦合資会社
明治40.8.
職10/5

久田工場
土管煉瓦
知多郡枳豆志村大字四阿野
久田重次郎
明治36.1.
職11/0

中京煉瓦商会
煉瓦
愛知郡千種町
白木松兵衛
明治40.10.
職12/0

平坂煉瓦合資会社
煉瓦
幡豆郡平坂村大字平坂
平坂煉瓦製造合資会社
明治24.1.
職20/0

知多煉瓦合資会社
煉瓦
知多郡上野村大字荒居
知多煉瓦合資会社
明治29.12
職22/0

小島工場
煉瓦
幡豆郡平坂村大字楠
小島新一郎
明治35.5
職10/0

(神谷工場 土管)

就産所
煉瓦
碧海郡刈谷村
大野介蔵
明治16.1.
職25/0

根崎煉瓦工場
煉瓦石
碧海郡明治村
岡田松太郎
明治28.7.
職17/5

角谷工場
瓦煉化石
碧海郡新川町
角谷安兵エ
不詳
職17/6

●岐阜県
中央煉瓦
煉瓦
不破郡多葉村
武藤嘉門
明治40.5.
職24/7

■■工場通覧. 2冊 明治42年12月末日現在
#http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/802718/519
●三重県
羽津煉瓦製造場
赤煉化
三重郡羽津村
森忠一
明治41.5.
職8/6

松井製瓦工場
赤煉瓦
阿山郡府中村
松井吉次郎
文化3.
職13

藤井瓦製造所
赤煉瓦
阿芸郡稲生村大字野町新田
藤井清次郎
明治20.4.
職26/0

平井製瓦工場
赤煉瓦
三重郡四郷村
平井清左衛門
元禄2.4.
職10/0

●愛知県 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/802718/527
早川組練瓦工場
煉瓦
愛知郡呼■町字瑞穂?
早川昇作
明治39.8.
職18/4

奥谷煉瓦化石製造所
煉瓦
碧海郡新川町
奥谷多作
明治39.3.
20/5

刈谷就産書
煉瓦
碧海郡刈谷町大字刈谷
大野介蔵
明治15.2.
職28/18

片山煉化工場
煉化
碧海郡新川町
片山幾太郎
明治26.3.
25/15

神谷製造所
煉化、土管
碧海郡高浜町大字高浜
神谷徹
明治29.6
28/17

┐ト 瓦製造所
煉化
幡豆郡平坂村
小島新一郎
明治35.4.
職6/0

根崎煉化岡田工場
煉化
碧海郡明治村大字根崎
岡田松太郎
明治30.4.
職25/9

名和煉瓦工場
煉化
知多郡上野村大字名和
寺西小三郎
明治40.5.
6/2

中京煉瓦商会
煉瓦
愛知郡千種町字豊前
白木松兵衛
明治41.4.
職10/2

名古屋煉化合資会社
煉化
愛知郡千種町字豊前
中島太郎
明治40.8.
13/4

永江工場
煉化
愛知郡笠寺村大字高?尾
永江茂七
明治42.12.
職3/2

青山工場
煉化
愛知郡笠寺村字市場東
二村市太郎
明治42.4
職11/4

平坂煉瓦合資会社
幡豆郡平坂村
代表社員 服部半三
明治34.2.
職6/0

久田組
土管、煉化
知多郡枳豆志村
久田豊三郎
明治35.1.
職10/0

●岐阜県 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/802718/534
中央煉瓦製造所
煉瓦
不破郡青墓村
武藤嘉門
明治50.5.??
職10/10

■工場通覧. 大正8年10月

●三重県 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/931903/386
四日市煉瓦製造所
普通煉瓦、耐火煉瓦、土管
三重郡海藤村
合資会社四日市煉瓦製造所
明治26.4.
職30/8
他1/30

津煉瓦合資会社
煉瓦
一志郡本村大字本村
代表社員 宮田正太郎 八田新五郎
大正5.9.
10/5 瓦1/7

南勢土管株式会社工場
土管及煉瓦
多気郡斎宮村
南勢土管株式会社
大正5.11.
職20/0
蒸1/6

藤井煉瓦製造所
赤煉瓦
三重郡羽津村
藤井彦次郎
明治42.3.
10/15

●愛知県 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/931903/387
東海窯業株式会社瀬戸工場
耐火煉瓦及原料材料
東春日井郡永野村
専務取締役
小林茂
大正6.8
職71/6
他3

東洋耐火煉瓦工場
耐火煉瓦
愛知郡千種町
谷口勘左衛門
大正5.7
職15/4

東洋煉瓦工場
普通煉瓦
知多郡八幡村
安藤竹三
大正6.9.
職15/15
石1/4

中央耐火煉瓦製作所
耐火煉瓦
東春日井郡高蔵寺村大字高蔵寺
加藤春吉
大正5.6.
職22/4

中京煉瓦工場
耐火煉瓦及赤煉瓦
愛知郡千種町
丹羽徳三郎
大正4.9.
職10/5
他1/1

大阪窯業株式会社平坂工場
煉瓦及貼付煉瓦
幡豆郡平坂村
大阪窯業株式会社
大正6.2.
職172/24
瓦斯1/50、他1/3

岡田煉瓦工場
煉瓦
知多郡岡田町
安藤吉三郎
大正6.11
職15/5

岡田煉瓦工場
赤煉瓦及耐火煉瓦
碧海郡明治村大字根崎
岡田侑治
明治30.4
職22/4
石1/6

岡崎煉瓦合資会社
赤煉瓦及耐火煉瓦
岡崎市中町
岡崎煉瓦合資会社
大正5.7.
職7/4

尾張耐火煉瓦工場
耐火煉瓦
知多郡武豊町
社長 伊藤敬四郎
明治29.11.
職135/7
他1/145

尾張耐火煉瓦工場
耐火煉瓦
愛知郡千種町
山下久兵衛
大正5.11
職8/7

奥田耐火煉瓦株式会社
耐火煉瓦
愛知郡御器所村
奥田耐火煉瓦株式会社
大正6.5.
職35/2 瓦斯1/14 他1/1

奥谷煉化石製造所
煉瓦
碧海郡新川町
奥谷多作
明治16.12.
職10/3
他1/1

片山煉化石工場
煉瓦
碧海郡新川町
片山幾太郎
明治26.3.
職11/6 他1/1

刈谷就産所
煉瓦
碧海郡刈谷町
大野竹蔵
明治14.2.
職25/20 他1/5

神谷芳太郎煉瓦工場
赤煉瓦
碧海郡高浜町
神谷芳太郎
大正5.5.
職21/7 他1/2

合資会社四日市煉瓦製造所高浜支店
煉瓦及土管
碧海郡高浜町
業務執行社員 松岡忠四郎
明治45.7.
職8/4 他1/1

名古屋煉瓦合資会社
耐火煉瓦
愛知郡千種町
飯田弥七
大正5.11.
職25/15
他1/5

愛知煉石合名会社
耐火煉瓦
名古屋市
愛知煉石合名会社
明治19.9.
職37.5. ?2/17.5

金城耐火煉瓦合資会社
耐火煉瓦、ターム煉瓦、星形煉瓦その他
愛知郡千種町
篠田利五郎
大正5.2.
職33/4

明治煉瓦合資会社
煉瓦
愛知郡呼続町
代表社員 太田正兵衛
明治41.11
職130/80 他3/4

平松煉瓦製造部
赤煉瓦
知多郡上野村
平松良太郎
明治30.9.
職10/5

久田窯
土管、煉瓦、植木鉢
知多郡西浦町
久田直次郎
明治36.1.
職14/1 他1/5

●岐阜県 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/931903/392
合資会社長谷川製陶所
装飾煉瓦
可児郡豊岡町
代表社員長谷川淳一
大正5.11
職10/13 他1/2

立川式化粧煉瓦工場
化粧煉瓦
可児郡豊岡町長瀬
佐藤貞治
大正5.6.
職15/5 他1/2

毛利煉瓦工場
煉瓦
稲葉郡長良村
毛利永作
明治30.2.
職15/2 他1/1

■■工場通覧. 大正10年11月 
●三重県 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/931905/438
伊賀煉瓦製造株式会社工場
赤煉瓦
阿山郡上野町
伊賀煉瓦製造株式会社
大正6.3.
職11/3

羽津煉瓦製造工場
赤煉瓦
三重郡羽津村
森忠良
明治40.5.
8/13 他2/4

日本耐火窯業株式会社伊賀工場
耐火煉瓦
阿山郡新居村
日本耐火窯業株式会社
大正7.10.
職8.2. 日1/2

合資会社四日市煉瓦製造所
煉瓦及土管
三重郡海藤村
代表社員松岡忠四郎
明治26.4.
職21/17 他3/5

津煉瓦合資会社工場
赤煉瓦
一志郡本村
代表社員 八田新五郎
大正5.9.
職7/3 瓦斯1/7

南勢土管株式会社工場
土管及煉瓦
多気郡斎宮村
南勢土管株式会社
大正5.11
17/6 石1/15

(萬古焼製造所 四日市市浜一色139)

藤井煉瓦製造所
煉瓦
三重郡羽津村
藤井彦治郎
明治42.3.
職6/10

●愛知県 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/931905/439
日本洋瓦株式会社高浜工場
洋瓦及煉瓦
碧海郡高浜町
日本洋瓦株式会社
大正6.6
職18/2

日本洋瓦株式会社新川工場
洋瓦及煉瓦
碧海郡新川町

大正7.9.
職32/3 瓦斯2/20、電1/7

日本陶業合資会社工場
化粧煉化
知多郡常滑町
代表社員 伊那伍助
大正6.5.
職17/16 石1/5

日本煉瓦製造株式会社武豊支店工場
耐火煉瓦、モルタル、マグネシヤ焼粉
知多郡武豊町
日本煉瓦製造株式会社
大正5.2.
職140/17 他3/135

西中商会窯業部
化粧貼付煉瓦
知多郡西浦田町
西中弘
大正7.9.
職19/4 瓦1/6

東海窯業株式会社瀬戸工場
耐火煉瓦、耐火モルタル
東春日井郡水野村
東海窯業株式会社
大正6.8
職86/6 他3/45

東洋耐火煉瓦株式会社刈谷工場
耐火煉瓦、耐火モルタル
碧海郡刈谷町
東洋耐火煉瓦株式会社
大正7.5.
職65/12 汽1/100

東洋白煉瓦株式会社名古屋分工場
カチコミ、シャモット煉瓦、水抜シャモット煉瓦、耐火モルタル
愛知郡千種町
東洋白煉瓦株式会社
明治40.6.
職17/8 他1/5

岡田煉瓦製造場
煉瓦
碧海郡明治村
岡田侑治
明治30.4.
職17/2 石1/3

岡田煉瓦工場
煉瓦
知多郡岡田町
安島重盛
大正6.11
職14/2

岡崎煉瓦合資会社工場
耐火煉瓦、赤煉瓦、耐火モルタル
岡崎市中町字仲道17
代表社員松浦亀治郎
大正5.8
職7/3

大阪窯業株式会社平阪工場
煉瓦、化粧煉化
幡豆郡平坂村大字平坂
大阪窯業株式会社
明治34.1
職93/22 瓦斯2/70 他2/4

奥谷煉瓦製造工場
赤煉瓦
碧海郡新川町
奥谷多作
明治38.3.
職10/9 石1/3

加藤煉瓦工場
建築貼付煉瓦
東春日井郡瀬戸町
加藤吉兵衛
大正7.3.
職4/6 他1/1

加藤煉瓦工場
赤煉瓦
知多郡横須賀町
加藤標太郎
大正7.6
職6/4 他1/1

株式会社加藤春吉商店 中央耐火煉瓦製造所
並型耐火煉瓦
東春日井郡高蔵寺村
株式会社加藤春吉商店
大正5.6.
職10/1

神谷煉瓦工場
赤煉瓦
碧海郡高浜町
神谷芳太郎
大正5.12.
職15/10 他1/2

刈谷就産所
赤煉瓦及瓦
碧海郡刈谷町
大野介蔵
明治14.2.
職22/18 他1/5

片山煉瓦工場
煉瓦
碧海郡新川町
片山幾太郎
明治26.3.
職7/5 石1/3 他1/2

┐小 小島煉瓦工場
煉瓦
幡豆郡平坂村大字楠
小島新一郎
明治25.
職10/3 他1/3

┐ヤ 小島土管工場
土管及煉瓦
幡豆郡平坂村大字楠
小島弥太郎
明治30.3.
職6/4 他1/1

横井煉瓦工場
煉瓦
碧海郡大浜町
横井定治郎
大正6.6.
職7/5

永江煉瓦土管工場
煉瓦、半径土管
幡豆郡平坂村大字楠
永江久太郎
明治15.
職9/3 汽1/1

倉田煉瓦工場
煉瓦
碧海郡新川町
倉田利三郎
大正7.11
職10/4 他1/2

丸二商会東築地工場
各種貼付煉瓦
名古屋市南区東築地二
鵜飼常八
大正7.3. 職9/6 他1/1

○十 杉江工場
焼酎瓶、土管、煉瓦
知多郡常滑町
杉江嘉左衛門
明治13.4.
職13/0 瓦1/20

○八伊奈工場
排水及上水道用土管、耐酸用及地下用土管、化粧煉瓦
知多郡常滑町
伊奈初之丞
元和元
職75/25 汽1/30 瓦斯1/8

小西製陶工場
貼付け煉瓦
知多郡横須賀村
小西忠左衛門
大正2.5
職13/2 他1/1

江西煉瓦工場
赤煉瓦
知多郡上野村
寺西小三郎
明治40.4.
職6/4

帝国ホテル煉瓦製作所
簾煉瓦、穴抜煉瓦
知多郡西浦町
牧口銀司郎
大正6.9.
職24/6 瓦1/20 他1/5

佐治製陶所
化粧煉瓦
西春日井郡六郷村
佐治春蔵
大正7.2.
職93/22 他5/45

九州耐火煉瓦株式会社名古屋工場
煉瓦
名古屋市中区向田町132
九州耐火煉瓦株式会社
大正7.10
職25/3 他2/30

明治煉瓦合資会社工場
赤煉瓦
愛知郡呼続町大字干竃字一本木一
明治煉瓦合資会社
明治40.6.
職39/27 他3/4

明治煉瓦合資会社笠寺分工場
赤煉瓦
愛知郡笠寺村大字笠寺字市場東
明治煉瓦合資会社
大正6.11
職8.8 他1/2

平松煉瓦製造部
赤煉瓦
知多郡上野村
平松定一
明治30.9.
職16/5

久田窯土管工場
土管及煉瓦
知多郡西浦町
久田直次郎
明治36.1.
職13 他1/5

●岐阜県 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/931905/445
合資会社長谷川製陶所
装飾煉瓦
可児郡豊岡町
長谷川淳一
大正5.11
職25/14 他3/6

各務原殖産株式会社工場
煉瓦
稲葉郡前宮村
各務原殖産株式会社
大正8.4.
職12/4 石1/3

立川式化粧煉瓦工場
化粧煉瓦
可児郡豊岡町
佐藤貞治
大正5.6
職15/15 他2/8

大正煉瓦工場
煉瓦
稲葉郡長良村
林菊太郎
大正3.3.
職12/9 他1/3

##窯業銘鑑
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1016563/226

■全国工場通覧. 昭和4年末現在
●岐阜県 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1027282/347
美濃窯業株式会社工場
岐阜県土岐郡瑞浪町
大正7.8.
耐火煉瓦
上田政一

飛騨窯業株式会社下切工場
岐阜県大野郡上枝村
大正7.4.
煉瓦
直井修三

●愛知県
中京煉瓦工場
名古屋市東区千種町
大正3.7.
耐火煉瓦
丹羽政吉

明治煉瓦合資会社笠寺分工場
名古屋市南区笠寺町
大正6.11.
赤煉瓦
太田正兵衛

明治煉瓦合資会社笠寺分工場(呼続分工場?)
名古屋市南区呼続町
明治40.6.
赤煉瓦
太田正兵衛

岡崎煉瓦合資会社
愛知県岡崎市中町中通
大正5.7.
耐火煉瓦
杉浦初太郎

大勝煉瓦工場
愛知県東春日井郡水野町
大正14.10.
耐火煉瓦
大和庄太郎

亀崎煉瓦工場
愛知県知多郡亀崎町
大正9.2.
普通煉瓦
杉野彦三郎

蟹江煉瓦工場
愛知県知多郡横須賀町
大正5.6.
赤煉瓦
蟹江金次郎

加藤煉瓦工場
愛知県知多郡(横須賀町?)
大正7.6.
赤煉瓦
加藤樽太郎

中根煉瓦工場
愛知県知多郡八幡町
大正11.4.
普通煉瓦
中根久一郎

神谷煉瓦工場
愛知県碧海郡高浜町
大正5.5.
普通煉瓦
神谷芳太郎

奥田煉瓦製造所
愛知県碧海郡新川町
明治38.3.
赤煉瓦
奥田多作

甚為煉瓦工場
愛知県碧海郡新川町?
明治26.3.
赤煉瓦

山本煉瓦工場
愛知県碧海郡新川町?
明治30.1.
普通煉瓦
山本倉之助

岡本煉瓦工場
愛知県碧海郡新川町?
大正1.5.
赤煉瓦
岡本五郎

大野煉瓦工場
愛知県碧海郡刈谷町
明治41.4.
赤煉瓦
大野一造

岡田煉瓦工場
愛知県碧海郡明治村
明治33.4.
普通煉瓦
岡田修治

三島煉瓦工場
愛知県幡豆郡平坂町
大正9.10.
赤煉瓦
三島文次郎

飯塚煉瓦工場
幡豆郡平坂町?
明治43.3.
赤煉瓦
飯塚竹三郎

大久保煉瓦工場
愛知県幡豆郡平坂町
明治44.1.
赤煉瓦
大久保理吉

近藤工場
愛知県幡豆郡平坂町?
大正13.4.
煉瓦
近藤惣次郎

中央耐火煉瓦製造所
東春日井郡高蔵寺町
大正5.5.
耐火煉瓦
山内右馬太郎

東洋耐火煉瓦株式会社刈谷工場
愛知県碧海郡刈谷町
大正7.12.
耐火煉瓦
浮淵武彦

大阪窯業株式会社平坂工場
愛知県幡豆郡平坂町
明治34.1.
普通煉瓦

名古屋坩堝製作所
名古屋市中区御器所町
大正6.4.
耐火煉瓦
尾松真一郎

●三重県 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1027282/348
津煉瓦製造所
三重県一志郡本村
明治30.6.
赤煉瓦
瀧本巌

伊賀煉瓦製造所
阿山郡上野町
昭和4.3.
赤煉瓦
岡田■三郎

羽津煉瓦工場
三重郡羽津町
明治40.4.
赤煉瓦
森忠良

東瓦製造所
阿山郡島ヶ原村
明治45.1.
煉瓦
東金松

南勢土管株式会社
多気郡斎宮村
大正5.11.
土管
大屋金十郎

■全国工場通覧. 昭和7年7月版
●愛知県 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1212137/281
中重煉瓦工場
名古屋市東区千種町駅(?)前
大正3.3.
耐火煉瓦
丹羽政治
A

名古屋坩堝製作所
名古屋市中区御器所町鳥喰
大正6.4.
耐火煉瓦
居松真一郎
A

明治煉瓦合資会社笠寺分工場
南区笠寺町市場東
大正6.11.
赤煉瓦
太田正兵衛
A

明治煉瓦合資会社
南区呼続町一本木
明治40.6.
赤煉瓦
太田正兵衛
A

飯塚煉瓦工場
愛知県幡豆郡平坂町
明治43.
赤煉瓦
飯塚竹次郎
A

豊場煉瓦工場
愛知県西春日井郡豊山村
大正5.
赤煉瓦
水野兼吉
A

東洋耐火煉瓦株式会社刈谷工場
愛知県碧海郡刈谷町刈谷
大正7.12.
耐火煉瓦
浮洲武彦
B

大阪窯業株式会社平坂工場
幡豆郡平坂町平坂丸山
明治34.
普通煉瓦
B

大野煉瓦工場
愛知県碧海郡刈谷町刈谷
明治14.4.
赤煉瓦
大野一造
A

大勝煉瓦工場
東春日井郡永野村下永野
大正14.
煉瓦
大和庄太郎
A

奥谷煉瓦製造所
碧海郡新川町田尻
明治38.3.
赤煉瓦
奥谷多作
A

岡田煉瓦工場
碧海郡明治村
明治33.4.
耐火煉瓦
岡田侑治
A

岡崎煉瓦合資会社
岡崎市中町中道
大正5.7.
耐火煉瓦
杉浦初太郎
A

瓶先煉瓦工場
愛知県知多郡亀崎町新北浦
大正9.2.
普通煉瓦
杉野彦三郎
A

神芳煉瓦工場
碧海郡高浜町高浜横浜
大正5.
赤煉瓦
神谷芳太郎
A

中根煉瓦工場
碧海郡八幡町新知大内
大正11?
普通煉瓦
中根久一郎
A

マル十 永江煉瓦工場
幡豆郡平坂町楠村堂地
明治元年
赤煉瓦
永江愛助
A

三共陶土製造場
瀬戸市瀬戸
明治45.2.
普通煉瓦
木下順作
A

三島煉瓦工場
幡豆郡平坂町楠村北浜
大正9
赤煉瓦
三島文次郎
A

●岐阜県
美濃窯業株式会社
岐阜県土岐郡瑞浪町
大正7.8.
耐火煉瓦
上田政一
B

飛騨窯業株式会社下切工場
大野郡上枝村
大正7.4.
煉瓦
直井修三
A

●三重県
伊賀煉瓦製造所
阿山郡上野町
明治4.3.
赤煉瓦
岡田式三郎
A

羽津煉瓦工場
三重郡羽津村
明治40.4.
赤煉瓦
森忠良
A

■全国工場通覧. 昭和9年9月版

●愛知県 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1212170/378
中京煉瓦工場
名古屋市東区千種町豊前
大正4.3.
耐火煉瓦
丹羽政治

合名会社名古屋坩堝製作所
名古屋市中区御器所町鳥喰27
大正6.4.
異型耐火煉瓦
居松真一郎

東洋耐火煉瓦株式会社刈谷工場
愛知県碧海郡刈谷町大谷山屋敷5
大正7.12
煉瓦耐火物
浮洲武彦

豊場煉瓦工場
西春日井郡豊山村字豊場字南上京
大正5.7.
赤煉瓦
水野兼吉

中央耐火煉瓦製作所
東春日井郡高蔵寺1159
大正5.5.
耐火煉瓦粘土
小島孝三

岡田煉瓦工場
碧海郡明治村大字根崎字西根
明治33.4.
普通煉瓦
岡田修治

岡崎煉瓦合資会社
岡崎市中町字中通
大正5.7.
耐火煉瓦耐火モルタル
杉浦初太郎

奥谷煉瓦工場
碧海郡新川町字田尻
明治38.3.
赤煉瓦
奥谷多作

亀崎煉瓦工場
知多郡亀崎町大字亀崎
大正9.2.
赤煉瓦
杉野彦三郎

神谷煉瓦工場
碧海郡高浜町大字高浜字横浜
大正5.5.
赤焼煉瓦
神谷芳太郎

中根煉瓦工場
知多郡八幡町大字新知字大内
大正11.4.
普通煉瓦
中根久一郎

ヤマ二耐火煉瓦製造所
東春日井郡水野村大字中水重
昭和7.1.
耐火煉瓦
桜川茂助

山本煉瓦工場
碧海郡新川町字住吉裏15
明治30.1.
赤煉瓦
山本倉之助

三島煉瓦工場
幡豆郡平坂町字楠村字北浜屋敷
大正9.10.
赤煉瓦
三島文次郎

株式会社甚為煉瓦工場
碧海郡新川町字新川35
明治26.3.
赤煉瓦
片山培夫

●岐阜県
マル一 島田工場
岐阜県大野郡上枝村山田1233
明治35.4.
煉瓦
島田健一

美濃窯業株式会社
土岐郡瑞浪町寺河戸
大正7.8.
耐火煉瓦耐酸煉瓦
上田政一

飛騨窯業合資会社
大野郡上枝村山田大字下切
大正7.4.
煉瓦
直井修三

●福井県
山口工場
福井県三方郡南西郷村気山
大正11.5.
煉瓦
山口治一

●三重県 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1212170/379
伊賀煉瓦製造所
阿山郡上野町車阪
大正6.7.
赤煉瓦
岡田五八

■全国工場通覧. 昭和10年9月版

●愛知県 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1212212/421
中京耐火煉瓦工場
名古屋市東区千種町豊前82
明治34.3.
耐火煉瓦
丹羽政治

難波耐火煉瓦製造所
名古屋市中区向田町199
昭和8.2.
耐火煉瓦
難波民治


合名会社名古屋坩堝製造所
名古屋市中区御器所町鳥喰27
大正6.4.
耐火煉瓦
居松真一郎

豊場煉瓦工場
西春日井郡豊山村豊場59
大正5.3.
赤煉瓦
水野兼吉

東洋耐火煉瓦株式会社刈谷工場
碧海郡刈谷町5
大正7.12.
耐火煉瓦
浮洲武彦

中央耐火煉瓦製造所
東春日井郡高蔵寺町高蔵寺
大正5.5.
耐火煉瓦
小島孝三

奥谷煉瓦工場
碧海郡新川町田尻100
明治38.3.
赤煉瓦
奥谷邦太郎

岡田煉瓦工場
碧海郡明治村西根283
明治33.4.
煉瓦
岡田侑治

岡崎煉瓦合資会社
愛知県岡崎市中町字中道17
大正5.7.
耐火煉瓦
杉浦初太郎

岡本煉瓦工場
碧海郡新川町5
大正11.5.
赤煉瓦
岡本五市

神芳煉瓦工場
碧海郡高浜町高浜
大正5.5.
赤煉瓦
神谷芳太郎

亀崎煉瓦工場
知多郡亀崎町亀崎61
大正9年2.
赤煉瓦
杉野彦三郎

株式会社大正製陶所
知多郡鬼崎村多屋郷下
昭和2.1.
化粧煉瓦

中根煉瓦工場
愛知県知多郡八幡町大内19
大正11.4.
煉瓦
中根多郎

ヤマニ耐火煉瓦製造所
東春日井郡水野村下水野
昭和7.1.
耐火煉瓦
桜井茂助

山本煉瓦工場
碧海郡新川町住吉裏18
明治30.1.
赤煉瓦

三共陶土製造所
瀬戸市瀬戸2622
大正6.9.
内張煉瓦
木下順作

株式会社甚為煉瓦工場
碧海郡新川町
明治26.3.
赤煉瓦
片山■夫

●岐阜県
美濃窯業株式会社工場
岐阜県土岐郡瑞浪町寺河719
大正7.8.
耐火煉瓦
近藤匡文

●三重県
伊賀煉瓦製造所
阿山郡上野町上野車坂655
大正6.4.
赤煉瓦
岡田五八

三阿窯業合資会社
三重県阿山郡島ヶ原村5810
昭和8.10.
耐火煉瓦

■全国工場通覧. 昭和22年版
●福井県 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1124380/381

川端製瓦工場
今立郡北日野村庄田第32号2
煉瓦
河端瀧次
大正3.4.

敦賀窯業株式会社
敦賀市津内63
耐火煉瓦
辻野長太郎
D
昭和15.2.

福井耐火煉瓦株式会社
丹生郡宮崎()檻津78
耐火煉瓦
D
昭和14.9.

●愛知県 
愛知窯業株式会社
碧海郡高浜町高浜
耐火煉瓦
戸田哲次郎
C
昭和14.11.

愛知三和土工工業株式会社
宝飯郡三谷町前田45
土煉瓦
小田金平
E
昭和19.8.

朝日耐火煉瓦製造所
東春日井郡水野村
耐火煉瓦
(休)
松原一夫

浅岡煉瓦素地工場
幡豆郡平坂町楠村28
(休)
朝岡菊松
大正7.4.

足立耐火煉瓦工場
西加茂郡保見村八草
耐火煉瓦
足立恭司郎
E
昭和12.2.

石川煉瓦工場
半田市有殿焼山60
(休)
石川孝重
昭和13.3.

石川煉瓦土管工場
幡豆郡平坂町平坂丸山62
(休)
石川平一郎
昭和13.7.

磨野煉瓦素地工場
幡豆郡平坂町寺前一
煉瓦素地
磨野昇
E
昭和2.1.

大橋黒煉瓦製作所
名古屋市北区辻町東辻栄7
煉瓦
(休)
大橋止之助
E
昭和12.

大竹窯業商会
瀬戸市西古瀬戸町6
耐火煉瓦
大竹京三郎
D
大正3.3.

大竹三郷工場
東春日井郡朝日村新居2205
耐火煉瓦
大竹ソメ
D
昭和7.

大阪窯業株式会社平坂工場
幡豆郡平坂町丸山7
耐火煉瓦
足立彦三郎
D
明治34.1.

大久保煉瓦工場
幡豆郡平坂町楠村
赤煉瓦
大久保■吉
E
明治44.1.

岡田煉瓦製造所
碧海郡明治村根崎西根
赤煉瓦
岡田侑治
明治30.4.

岡本煉瓦工場
碧海郡新川町鼬穴
赤煉瓦
岡本五郎
E
大正元.5.

亀崎煉瓦工場
半田市亀崎町蛇抜62
赤煉瓦
杉野賢一
D
大正8.2.

加藤煉瓦工場
幡豆郡平坂町平坂
黒瓦
加藤周次郎
E

マル八加藤英一窯業所
東春日井郡水野村上水野91
煉瓦
加藤英一
E
大正15.12.

川瀬耐火煉瓦製造所
東春日井郡水野村
耐火煉瓦
D
昭和8.12.

キング耐火煉瓦工場
東春日井郡水野村中水野
耐火煉瓦
稲垣孝一
E
昭和12.1.

国富耐火煉瓦製造所
東春日井郡水野村
耐火煉瓦
加藤富治
E
昭和3.

国華窯業株式会社瀬戸工場
瀬戸市瀬戸町22
耐火煉瓦
河村吉三
E
昭和15.7.

近藤煉瓦工場
幡豆郡平坂町楠村25
赤煉瓦
近藤為一
大正7.4.

小庄煉瓦土管工場
幡豆郡平坂町楠村20
赤煉瓦
小島庄之助
大正8.7.

小俊煉瓦土管工場
幡豆郡平坂町寺前14
赤煉瓦
小島俊一
E
大正13.2.

カネヤ小島煉瓦工場
幡豆郡平坂町楠村17
赤煉瓦
小島弥太郎
明治40.8.

ヤマニ小島煉瓦土管工場
幡豆郡平坂町楠村1
赤煉瓦
小島万一
大正5.1.

小島耐火煉瓦工場
東春日井郡水野村
耐火煉瓦
小島倉三郎
E
昭和12.6.

坂本煉瓦工場
豊橋市西口町土橋6
煉瓦
辻村増蔵
E

榊原煉瓦土管工場
幡豆郡寺津町寺津17
赤煉瓦
榊原松太郎
E
明治25.2.

三宝舎
東春日井郡旭村三郷
耐火煉瓦
小沢貞薫丸
E
昭和13.4.

神藤黒煉瓦工場
豊橋市前田町33
普通煉瓦
E
昭和18.10.

昭和窯業株式会社
東春日井郡品野町下品野1670
耐火煉瓦
戸田兼介
E
昭和6.

鈴木煉瓦工場
幡豆郡平坂町楠村2-4
(休)
鈴木市平
大正2.4.

大成耐火煉瓦製造所
東春日井郡水野村
耐火煉瓦
E
昭和13.4.

大同製鋼株式会社星崎工場新川赤煉瓦工場
碧海郡新川町田尻83
赤煉瓦
E
大正5.4.

中京耐火煉瓦株式会社
名古屋市四種区千種町82
煉瓦
丹羽政治
明治39.4.

中部窯業株式会社
幡豆郡平坂町楠村2
耐火煉瓦
四宮次郎
E
昭和13.3.

中央耐火煉瓦製作所
東春日井郡高蔵寺町高蔵寺1159
耐火煉瓦
加藤良明
D
大正5.6.

○六調子煉瓦土管工場
幡豆郡平坂町楠村18
(休)
調子富次郎
大正10.1.
東海化学建材工業有限会社
名古屋市瑞穂区日向町2-18
煉瓦
E
昭和19.4.

東京白煉瓦株式会社
東春日井郡旭村新居324
耐火煉瓦
甘粕浅五郎
E
昭和13.

東京白煉瓦株式会社平坂工場
幡豆郡平坂町楠明神後2
耐火煉瓦
甘粕浅五郎
E
昭和12.

東京芝浦電気株式会社刈谷工場
碧海郡刈谷町刈谷5
耐火煉瓦
C
大正7.5.

東亜化工株式会社協力工場
碧海郡高浜町高浜中島1
煉瓦
神谷吉之助
E
昭和19.4.

陶栄株式会社工場
知多郡常滑町狸塚56
耐酸煉瓦
関幸助
D
明治30.4.

名古屋耐火工業株式会社第一工場
名古屋市東区矢田町17-19
耐火煉瓦
名倉兼吉
昭和12

名古屋耐火工業株式会社
東春日井郡水野村
耐火煉瓦
D
昭和12.9.

永江煉瓦工場
幡豆郡平坂町楠岡28
(休)
永江儀一
大正3.4.

ヤマ久永江煉瓦土管工場
幡豆郡平坂町楠村20
赤煉瓦
永江松一
明治15.2.

永田煉瓦土管工場
幡豆郡平坂町楠村20
赤煉瓦
永田米三郎
E
昭和14.10

日本特殊窯業株式会社
名古屋市北区因幡町840
特殊クリンカー
横山秀
E
昭和14

日本耐熱工業合資会社
知多郡常滑町梶間口60
耐火煉瓦
水野秋治
D
昭和10.3.

日比野耐火煉瓦工場
東春日井郡水野村
耐火煉瓦
(休)
日比野兼松
E
昭和12.

古山タイル製陶所
東春日井郡水野村中水野1269
耐火煉瓦
都筑謙次郎
昭和3(12?)

マル庄丸庄窯業耐火煉瓦製造所
瀬戸市東安土町16
耐火煉瓦
E
昭和4.11.

マル三煉瓦工場
碧海郡安城町福釜82
赤煉瓦
三島文治郎
昭和11.8.

丸福耐火煉瓦製造所
東春日井郡水野村
耐火煉瓦
桜井福
E
昭和12.12.

三河珪石株式会社岡崎作業所美合工場
岡崎市美合町4
杉本源之丞
E
昭和15.4.

三河珪石株式会社煉瓦工場
岡崎市中町4-8
赤煉瓦
杉本源之丞
大正5.7.

美濃窯業株式会社亀崎工場
半田市亀崎蛇抜10
耐火煉瓦
安藤除郎
D
昭和12.10

水野耐火煉瓦株式会社
東春日井郡水野村
耐火煉瓦
春日弘太
E
昭和7.12.

村田煉瓦素地製造工場
幡豆郡平坂町楠村16
(休)
村田友吉
大正13.10

大和工業所
空地郡幡水村菅野2785
耐火煉瓦
大和庄太郎
E
昭和13.

大和富耐火煉瓦工場
東春日井郡水野村
耐火煉瓦
大和富太郎
E
昭和12.8.

ヤマ二耐火煉瓦製造所
東春日井郡水野村中水野359
耐火煉瓦
桜井茂一
E
大正14年

ヤマ石橋煉瓦工場
碧海郡新川町袖穴91
赤煉瓦
石橋良造
昭和9.8.

山本煉瓦工場
碧海郡新川町住吉裏18
赤煉瓦
三田村三太夫
E
明治30.

入江煉瓦工場
碧海郡刈谷町本刈谷12
赤煉瓦
E
昭和12.4.

●岐阜県 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1124380/382
明知耐火煉瓦株式会社
恵那郡明知町461
煉瓦
渡邉政人
E
昭和13.6.

天友赤煉瓦工業合資会社
岐阜市長良福光1608
赤煉瓦
E
大正13.4.

旭耐火煉瓦製造所
恵那郡鶴岡村原1246
耐火煉瓦
加藤喜三
E
昭和15.8.

合名会社上山電波磁機製作所
多治見市上ノ山町54
耐火煉瓦
上山貞治
D
昭和5.5.

川村耐火工業所
土岐郡土岐崎町土岐口
耐火煉瓦
川村精一
昭和13.10.

岐阜硬土工業株式会社
岐阜市金龍町3-784
黒煉瓦
林重太郎
E
昭和18.5.

岐阜保熱工業株式会社
恵那郡明知町1-8976
断熱レンガ
片山恭平
D
昭和19

岐阜耐火煉瓦合資会社
土岐郡土岐津町土岐口
耐火煉瓦
D
昭和12.12.

国光耐火煉瓦工場
多治見市平野町1-14
耐火煉瓦
加藤初吉
E
昭和12.8.

ヤマ小
小木曽特殊耐火工業所
土岐郡瑞浪町寺河戸910
並型煉瓦
小木曽修三
E
昭和13.

昭和耐火工業株式会社
土岐郡瑞浪町寺河戸1205
耐火煉瓦
興津哲三
E
S13

昭泉窯業有限会社
土岐郡和泉町定林寺580
断熱煉瓦
津田貢
E
昭和18.4.

多治見特殊煉瓦工業所
多治見市大日町2
アス煉瓦
佐藤順次
E
昭和19.4.

マル上 中央煉瓦製造所
不破郡青墓村矢道738
普通煉瓦
上野正雄
E
明治40.1.

土屋耐火モルタル工業
土岐郡土岐津町土岐口695
耐火モルタル
土屋喜八
E
昭和8

東和窯業株式会社
多治見市大原477
並型煉瓦
松岡七次
D
昭和12.9.

東京芝浦電気株式会社刈谷工場
土岐郡稲津村小里948
耐火物
正村昭夫
D

日本窯業株式会社
多治見市生田町宮平242
耐火煉瓦
笠原道太郎
E
昭和13

長谷川特殊耐火物製造所
多治見市小田町2-121
断熱煉瓦
長谷川淳一
C
大正10.

丸宮窯業株式会社
土岐郡市之倉村5858
耐火煉瓦
波多野鈴九郎
E
昭和20

美濃窯業株式会社本社工場
土岐郡瑞浪町寺河戸719
耐火煉瓦
有賀清
C
大正7.8.

明知耐火煉瓦株式会社多治見工場
多治見市大畑町5207
耐火煉瓦
牛込孝一
D
昭和13.6.

●三重県

伊賀窯業株式会社
上野市平野2522

松尾一
E
大正10.3.

磐田製陶所
四日市市東阿倉河1069
耐火煉瓦
岩田茂太郎
E
大正13.

笹伊耐火煉瓦製造所
四日市市東阿倉川1302
耐火煉瓦
笹岡伊三郎
昭和12.

三阿耐火煉瓦株式会社
阿山郡島ヶ原村5810
耐火煉瓦
E
昭和10.11.

昭和特殊窯業株式会社
四日市市東阿倉川1249
煉瓦
服部清成
E
昭和15.8.

藤井煉瓦製造所
四日市市羽津939
赤煉瓦
服部■市
E
明治43.3.

美濃窯業株式会社四日市硅石煉瓦工場
四日市市末広町3
珪石煉瓦
足立登
E
昭和9.6.

三重耐火煉瓦株式会社佐那具工場
阿山郡府中村佐那具528
耐火煉瓦
澤井農太郎
E
昭和20

合資会社四日市煉瓦製造所
四日市市東阿倉川1432
耐火煉瓦
山本源四郎
E
明治22.

■全国工場通覧. 昭和24年版

●愛知県 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1124409/289

ヤマ吉岩月島吉工場
碧海郡高浜町西海戸24
D
黒煉瓦
岩月島吉

ヤマ合石橋煉瓦工場
碧海郡新川町鼬穴91
D
赤煉瓦
石橋良浩

伊那清貞製陶所
知多郡常滑町草木口34
D
二ツ穴煉瓦
伊奈清貞

泉焼製陶所
知多郡常滑町前田東割26
D
二つ穴煉瓦
田中彦三

奥谷煉瓦製造所
碧海郡新川町田尻100
D
赤煉瓦

岡田煉瓦製造所
碧海郡明治村根崎西根283
D
赤煉瓦
岡田修治

大久保煉瓦工場
幡豆郡平坂町南浜屋敷七九戸三ノ一
赤煉瓦
大久保理吉

神田煉瓦製造所
名古屋市中村区深川町3-38
D
アス煉瓦
神田太一

神田煉瓦製造所半田工場
半田市狐塚13
D
赤煉瓦
神田太一

亀崎煉瓦工場
半田市亀崎字蛇抜62
D
赤煉瓦
杉野賢一

坂本煉瓦工場
豊橋市岩西町
D
赤煉瓦
辻村増蔵

榊原煉瓦土管工場
幡豆郡寺津町寺津字大野津17
D
赤煉瓦
榊原松太郎

田中二郎製陶所
知多郡常滑町草木口35
D
三穴煉瓦

田中一夫製陶所
知多郡常滑町草和20
D
三ツ穴煉瓦

中部化石工業所
名古屋市南区豊田町繰上
D
煉瓦
奥井源吉

東海高熱工業株式会社名古屋工場
名古屋市南区荒浜町2-12
D
煉瓦
角健蔵

名古屋耐火工業株式会社岡崎工場
岡崎市若松町大廻753
D
煉瓦
名倉兼吉

マル五岡本煉瓦工場
碧海郡新川町鼬穴5
D
赤煉瓦
岡本五市

山本煉瓦工場
碧海郡新川町住吉裏18
D
赤煉瓦
三田村三太夫

愛知窯業株式会社高浜工場
碧海高浜町欠戸50
C
耐火煉瓦
戸田哲次郎

大阪窯業株式会社平坂工場
幡豆郡平坂町丸山7
C
耐火煉瓦

国華窯業株式会社瀬戸工場
瀬戸市古瀬戸町22
D
耐火煉瓦
久野孝太郎

三宝舎
東春日井郡旭村三郷
D
耐火煉瓦
小沢貞薫丸

中京耐火煉瓦株式会社
名古屋市千種区都通1-1
C
耐火煉瓦
丹羽政治

中央耐火煉瓦製作所
東春日井郡高蔵寺町1159
D)
耐火煉瓦

中部窯業株式会社
幡豆郡平坂町楠村字明神後2
耐火煉瓦
四宮次郎

東京白煉瓦株式会社平坂工場
幡豆郡平坂町
C
耐火煉瓦

東京芝浦電気株式会社刈谷工場
碧海郡刈谷町
C
耐火煉瓦

日本断熱工業合資会社
知多郡常滑町梶間口60
D
耐火煉瓦

美濃窯業株式会社亀崎工場
半田市亀崎字蛇抜10
C
耐火煉瓦
安藤陸郎

山九第二製陶所
知多郡常滑町羽根105
D
耐酸煉瓦
片岡保三

山宗製陶所
知多郡常滑町羽根27
D
耐酸煉瓦
亀岡宗一



●岐阜県
マル上中央煉瓦製造所
不破郡青墓村矢道738
D
普通煉瓦
上野正雄

旭耐火煉瓦製造所
恵那郡鶴岡村原
D
耐火煉瓦

岐阜硅藻土工業合資会社白鳥工場
郡上郡白鳥町白鳥202
C
その他煉瓦耐火物
木下益人

岐阜窯業合資会社
土岐郡土岐津町土岐口
D
耐火煉瓦

昭和耐火工業株式会社
土岐郡瑞浪町寺河戸1205
D
耐火煉瓦
甘粕浅五郎

●福井県
福井耐火煉瓦株式会社樫津工場
丹生郡宮崎村樫津78
D
耐火煉瓦

北陸耐火煉瓦株式会社
南条郡神山村池ノ上
D
耐火煉瓦
元木博

■愛知県統計書. 明治19年

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/806692/66

煉化石
西尾士族生産所
幡豆郡上町村
役員13
職工133
雇い人11
資本金3000
営業収入額 14336
盛業支出額 12484

■愛知県統計書 明治17-18
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/806691/85

(明治16年末)
煉化石及瓦
天工会社
碧海郡
職工延人員20460
男20460
資本金16000
経費金12800
収入金15120

明治18年版は工場掲載なし

■愛知県統計書 明治20
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/806693/76
※資本金1000、役・職10人以上
西尾士族生産所
役員4
職工300
雇4
資本金5000
営業収入額19814
営業支出額20578

■愛知県統計書. 明治21年
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/806694/67
西尾士族生産所
役員5
職121
雇1
資本金5000
収入金5411
支出金4666

■愛知県統計書 明治22.23年
(明治22年)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/806695/55
三陶社
煉火石及土器製造
資本金20000


(明治23年中)
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/806695/217

株式
名古屋煉石株式会社
名古屋市
耐火煉瓦製造
資本金10000
払込6300
株主27
職67

碧海郡
三陶組
煉瓦石土管製造
資本金20000
払込9850
株主5
職63

額田郡
三工社
煉化石水筒管瓦製造
5000
274



■愛知県統計書. 明治24-26年

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/806696/69

(明治24)
株式
三陶組
煉瓦石土管製造
碧海郡北大浜村
資本金20000
払9850
株5職60

額田郡
三工社
煉化石水筒管瓦製造
額田郡三島村
資本金5000
274
職8


http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/806696/256

株式
三陶組
煉瓦石土管製造
碧海郡新川町
明治25
資本金20000
払9850
株5職30
明治26
資本金20000
払20000
株5職25

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/806696/260
(株式分割せず)
碧海郡
刈谷就産所
煉化製造
碧海郡刈谷町
M25
資本金2250
-
-
職30
M26
資本金2250
-
-
職30

三工社
煉化、水筒、管、瓦
額田郡三島村

M25
資本金3000
274
組合人員4
職8

M26なし


■明治40ねん
統計
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/806697/308

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/806697/381
愛知煉石合名会社
耐火煉化一切製造販売
名古屋市下堀川町
明治40.12
資本金10000払10000

陶弘合資会社
土管瓶類煉瓦瓦等販売
知多郡常滑町

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/806697/387
名古屋煉瓦合資会社
煉瓦製造
愛知郡千種町
明治40.8.
10000/10000

知多煉瓦合資会社
煉瓦製造
知多郡上野村
明治29.12.
6000/1300/30

平阪煉瓦合資会社
煉瓦製造
幡豆郡平阪村
明治34.1.
3000/3000/3000

■愛知県統計書 明治41年

陶弘合資会社
土管瓶類煉瓦瓦等販売
知多郡常滑町
明治19.7.
15000/15000/4940

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/806698/393
愛知煉石合名会社
耐火煉瓦家造煉化製造販売
名古屋市中区下堀川町
明治26.6.
10000/10000/-

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/806698/394
名古屋煉瓦合資会社
煉瓦製造販売
愛知郡千種区
明治40.8.
10000/10000/-

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/806698/396
平阪煉瓦製造合資会社
煉瓦製造
幡豆郡平坂村
明治29.5.
明治34.1.
3000/3000/3720

■愛知県統計書. 明治42年
(明治42末)

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/806699/455
愛知煉石合名会社
耐火煉瓦家造煉瓦製造
名古屋市中区下堀川町
明治29.6.
10000/10000/-

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/806699/460
明治煉瓦株式会社
煉瓦
愛知郡呼続町
明治41.4
15000/15000/-

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/806699/464
平坂煉瓦製造合資会社
煉瓦製造
幡豆郡平坂村
明治34.1
3000/3000/3130

■愛知県統計書. 明治43年

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/806700/422

愛知煉石合名会社
名古屋市中区下堀川町
明治26.6.
耐火煉瓦
10000

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/806700/426
名古屋煉瓦合名会社
愛知郡千種町
明治40.8.
煉瓦
10000

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/806700/431
平坂煉瓦製造合資会社
幡豆郡平阪村
明治34.1.
煉瓦
10000/3220




■愛知県統計書. 明治44年
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/973602/461

愛知煉石合名会社
名古屋市中区下堀川町
明治26.9.
耐火煉瓦
資本金10000

合名会社篠田商会
名古屋市中区天王崎町
明治44.5.
セメント、火炭、煉瓦、耐火煉瓦、建築材料
3000

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/973602/468
明治煉瓦株式会社
愛知郡呼続町
明治39.3.
煉瓦
資本金15000

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/973602/473
平坂煉瓦合資会社
幡豆郡平阪村
明治34.1.
煉瓦
資本金10000積立金3450

※組合
愛三土管煉瓦同業組合
明治43.8.
碧海郡高浜町
碧海郡一円
土管煉瓦製造業者

■愛知県統計書. 明治45・大正元年
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/973603/457

(大正元年末)
愛知煉石合名会社
名古屋市中区下堀川町
明治26.6.
耐火煉瓦
資本金10000

合名会社篠田商会
名古屋市中区天王崎町
明治44.5.
セメント、火炭、煉瓦、耐火煉瓦、建築材料

明治煉瓦株式会社
愛知郡御器所村
明治41.11.
15000

平阪煉瓦合資会社
幡豆郡平坂村
明治34.1.
資本金20000
積立金3600

■愛知県統計書. 大正2年

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/973604/467
愛知煉石合名会社
名古屋市中区向田町
明治40.12.
耐火煉瓦、耐火原料製造
10000/-

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/973604/473
株式会社大正商会
名古屋市中区西川端町
大正2.6.
瓦、土管煉瓦販売
50000/12500/-

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/973604/474
明治煉瓦株式会社
愛知郡呼続町
明治41.11
煉瓦製造及販売
15000/-/-

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/973604/479
平坂煉瓦株式会社
幡豆郡平坂村
大正2.5.
煉瓦製造
100000/25000/-



■大日本商工録 : 公認. 第1輯
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/956898/406

■×大日本実業商工録. 昭和7年度 地方版
■大日本商工録. 昭和5年版
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1136923/650


2016-10-05 [長年日記] この日を編集

[独言] 右手負傷した

実に阿呆らしい転倒をして右手を負傷。暗がりで自転車を漕いでいて、何かの拍子に手を離し、再度ハンドルを握ろうとした刹那にハンドルを取られてーーーというよりハンドルがわずかに他所を向いて、それに気づかず握り直そうとして掴み損ねーーーデッコンと転んだ。その際に右手をステムかどこかにしたたかに打ち付けたらしく。親指の背を負傷、かつ打撲して親指が動かせない。

たかが親指一本と思いきや、キーボードで文字が打ちにくいこと限りない。もともとひどい癖打ちで、ホームポジションも何もなく、右手人差し指がgとかrとかまで行っちゃうような打ち方で、そのねじり打ちの人差し指のねじれが親指に響いてかなわない。もちろん親指で打つことも出来ない。この文もぎこぎこ言わせながら打っている。流れがぶつぶつ切られる。それがいちばんつらい。さらに親指が腫れてきて可動域がどんどん狭まっている。

原稿全然進んでないのによお。どうするんだよお。


2016-10-09 [長年日記] この日を編集

[独言] MTA

おかもつ氏の真似なのでオリジナルを主張できないのが残念だ。

ときおりメールが届かないことがあるのは相手方のサーバが黒山羊さんだからだと思っている。

[独言] 打撲治る

ちぇ、治っちまったよ。遅延の言い訳にしようと思っていたのにな(こら。

メインネタを必死に書いているうちに何とか通して書き終えた。もともと大した探索ではなかったので書き通すのは早い。問題はここから。

あとサブネタが未だ決まっていないという体たらく。受付に絵葉書を丸投げするか・・・。

[独言] 真田丸のパブリックビューイングへ行く

赤い格好を要求されていたにも関わらずこれといったチェックはされず番兵が槍を交差して「帰れ!通ること罷り成らん」とか何とか追い返される痴れ者もいなかった。未だにテレビがないので堺雅人が九度山にいる流れも回想シーンの回想も理解できず何とかいう女性とのやりとりを聞いて女性受けはいいんだろうなあという感触を得ただけで終わったのは如何ともし難い。ただ普通の番組をパブビューで見るのは戦後間もなくの力道山の街頭テレビみたいでそれはそれでたいそう面白く思われたことだった。そういや街頭テレビっていつなくなったんだろうな。主人公が街角のテレビで事件を知るとか、昭和末期~平成頭のドラマ ・アニメでは未だやってた気がするな。その頃作られた近未来もののアニメとかでもそういうシーンがあった気がする。ウラシマンとか。


2016-10-16 [長年日記] この日を編集

[独言] ✕はいつから✕なのか

岸和田煉瓦の刻印を考えていて、ふと「✕マークはいつから不正の意味を持つようになったのか」と思った。不正・否定をを示すのに使われる記号と同じシェイプの記号を社章に採用するのは、考えてみればおかしな話で、しかし現に採用されているのだから、明治27年当時はそうでなかったかごく限られた範囲内でしか通用しない意味だったんじゃないかと思う。そもそも数学では四則演算記号の一つであった。諸外国では✕に否定の意味はないと聞いたこともある。グレート義太夫扮する神様の✕はクロスチョップの真似にしか映らぬのである。寂しいことである。

明治大正昭和初期のどこかで✕に否定の意味が付与されたんじゃないかと思うのだが、どうやって調べたらいいのかわからない。新聞や雑誌を総ざらえするほど切羽詰まった疑問でもないし。

「善玉」「悪玉」はその起源を知っている。江戸時代の黄表紙か明治の絵草子かで主人公たる善人の顔を○善と書き悪役の顔を○悪と書いたところから来ているそうだ。善の玉と悪の玉の闘いなわけだ。しかし善玉悪玉なんて、腸内細菌でも言わなくなった昨今、もはや死語の部類に入っている。ゼンダマンとアクダマンの闘いも今は昔の物語。アターシャセコビッチードワルスキー。あーうーおほほ、あーうーおほほ。

話が逸れた。✕に否定の意味が込められるようになったいきさつ。同じように△に不適格半人前てな意味が付与された頃と一致しそうな気がする。して同様に思い当たる節がない。

[] 大高庄右衛門の改良ホフマン窯特許

第3404号

「ホフマン」窯の改良

此発明は「ホフマン」式輪環窯の焔道並に其乾燥装置の改良にして即ち中央に煙突を具うる輪環窯を数室に分割すべき様形成し其各室の上下には相対向することなき様数多の小孔を縦貫し上部の小孔は其側面を梢路に依りて枝道に通じ其枝道は或は輪環路に或は主煙道に通すべくし又下部の小孔は前の如く其側部を梢焰路に依りて枝焰路に通じ更に之を主煙道に通すべくし且つ其各室の枝焔道は縦孔によりて輪環路に相通すべくし其各通口には悉く弁を具えて開閉自在なるべくして成る「煉瓦焼」窯の改良に係り其目的とする所は煉瓦焼成前に於ける乾燥をして全部均一ならしめ之を焼成するに際して湿気より起る有害作用なからしめ且つ其焼成の熱度を均一ならしめて製品に不同を生ずるの虞なからしむるに在り

別紙図面は本装置の構造を示す即ち其の第一図は全半部を水平に切断して見たる頂面図第二図は縦に切断して見たる端面図全半部を縦に切断して見たる側面図なり

右諸図に於て同じ符号は同じ部分を示すものとす

本装置大体は「ホフマン」氏の輪環式なりと雖も其焔道並に乾燥装置は本願の改良発明にして在来の種々の構造に比して大に異なる所ありとす即ち輪環窯(イ)を数室に分割し得べき様に作り其一室を形成する毎に側面に出入口(ロ)を設け其中央に煙突(ハ)を樹てたる等は在来のものに同じとす而して其形成せる各室毎に其頂に数多の小孔(ニ)を穿ちて石炭投入口となし該小孔(ニ)には一々蓋を具え該小孔は其側面に於て梢路(ホ)に通じ各梢路(ホ)は又枝道(へ)に通じて枝道(へ)は主炎道(ト)及び輪環路(チ)に通じ其各通口には弁(リ)(ヌ)を各別に設け輪環路(チ)は輪環窯(イ)の上部に並行に具えたるものあり而して又輪環窯(イ)の床には数多の小孔(ル)を穿ち該小孔(ル)は其頂上の小孔(ニ)と相対向せざる様即ち互の中間に相向う様に設置するを可なりとす而して此小孔(ル)は前の如く梢焰路(ヲ)枝焔道(ワ)に依りて主演道(ト)に通じ其枝焔道(ワ)と主焔道(ト)の通口(レ)には弁(カ)を具う而して輪環路(チ)と枝焔道(ワ)とは縦孔(ヨ)を以て相通すべくなし其通口には弁(タ)を具えたり

本装置を使用せんには普通の輪環窯に於けるが如く焼成せんとする煉瓦素地を窯内に適当に積み其一室毎に紙を貼り以て境界となし或は一室の頂上の小孔(ニ)より粉炭を投入するものとす而して此粉炭の燃焼して発する火焔は次の両三室以上の堆積せる原品間を通過して之を焼き其煙は主煙道(ト)に逸せしむ即或任意の室限りにて其煙を逸出せしめんとするときは其室の枝焔道(ワ)の弁(カ)のみを開き他の縦孔(ヨ)の弁(タ)及び其焔道の通過する各室の枝焔道の弁(カ)は閉鎖し置くべし然るときは火焔の通過する部分は順次に燃焼さるるなり依りて最初の室の煉瓦素地が焼成せるを窺いたるときは前に開きたる最終室の枝焔道(ワ)の弁(カ)は閉じて其次室の弁(カ)を開き其室を最終となし該室より煙を逃逸せしめ此の如く順次に各室に移り焼成するものとす然して之に供給する空気は燃焼を終りたる前室を通過し来る熱風にして其火焔は最終の室の床上の数多の小孔(ル)より吸収され枝焔道(ワ)より主煙道(ト)に通ずるものとす又其燃焼されざる他室に堆積せる煉瓦素地は之を燃焼せんとする前已に乾燥し置くものとす之を乾燥せんには其已に燃焼し終りて之を冷すの必用ある室を通過し来る空気をして其室の頂上の小孔(ニ)より梢道(ホ)乃枝道(へ)を通して逃散せしめ其室に於ける弁(タ)を開き弁(リ)は閉じ之に反して其乾燥を要する室に属せる弁(ヌ)は閉じ弁(リ)は開き且つ縦穴(ヨ)の弁(タ)を開き枝煙道(ワ)の弁(カ)を閉づるなり然るときは其暖風は其暖風輪環路(チ)を通じ縦孔(ヨ)より窯室内の床下の枝煙道(ワ)梢煙路(ヲ)より小孔(ル)ヲ通じて其内部の体積せる煉瓦素地間を通じ上方の小孔(ニ)を通じ其梢路(ホ)枝道(へ)を経更に弁(リ)を経て主煙道(ト)に逸出し以て之を乾燥するものとす

従来施行せる「ホフマン」窯に於て多少乾燥せる煉瓦の素地を窯内に堆積し更に焼成の余熱を以て其焼成前に於て予め充分乾燥することは公知なりと雖も其余熱即ち熱したる空気の流通は或一小局部に止り室内全部を乾燥し得ざるを以て尚焼成の際湿気を発生し有害なる作用を誘起することあれども本装置は多数の小孔より全室内平等に其下方より発散し来る暖風の為め均等に其素地に触接し且つ上方の小孔(ニ)各所より再び均等に吸収さるるを以て室内平等均一に乾燥さるることなり加之「ホフマン」窯に於て燃焼の発生物を吸引するに窯の一隅に建設せる一個の焔道に止まるを以て室内熱度は均一ならざるの缺点あれども本願はその床下に数多の小孔(ル)より吸収すべくなせるが故窯内熱度は均一にして煉瓦の焼成に不同を生ずるの虞なし

特許条例に依り自分が此発明の保護を請求する区域を左に掲ぐ

一 本書に詳記せる目的に依り本書に詳記せる如く輪環窯(イ)を数室に分割し得べき様形成し其各室の側面には出入口を設け且各室とも其上下に相対向することなき様数多の小孔(ニ)(ル)を縦貫し上部の小孔(ニ)の側面は梢路(ホ)枝道(へ)に依りて主煙道(ト)及輪環路(チ)に通ずべくし其通口には各別に弁(リ)(ヌ)を具え下部の小孔(ル)の側部も又梢焰路(ヲ)枝焔道(ワ)に依りて主煙道(ト)に通ずべくしこの枝焔道(ワ)縦孔(ヨ)に依りて輪環路(チ)に通ずべくし其各通口には弁(カ)(タ)を各別に具え主煙道(ト)は煙突(ハ)に通ずべくして成る「ホフマン」窯の改良

千葉県山武郡大富村大字富田57番地原籍
岡山県和気郡三石村大字三石227番邸寄留
平民 煉瓦専門技師
発明者 大高庄右衛門

覚書として。図は特許検索ページで。

要するに天井と床にたくさん穴を設けて床→天井の暖気の流れを設定した所に眼目がある。そうやって焼成前の煉瓦をよく乾燥させることで均等に仕上がりのいい煉瓦を作る。冷えた煉瓦に暖かい空気があたる→結露する もしくは生乾きの煉から水分が出る→その状態で焼きに入ると粉炭が付着して表面を汚損する、というのは後述の資料でも書かれていた。

+、生乾きの煉瓦を強制乾燥させる工夫とも読める。半乾燥煉瓦を余熱で乾燥させるのは公知な慣行だったってある。その乾燥が不十分だと膨らんだり破裂したりもしやすかった筈。

[独言] 図書館へいく

結局日和って府立図書館へ行く。いつのまにか工場通覧がセルフ不可になっていて、依頼コピーで1枚20円、なおかつS30代は陶業で括られているため必要でない陶器製造業が大半で水増しボンバーという事態に行き当たり、どうしたものか悩んだが、国立国会図書館送信データの出力でも1枚20円だしなあと思って丸投げした。もとから複写不可な傷み本は国会デジタルで出力したが、これも職員氏の手を煩わせることになり時間短縮にはならず(あれ、以前は自分で出力してなかったけか)。

結局コピーだけで4せんえんもかかった。こんだけ金使った上に目がしょぼしょぼ手がヌルヌルする苦労をした挙句、出来上がったデータは無料公開、しかも自分自身の役には立たないという。どんだけ無駄やねん。

ついでに見ていた国会デジタルでホフマン窯の仕様を解説した資料を発見した(「ホフマン氏楕円形赤色煉瓦窯ノ解説」『農商工広報』分析報文第一冊号外:1887)。脳漿無償、もとい農商務省が明治20年に発行したもので、これを読んで納得したりしなかったりし、じゃあ改良ホフマン窯はどないやねんと思って調べたらIPDLが無くなって新しいサービスになっていた。これ、古い特許は番号がわかってないと調べられんのな。しかし以前は見つからなかった特許明細が出てきて上のテキスト起しとなった。余計なことすな>njis

[独言] えらいことに気づいた

「日本煉瓦史の研究」では小煙道・輪環路について触れてないのだな。単に丸く作られ連続焼成可能な窯という捉え方なんじゃなかろうか。現存窯の断面図にも書かれちょらん。

「ホ氏窯解説」では室の肩に小焔道があって、粉炭投入口とその小焔道とを(小焔道の上に開けられた穴を介して)「木製の箱」で繋いで暖気を導き、乾燥させたい室のところで同様に箱をして暖気を入れ、室の煙道もて排気すると書いてある。暖気を取るのは冷却フェーズに入った室。んでその前後で小焔道は閉ざすとある。(この説明はちょっと疑問。付図にはそんな扉がないくせに「小焔道の中途にある戸を閉づるの方は贅言を須たずして自ら明なるべし」とか宣うとる。落とし戸で良かったんかも知らんが外気との密閉はどうするんだ) ともかくこの小焔道で暖気を導いて乾燥を早めることが記されている。むろん、焼成室は連続しているので、煙道の弁を開けた室まで暖気がゆくことにはなり、小焔道を使わなくとも乾燥させることはできただろうが、煙道が内壁側にある関係から乾燥具合に偏りができることになる。そういう小焔道のないホフマン窯が一般的には普及していて、それがホフマン窯と考えられていた(考えられている)ようだ。

そういえば「赤煉瓦産地診断書」でもホフマン窯に窯のキモである何とかいう構造がないことが指摘されていた。外壁側から床下を経て煙道につながる管も目詰まりを起こしていると(これは外周側からも排気を行ない火周り暖気周りを均等に行えるようにしようとした工夫か)。大高の改良は小焔道=輪環路をフルに活用して乾燥させるところにあり、それが功を奏して品質の高い煉瓦を焼き、横綱にのし上がったに違いない。違いないのである。なるほどなあ。

「ホ氏窯解説」の微妙な未完成感が後々まで尾を引いていたとしたら面白い。この報文を鵜呑みにした各社が似非ホフマン窯を建設して品質に悩んだとしたら。。。これ明治20年に発行されたやつだから日本煉瓦製造(確か明治20年創業)とか大阪窯業の初代ホフマン窯(確か明治21年築造)とか参考にしてるんじゃないかな。そもそも大高は19年にドイツ留学とコトバンク(笑)にある。これ書いたの大高だったら罪だぜ。

嗚呼違う、「日本煉瓦史」によればウォートルスが小菅に導入したホフマン窯(薪て焼いてた)をワグネルが石炭向けに改良し、それが「ホ氏窯詳説」の図らしい(という伝聞が書いてある。p.46)。大高は22年に帰朝し日本煉瓦製造勤務。親戚のツテで渡独できたんだそうな。「大高庄右衛門記念誌」、デジタルデータ送信じゃねーか。。。

実際のところ大阪窯業の隆盛は堺に移って以降。明治20年代の製造数は他社より少ない(録”のどっかにあるデータ参照)。

[] 祝JIS取得

1965年版JIS工場通覧で印南郡の煉瓦工場が軒並みJIS認定を受けていたことを確認。S35取得とのこと。おめ。っていってもこの後すぐに・みんな斃れてゆくのだなあ。


2016-10-18 [長年日記] この日を編集

[独言] データ入力

コピってきた工場通覧を整理中。昭和11〜25まで終了。愛知県は日中戦争が始まった頃から耐火煉瓦工場のパンデミックが起こるのが興味深い。この時期はどの県でも煉瓦工場が簇出するのが観測されるが愛知県はそれが顕著。耐火煉瓦を中心に普通煉瓦工場も増える。この時期が工場数のピークなのではなかろうか。大阪や兵庫ではここにピークはない。

軍需関係の産業が爆発的に増えたからなのだろう。新工場の設立が相次ぎ建設材料としての煉瓦・産業資材としての耐火煉瓦の需要が増えたため、とか何とか説明はできそうな気がする。ただ大阪や兵庫でも多分そうだったろうと思うのに愛知ほど顕著に増えないのは何故か、またコンクリートでなく煉瓦なのは何故なのか。産業と煉瓦との関係を考えてみるのも面白いかも知れぬ。

この時期に付近でよい耐火材料が見つかったというのも関係しているのではないか。うろ覚えだが三重県阿山郡島ヶ原村の珪石とか岐阜県美濃市の辺りだとかは昭和に入ってから採掘が盛んになったような。美濃の陶器製造業は明らかに昭和に入ってから激増する。戦後などは岐阜県の窯業関係工場の9割以上が陶器製造業。してコーヒーカップとかディナーセットとか輸出用陶器とか外国向け製品を作る工場が多数見受けられる。あれ、ひょっとしたら戦前は煉瓦耐火煉瓦欄しか見てなかったからかも知らん。でもまあ美濃窯業も昭和8、9頃だしなあ。

愛知県では平坂町に煉瓦工場が多かった。平坂煉瓦工場が大阪窯業に買収される前後なんかは恐らく素地製造と思われる小工場群でコロニーが形成される。楠村明神左右とか明神後とか。平坂工場は字丸山だっけ。それと碧海郡新川町。ここが岡田煉瓦だったっけ。ともかく土地勘がないのですぱっとピンが刺せない。知多半島渥美半島で囲まれたまんなかのあたり、クワガタの口の付近。恐らくこの付近は赤土が無尽蔵に採れたんじゃないか。

たしか耐火煉瓦は戦時中も生産制限を受けなかった。比較的自由に製造することができた。鉄鋼とか鋳造とか製薬とか様々な産業の資材になるから。それも増加に一役買ってるんだと思う。

[] 中村雄二郎「術語集」(岩波新書黄表紙)

哲学者中村雄二郎氏の著作。うまく言い表せない面白いさがある。読めば読むほど賢くなった気がし嗚呼哲学とはこういうことをする学問なのだな確かに学部一個設けてやらんとおっつかないなと思ったりするが書かれている内容をどっかで披瀝するようなことは多分できない。「術語」とは即ちテクニカルタームのことで、コスモロジーとかパラダイムとかスケープゴードとか、よく聞くけれど漠然としか理解していなかった言葉、あるいは「子供」「制度」「仮面」のようなよく使う言葉だが特定分野においてはそれ以上の深い意味をもつ言葉なんかを解説してくられている。はじめカタカナ言葉の解説書かと思って手に取ったがそうじゃないのだな。そして語彙解説というわけでもない。副題に「気になることば」とあるのは氏が興味をもった言葉というまでで別に言葉の乱れを憂えてるわけでもなく。ええい言葉が足りねえ。

読んでつくづく思うのは哲学という学問の意味。世の中の成り立ち・世界・人間の思想・ありよう、そんなものを分析して言葉で現して理解しようという学問と勝手に捉えておるのだが、ふだんの生活の中で当たり前と思っている事象を哲学的に見、表現されると、すっかり違うものに見えたり、見得なかったものごとが鮮明に浮かび上がってきたりするから面白い。朝起きて会社行って帰って寝る、の反復を反復し続けていればだんだん飽きてくるし投げやりにもなる。日々の暮らしとか人との関係とか社会が要請してくる制約とかを時たま違う視点で見たり考えたりして変化をつけないと硬直死するばかりだ。哲学ってそういう時のための学問なんじゃないかしらん。

「通過儀礼」の項目でたまたま暴走族だとかピーターパン症候群とかに触れられていたのだけれども、成人式で仮装してみたりとかヤンキーが暴れるとかいう昨今の事象のことを言っているようで興味深かった。平常運転に句読点を打って新たな生を営むための・集団を保つための(大人集団に仲間入りするための)通過儀礼としての成人式。ヤンキー集団という集団を維持するための暴走も一種の通過儀礼であって。成人式で暴れるのも要するに集団だからで一人で特攻服着て行ったり暴れたりするような漢はいない。集団としての行動が成人式会場でぶつかっているわけで、そういう集団対集団の拮抗と考えるとまあ突飛な現象ではないのかと納得したりする。しかも成人式の意味合いはどんどん形骸化していってて「大人が新成人を祝う」だけの儀式になってしまった。大人集団すなわち社会の一員になったのだということを、儀式によって印象づけ、自覚を促したり責任を負わせたりするために成人式を行なっていた時代とは似ても似つかぬものになった。そういう形骸化をぶち壊して破壊→再生を試みているのかも知れない。コスプレで参列しようってのも場の統一感をぶち壊そうというものだしな(で多分コスプレってピーターパン症候群と関連があるものだと思うのだ)。形骸化したもの・硬直したものはいずれ破壊されるか自ら壊れるかして変わっていくのが摂理だろう。特定の個人が破壊を狙って破壊するんじゃなく、歴史の必然というか、生物学的な自明というかで。

みたいなことをもっと端的・理論的・わかりやすく読みやすく説明してくれるのが哲学者。


2016-10-23 [長年日記] この日を編集

[独言] データ芹井

来る日も来る日もデータ入力の日である。行く日も又データ入力ならむ。昭和45年まで終了。この時点で赤煉瓦工場は消滅してしまう。岡田煉瓦工場も姿を見せない。

愛知県の耐火煉瓦工場が減少していく一方で岐阜県多治見市が耐火煉瓦王国になっていく。YMTが山増耐火煉瓦らしいこと、明智耐火煉瓦がATRなんじゃねえかということ、じゃTARはどこやねんということ。東京窯業(株)はでかいがAが足りねえ。


2016-10-26 [長年日記] この日を編集

[独言][煉瓦工場][きたく] なんということだ

画像の説明

旧瀬戸町に煉瓦刻印を探しに行ったら、刻印が一つも見つからず、かわりに岸煉瓦跡でホフマン窯が見つかってしまった。日本に現存するのは4基のみと久しく言われ続けていたホフマン窯が、だ。

厳密にいうと楕円形プランのホフマン窯の一端を壊して、さらにそれを区画壁で1/2ほどに切り詰めて鉄砲窯とした状態のもの。オリジナルの形状は間違いなくホフマン窯であったはずでその証拠に真中に煙突が建っている。焼成室は計算があってれば14室。ちがうかも、12室か。

[独言][煉瓦工場][きたく] じつはそのまえに

画像の説明鉄砲窯として建造された焼成窯を見つけていたりしていて魂消る。しかも二つも。今日はいったい何の日だ。

日ノ出煉瓦の鉄砲窯は焼成室も煙道も煙突も綺麗に残っている。焼成室の入り口は多少破壊されているかも知れない。田中煉瓦製造所の(写真)は煙突と長い煙道が確認でき、おそらく焼成室は土で埋め戻されている。側面の煉瓦積みのみ見える状態。この焼成室はわずかながら傾斜していて登り窯っぽく使われていた可能性がある。

期待していた井桁菱Kは一切見つからなかった。特に窯に使われている煉瓦はすべて無刻印。窯に自社製品が使えなかっただろうことを考えるとそれはまあ妥当かも知れないのだが数多検出した焼損煉瓦にもないということは風土的に刻印を採用してなかったということだろうと思う。紫~褐色~灰褐色に変色した煉瓦は時折見かけることがあるのだが、あれが多分鉄砲窯から来たものなのだろうな。

[] 安部公房「第四間氷期」

行きがけに残り半分をよんだ。あの小活字をバスの中で読むもんじゃないな。車酔いしかけた。

おかしい。読んでいないはずなのに結末のあたりにほんのり見覚えがあった。特にイリリがチューリップの中を案内するシーン。足こぎプロペラ車の絵とか見た記憶がある。そのくせ前半の展開はまったく初見のつもりだった。電話の声が誰だかわからなかったもん。

SFに分類されてはいるけれども主題は強烈に読み手に向けられている。未来のことを考えた時に未来の立場になってものごとを考えるのか、それとも現在を未来に軟着陸させるんか。人類滅亡とかいうでっかい話でなくても「未来のために何をするか・できるか」はいつでも誰でも問われてるんじゃないかしらん。時間軸上手の届くような範囲ならば特に。

[独言] 金曜日雨がすべてをぶち壊す

今日はいいとしてもその次がダメダメだ。金曜日が雨のせいでまともな計画が立てられない。どこに行こうとしても制約を受ける。くそ・・・無駄な休みになりそうだ(今日以外は)。

右端の切断面近くの1。隣のビニールハウス脇の1。入った1。その隣に全開口していた1。もう一つ塞がれてたやつがあったはずなんだ。ネコ車とかトロ車輪とか積んであった辺り。そして末端の1。だから側面には開口部が5、末端に1ずつで12のはずなんだ。して北側末端のアールの部分は壊されている。西側は全面埋もれていて南端の1個をのぞき壁による封鎖。煙突はやはり3〜4の間辺りと思う。ともかく藪が酷くて思うように動けなかった。あんなに茨生やすな!


2016-10-27 [長年日記] この日を編集

[][煉瓦工場] 岸煉瓦工場 フロム鳴門市史

画像の説明

鳴門市史をなめておった。ちゃんと一節割いて書かれてある。北辰社→天羽煉瓦工場から鳴門煉瓦工場になり、鳴門設立時の一人が独立して田中煉瓦工場を立てたのだとか。その後堂浦中浦に阿波煉瓦ができ、T14に解散。昭和2年に岸氏らが共同出資で三共煉瓦を始め、のち個人工場・岸煉瓦となる。ホフマン窯はこの時(三共煉瓦時代)に作られた。昭和20年で廃業という。あれそうなん? 通覧ではS34まで追えるんだけど。岸煉瓦名での記載はS21から。

岸煉瓦の岸氏は阿波煉瓦工業組合の本部を勤めたこともある(のち堂浦地廻りに移った。ここは中央硅石耐火煉瓦もあった;現瀬戸中学校の敷地だがその番地ではない。地廻りには戦後に上木工業所が一瞬だけあったがそことも番地が違う)。この界隈では結構な重鎮であったようで、戦時中に中央珪石耐火煉瓦を誘致したのも岸氏だとか。中央珪石とこの工場はすぐに美濃窯業に合併されたが戦争末期に空襲を食らって廃止、敷地は昭和22年に瀬戸町に譲渡された。こんなところまで爆撃せんでもなあ>米軍。

写真があったお陰で搬入口✕6だと確認できたのだけれども、とすると14室だなあ。現存窯は写真右端の搬入口のすぐ右で切断されている。この写真ですでに草だらけになっているところを見ると市史発行の頃撮影されたものじゃなかろうか(だいいち上屋がないもんな、操業中のではありえない)。だとすれば切り詰めも操業中にではないのだろう。あと現存窯の煙突は先端が1/3ほど欠けている。現物を見てずいぶん高い煙突だと思ったが昔はそれ以上であったようだ。

[][独言] その他

「徳島県の近代化遺産」には岸煉瓦のホフマン窯も日の出煉瓦の鉄砲窯も載っちょらん。一次調査リストにもあがってない。近代化の通説のみコピー。

「鳴門市史中巻付図」に2万分1図があったんで入手。確かに天羽煉瓦の位置に窯記号がある。あの在所のある谷には工場と数件しかなかったようだ。

あっ、違うわー。一つ北の谷だ。北辰社→天羽煉瓦と鳴門煉瓦は場所違ったのか・・・。

通覧S15で福井県忘れていたのを回収。なぜかS16の3巻がなくS16は追えない。

「大高庄右衛門紀年史」の年譜部分のみコピー。

耐火物関係の雑誌から社章を拾おう作戦は思っていたほどの成果を挙げず、むしろネット非公開だった昭和15年版にいろいろ見つかってホクホク。これは手書きで。

「岡田煉瓦100年史」のキモと年譜。JIS取得は昭和末期なのだなあ(しかもトンネルキルン導入後)。意外。岡田煉瓦は戦後の通覧には載っていないがこうして100年史を出すほど続いているのだった。通覧に載っていないからといって即廃業ではないことを改めて肝に命じられた。

昭和19年の「日本窯業大観」では赤煉瓦産業に何らの支援策がないことを嘆いている。しかし岡田煉瓦100年史には軍需指定工場となっていろいろの方便を得ていたことが書かれている。三河地震で倒壊した窯を再建するために陸軍兵士を派遣してもらったり。軍需指定工場かどうかの違いなだけかな。昭和16年から煉瓦価格統制。つかカブトビールのTO○YOは東洋耐火煉瓦じゃねえの。不明で切り捨てられておる。

[独言] 雨広がる

土曜まで雨かよ! ザケンナヨ!

[] あ、童学寺隧道

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/967103/41

名西郡事業として明治40年度から6カ年事業。工費3万7000円。歯ノ辻橋もこのときに。

[煉瓦工場] 徳島縣工場及會社通覽(1937)

緒方煉瓦工場 T7.8. http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1910363/26

田中、鳴門、岸、下淵が載ってる。岸工場は大正7からってことになってる。阿波煉瓦を引っ張ってるな。

[] 鳴門公園

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1054556/41

明治40年代に郡営公園(皇太子殿下来た記念)、大正12郡制廃止以降県有となって昭和6年名勝指定。

残念、小鳴門公園は出てこなかった。美妙。大正8年に忠魂碑って何かズレている気がしないでもないけれど、第一次大戦における戦死者が全くいないわけでもないのだし、そういや板東俘虜収容所も板野郡やった。あの碑が中心にある以上門も公園もその頃だと思う。徳島日日新報・阿波十五景の四の碑は昭和4年。

大正8年にしろ昭和4年にしろ、使われている煉瓦が地元産である可能性はすこぶる大と思われる。この頃には3つも4つも工場があった。

画像の説明

小鳴門公園からの眺めはすこぶる良い。赤い色した小鳴門大橋がちょうどいい大きさで風景内に収まっている。


2016-10-28 [長年日記] この日を編集

[きたく] 不発

画像の説明堀上町の塀と吹田のBCHJの生存確認をしてきただけな一日。かのBCHJは手成形でなくプレス成形であることに気づけたので全くの無駄足というわけではなかった(小口と長手につるつるな面が残っていた。オモテウラにも撫でた跡がない)。しかしでかい煉瓦で小口幅が118mm、厚さも60mmを超えている。

あと、江州煉瓦が吹田界隈まで浸出してきていることを確認できた。機械成形に押したのもあるのだな。これまでは小さな手整形煉瓦に押したものしか見たことがなかった。

土砂降りの雨を予期して長靴で出かけたのに殆ど降られなかった。この敗北感を如何にせん。


2016-10-29 [長年日記] この日を編集

[きたく] 不発続き

画像の説明

こんなに天気がいいというのに。友ヶ島汽船強風運休トラップにはまって渡れなかった。無人格に向かって呪いの言葉を吐いて去る。その後ちょっとだけ発見があったのでよしとする。

鳴門市史は偉大である。

[煉瓦][] 農商工広報(分析報文第1冊)号外「ホフマン氏楕円形赤色煉瓦窯の解説」(1887.4)

…窯室の肩辺に於て之と並行に省なる焔道を造り而て此焔道は全く外部との連通を閉絶し只内部に窯室と同数の戸を設け且天井にも窯室の天井にある四個一列の小孔と適応する所の穴を具う而て此孔を閉ずるの法は一に窯室に於けるものと異なることなく但、形の稍々大なるのみ斯くて此孔と四個一列の孔とは殊に木製の箱を以て相連絡するを得べしさて所謂熱を利用する方は先ず右焔道を一は冷却せしむる所の室と連絡し一は生煉瓦を充積して将に焚焼を始めんとするの室と通ぜしむ勿論此室は隔戸を以て其前後なる隣室と隔絶せしめ只焔道のみ開放し置くなり然るときは空気は現に冷却せしめんと欲する室より木製箱を経て小焔道に入り煙突の風力に誘導せられて右前後渾て隔戸にて閉じたる所の室に入り其道を通過して煙突に達す因て寒冷なる空気は温暖なる煉瓦を通過するが為めに其熱を受け直に之を生煉瓦に与えて水分を蒸発乾涸せしむるなり但小焔道の中途にある戸を閉づるの方は贅言を須たずして自ら明なるべし且此焔道と四個一列の孔とを連絡するに一列にて充分なるか或は二乃至三列を要するかの疑問に至ても実験の後容易に知ることを得べし

ていうけどさ、付図には小焔道の隔戸が書かれてないんですけど。。。窯各室の隔壁は濡らした新聞紙はっつけてこさえてたらしいが。やっぱり落とし戸か何かなんかなあ。

続いてこの焔道(小焔道)の必要な理由が書かれてある。生煉瓦を充分乾燥させることができない時、あるいは粉炭の燃焼によって多量の水分を生じ、これが生煉瓦(冷えてる)に接触してその水分が凝縮するようなことがあるような時は「緊要欠く可からざるものとす」、しかるに生煉瓦を充分乾燥させとけば水分凝縮の患いがない(そんなときは省いてもいいYO、とは書かれてない)。

水分が凝縮するとそこに燃生物とか灰とか付着して輝色不良ならしめる。要するに見栄えが悪くなる。赤色煉瓦じゃなくなる。大阪窯業とか岸和田煉瓦とかのよく焼けた赤色VS表面が暗褐色〜紫っぽくなってたりアバタ吹いてたりするようなやつの違いか。

実際の窯では「小焔道」を省いたものが多い。焼成室の中の空気がすでに、冷却中の室→燃えてる室→将に焚焼せんとする室→煙道という流れになっているので、わざわざバイパスさせてやる必要はないっちゃあない。けれども冷却のため取り除いた熱を乾燥に使えるんだったら熱の無駄遣いが少なくなる。盛んに燃している部屋の温度も下がらずに済む。印南郡の窯は頑張ってっも温度が足りんかったらしいからバイパスできたほうがよかったんだろう(小焔道がなかったから温度があがらない可能性が指摘されている;「赤煉瓦産地診断書」)。

燃焼室同士は濡れ新聞紙で蓋をした。燃焼場所が移動すれば自然に燃えて封鎖がなくなる。ただその新聞紙隔壁のせいでそのままじゃ乾燥させたい煉瓦のところまで届かない。だから小焔道経由で熱い空気を送り込んでやる必要があった。しかしその空気は煙道経由で排出することになっていた。農商工広報の通りであれば燃焼室の数室隣の乾燥させたい室の煙道だけを開放させ、そこへ向かって空気が流れていって余熱乾燥することになっていた。それじゃあ紙隔壁破れちまうじゃんかよ。てな感じでわからなくなる。燃焼させてる室の煙道、ならまだわからなくもないのだが。

大高の改良ホフマン窯は小焔道と煙道を連絡させ、各燃焼室ごとに設けられたそれに開閉可能なダンパーを設置、そいつを操作することで各室ごとに小焔道への吸気と排気、燃焼室からの排気(煙道経由)をコントロールすることができた。そうなると箱も小焔道の隔壁も必要なくなる。燃焼室を飛び越して冷却室の熱い空気を乾燥させたい室に送ることが容易にできる。たぶんその後その空気を窯の上に出して窯上に設置した「乾燥室」に導き乾燥を促進させてた(それを燃焼室にもってって余熱乾燥→焼成)はず。


2016-10-30 [長年日記] この日を編集

[きたく] 不発しかない

画像の説明

どこに行くあてもなくなった日曜日、ふと思い出して禁野火薬庫跡へ行き、在りもしない煉瓦を探して右往左往した上に藪漕ぎしたりもした末に何ら発見がなかった。明らかに火薬庫時代のやつだろうという煉瓦の塊を見つけはしたが住宅街の片隅にあって無碍に割るわけにも行かず。もともとそんな都合よく残っているわけがないと覚悟して行ったのだから予想通りといえば予想通りで予定調和的当然之帰結であった。せっかくの晴天の休日が無駄になってしまったがこれでもう「かもしれない」を胸にモヤモヤした夜を過ごすことが無くなるわけだから全くの無駄足だと嘆く必要はあるまい。

帰りがけに久しぶりにぱらいそに寄ってみたが波打ち際の幅50cmしか見て回れなかった。2014年6月末日の訪問が丁度いい具合に干潮に当っていたのだろう。

試みに気象庁サイトで潮位変化を調べてみた。上は2016年10月30日と前後1日、下はぱらいそ初見時の2014年6月29日±1日。訪れたのはどちらも午後の3時頃である。

画像の説明

画像の説明

いまごろの最大干潮は夜中の12時頃。昼12時にも引き潮があるがそこから満ちていく頃なのでどんどん溺れていくことになる。初見時は昼過ぎに最大干潮があってちょうどその頃に行き合わせたわけだ。あの時は毛馬橋下の突堤状の陸に向かって飛び石渡しで渡って行くことができるほど引いていた。それくらいでなければ煉瓦の潮干狩りはできないわけだ。

2016.10.30には「四十」と岸煉×と「NIPPON」なんちゃらと刻印された耐火煉瓦の断片を見たのみ。京橋駅から桜ノ宮駅まで住宅街を歩いてみたがそこには何も見つけられなかった。無闇矢鱈に歩きまわるだけじゃやっぱりだめだ。


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