トップ 最新 追記
2005|09|10|11|12|
2006|01|02|03|04|05|06|10|11|12|
2007|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2008|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2009|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2010|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2011|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2012|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2013|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2014|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2015|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2016|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2017|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2018|01|02|03|04|05|06|

旧道倶樂部録"

nagajis不定記。
本日のアクセス数:0|昨日のアクセス数:0
ad

独言 | bdb | C60 | D | KINIAS | OFF-uploader | ORJ | pdb | pdf | ph | ph. | tdb | ToDo | Web | web | きたく | | なぞ | ふむ | キノコ | コアダンプ | | ネタ | ハチ | バックナンバーCD | メモ | 乞御教示 | 企画 | 力尽きた | 南天 | 危機 | 原稿 | 古レール | 土木デジタルアーカイブス | 土木構造物 | 奇妙なポテンシャル | 奈良近遺調 | 宣伝 | 帰宅 | 廃道とは | 廃道巡 | 廃道本 | 懐古 | 戦前特許 | 挾物 | 文芸 | 料理 | 未消化 | 標識 | 橋梁 | | 煉瓦 | 煉瓦刻印 | 煉瓦展 | 煉瓦工場 | 物欲 | 独言 | 産業遺産 | 由良要塞 | 看板 | | 竹筋 | 納得がいかない | 索道 | 絵葉書 | | | 資料 | 近世以前土木 | 近代デジタルライブラリー | 近代化遺産 | 近遺調 | 道路元標 | 道路考古学 | 道路遺産 | 都計 | 醤油 | | | 鳴門要塞

2010-09-01 [長年日記] この日を編集

[独言] 豚丼休止

おれの唯一の贅沢が...

[] 弥五兵衛坂ハッケン

公文書館DAの太政類典・外編・明治四年〜明治十年・運漕九・道路五・橋梁・...さんしょ。リンクくれよ!

五右衛門谷隧道の坑口(貫キ口、貫キ尻)がちゃんと五角形になってるのに心動かされた。


2010-09-05 [長年日記] この日を編集

[奇妙なポテンシャル] #191

画像の説明画像の説明

何が意外かって、彼が「わたくし」という言葉遣いをするような存在だったということだ。

[奇妙なポテンシャル] #192

溜まってたSPAMメールの題名に反応。

女の理性を崩壊する!

ひょっとしたらロシア倒置法なのではないか。


2010-09-06 [長年日記] この日を編集

[][][独言][企画][宣伝][ph.] 2件追加

売る売る詐欺実施中。新規一件塚今鷲一件。計35件になった。津貝魔和紙のほうがいい絵で締まりが出た気ががが。

[独言][][] 納豆うめえ!

性懲りもなく1物件追加しながらラジビタを聞いていると納豆に初挑戦した話が流れてきて無性に食いたくなり居ても立ってもいられなくなって速攻買いに行きコッヘルで飯を炊き2パックをキメた。

36洞100ページ。こんだけ入れたら400円でも良かろうばい。

[奇妙なポテンシャル] #193

川の急な雑炊

[ph.] rev

画像の説明
本日のツッコミ(全4件) [ツッコミを入れる]

Before...

_ nagajis [下線の雑炊]

_ nagajis [化繊の雑炊]

_ nagajis [寡占の雑炊]


2010-09-07 刷新の秋 [長年日記] この日を編集

[独言] 超迷子ェ…

ソース残しといてよかった。しかしEUCなtDiaryから直接queryを渡すと化けちゃう!あふれちゃう!なのでcharset=utf-8なiframeを埋め込んで投げるという姑息手段に出る。だいいちformのcharset指定をnegるIEが糞仕様なのだ。

[][橋梁] やまが

終了のお知らせ。とかいいながら作り終えupしたところで「S28なら新聞に記事あるんじゃね?」とか気付いてしまった。ばーかばーか。

[ORJ][web] ははぁ

あれ、やってみよか。

[web] なぜZipArchiveが使えない

t/o

[web] うーむ

タダでダウンロート>気に入った人は払ってもらう、ちうのをやってみたいが、だんだん無駄なことのように思えてきたぞ。タダDLされて終わりなのは目に見えている。

けれどもなあ。そういう仕組みがあってもいいと思うんだ。デジタルコンテンツの販売。つまらない>代金払わない>nagajis飢えて死ね、というのであれば従うしかあるまいよ。

[独言] ははぁ

そこで入力してもらう手があるのな。そうすると残高が400円以上なければDLできない(が気に入らなければ払わなくてよい)。Adsenseの無料お試し券みたようなものか。

ハナから払う気のない人にはチラ見あるしなー。


2010-09-08 うーん [長年日記] この日を編集

[独言] 案外ややこしいな

PayPal経由の支払い。その他手段での支払い。

ほげー。

あれ、読者登録せなDLできんわけか。DLしたけど払ってないつーのが把握できてしまうのは謎謎仕様だな。

それでもいいか。そっちでもいいなあ。400円残ってないと0円支払いもできないってのは説明が難しい。担保金? いや違うなー、素直に「代価はみなさんで決められます(0円あり)。ただし残高が400円以上ないとDLできません。」とか何とか。

↑ORJの資金ストックを増やそうという計画ではない。0円支払いにして他の号買ったらええやん、という話。

こんなところか。paypal戻りに必要最小限のイレギュラ処理を一つ噛ませた。今後増やす事がもしあればこっちも修正する必要がある。というかそんな悪事対策しとったんか>nagajis。やるな。

うがー。db使うのかlistなのか、どっちかにしろ!

いつのまにかデータ構造の変更ににに。

[web][ORJ] だいかいぞう

全面的に大改造。1年半ぶりか。

ずいぶん寄り道したがシステムを整備した。あどせんす方式はやめよう。無料も読者登録が必要なように変更して。見せ金を要求するのはフェアじゃない。だいいちORJ BEST!も読者登録なしでDLできたのに帯域圧迫するだけでほとんど効果がないんだから

代金は後払い。内容に対する満足度を支払いに反映してもらう。大半が0円になるだろうと思う。それでも払ってくれる方があることに賭ける。試すつもりは毛頭ない。そういう売り方がどれだけこの世界(デジタルコンテンツの販売)で通用するか知りたい&どんだけ不必要とされているか知りたいだけだ。

あ。末尾にログインフォームつけとくほうが親切かな。あとDL数/購入数の表示をDLページに。そのためにシステム大改造したんだからよ。

失敗するとわかってるから一生懸命やる。厳しい行程だからこそどうなるか見てみたい。それってきっと廃道探索と一緒だと思うんだ。死ぬのも飢えるのも自己責任な。

このコンテンツについて

「日本の廃道」の別冊として写真集を作ってみました。「日本の廃道」アカウントで購入いただけます。

新たな試み、「代金後払い」&「評価額払い」方式を採用しました。ダウンロード自体は無料です。中身を確認し、内容に対してあなたが支払いたい額をお支払いください。0円もありです。

その他仕組みや扱いは「日本の廃道」誌に準じます。

「日本の廃道」はpdf形式で発行している有料同人誌。もうちょっと詳しい説明は“ORJとは?”をお読み下さい。もしくは無料版ORJ BEST!をご覧ください。

気に入ったらぜひ購読を。詳細は購読の手引きをお読みください。

ダウンロード関係 よくある質問

ファイルが破損してる?(開けない!)

ダウンロードに時間がかかると強制的に接続が切られてしまい、「ファイルが壊れています」エラーになることがあります。別途ダウンロード方法をお伝えしますので投書箱かメールで編集部nagajis(nagajis@the-orj.org)までご連絡ください。

ダウンロード支援ソフトが使えないんだけど?

分割ダウンロードや一括ダウンロードなんかができるソフト、便利ですね。でもごめんなさい、うちでは使えないんです。機能をOFFにして試してください。

2ページ目に「消去」「表示」ボタンがないよ!

このpdfはpdfのフォーム機能を利用しています。Adobe Reader/Acrobat以外のビューアではうまく機能しないことがあります。左記ビューアでもプラグインが無効になっている(起動を速くするパッチを当てている)とうまく機能しません。

「日本の廃道」過去号とのリンクは?

ありません。なのでどこでも自由な場所に置いてお読みください。pdf末尾の「参考文献」にリンクを設定していますがhttp://www.the-orj.org/の各ダウンロードページに向けたwebリンクです。

代金払わなかったらどうなるの?

何も起こりません。nagajisが飢えて死ぬだけです。

わ。なんやこの犬。

[] 次号

先先作ってあるのでヨユー? 次号は外伝川端線+TRDB+夢幻山上軽便鉄道。必要とあらば山家橋つけよう。なんか鉄道ばっかしになったな。再来月は野又1本でおk

あ、上の計画は編集部に相談してないから没になったらORJのおまけにする。

[奇妙なポテンシャル] #194

画像の説明

おっと、某氏から頂き物があったのだった。言うまでもなく末尾の「ですね!」がミソである。言うまでもないなら書くなという頭の悪い言い回しをあえて採用してそう思う。世の中には語呂として必要な慣用句というものがあるのだ。それシカないかどうかはともかくとしても。

あ、これってあれか。「なるほどですね!」とか「ですよね〜!」に通じる心地悪さだな。勝手に同意を求めんな、お前の(考え|価値観)が万人共通だと思うなよ? という心地悪さ。シカし言っていることはひどく真っ当で反論の余地はない。ゴミは持ち帰るべきであるし持ち帰るべきである。

だんだん逸れる。そのうち戻ってくる。最近街の人のインタビューを聞いていて「〜し、〜」という言い回しが増えてきたような気がすると気づいた。一度気づくと気になってシカたない。私は2つ以上の側面を見ているのだよ単純なものの見方をしていないのだよといういやらしい自慢が滲んで見える。「エコだし、経済的」とか。ダボがもともとエコなんてeconomyの略なんだよ消費するための環境問題なんだよとか何とか毒づいてしまう。あれだ、「みたいなー」みたいな語尾伸ばしだとか「みたいな?」みたいな語尾上げだとかと同じだ。気にするほうが負けだ。よろシカない。し、使い過ぎるべきではない。

そのうち自販機だけが友達になるよ>nagajis。研鑽のおかげですでに近いところまで来てるけど。

[ORJ] emergency

本認証登録失敗が5件立て続け。たぶん48時間経ってるので一からやり直していただきたい。もしくはbot。


2010-09-09 [長年日記] この日を編集

[独言] うーん

何もアイデアがないな。せめてトップに戻すか・・・

[ORJ][web] emergency

めんどくさい・・・空送っても何も起こらんっちゅうねん。

[独言] ふむ

そういう手はある。アプローチする対象としては間違ってないし、ナウい(死後20経過)

つーかJIS男うっといぞ。そんなんでマシンパワー奪うな。

しかし結構手直しがいるぞ。この行折り返しでは読みにくいのがさらに読みにくくイミフになってしまう。


2010-09-10 [長年日記] この日を編集

[ORJ]緊急メンテ中

やあ、びっくりした。

やあ、直ってなかった(汗

dbのパスワードがあっちゃこっちゃに産卵しているのを一カ所にまとめたつもりだったのだが肝心な所に一つ残っていた。昨晩のはその関係でdbのパスワードを変更したのだが操作を誤ってデータうぉ吹っ飛ばしてしまつたという盆ミス。コンパネから操作したおかげで直前のバックアップが残されてたので実質的な被害はない。一部夜更かしさんには迷惑をかけたかも知れない。

だるいので寝直す。

[ORJ] ほ

寄稿投稿が地味に2件。有り難いことです。しばしお待ちを>お二方。ニコ動アカウントがないのではてな経由で見よう。&、画像から作るほうがシンプルでいいかもですな。前例としてあれば(いやすでにあるが)他の方の投稿の参考にもなるはず。

その人の背景がわかっているのといないのとでは捉え方が変わるなあと気づかされる。それは多分消費するために見ようとしていないからだと思う。

[] b

余計なことはコメントアウトしといてと。最近つくづく「廃道」が好きなんじゃないのだな>nagajisと思う。自分が道がそこにある意味がわかりさえすればいいのだ。その意味を集めているうちに過去がわかってくるのが楽しいだけだ。机上でわかったつもりになりたくないから実地を見てくるのだ。で、そういうのは誰も期待しない。タノシクオモシロク消費されるものが求められていて、そういうものを提供するつもりはハナからない>nagajis。そりゃ救われんわー。

[橋梁] 考える橋

実家のすぐ近くに「考える橋」という名前の橋が架かってたのを思い出す。どういう由来なのかは知らないがそういう名前の橋だった。しかもそれは長屋的なアパートの入り口に架かっていた私道の橋だ。しかも橋の側面にそういう銘板?が貼ってあった。

それに気づいてからこのかた「何で『考える橋』なんだろう」と考えるようになった。ある時その銘板を弄くってみた。カッティングされたプラスチックで文字が貼られていた。ふんふんとか何とか思いながらさらにつついていたら、「橋」の八画目が取れて下の川に落ちてしまった。そんな悪事もした。

そもそも橋は考えさせられるものなのかも知れない。普段なにげに利用していると気づかないが、一度考え始めるときりがない。出来てこの方何人の人が通ったのだろう。だれが作ったのだろう。どうやって架けたのだろう。わかりそうでわからないから余計に考えてしまう。

交通がそこに集約される関係上、人の記憶や思い出も橋に集約されて凝り固まっていたりするのではないか。橋を題材にした物語や歌が多いのはきっとそのせいだ。味噌買橋なんて昔話にもなっている。日本三大がっかりの一つであってもやはり人口に膾炙していることには変わりない。隧道はその点可哀想である。隧道エレジーとかトンネルブギとかはないだろう。ねじりマンボはあるかも知れぬが。とか上手くまとめるな>nagajis

本日のツッコミ(全1件) [ツッコミを入れる]

_ nyo [ねじりマンボw BGMに使いますwww どう捉え方が変わったのかお伺いしたいところですが、やめておきます。ご視聴ありがとうございました。]


2010-09-11 むう [長年日記] この日を編集

うーん...何をしようとしたんだろう?>チケット


2010-09-13 [長年日記] この日を編集

[独言] で、

「JIS男はみんなの心の中に住んでいるのです…」とか何とか言ってまとめたら袋叩きに合うこと必至だ。

[独言] ゲエエエエッ!

コッヘルで炊いていた飯の火が消えてて炊けてなかった・・・
煮込むカレーの火が弱火過ぎて煮立ってなかった・・・

おれの45分をかえせ!


2010-09-14 [長年日記] この日を編集

[ふむ] はっけん

自ら茹でる。もとへ。水から茹でるとぐづぐづになる>豚バラ。

豆板醤は品のない辛さになるな・・・

庄原で食べた私情最高に旨かったカレーにはN氏のトルコ土産の酢漬けのトウガラシが入っていたのを思い出した。のだがそれを今どこで入手すればいいのかわからない。そもそもあれはトウガラシだったのだろうか。酢漬けだったのだろうか。あの滅法な辛さ(鍋一杯に2本以上入れると辛さで食えなくなる。カレーハウスいまむかしの20倍カレーに耐えた口でもだ)はハバネロであった可能性もある。いやそれ以上に辛いナントカとかいうやつだったのかも知れない。傍訓ハバネロ。

青とうがらし若しくはハバネロはどこで買えばいいのだろう。自家栽培するしかないのかも知れないと思うものの苗をどこで買えばいいのかわからない。ググレカスという意見は受け付けない。そこまで切迫した思いではないからだ。ああハバネロ。思うだけで何もしない貧困贅沢。

[D] なんだっけ

ひどく罰の悪い夢を見た気がするのだが忘れた。OFFのメンバーでボート漂流する夢を見た気もする。だからといって何かが変わったりはしない。

[独言] やっと涼しく

9月に入って初めて涼しくなったと感じた一日。昼間の公園も強めの風が吹いていて心地よかった。

[奇妙なポテンシャル] #195

A:「ホットケーキがブームだってね」
B:「そんなのほっとけい」
A:「『キ』は? ねえ『キ』は?(AA略」

うはははは。ウケルー。

この状況をもう一段外側から包んでアウフヘーベンするようなツッコミをしてくれるC君を探している。かれこれ4、5時間も探して、探して探して、探しあぐねて求人情報誌にも載せたというのに見つからない。掲載欄を誤ったのかも知れぬ。

[独言] ふむ

自由がほしいというから自由を認めてあげたところその自由を謳歌した挙げ句にアレするという構図なのかも知れない、と思った所でああそれは丸々罠にはまっているよと気づいた。要するに言葉に踊らされているだけだという発見だ。

曖昧なものや新しい概念を丸めてまとめて呼びやすくするために新語が生まれる。そうすると便利でみんなが使う。そのうち面倒くさくなって何でもその語で言い表すようになる。無関係な構成要素も含まれてしまうため反発が生じる。すべて必然だ。大雑把に把握して良しとするか、詳述するかという違いでしかない。

[D] うなされた

あるカレーショップ(カレーショップの集まるエリア?)のカレーをpdf化して送出する夢を見てうなされた。「何を」「どう」pdfにすればいいのかよくわかっていず、「grepかけてFPDFで」の一点張りで四苦八苦する。そういう無駄な苦労をする夢を見ることが多くなった。死期が近いのかも知れない。

この「何をすべきかよくわかっていず、とりあえず苦労している」という夢は本当に疲れる。あとちょっと、ここやったら片付く筈という意識はあって、それに延々チャレンジしているが、到達点が曖昧なせいで絶対に解決しない。目が覚めかかっても頭に残っていて目覚めが良くない(例えば昨日は敷き布団が寄ってて腰高な状態なのと蚊に刺されたかゆみで目が覚めかかったのだが問題が解決していないことばかりが頭にあって無理矢理寝返って眠り続けた。眠りたいからではなく続きをやらなきゃといって寝たのだ)のもよくない。テトリスをやり過ぎた晩にブロックが落ちてくる夢を見てうなされたりMSX版グラディウスを槍紺で延々弾をドット避けし続ける夢を見てうなされるのとはまた違う次元の嫌らしさがある。

ああ、なるほど。奇ポテ#193から意味を紡ぎ出そうとするのと似た愚だ。な。

ところでgrep/array_grepは使い方が下手なので使ったことがない。馬鹿の一つ覚えでforeachでぐるぐる回すか少し捻ってもarray_mapする(んでfunctionとarrayを入れ違えて怒られる)ことが多い。arrayの中の特定の何かを探す処理をそもそも使わないのかも知れない。必要があればhashにして特定のキー入れた要素に対して処理してしまう。判定式が複雑になりがちなのもあるかもなあ。効率悪いなあ。

array_mapとarray_walkがどう違うのかわかってない辺り駄目。

if( $x = 10 )

というポカを時々やる。しばらく触ってない時等は特に。

本日のツッコミ(全3件) [ツッコミを入れる]

_ 高橋ま [酢漬けの唐辛子は、でかいスーパーとか輸入食材屋なら普通に売っているでしょう。香辛料のコーナーとか、メキシコ食材(タコスのもととかサルサとか)があるとことか、スパゲティ用ソースとかオリーブの瓶詰めな..]

_ 渡辺 [ボートで漂流しかけた気が>佐和山]

_ nagajis [すみませんね、催促してしまったみたいで。どうぞお構いなく>高橋ま様。記憶では青とうがらしのような姿形だった気がします。ワインビネガー入手して作ってみようかと思います。 人数は6人、もっと広い湖のよ..]


2010-09-15 [長年日記] この日を編集

[ORJ] ふう〜

_日を跨いでいないがひとまず一息つける状態になったので15日ということにしておく。いつものことである。発行は15日夕方ということで〜。

そうだな、9月末に弾丸列車という手もあるなぁ。これはかみさまの動向による。それまでに宿題を2、3片付けておかないと。

[ORJ][web] 勝手に計画

ORJと廃道をゆく2の独自アフィリエイトをすればいいのではないか。リンクを張ってもらって1ビュー0.1ポチント。400ポチントで一号無料。読者登録は必須。購入に至ったかどうかまで判断しているときりがないので多分無理。

1pv0.1ptってのは高率過ぎるかなぁ。高率過ぎるなぁ。0.01pt? あるいは1カ月の上限を設ける? 1カ月間の販促期間!ということでこの高率でもよいかも知れない。このへんは編集部と要相談。要するに沢山露出しなければなと思う。

Tactics

ユーザーの識別方法。あまり凝ったことはできない。せいぜいユニークユーザの識別くらい。できるだけクエリ一発で仕上げる必要ががが。一日一回cronで集計。集計はログインページで見られるようにする。サーバが持つかどうかは……保証できんな(ヲイ

ねる@AM2:51。この48時間くらいしか働かんからなワラ

[独言] 組み合わせなしか

どっちも火種なんだし、意外と膨れてしまったし、その広告とこの広告と組み合わせなくてもいいか。ということになると告知もはんばいも1カ月先延ばし〜。また余計なの追加しそうだな。

しかしそろそろ次の原稿とかあれとか処理しとかないと。アヒとかするならさらに時間なくなるよ。

やあ重い重い。いつものあれだな。

[] 構想・高僧・公葬

展開方法を工夫しないと。またデザインネタが尽きつつある。nagajisが文章メインなのは売り上げに関係しないので放置。拍車ってカウボーイのブーツのかかとについてるやつなんだってね。日本にないものなのに日本語になっててしかも漢字なのはちょっと面白い。(ははー英式なんてのがあるのか。じゃあ明治だなあ)

次回廃毒のつもり。フォーマットとして残すためだけの記事。溜め込んだので長くなりそうな予感がするが、たぶん実際はさらっと終わる。『石垣』の受け売りでしかないからなぁ現状。新しい知見を盛り込めたり得られたりするものではないと思う。とはいえまとめ記事は有用か。50いくつも出した割には必要なのは1/5+1/5なのだから、それまとめたらあとは洋梨なのよ>nagajis。

考えてみれば次回でもう3/4だ。早いものだ。何の進歩もないまままた今年が終わるのだろう。そういう人生なのだから諦めたらどうよ。毎月15日前後にぎゅうぎゅう言って、それで全てのようなもんなんだから。5年もやって何にも変わらなかったなあ。

『石垣』の紹介。例のごとくの導入。一から考える。積む手間、はつる手間・合わせる手間・重労働。技術の粋。積み方の違い。年代が〜という根拠・絶対的ではなく相対的に。煉瓦とは違う、不定形の組み合わせであることの難しさ。うまく表現できるかな? 大立岩・烏帽子岩は備前石工の例として。本当は服部人造石の例がほしい・・・どなたかご提供いただけまいか。

余裕のある日ははやめにhistoryも書き直すべし、やな。トップ下にあるっていうのに誰も気付かんからな。何のために縦に伸ばせるようにしてるかわからんが。

さあ!包囲網完成!

で何で直接こっちに言いに来ないかなあ。おれは作業員でもないってことか。はは。

[][企画] 2月着工/竣工

2月らしい写真がねえな。。。金ヶ崎も新和歌もいまいち。

4月もいまいち季節にそぐわない。桜とはいわないまでもせめて何か花がほしい。釜トンでは暗すぎる。

するのにねえ。

裏面3枚は変更の余地有り。せっかく解説なしでベストなポジションを思いついたのに説明を入れるのは野暮だ。むしろ出典を明らかにしておくほうが良さげだ。全部見つけられるだろうか?

1枚は宣伝に使うか...何故か奥付という手もあらむ。JIS男は使わない。そこは写真集と揃えよう。

そうか、道路トンネル大鑑から採る手もあるんだなあ。しかしそうすると収拾がつかなくなるか・・・。


2010-09-16 [長年日記] この日を編集

悔しさで夜半に目が覚めつらつら考えているうちにアイデアが湧き実装×2。一つは不正をやってるアカウントを突き詰めてニヤニヤするためだけの処理。発行前にやるべきだったな。今やっても泥縄にしかならない。

一つはテスト運営。ページ左上のロゴに仕込んである。?以降はカットしたほうがいいような気もするが、動的生成であれ静的生成であれ表示されれば宣伝になるのだからいいような気がする。この例のようにヘッダーに入れたら全ペーじに表示されるんであれば手間省けるしな。しかしwgetとかcurlでランダム値放り込んだら簡単に偽装できてしまうな。そういうのは集計の時に切り捨ててもいいが負荷は極力避けたほうがよいだろう。

いかん、この時間に眠い。編集会議に遅れるかも知れん。

あ。リンク先は動詞様。。2種作るか。

[独言] クエリーに対応

こういうのがもっとあってほしいものだ。いろいろ既成概念を壊される。どんな方にも気軽に買ってもらえる状況にORJはなってないし、それをUIやPC上の処理だけで解決できるものでもないことを改めて思わされる。

[独言] うむ

涼しくなってきたので蚊が出るようになった。やつらも動きやすい温度があるのだろう。

[独言] 逆の発想

バナーを貼った人のn割が1号以上購入できるように後でレートを設定したらいいんじゃまいか。そのへんのノウハウがないのに無理して設定して自爆する必要はあるまい。


2010-09-17 [長年日記] この日を編集

[独言] 頭痛い

物理的に頭が痛い。偏頭痛が取れない。何が引っかかってるのだろう。

体質的にこういうのは放っておくと自然に直るものなんだが。

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]

_ TEC [僕も偏頭痛もちなんで○ス○ス製薬のEV○ A錠を携帯しています。 脳外科に勤める身内の看護士から「タバコやめろ」と言われましたよ…]

_ nagajis [脳外科は勘弁してほしい・・・]


2010-09-20 [長年日記] この日を編集

[独言] 時の流れ

帰宅。8年振り/5年振りの峠へ行ってきた。無為に時が過ぎているだけではなかった。画像の説明

画像の説明2002.6.
画像の説明2010.9.

画像の説明画像の説明8年前のnagajisの目は節穴過ぎる。明治橋、峠の北、峠、北側峠道に2、3。あの時ちらっと想像した失態を見事にしている。もしまた見逃していたらそれこそnagajisに進歩はないのう。

高見山の軌道に関して聞き込み。実際に稼働していたところを見たことがあるという古老に出会う!!! 索道の麓を特定(軌道探索後に向かった地点で正しかった)し軌道に関するいくつかを聞く。これでようやくOFF報告が書けるッ!

国栖隧道についても聞き取り調。ここも最も詳しいと思われる方に話を伺えたが、やはり厳密な開設時期は不明とのこと。ただし荷車道であったことは確かで、私が見逃した荷車道が南国栖側にもあるとのことだ。迂闊ッ。

木津も調べられたので明治隧道@奈良県ができるな。前もって教育委員会に伺っておく手もあるかな。

[ph.] 廃Jaguar

画像の説明

[ORJ] あ、しまった

HEARDLINE出してなかった・・・明日より通常業務に戻ります。


2010-09-21 [長年日記] この日を編集

[独言] FinePix X100

こ、これがフジの答えか!
しかしセンサーは普通なのな。

[独言] 違い

画像の説明画像の説明8年間の差。ほとんど違いはないがこの構図に対する私の認識はすっかり変わった。100年前はもっと違う光景だったろう。

[独言] 遣らず…

t/o

下ゲ猫ェ…

これは…嬉しくないぞ! 度量衡換算表よりも役に立たないぞ! 素敵!索敵!素数!

[D] うなされた

寮生活をしながら廃道で飯を食っている状況にある(「何故か」をつけようと思ったが夢なんていつもそうだからやめておく)。寮生同士のつきあいが疎かになっていることに対して批難され、寮イチの論客である某先輩に説得されるというか難詰されるとというか、ともかくそういった感じの状況下に置かれる。周りはみな敵であり四面楚歌そのものの状況。しかも解決の途はない。例えば寮を出てとか廃道を捨てて何とかとかいう次元の話ではないのだ。ただ状況を難詰され虐げられるだけの論戦だ。(実際にそういう場面を経験したわけでも、そんな場があったわけでもないのだが・・・>高校時代。あ、会社ではあったかも知れない)

それがいつのまにか、彼女がいることにまで波及し、難詰モードがさらにヒートアップする。そっちにまで影響が出るのは堪らないことだし人として男として看過できるものではない。キレやすい先輩の逆鱗を巧みに避けつつ、自分もキレぬよう気を遣いつつ、何とか反論を試みるしようとするが、「臭い話だ」とか何とかいう理由で鼻を捻られたりして苦戦する。だいたいハガキの裏面読むなんて同じ寮生であったとしても許されんだろ。それが当たり前だろ。それを殊更「裏面は読まなかったけどな」とか何とか得意げに言われても「はあそうですか」としか言い様がない。単に自分の優位へ持っていこうとするだけの言動でしかなく虚無い腹立ちを感じるだけだ。

みたいな夢を見て魘された。これは何かの比喩なのか。夢で良かった、という夢が近ごろ多いような気がする。

Tシャツ予約コネーと思ったらリンク間違えてたのな。ばーかばーか。

カレンダー予約はこれを流用して作ろう。

本日のツッコミ(全1件) [ツッコミを入れる]

_ traffic [やな夢だなー]


2010-09-22 [長年日記] この日を編集

[独言] お仕事一つおわり

カレンダー予約ページを作成。ネタバレありだがこんなもんじゃろ。そもそもカレンダーにネタを仕込むなという気はする。

[独言] 環境動画


2010-09-23 [長年日記] この日を編集

[独言] Twin-Bee

BeOSとBTRONのデュアルブートでツインビー、というネタ的構成を復活させようと試みるもBeがうまく起動してくれない。こいつはちょっと工夫しなければなるまい。フロッピー探して粉。

あと、残念ながらETHERが超漢字に対応してないっぽい。んなことない?

[橋梁] 市場橋

画像の説明先日東吉野村で見つけた橋。市場橋という。一見するとただの桁橋だが、

画像の説明良く見ると、フラットアーチの石橋?!

画像の説明と思いきや・・・ただのコンクリ張り付けでした。本当にあ(ry

[ORJ] DVD...

焼ける感興が実稼働する前にポシャってしまって大変だ・・・統合版だけで5枚費やした。明日発送しますのでしばしお待ちを。

ほんともう、統合版を廃止したい。いいことなんて何にもないんだ。ただデカイだけでどうしょうもないウドだ。文句がなければ次号から無くしちゃる。

[奇妙なポテンシャル] #196

岡山県には、かつて

キター

という少女語があったという。

い・や・だ

という感嘆語である。(柳田国男「感動語のこと」)


2010-09-24 [長年日記] この日を編集

[独言] 備忘日記

1日目:近鉄榛原駅→上田口弁財天→石楠花トンネル・栂坂トンネル→曽爾村→御杖村→鞍取峠ピストン→請取峠→泊

2日目:請取峠→峠道探索→飯高→高見峠→木津峠→東吉野村→国栖→大和上市駅

本当なら3日取って木梶川の木馬道を見てくる&飯高で聞き込みをすべきであったが2日しか取れなかった。はじめから中途半端な旅になることを覚悟して出た。その割には収穫ありと言える旅になった。木梶川の木馬道は近畿の山と谷の執筆時点ですでに廃道化していたらしいから並大抵ではないだろうし、木梶第一橋から見えるという道跡もいま時分なら草葉に覆われて見えないだろう。

薄木祐蔵は墨坂という場所に住んだのではなく、榛原にある墨坂神社に由来するものだろう。5年前のはそのへん適当に書いている。付近随一の大社、東吉野村の飛び地的駐車場もある。山へ入っていくのに川伝いに下ってゆく奇妙な感覚。弘法の水はたった2ℓのために100円払うはめになる。朝走ると強烈な逆光。

最後の在所の果てにあった自販機が無くなっていてちょっと調子を外された。この在所までは坂らしい坂もなく楽に登れるが、ここから上田口弁財天までがつらい。単一勾配で直線的に登っていく。開路トンネルから在所までの登り上げはあんなにきつかったっけか。

上田口はほとんど変わるところなし。深霧隧道も5年前のまま。あきら氏とほっくり返した西口の石垣、とうの昔に埋もれてしまっただろうと思っていたのに、かえって露になって、苔蒸したりシダが生えていたりしたのはかなり意外だった。こちら側は木漏れ日がハイコントラスト過ぎてよい写真が撮れなかった。コンデジの限界だな。それよか峠道があんな雰囲気であったとは。忘れてた。しばらく憩う。

秋霧隧道はやはりあの場所にあったのだろう。いまの目で見てもあの切り通しは脆過ぎる。

以前は「緑の回廊 開路」だった看板が「弁財天」と書き直されていた。新道ができたことで開路と名付けられたという経緯は忘れられてゆくのだろうか。そういう選択もまたありだろう。だれか一人覚えておけばいい。

栂坂峠(ここは「つが」と訓む。何故?)に行ってみるつもりでいたが、国道トンネルが未見だったので入っていったところ、そのまま栂坂トンネルに突入してしまい御杖村に出てしまった。まあ、いいか。開路トンネルと合わせて3本立て続けのトンネル群。汎社会的にはこれ以上ない良道。そのかわり曽爾村山粕までの標高差と長い坂道は如何ともしがたい。逆方向に走るのがためらわれる。

山粕の小さなお店で食料を補う。夜のお菓子だけと思っていたが意外に充実していたので焼そば+ベーコンも買ってしまう。下る途中に休憩所。そうそう、8年前もここに泊まろうかと思った一瞬があった。あの時も今日もまだ日が高くて先へ進んだのだ。

御杖村へ入っていく道すがらは、正面に採石場の岩露頭が聳えていて、ちょっと荒涼とした感じ。少し進んで桃俣を過ぎ、桜峠西麓まで行けばまた違った印象の世界になる。別天地というか桃源郷というか・・・ともかく山里らしい山里。おっとその前に、杉の間伐がきちんとなされ、皮剥ぎされて山の斜面に転がっていたのが印象に残った。黒と暗緑、褐色基調の杉林のなかで、丸太の白い肌がひどく目立って見える。そういや川上村ではこういうシーンを見なかった。ここに限らず御杖村は全域に渡って森の手入れが行き届いている印象。

徒歩時代の伊勢本街道は、今の国道のような川伝い道ではなく、山粕から小さな峠越えをして桃俣に下った。峠を鞍取峠という。川伝いルートは明治産だ。桃俣側から峠をピストンしてみたが、確かにこれは荷車道化できないだろうという、狭い小さな谷へ入っていく。峠前後のつづら折れなんかはまさしく徒歩でなければ無理で、しかし伊勢参りの主コースだっただけあって幅広めであった。よく整備されているし、麓の神社に休憩スペースがあるし、取り付きに「桃俣昔話の会」なる団体の建物もあったりして、果報な扱いというべきか。かえって明治道の閑却されていることが可哀想になる(この辺りは国道アスファルトの下だろうが)。神社で焼そばを作って食って再出発。

請取峠への分岐は記憶とTM頼りで。一度間違えかけ、これではいけないと思い旧道伝いに登っていくことに。消防署近辺のうら寂しさは記憶のままだった。これを越えてもう少し進むと小さな商店のある三叉路に着く。ここが分岐。いせ/はせの道標もある。

あとは南へ行けばいいだけで、かつて一度通った道だが、国道バイパスに出る直前に「明治橋」という名の橋が架かっているのを今回新たに発見した。バイパスから分岐する県道は何故か3車線分ありそのうち2車線が作りかけで放置されている。まさかこの道幅で三重県まで通そうとしているわけではあるまい。

途中の墓地で休憩して、この日最後の登りへ。土屋原は明るい雰囲気の、そこそこ大きな在所。緩い山斜面に旧家が連なっている。左岸に渡った辺りの眺めが特によい。在所はずれで人をみかけたので話を聞いてみた。5、60のお父さん。峠を越えて向こうへ行ったことはないが、飯高からは享楽寺詣での人がよく越え、その姿を見たことがあるという。土屋原の中まで道が拡幅されたのは戦後まもなくのこと。家の石垣を1、2m引っ込める工事をしたと。

この後蛇谷まで各谷ごとに砂防指定の看板。指定自体はS39だが看板は最近建てられたものらしい。やはりH16台風によるものか。

8年前通った時の道のありようはほとんど記憶に残っていない。あ、こんなシーンがあったのか、こんな勾配だったか、と思うような場面ばかり。何しろ当時は一充電で100枚ちょっとしか撮れなかった。ケチって写真を撮ってない。三峰三峠+高見峠+西杉[最杉]の5梯子で時間がなかったというのもある。今日は時間がたっぷりあるから道を味わいながら登った。

沿道にはポツリポツリと民家がある。どれも文字通りの一軒家で寂しいこと限りなし。しかし田を作り得るほどの平地はあるから昔風の暮らしを守る限りは暮らしやすいのかも知れない。

最後の一軒を過ぎた所で蛇谷。蛇谷山。一帯は天理教の御用林になっているという。欄干の崩れた橋を渡って距離50mほど行った所で舗装終わり。残りも真新しい印象を受ける地道で走りやすい。南向する区間の中間にゲートがあるが開いていた。傍らから谷へ降りていく地道もあり、これは地形図破線道の峠越えにつながっているようだった。川底に新設の林道(車道)が作られている。峠前後の天理教私有地を避けるルートであるらしく思われた。将来この道が県道として繋がることがあったとしたら、この谷道を通り、トンネルで峰を打ち抜いて三重側に出ることになるだろう。

ほぼ同じ勾配と道形と雰囲気のまま、地形図実線道の終点まで。終点は小さな広場になっていて、正面に40°ほどの山斜面。まさしく林道の終端という感じだ。ちょっと見上げれば切り通し越しに空が見える。2002年に訪れた時はこの斜面を斜に登っていく踏み分けが明瞭についていて、何迷うことなくその道を登った。確かこの時は旧徒歩道をなぞって通された林道と、その末端だと解したはず。道は峠まで届かなかったのだろうと。実際はそうではない。

本当はこの辺りで泊まるつもりだったが、まだ少し時間があったので、峠の南のどこかで泊まることにした。荷物をバラして担ぎ越える。峠前後の掘り割り状の道。全幅3m、有効幅員2.7mは深霧隧道前後のそれと似ている。

峠であるものを発見。見て、8年前にも見たことを思い出した。最大の発見かも知れない。

峠南は以前にも増して荒れているように思った。そして狭い。立派な石垣はあるが幅2mもなかったのではないか。確かに立派な石垣はあるが・・・というかこれまで見た石垣のなかでもトップクラスの規模。2ケタmあるかと思いきや実測6mがせいぜいだった。ということは神ノ谷のあれもその位だったかも知れない。ここの石垣は微塵も歪んでいない。

しばらく担いで荒れがひどくなり、進むのが億劫になったところで荷を捨て、偵察へ。地形図に川が描かれている谷の頭で水場を発見する。この一つ二つ手前の、炭焼き釜の隣にテン張った。高見山や大台を見晴らしながらの夕餉はとても情緒があって良かったが、何度も寝落ちしそうになった(そのせいで夜半に目が覚め寝直すのに苦労)。

三重県側の道の狭さと荒れやすさがネックになったものと推測される。奈良側も峠直下にやや狭いところあり。奈良側はもっと手前から高度をあげて峠に直結させるつもりだったのではないか。それを失敗して峠直下に至ってしまいつづら折れを挟まざるを得なくなった。三重側には無理がない。峠の切り通しの旧高さからジャストで下っていける。

2日目:朝方まで眠られなかったのが響き、目が差目田野は、もとい目が覚めたのは7:30過ぎだった。いつもの旅ならこれくらいでも余裕だが、予定が詰まり気味で、日が昇る頃には活動開始しなきゃと思っていたにもかかわらずのこの時間ゆえ少々凹む。右膝の痛みも引いていない。あれやこれや思案して予定を組み換えつつ飯を食う。

峠道の続きは似たような荒れ道。昨日のうちに偵察しておいたので状況やおよその所要時間は把握している。水場の谷を越え、大石垣と岩崖の難場(ここの写真は昨日のうちに撮っておけば良かったな・・・ここもスポット光で白黒い写真にならざるを得なかった)があり、2、3の谷渡りをすれば、自傷行動をする鳥を見た林道末端へ。往復写真撮影込み1h。だいたいその通りに行った。

当初の峠道を辿る時間は約2時間と見ていたが、これは道の大半が地道車道化あるいはその廃道と化していたお陰でクリアできた。全線がひどい廃道だったらもっと時間がかかっただろう。絶品とまでは言えないがそこそこな道。大石垣もある。

12時頃に波瀬山林舎に着く。そうそう、通りやすい道を通っていくとこの場所へジャストで出てくるのだ。国道を通っていくとひどく遠くにあるように見えるが。ここでの聞き込みを諦め、国道旧峠を諦め、現国道と高見トンネルを抜けていく。旧道は麓のほうのわずかな区間のみ。国道から上へ別れてからは膝痛と8年前に追っているのでパス。バイパス新道はそれほど走りづらいものではなかった。

麦谷でふと旧道に入り込み、たまたま居てはった方が軌道を見たことのある方だった。しばし話し込む。聞き込むぞ!と気合いを入れてやった時よりこういう偶然で出会った時のほうが収穫があるような気がする>nagajis

木津隧道。望遠で扁額を撮影し明治21年竣工と確認。念のため上に上がってみたが旧坑口はない。もともとこの位置にあったのだろう。しかし扁額があるほどだからよほど近代的な作りだったはずだ。県下で最初の近代的道路隧道であったかも知れない。それを考えるとやや特異点的な存在だ。(追記:9/30のにっき参照)

西吉野村に下り着いて4時。膝の痛みもあるので無難コースへ。しかしせっかくなので佐倉峠に行ってみようと思ったのが失敗だった。旧道に入り込んで行き止まり。あとで地形図を見ると行き止まりから見えていたあの場所が峠だったのだった。歩いて行っておけばよかった。(プリントしたのに忘れてきたのだ)

県道で高見川伝いに下る。下り一辺倒なので楽。吉村寅太郎終焉の地、ニホンオオカミの碑など地味ながら興味のあった物件に出会う。なるほどなるほど。さらに下って国栖へ。ここで人を訪ねて旧国栖隧道のことを聞く。正確な竣工年は地元の方(郷土史家の範疇に入る方)でも御存じなかったが、峠の北側山中にも荷車道があることを教えていただいた。いまの県道に沿う家々の裏手山中に残っているそうな。そうだろうな、なければあの山道を昇り降りせねばならなくなる。

6時までに着いたら入って行こうと思っていた中荘温泉。秒単位で間に合ったので入って行くことにする。ふだん自転車旅の先で温泉に入ることはない。どうせあとで汗だくになってしまうからだ。しかしこの日は日暮れて涼しくなりそうだし、あとは大和上市まで下る一方なので、これ幸いとばかりに寄って行く。お陰でさっぱりした。この贅沢のため夕食はおあづけ。帰ってやきそばの残りを食って寝た。

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]

_ iso [「栂」は「つが」「とが」両方ありですよね。「栂池(つがいけ)」、「栂海(つがみ)新道」(白馬岳から親不知に抜ける登山道、私が高校生の頃に整備され、ここ最近人気)とか。もしかして東西で読み方が違う例..]

_ nagajis [西上州にも栂峠がありますね。これは「つがとうげ」だったはず。まあこの呼び名も古来から変わってないという保証はないですが・・・あ、堺市立図書館に栂(とが)分館がある。]


2010-09-25 [長年日記] この日を編集

[企画][] カレンダー

よやくするといいよ!

↑だけ継続しておく。ここで「予約予想以上の多数につき締め切り!」「サーバパンク!申し訳ありませんが一時募集を停止・・・」とかやったら昨今の販促っぽくていいかも知れないなどと思ってみた。やめとけ>nagajis

[独言] 膝

結構ブランクが開いてて昔のような旅ができるかどうか不安だったが、まだ少々はできそうな感じ。しかし右膝が極端に弱っている。駄目になるとしたら右膝からだろう。あと2、3回か。

[] 柳田国男「方言覚書」

ほぼ同時に日本に齎されたはずのマッチと石鹸だが、マッチには種々方言があり石鹸にはないという不思議。言われてみれば確かにそうである。トウツケギ、オランダツケギ、ランポウ(蘭法)ツケギ、アメリカツケギ、ハヤツケギ等々。たかだか60年で燐寸はこんなに分化している。にも関わらず石鹸はどこへ行っても石鹸だ。せいぜい洒落てシャボンというくらいか。

普段よく使うものだから、という説はさもありなんだが、一段階前のものに相当する「附け木」があったことも大きいように思う。石鹸に相当するものは日本にはなかった(はず)。何もない所へ名を伴って投入されるとその印象が強く焼き付くのではあるまいか。そういや何故石鹸は石鹸というのだろう。

トウキビvsトウモロコシ。トウガラシも唐辛子であって輸入物。そういう「そう言われてみれば」がこの本には多く、単純に面白い。

山の産業の一つに燐寸軸の製造工場というのがあったのを思い出した。どこでも手軽に開け、さほどの動力も広さも必要としないため広く各地に行き渡っていたらしい。確か遠野物語だったかと思うが、山姥の話の舞台にもなってたっけ>燐寸工場。

雨谷まで+167.1度!

本日のツッコミ(全3件) [ツッコミを入れる]

_ JINKO [そういや「白神山地の中にも燐寸工場があって、高校の頃に山で迷ったときに世話になった」とかいうのが伊奈かっぺい氏のネタにあったなぁ。青森限定のネタで申し訳ないスけど。]

_ iso [膝。サポーター(量販店でひとつ2000円くらい)すると格段に違いますよ。私は数kmのジョギング程度で右膝が痛むのですが、すればまったく問題ないです。私の場合、登山や自転車にも必須です。]

_ nagajis [へえへえへえ。]


2010-09-26 [長年日記] この日を編集

[][絵葉書] 鈴鹿隧道その他

画像の説明本日の活動とはあまり関係がないが、いや関係ないこともないが、ともかく先日この絵葉書を入手した。存在することは知っていたが実物を入手できるとは思っていなかった一枚。これもある意味果報者に与えられた天与だろう。

画像の説明ついでにこれも入手した。能勢妙見ケーブルのこの角度の絵葉書は珍しいのではないか。もう一枚、上の駅を写したものもある。

[企画] 隧道写真募集ページ作成

一行書き加えた。年や月はわかっても日までは厳しいかも知れない。せめて月がわかれば。ただし3月はもうずいぶん一杯になっているので外したほうがよさげだ。

[独言] 村田のいた街

画像の説明松本高見組1057-1。草津工区に勤めたあとの村田が大正の末から昭和11年の夏まで住んでいた住所である。行っても何もないだろうとは解っていたが、一度行ってみたいと思っていた。その願いが叶ったが実際何もなかった。要するにミーハーな物見遊山だ。

今日この住所(松本高見組という字)は存在しない。剰え過去にそういう住所があったようでもないらしい。滋賀県立図書館や大津市役所に尋ねてみたものの、そういう字は聞いたことがないという。「角川地名辞典」や平凡社の「滋賀県の地名」を見ても高見組という地名は見つからなかった。

しかし、大津市役所へ問い合わせた時に、下の番地?に掛の方が反応した。この番地は番地ではなく地番ではないだろうかと仰るのだ(そもそも今の番地制度は戦後に出来たものなのだとか。昔は地番=住所だった)。地番1057はいまの松本二町目の4番地に相当する。下の「-1」は分筆したことを示す数字だともいう。やはり餅は餅屋に任せるべきであると思った。

写真はその松本2丁目4番地。近代化された表通りから一歩入り込めば、しもた屋的古い民家が軒を連ねるこじんまりとした宅地街。それ以上のものではなかった。幾ら何でも昭和初期の木造建築があんなに立派ななりで残ってはいないだろう。当時からすっかり変わっているように見受けられた。

ただ、この場所は県庁の目と鼻の先で、出庁するのに歩いて5分もかからないような場所である。県庁勤めをする者にとっては一等地とも言える場所。某人の想像するごとく、かつては県職員の宿舎があったのかも知れない。あるいは高待遇を受けての結果か。怠け者の私は8:55にのんびり家を出る姿を真っ先に想像してしまったが、泊まり込みせずとも済む環境、あるいは缶詰を回避しつつ奉職できる環境を求めた結果であるかも知れない。

大津市役所の方はさらにこんなことも教えてくれた。高見「組」はないが高見「町」というのはあった(もともと江戸時代の大津宿は組制度が取られていて、上組中組下組のような組割り?があった。それに由来するものかも知れない>高見「組」)。高見町は今の中央町二丁目(だったっけか)の一部で、松本二丁目のはす向かいの辺りになる。無理を言ってこの辺りも歩かせてもらった。松本二丁目にも増して新しい住宅街になっていたが、かつて大津宿のなかを鈎字に曲がって流れていた吾妻川がそのままに流れていた。

画像の説明大津公会堂の3階、大ホールの入り口に一扁の額が架かっていた。知らずに入って立派な額だと見上げて魂消た。赤城の額だ。堀田義次郎だ。

高懐、だろうか。遠大な思いという意味。ここで彼の筆を見るとは思っていなかったので大層驚いた。何より昭和9年という銘が意外だった。堀田が知事を務めていたのは大正の末までだからだ。

そういえば、大津市長であった時期もあるような気が・・・そう思って帰って調べてみると、確かに彼は第13代大津市長であり、昭和8年から17年までの長きに渡りその職を勤めていた。知事を辞めてからも滋賀県に留まっていたのだ。よほど滋賀県が気に入っていたのだろう。堀田は福岡二高の出身であって滋賀県とは縁もゆかりもない(はず)。もちろん群馬とも関係がない。

次にお前は「だからどうした」と言う。

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]

_ iso [トップページ左カラムにあるカレンダーへのリンク、スペルミス(?)で飛べませんよーーー]

_ nagajis [ooo, これは失礼しました。]


2010-09-27 [長年日記] この日を編集

[独言] 村田のいた街 second season

画像の説明大字の一文字がよくわからなかった。そのせいで後回しにしてしまい、驚愕の事実に気付くのに遅れた。

大正7年4月に埼玉県内務部土木課を辞し、同年10月に滋賀県へ赴くまでのごくわずかな期間、村田は大阪府庁に務めていた。正確に言えば大正7年5月7日から9月28日までの4カ月強である。その頃村田はどこに住んでいたかというと、右の住所であった。滋賀県に提出された履歴書にそう書かれてある。あるいは府を依願退職した後の仮の住まいであったかも知れないが、ともかくこの場所に村田鶴は住んでいた。

ぱっと見でピンと来る住所ではなかった。しかし改めて“解読”してみると

大阪府豊能郡秦野村大字

であった。驚かないわけがない。豊能郡といえばいわゆる北摂と呼ばれる地域であり今の池田市である。私がいま住んでいる場所から5kmも離れていない。天神荘に居た頃には北摂詣でや暇つぶし@池田のために何度も何度も何度も通った場所である。

秦野村は明治半ばの町村合併で誕生し、昭和10年に池田町と合併、池田市となって消滅している。今日秦野という地名は小学校や派出所の名前に残っているだけだ。大字田というのもよくわからなかったが、今の表記で言えば田であることが、昭和14年発行の「大阪府池田市土地宝典」によって判明した。この頃すでに秦野村は消滅しているが、旧田村の名を継承したと思しき大字「田」があり「北田」「中田」「南田」の3小字も見える。書き方はまさに村田の字の通りである(字田は昭和19年まで存在。その後才田町になり、昭和35年に城南3丁目、40年に八王子、、緑丘、鉢塚、井口堂、荘園、旭丘の各大字に分割された)。

画像の説明田であれば旧版地形図(大正2年版「大阪西北部」)にも載っている。旧能勢街道が貫く要衝の町。今日この方面の幹線道となっている国道171号は昭和の初めに府の十大路線の一つとして整備され、才田の南、阪急宝塚線と平行する新線として誕生した。今日の才田はかつて能勢街道の要衝であった頃の面影は全くなく、真新しい住宅が立ち並び、かたや産総研が殿と控えるような土地になっている(字北才田、中才田の一部が産総研の敷地になっている)。

画像の説明画像の説明

画像の説明
ここから府庁へ通ったのだとしたら…。能勢街道を10分ほど歩いて池田駅へ。そこから箕電(現・阪急宝塚線)で約1時間で大阪へ出ることができただろう。南へ向かって石橋駅(!)から乗ることもできる。車があれば、西国街道を通って三島郡味舌村の現場へ行くこともできただろう。いずれもちょっと遠いが、当時この辺りを小林一三が絶賛売り出し中だったことを考えると、荒唐無稽な家選びというわけでもなかったように思われる。

画像の説明東国から大阪に移るということは、茨城から埼玉へ移った時とは比べ物にならない変化だったに違い無い。激変した生活環境に村田は何を思っただろう。石橋以南は畑続きの超ド田舎を走り「ミミズ電車」と蔑まれた茶色い電車に乗って何を思ったか。阪急電車に乗りながらそんなことを考えた。まさかこの電車に、村田繋がりを見い出すことになろうとは。

[奇妙なポテンシャル] #197

画像の説明流行の事物あるいはキャラクターを用いて印象に刻もうという手法は否定しないが、もう少しものを考えてからやってもらいたいものである。だいいちこの宣言、主語がわからない。誰がアルパカを守らなければならないのかがわからない。仮に主語が『一般市民』であり一般市民に守ってもらいたいルールをア・ル・パ・カの4字に載せて伝えようという意図だとしたら、『パ』の「パトロールしましょう」が場にそぐわない。一般市民がパトロール、などというと井戸に毒を放り込んだ疑いでの私刑が罷り通る自警団とかモヒカン刈りトゲトゲショルダー集団による「汚物は消毒だー」な世界に通じる暗さばかりが感じられる。かといって主語を『池田警察署』とみなすのも難しい。警察が自身に向かってわざわざ「『ル』ルールを守りましょう」と訴える姿など見たくは無い。『ア』に至っては主語以前の問題である。「安全安心なまちづくり」をどうしようというのか。するのかしないのか。そこは空気読めという向きもあるかも知れないが、「する」だとしても「どのように安全安心にするのか」がはっきりしないまま「アルパカ」に乗せたところで何になろう。「アルパカ」を覚えたところで終いではないか。「アルパカの『ア』」→「安全安心な町づくり」、以上。では、何の発展も齎さないではないか。次のアクションあるいはその引き金となる何かがなければ、印象を刻んだところで無駄無価値である。

要するに「パトロールの『パ』」が言いたかっただけちゃうんか、と思う。そこから始まり無理矢理「ア」「ル」「カ」を紡ぎ出したに違い無いのだ。

[独言] 続・才田

旧秦野村の村域にはもう一つ才田という小字があった。土地宝典時代の小字だから秦野村大字才田である可能性もある。念のために、というよりも最初の目星として向かったのがこちらの才田だった。

いまの池田市と箕面市の境の辺りにある。渋谷高校のはす向かい、西国巡礼街道沿いと言って解る人はあるまい。ともかく阪急からも国道からも離れた辺鄙な所である。

池田市の他の地域と同様、新興住宅の立ち並ぶ一角だが、巡礼街道に面した所に小さな畑があった。そこで草取りをしている方に話を伺ってみた。たった4カ月しかいなかった人のことを問うのは無駄だろうが、この土地がどんな土地なのか、話を聞いてみたくなったのだ。その方は、確かに父親からサイタという地名を聞いたことがあると仰った。しかも400年来の過去帳があるという。そのような旧家の主だったのは意外でもあり小さな収穫でもあった。こういう偶然があるから、人は「神の悪戯」などという言葉を編み出したに違いない。

この土地を「池田の北海道」と仰ったのはある種の諧謔だとしても、不便な場所であることは間違いない。池田駅、石橋駅、箕面駅、いずれの駅にも徒歩30分。かつては池田山手線も通っていず、バスさえ通わない郊外の外だった。ただし、北摂山地の裾野の最上段である故に見晴らしは大変良い。ビルや建物が立て込んでいなかった昔−−−主は人っ子一人いない原野のような場所だったと仰った−−−は大阪市街まで見通せた。実際マンションとマンションの隙間から梅田のスカイタワーを見ることができた。

いくら箕電が通っていた村だとしても、府庁勤めの人間が住まうのに適した立地ではない。そう判断した。しかし見ず知らずの人と話し込んだ夕まぐれの一時が忘れ得ぬ印象となった。

そういうことを書いてみることのできる場所は、ここしかないのである。誰かと共有した時間は、その人との思い出として、公に語るのは憚られる。大事に大事に取っておきたい。ただ一人で歩いた夕闇の街並の、寂しさと懐かしさと驚きがない交ぜになった印象こそ、書いて誰かと共有したくなるというものではなかろうか。例えそれが「だからどうした」と継がれようとも、だ。

[独言] で、

明日こそは奈良図へゆく。目が覚めたら12時過ぎだった体たらくをくり返してはならない。じょ。

今日は休館日だぜ! 事前に気づいてやったぜ! ざまあみろヒャッハー!

[独言] うむ

もうちょっと練習せねば。画像の説明

本日のツッコミ(全4件) [ツッコミを入れる]

Before...

_ nagajis [似たようなモンテスキュー。]

_ みつ [元上池田住民なので懐かしい地名が、、、、五月山の鉱山跡も探してみたいものです。]

_ 井口堂をこよなく愛するひと [豊中駅がない!! jisちゃんかわいいですか あと、阪急の創業者は『小林十三』ではなく『一三』です。]


2010-09-28 [長年日記] この日を編集

[独言][] 谷坂隧道の謎

カレンダーの「今日は何の日」を作成していて、谷坂隧道の着工/竣工の年月日がひどく錯綜していることを発見した。

【道路の改良・地方通信】(昭和9・10年発行)
昭和9年10月22日 起工式
昭和10年 10月下旬には完成せしむべく目下西口の鋪装を進めている
     11月6日の菊花節には開通記念式典を予定。

画像の説明【隧道扁額】
昭和10年12月 竣工

画像の説明【竣工記念碑】(昭和15年11月設置)
大正14年10月21日 隧道期成同盟設立
昭和7年 県会で建設議決(日を卜して着工
昭和10年9月 

【滋賀県土木百年年表】(昭和48年発行)
昭和8年10月21日 着工
昭和10年3月1日 竣工

【滋賀県の近代化遺産調査報告書】(平成12年)
大正14年末 谷坂隧道期成同盟結成
昭和8年 県事業として着手
昭和10年3月1日 貫通
同10月末 竣工完成

滋賀県近代化遺産調査報告書は小林博「谷坂トンネルについて」(『滋賀県地方史研究』第3号:平成5年)を参考文献としている。未見。「谷坂隧道竣工記念写真帖」は序文の辺りを撮り損ねた・・・。

隧道の貫通、隧道工竣工、取付道路の開通(共用開始)、開通記念式典、いずれの日も竣工だといえば竣工で、その辺りのあいまいさが錯綜の理由だろうと思う。しかしこれだけばらけていると何を採用していいのかわからないな・・・。

[奇妙なポテンシャル] #198

…箝口令?画像の説明

[独言] モノモライ/メバチコの治療法絶賛募集中

うーん、大分では何と言ったっけ。大学の友人(誰か忘れた)はメバチコと言っていた覚えがある。柳田翁がまとめてたはずだが見つけられない。

[][企画] 1、9、11

1月9月11月辺りが埋まらない。3月は余るほどあるのに。

本日のツッコミ(全3件) [ツッコミを入れる]

_ traffic [私んとこでは「目っ乞食」]

_ nagajis [柳田全集の目次見直しましたが出て来ない・・・カラスノオキュウの辺りだったような気がするのですが。]

_ traffic [一瞬、カオスノオキュウに見えて(略]


2010-09-29 [長年日記] この日を編集

[独言] 【独り言】奈良図【無視せよ】

括弧に深い意味はない。ようやく奈良図へ行けた。謎が解決したような、さらに増えたような・・・がっつりコピーしてきたつもりが肝心の部分が抜けてるしやー。

開削された当初は一繋がりであった。明治21年の仮定県道指定では漏れてる。それが○年に仮定県道へ昇格(?)、27年に切り分けられている。三重側は資料なし・・・これって三重県立図書館へ泊まり込みで池という御託なのか。そもそも今の疑問を突き詰めるなら奈良県庁および奈良県議会へ行かねばならない。大変卓。

いつまでたっても開通しない木津と高見の悲哀。三重側に対する建議2本。しかし明治19年に和歌山街道高見峠は一応完成していることになってるんだよな(by伊勢新聞)。あれ、明治26年の銘は間違いか?

そうして上田口のその後をやや追跡でき、秋霧隧道の終焉を見極めた(かも知れない)。深霧隧道の煉瓦巻も恐らくこの頃。意外過ぎる収穫。この前の写真使って写真集に加えておくか。

その前にTUKA氏のpdf仕上げないとな。.psdまでは出来てるんだ・・・

ひとつだけ、緊急訂正。明治26年の甲乙県道・里道の制度は翌年に廃止されている。理由があほちんである。この年の通常県会で議決されたものの、その後になって乙種県道=町村費支弁の県道という存在が町村制第八八条に抵触すると内務省からツッコまれて没ったのだ。甲乙里道のほうは認められたのか、27年3月22日に奈良県土木費支弁法が改正され補助割合が決められている(甲種:改修は8割まで、修繕は5割まで。乙種は5割3割だったっけ?緊急を要する場合のみ?)。が、その年暮れに甲乙の分類が廃され一律補助になっとーる(これが大正8年旧道路法まで使われた)。これに限らず奈良県の県道指定は一年ごとにコロコロ変わる建議が建議されててややこしいこと限り無し。


2010-09-30 ああまどろっこしい [長年日記] この日を編集

[] 種々

おおばんぶるまいじゃー

(誰に対して?誰が得するの?)

散々原典当たって疲れたところでテキストGooglableな資料ハッケン。てか前に散々見てるだろ>nagajis

http://www.bunka.pref.mie.lg.jp/rekishi/kenshi/asp/Q_A/detail.asp?record=161

原典で見つけたのは三重県令達全書の明治9年の所に三条実美の例の国県里道等級廃すの達書に続いて載ってた調書の書き方指南の中に。ここに特別扱いする街道一覧が出てて、和歌山街道も出てて、しかも「高見峠まで」とあるのじゃー。これがすぐさま仮定県道になったわけではないようだが上のハナシと合ってるのじゃー。

http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/788789/195

しかしながら三重県統計書の数値と合わない。M9 舟戸経由高見峠→M16 舟戸経由?2.18.26.06→M19 舟戸経由!1.31.06.06→M26 太良木経由!1.18.34。仮にこの時改修があったとしても同じ路線で24町も減るかー。だいいちM17のこの図じゃ1.31.06.06じゃー。

http://www.pref.mie.jp/haku/hp/osusume/map-mie2.htm#ritei1

三重県統計書はM25まで府境とか抜かしてるのであれじゃー。M13-M16のどっかに何かある? また探すのしんどいな・・・ むしろ統計書より前のん探さな。

東吉野村郷土史には明治16年って書いてあるけど出典不明。明治25年測図の2万図には木津隧道は載ってないのじゃー。M26年度通常会議事録(M25実施)にもつぎのよーにかかれてるのじゃー。

番外2(岡本)
木津より高見に至る迄の間に凡そ二里程の平坦部ありて此間に四十ヶ村程散在せり而して此村々に於て木津峠の改修を[北+異:き]望し其前後両端は里道の名称を以て開削したるも独り木津峠に至ては到底地方民力の及ぶ所に非ずとて地方税の補助を願出を以て伊勢街道の全通を計らんとしたる次第なり尤も改修工事落成後に於ける修繕費は一切地方に於て負担し更に地方税の補助を仰がざるとのことなれば左様了承ありたし
七番(山崎)
此木津峠を開削すれば伊勢街道は完通するに至るべきか
番外二(岡本)
此の峠を切下げ而して鷲家より峠に至る迄の間は地方人民に於て改修するとのことなり

木津隧道古い説は奈良県政七十年史にもある。曰く「女寄峠、桜峠(n注:佐倉峠:M16)の開通、木津隧道の開さくは大阪府時代からしだいに進められたもので」云々。あれ、ここにはM16とは書いてないな。府時代に伊勢街道の改修が建議可決されてるのは確かな事実だがJKとしては宇野嶺なんじゃないか(あれは郡事業か)。奈良県政七十年史=1962年発行、東吉野村郷土誌=1972。扁額を拾六と見誤る+府時代=M16とかだったらヤーヨ

史誌の類いににイチャモンつけるよーになったらビョーキ末期です。きをつけましょう。

画像の説明ぎゃあM36説浮上の助。

http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/779785/96

うむ確定。議会史要約+(位階+原長)+拾六年=M36やわ。しかし第4の確証を得るにはやはり奈良県議会へry

ちゅーか角川日本地名大辞典奈良県木津の項目に「明治36年木津トンネルが作られる」ってあるじゃんかばーかばーか>nagajis

[独言][][絵葉書] 大正六年陸軍大演習@滋賀

これも私にとっては激レアな絵葉書。大正6年に滋賀県で行なわれた陸軍秋期大演習の記念絵葉書。

画像の説明

これに[隧]タグ打ってる意味がわかる人は一握りもいないはず。この他にも記念スタンプだけ押されたハガキもあったがやけに高かったので見送った。

[独言] OHTO SUPER PROMECHA PM-1504S/0.4

文房具箱の底で腐っていたのを発掘した記念に修復してみる。芯先の長さ、および1ノックの出芯量を調節できるメカメカしいシャーペン。1500えんもした。グリップの太さと重さが心地いい。「これが使いこなせるか!」という煽り文句に負けて買ったこと、および使いこなせなかったことはあらかじめ自白しておく。

芯先を収納できるのはいいが収納する前に落として曲げてしまった記憶がある。いま触ってみても微妙に曲がっている。芯先が長いほうが使いやすいがこうなると気になって仕方ない。特にペンをくるくる回して書くタイプだった私には致命的な瑕疵だった。

ノックするところを紛失して別の0.5mmシャーペンのを流用していた(正確に言えば療養しようとしていた。その頃にはあまり使ってなかったからな)のが稍長過ぎたので鑢で5mmほど削った。もうちょっと短くでもいいかも知れん。芯先も絶妙に修正。以前の書き心地に戻り5mm角の字を書く心地よさを思い出したが如何せん筆記用具の出番が減りつつある。いまは無性に書いてみたい。

ま、も、きの区別がつかない

本日のツッコミ(全1件) [ツッコミを入れる]

_ ホルモン焼き [ハイ、センセ!「この大演習を大正天皇が見に来はるんで家棟隧道がでけたんですわ。違いまっか?」]


トップ 最新 追記