nagajisの日不定記。
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分水嶺と土木費補助を入れ、道連れで穴の裏と榎と塩久を入れなければならなくなり、収拾がつかなくなるところだった。いくら書いてもまとまらない毛生えがぽんぷん。着地点をずいぶんずらしてまとめた気がするくらいに持っていけたのはやはりTF101が完全復活したお陰か。いやそれは長くなる原因になるだけだから。
兵庫県は県道・里道を厳密に定義して、県道=県費支弁/里道=町村費支弁を厳格に守ったらしい。 それさえ守れば補助里道はいらない。 それに加えて年度ごとに里道改修個所を認定してその工事に対しては補助した? M22の類纂見つけたのであとできちんと見ておくこと。
明治の統計書が近デジに収録されていないのが辛い。そこから県道拾うことができただろうに。
あー考えずに書けるのは楽だなあ。反射神経だけで書きたいなあ。とかいいながら分水嶺であることが不足している気がしてなんとかうまく丸め込む方策はないものかなどと考えてしまった。もうええやん。直交軸の成分を足し合わせることはできても重ね合わることは不可能なのよ。足したらベクトルがぐらぐらするだけなのよ。
真っ青に晴れ上がった乾いた空を見上げて、目を瞑り、瞼越しにあかるさ暖かさを感じるような感じ。目を開ければ眩しくてしかめ面になりそうだがしかし、青空の青さはさらに深みを増している。日の下に出たばかりの時にはシアンがかった白けた空なのに。この青さを好ましく感じるのは普遍だろうかと思ってみてすぐに止めた。自分がよいと思えばそれでいいじゃないか。
真夏の青空を恨めしく見上げたこともあったように思う。40度に迫る勢いの猛暑の日。雲ひとつない空。あればそれが日陰を作って、少しは凌ぎやすくなるだろうに、地面もちったあ冷えるだろうに、と思ったことがあった気がする。いつのことだろう。いつぞやの長旅の時だったか、それとも酷暑の北海道を旅した1ヶ月のうちの一駒か。
思い出せない旅が多くなった。旅先の光景以外にも忘れてしまったことが多い。心地良かった空気。眠気を誘う湿度。風。朝靄。月明かりに照らされる諸々。冬枯れの森。概していい思い出は覚えていない。後悔したり悲しんだり苦しかったりする記憶ばかり残っている。なぜだろうといつも不思議に思う。二度とそうならないようにという配慮なら無駄だ。哀しい思いが減った試しがない。同じ間違いを同じように再現して同じ意気消沈をしているようにしか思えぬ。楽しい思い出は、氷か、ボンタンアメの皮みたいなものなのかも知れない。
楽しい思い出がいつまでも残っていたらどうだろう。四六時中幸せ感に包まれていたら。進歩はしないだろうな。ひとときの儚い幸福感だからこそそういうのを求めて何かしようという気になるのだろう。見知らぬ土地へ行ってあてもなく歩き回ってみたり図書館で歴史に触れたりして刺激を得たくなるのだろう。
新しいことを知るというのはそれが何であっても刺激になる。悲しみの引き金になったり逆さに生えた鱗に触ることもあるが、じゃあ、といってしないわけにもいかない。虫に刺されるかもしれないから藪へ入らないのであれば何一つ得られない。机上の論、資料の精査だけで事実に到達できるわけがない。できると勘違いしているような人とは関わりたくないものだ。
他愛もない話題を退屈もせず喋り続けられる女性という存在は不思議な存在だ。疲れないのだろうか。他愛のなさに自分で呆れたりすることはないのだろうか。自分が同じことをしたら、また同じことを言っている(もしくは書いている)と思ってだんだんいたたまれなくなる。もしくは相手の出方を伺いつつ喋ることに疲れてくるだろう。そうして終いには黙り込んでしまう。端的でまとまりのある言葉のほうがいい。そう思うのは自分が面倒くさがりなのもあるだろうけれど。
心通わせるのが面倒だ、と言っているわけじゃない。どう伝えたらもっとも効果的かを考えて喋る・書くが面倒になったということだ。それで全部が伝わるでもなし、そもそも伝えて価値のある思惟を有しているわけでも普遍的価値の発見があったわけでもなく。ただの個人の感想だ。そこからして価値を見いだせなくなった。
記憶力が悪くなったなと思う。長期記憶も短期記憶も。数ヶ月まえのことを思い出して書くのがつらい。目の前の本を見て、閉じて、書かれてあった内容をキー入力し切れない。ノンブルの数字さえ間違う。どうしたものかと思う。だんだんと過去の記憶が交雑してきて、間違っていることをあたかも唯一の真実のごとくに信じ切っていることがある。それを書けばまた変わる。はて、どうしたものか。反射神経だけで書いてきた証拠だなと思う。そうじゃないか、ずっと反射で書いてきたのに無理に筋道をつけて書こうとするからいけないのか。最近は意図的にものを覚えようと試みている。多少は成果があるようだが頭の整理はまだ出来ていない。がらくた同然に詰まっている過去を引っ掻き回して探しては並べ探しては並べの作業。一度整理してからかかればいいのだ。箱をひっくり返して並べ変えて詰め直して。そうしないから取り出そうとするたびに全部をひっくり返すはめになる。似て非なるものを取り上げてしまう。思考が短絡的なのもよくないな。見えているところからぱっぱと取っていけばやがて詰むのは分かりきったことだろう、と麻雀牌のパズルゲームを思い出しつつ思う。情報も記憶も感情も牌のごとくな有形物だったらいいのに。そうすれば整理のしようもあるだろう。
市部の道路は国県里道問わずすべて支弁という大盤振る舞い。
○廿一年度区部地方税支弁<道路橋梁等修築費>区別及施工方法
●明治廿一年三月十九日告示第三十八号 神戸区
明治廿一年度区部地方税を以て支弁又は支給する道路橋梁港湾堤防修築費区別及施工方法左の通相定む
第一項 地方税土木費を以て支弁又は支給する区別左の如し
一 国県里道及其橋梁並道路に付着する石垣修築費
但里道は公道の称あるものに限る
一 神戸元町通国道,兵庫相生町より港町を経て柳原町に抵る県道,兵庫長澤町より西宮内町を経鍛冶屋町に通ずる路線取拡費
一 兵庫港修築費
以上悉皆地方税支弁とす
一 湊川堤防修築費
以上工費高の五歩地方税より支弁す
(以下略)
郡部については、国県道の更正(新築・換線)は工費の1/2を支弁、修理は全額を支弁。更正は地方で議決ののち県が施工するというのがユニークかも(後述)。道路改修には橋梁の架け換えも含む。河川のほうが細かく列挙され補助割合も細分化されていた。
○廿一年度郡部地方税に関する土木起工順序
●明治廿一年三月二日告示第三十号 各郡
明治二十一年度郡部地方税経済に関する土木起工順序別紙之通相定む
地方税に関する土木起工順序
第一条 地方税土木費を以支弁支給補助する区別左の如し
但河川堤防に属する修築費金二十円未満は悉皆関係町村の支弁とす
一 国県道の更正は其工費金高の五歩通(土功費の半額に限る)地方税より支弁す
一 国県道修繕及び其橋梁建築修繕費は地方税を以支弁す
一 別表第一号廿七河に係る修築費は関係一区域内目論見金高廿円以上二百円未満は五歩二百円以上四百円未満は六歩四百円以上は七歩を支給す
一 別表第二号七十六川に係る修繕費は関係一区域内目論見金二十円以上百五十円未満三歩百五十円以上三百円未満四歩三百円以上五歩を補助す
一 別表第三号十港に係る修築費は七歩第四号十五港に係る修築費は五歩を支給す
第二条 国県道の更正は連帯町村決議の後当庁に於て起工するものとす故に別段具申を要せず
第三条 国県道に属する橋梁の建築修繕を要するものは所属町村名道路名称橋名及其実況を詳悉し所管戸長より(郡役所を経て)具申すべし
第四条 国道県道の修繕を要するものは所属町村名道路名称箇所名を詳記し所管戸長より郡長へ申出べし
(以下略)
郡部の国県道は更正予定個所を予め告示しているのが面白い。M22,M23とこれを踏襲.
○廿一年度郡部国県道更正箇所取調表
●明治廿一年三月二日訓令第二十五号 郡役所 戸長役場
今般第三十号を以明治二十一年度地方税経済に関する土木起工順序及告示候所客年通当郡部会の決議に基き同年度に於て別表の通国県道更正並橋梁建築工事実施可致候条該橋梁に係るものも都て具申を要せざる義と心得べし
但港湾修築箇所は追て訓令すべし明治二十一年度国県道更正箇所取調表
国名 郡名 町村名 国県道の別 線路 更正延長 摂津 八部 白川村外四村 県道 神東郡辻川より岐れ三木を経て神戸に達す 一里三十四丁二十一間五分 武庫 伊孑志広田間 同 三田より西宮に達す 一里十六丁九間七分 (以下略)
近デジに収録された例規集は明治21〜23年と30年代初頭の1つだけしかない。そのためM20代のやり方がどれだけ続いたかわからないところがある。郡部の国道・県道・その橋梁・特定河川の修築&砂防工費は明治30年度から悉皆県費支弁となっている。町村費支弁道路への県費支弁はなかったらしい。
●兵庫県告示第百四十一号 明治三十年五月二十五日
郡部国道及仮定県道其橋梁別表十四河川の修築費並其流域内の砂防工費は明治三十年度より県費を以て支弁す
県費支弁に係る河川名及支弁区域一覧表(略)
市町村費支弁の河川については補助制度があった。
●兵庫県告示第三十九号 明治三十年二月二十日
市町村費支弁に属する別表掲載の河川港湾に係る修築工費は県会の議決を経明治三十年度以降左の歩合により県費を以て補助することに定めたり
これは河川のみに関するもの.明治30年過ぎには前掲の更正箇所表のような告示はないようだ.
●兵庫県訓令第五十三号 明治三十年四月二十日 郡市町村土木補助規定.明治二十六年訓令九十三号廃止.
兵庫県の県道は明治11年に布告され何度か改定されている模様。近デジの現行法規集に告示年と番号のみある。
九年六月 太達六〇号 道路等級を廃し国県里道を定む 十一年二月 県丙六号 同上(爾後数回の沿革は略す) 同年四月 県乙一三二号 同上(爾後数回の沿革は略す) 十三年六月 同一一八号 道路等級達は其名称を仮用せし件
ん.11年二月のは違うのか.M9の太政官達が浸透していなかったので再確認のつもりで通達してる.
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1087376/203
4月のは「道路等級改正の件」.原文「現行兵庫県布達便覧 下」がねえ・・・.図書館にも存在しねえ. http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/788554/114
兵庫県の明治の県道は近デジに統計書がないこともあってよくわからない.松波さんのところも大正道路法以降しかない.
氷上郡には明治22年頃に県道但馬往還線,県道高砂福知山往還線,県道柏原明石線,県道宮津往還線の4県道が存在.明治22年『類聚現行氷上郡役所令示全書』県道線路並小破修繕施工順序中の道路掃除及小修理線路並妊婦負担区域表より.
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/788853/250
数日続いた陽気から一転して冬になった。寒い寒いとばっかり思っていたけれども、夜に貰った電話で気持ち良い寒さだということを教わる。コーヒーを買いに出てみると確かにその通りだった。透き通る、凛とした寒さの夜だった。
寒くて静かな夜はいい。人間活動が一切停止し、自然さえも息を潜めて微動だにしない夜がいい。ちょっと実家を思い出した。国道と名のつく道路のすぐ隣にあったくせに、夜中になると車の通りさえ絶えて静かになる。凍てつくような冬の日の静けさは格別だった。そうして朝方聞こえ出す、チェーンを巻いた車のシャリシャリシャリ・・・という音が一日の始まりの合図だった。
ああ、そんな静かな夜に寝たい。
サブ記事はどうしよう。何も考えていなかった。寄稿をいただいているから大丈夫ではあるのだが。
ラジオからふいに
かんきんやさい
という言葉が流れてきて、
監禁野菜
と脳内変換されてしまったからさあ大変。妄想劇場の開幕だ。
監禁者「今日で3日目・・・お前も相当粘るな。いい加減吐いたらどうだ」
監禁野菜「ケッ、死んでも口を割るもんか」
監「強情なやつだ。だが我々も、いつまでもお前に構っちゃいられねえんだ。早いとこ金を手に入れないと、おまんまの食い上げだからな」(そういいつつ包丁を取り出す)
野「!」
監「悪く思うなよ」
野「うわーっ! やめろー!」
ザクッ!
野「ギャーーーーーーッ!」
ザクッ ザクッ ザクッ !
かくて膾にされる大根。
監禁者「よお、ねえちゃん、水責め一週間目の気分はどうだい」
監禁野菜「フン」
監「相変わらず強気だな。だが我々も(略)」(そういいつつ包丁を(略))
野「!」
監「悪く思うなよ」
野「いやーっ! やめてー!」
ザクッ!
野「ギャーーーーーーッ!」
(略)
かくて剪定される、スポンジから育ったかいわれ大根。
水責めはさらに一ヶ月続いた。
非道だ。あまりに非道だ。No、換金。換金は犯罪です。置換も犯罪です。
そうして「軟禁野菜=カボチャ」とかくだらんことを連想。
上記を書いていて発生した打ち間違いに奇妙なポテンシャルを感じた。
監禁者「よお、ねえちゃん、水責め一週間目の気分はどうだい」
監禁野菜「ゆん」
なんだか一気に可愛くなる感じがして腰砕けた。電波ゆんゆんだ。
/^o^\フッジサーン
が加藤登紀子の歌にインスパイヤされたものだった説,浮上.
http://www.youtube.com/watch?v=u-dges4isvM
/^o^\フッジサーンダ /^o^\フッジサーンダ /^o^\フッジサーンダ /^o^\フッジサーンダ /^o^\フッジサーンダ /^o^\フッジサーンダ /^o^\フッジサーンダ /^o^\フッジサーンダ /^o^\フッジサーンダ /^o^\フッジサーンダ /^o^\フッジサーンダ
それにしても阿久悠,手抜きすぎやしないか.
地図書きだけで終わった...結構めんどうだ.
いまさらになって請取峠と同じ構成だと気づいてしまった。うーん。書き直す時間ないしなあ。どうしよう。
明らかにしていく過程を追って事細かに書くのは自分の時系列を追うのが楽だからというのもあるのだが究明する手法を紹介することが同じことをしたいと考えている人の役に立つかもしれないという思いがあるからであるのだけれども世の大半の人特に[禁則事項です]とかには冗長で余計なものもしくは水増しとしか思ってもらえないに違いなく第一文献引用だってこんだけ探してきたよえらいでしょえっへんと思っもらうためにしているのではなく一次に近いソースを提示してそれを用いた自分の考察が妥当かどうか教えを乞うているからなのだがそんなことどうでもよい人々がどうでもいいと言うばかりでありそれを考えただけで醒める萎える。例えば延喜式の頃からの変遷を資料名を挙げつつ逐次的に記述していくという歴史記述の王道を往けば分かり易いものになるだろうとは思うものの断片的な情報を継ぎ合わせた時の綻びはどう繕っても繕い切れるものではないし個々情報の真偽性判断をしている暇もないし何より読む側はひとまとまりの結論を与えられてあっそう良かったねで終わるだろうという予測がある。ならばビボウ策として現状ママイキとし最後に編年体の纏をつければ時間軸の見通しが不鮮明になってしまうことを避けられるのではと思ったりもしたがそれはそれで余計に冗長になることが火を見るよりも明らかだ。
面倒臭くなった。要するに多少は褒めてもらいたいという欲があるからいかんのだ。「はいはい冗長冗長、校正しました」でおk。いつもどおりの愚鈍を演じようじゃないか。
やっていると何故道の変遷をまとめたものがないのかよくわかる。道の歴史に特化した視点で書かれたものがない理由がわかる。何をするにしても面倒なのだ。一次資料を探してくるのも、突き合わせるのも、それを構成して一つにするのも面倒。そのくせ掘ればほるほど情報は出てくる。それを纏めて出来上がったものが正しいと折り紙をつけてくれる人もいない。とりあえず書きました・まとめましたで終わりがち。それこそ大正記念林碑に語ってもらわないことには「真実」はわからないのだ。だからといってそれを放擲してルポで誤魔化せるほど特徴的な何かがあったわけでもない。机上調査に力点が行ってしまうのは遣る瀬無くも仕方ない。
冗長
という文字を見たり書いたりするとき、どうしても
だんちょう
と読んでしまう。
冗談(じょうだん)
という言葉を先に覚えて、特徴的な「冗」の字を「じょうだんのじょう」ではなく「じょうだんのだん」と認識してしまったのが抜け切れていないらしい。0.5秒ぐらい考えれば「じょうだんのじょう」だとわかるのだが、咄嗟には正しく答えられない自信がある。「冗子」は「だんこ」である。
なんで改まらないのだろうと思いながら「冗談」の文字を見つめていると、だんだん「だんだん」に見えてくる。
談も違いもわからない男である。
一日かかってこんだけか・・・。あーあ。
今回はかなり早くからかかっていたつもりなんだけど、遅々として進んでいない。日に日に頭が悪くなっているのを実感する。吹っ切れてみたいものだ。
誰かのために書こうという思いはもう微塵も残っていない。読ませる展開にしようという努力も放棄した。まとめたい。齟齬なく遺漏なく書きまとめたい。それだけなのに。んにゃ、「だけ」というのは甘く見過ぎな書きようだな。全部書くなんて不可能なことだとわかっている。limx→01/xして無限大に持っていこうとしているような終わりのない努力だ。そうわかっていてなんでやってるんだろうなあ。
疲れたなあ。
あのタイミングで書き直すべきではなかったな。命が死ぬかと思った。しかしこのほうが明らかによい。
んで通して読んでやっぱりムギューだなと思う。仕方ない。あの短い距離で面白い探索をせよというのが無理なのだ。
2日目の探索を後編とするつもりで「前編」として作成したが、↑を書き直したことで穴の浦峠や塩久峠、榎峠のことも書いておく必要があると強く感じるようになった。2日目を中編として将来の探訪に含みを持たせることにしようか。しかしそうすると「蓮根峠」というタイトルと合わない。むう。
ことえりで「分格トラス」と書こうとすると、必ず「文革トラス」になてしまう。よくある誤変換なのでそんなに気にならないのだが、これを
文化大革命トラス
と展開した途端にポテンシャルが湧き上がてくるのは何故あるか。橋梁技術史に大変革を齎す超すごいトラス。それ以前を亡き物にしてしまうような。長300mのワンスパンがパネル工法で15日くらいで出来上がりそうなイメージ。いやそれ時系列デタラメだから。
中国では1980年代にも竹筋RCのアーチ橋を建設してたby新聞バックナンバー。その発想自体は悪くないと思うが、 この間落ちてたのはその一つだろうか。よほど防腐処理して施工をきっちりしないと厳しかったはず。
醤油を切らしたのでスーパーへ買いに行ったら青森県の「ワダカン」というメーカーの醤油が売っていた。とくに上等品というわけではなボトル入りの醤油だ。醤油の味が各地で異なることを知って以来積極的に地方の醤油を買うようにしている。青森の醤油はなかなかよい感じがした。塩分が多いのか口に含むとピリッとした感じがして、その余韻が結構くせになる。目玉焼きにちょろっとかけるとすごくうまい。かといってどこかの醤油のように塩っぱいだけの味ではない。なんだろうこの不思議な感じ。
いただいたゼンマイをこれで佃煮にしてみようと画策しているが、原稿書きで時間が取られ、未だ果たせないでいる。
_ tyaffic [確か青森は日本で一番平均寿命が短くて、その原因の一つが高血圧(醤油)だったと。 何しろラーメンに醤油をかけて食べるのが当たり前だとか(曖昧な記憶です)]
絶対無理だわ、捌けんわこりゃ。。。と絶望的になるほどしなきゃいけないことが溜まっている。はてどうしよう。こういう時こそ酒飲んで寝るべきなのだろうが。寒くて出歩く気にもなれない。来週は何もなしだなあ。考えるだけで胃がキリキリする。
調査報告書のゲラがあがってきたので校正しなければならない。そのうえアレも提出しなければならない。来週中だという。先週には届いていたがむろん処理する暇がなかった。やれやれだ。
そのくせ余計なことをする。MLの新設と動作確認。アンケの分はもう一つサブアカウントを作らないといけない。kiniasのはxreaでいけるんだろうか。MXレコードの修正忘れずに。Twitter botの作成練習。Status:OK。しかしTwitterの仕組みがよくわかっていない。使いこなし本でも読むか。あとはデータを処理するアルゴリズムとか頻度とか考えないと。一日1000ツイートまでっていう制限あるんだな。でもまあ日に1000も送ることはあるまい。1t/minでも12時間で720tやし。Amazonのリンク。なるほどそうすれば特定の出品にフォーカスできるのか。これでソート_1を加えたらよかろうと思う。ただそうするとあたかもそれしか出品されていないように見え、価格比較ができない。検索箱に種を入れておいて検索してもらうしか。あとはどうやってフォロワー増やすかだな。それが簡単にできたら困りはしない。
人が減って苦労するならそれを補う自動化をするまで。ってお前の能力でできるんかいね(笑)
近くのパチンコ屋の看板。「駐輪置場」とある。ものすごく違和感を感じる。自転車やバイクを停めることが駐輪であることは言を俟たない。その駐輪を置く場所、というのがひどくもやもやする。
言いたいことはよくわかる。自転車を駐輪するための場所が右方向にあるのだと伝えたいことはよくわかる。それくらい汲み取れる。漢字で書かれている以上間違った日本語ではない。けれども駐輪を置く場所というのが納得行かない。幅3cmのマッキーでペケ印を書いたうえに重ねて「自転車」と書きたくなる。バイクもそこに置く決まりなら「二輪車」でもいい。サイドカーは?とかいう揚げ足取りに備えるために全部×して「駐輪場」と書いても良い。
一番イライラするのは、自分自身がこういう書き方をしてしまうことがよくあるからだと思う。 脊髄反射的に書いていると特によくする。 書いたものを読み返して、なんか変なのはわかるのだけど、どう書き直していいかすぐには思いつかず四苦八苦する。
思考の仕方がよくないのだろう。行為としての駐輪。駐輪したい。どこに? 置場に。 という発想を単純に足して駐輪置場になる。馬に乗っている。あ、落馬した。ー>「馬から落馬」みたいな。後者は別に気にならないが、自分が「駐輪置場」を気にするようにイライラする人がいるだろうから書き直さなければならない。そういう人はキング牧師の「dream a dream」も蹴りたくなるんだろうなと思いつつ日本語を日本語にしなければならない。
上は旧印南郡別所村にて見かけた「ハ」。ちょっと離れた直線的な二本線で構成されている。これだけだと記号のようにも見えるけれども、近くに播陽煉瓦工場跡があり、また楷書の「ハ」も分布しているので、播陽のバの濁点抜きだろうと思っている。
ほぼ同じものを岡町住宅地の一角で発見した。非常にわかりづらい路地の排水溝の水枡に使われていた。道路に面している辺の内側という一番見えにくい位置に刻印が露出している。何かないかなと思って覗き込んだらこれだけが刻印を有していて、我ながらすごい勘だなと思った。
岡町住宅地の特異性がますます増す発見。転石や撤去も含めれば以下の煉瓦が見つかっている。大阪窯業『改』、日本煉瓦(漢数字)、『|』つき岸和田煉瓦、小六稜星(推定津守煉瓦)、和泉煉瓦の太井桁、朝日窯業(亡失)(以上大阪府)、東播煉瓦『T』、伊丹煉瓦の可能性のある 『//』(以上兵庫県)、山陽煉瓦『SRK』(以上広島県)、『||』、釘、会社不明の『九』?。そしてこれ(兵庫県)。あちこちから煉瓦が集まっている。
桜塚や小曽根まで広げれば(推)伊藤窯業の『松葉菱イ』、讃岐煉瓦の『松葉菱サ』、印南郡周辺で見られる『日』、深草で見たのと同一フォーマットの『□リ』、会社不明の『◇○』『○ヌ』が存在。煉瓦刻印の見本市場だ。
マクロの効くカメラで再撮してきた。これなら「ハ」とわかってもらえるはず。拓本取っていればバッチリ比較できたのにな。別所のは民家の壁だったからあまりいらわれんかった。
うるおぼえでナンバリングしたものだから#326と#329が抜けていた。その穴埋めをしなければならず無理やり#326を考えなければならない状況に陥っている。久しぶりに一日中パソコンに向かって疲れ切っている午前2時のこの期に及んでだ。
こういう無理栗紡ぎ出さなければならない状況で良いアイデアが浮かんだ試しがない。一度悩むと際限なく泥沼にはまる。沈み込んで沈み込んでマントルまで行ってしまう。世界の中心で無能を悔いる結果となる。こうやって無意識に打っているうちに打ち間違いが発生してそれが奇ポテに成果したりすることもないではないがもし実を結ばなかったら単なるキーストロークの無駄だしそういう無駄に終わることのほうが実は多い。この実は果実の実ではなくじつはのじつである。
最初は奇妙なポテンシャルの反義語としてぽてんしゃるに接頭辞imをつけることを考えたのだが奇妙なインポテンシャルという字面に反応してしまう人のことを思ってやめた。略して奇インポなどと書いてしまった日には下ネタに逃げてしまったことへの後悔で一日どんよりした気分で過ごすことになるだろうと思う。この文章の中に縦|横|斜読みを仕込んだという嘘もあまり面白くはない。フローティングレイアウトでありながら狭い画面のスマホで見ても1980x1280ディスプレイのBeOSで見ても 縦|横|斜読みが仕込まれていたらそりゃすごいが。
この間いいポテンシャルを教わったはずなのだが、実体験でないためかすぐに忘れてしまった。人から聞かされて面白く思う話と内から沸々と湧き上がるポテンシャルと本質的に異なっているのかも知れない。何度も反芻して心理に近づきたくなるか否かあるいは近づき得るか/否かの違い。
ナンバリングを振っておきながらポテンシャルがないというのは斬新だがそれではナンバリングの無駄なだけだ。この栄光の328回続いたポテンシャルの追求史に一抹の汚点を残すものではないか。そんなことは断じてあってはならないと思う。その意気込みのせいでいま脳味噌は疲れている。補給するブドウ糖も切れた。と思ったらそういやこの間貰ったチョコレートがあるのだなと思い出した。手元に転がっているそれを拾い上げ、裏を見て、あ、すげ、アルチザンのだと思ったのもつかの間、その側面に「要冷蔵」のシールが貼ってあるのを発見。大丈夫なのか。
うむ、大丈夫であった。生チョコうまい。うまいうまいと反芻しつつよく考えたらブドウ糖入ってないんじゃね、チョコレートって。砂糖だったら蔗糖だろう。ううむ。
キューブブロック状のチョコレートを摘みつつ、ふと「煉瓦刻印と奇妙なポテンシャルって似てね?」と思った。分かる時もあり分からない時もあり、そのまま放っておくわけにいかなくなる。いつまでも脳裏にこびりついて刺激する。明らかになった所で腹が膨れるわけではないが何というかこう達成感がある。「そうだったのか」という発見がある。しかし煉瓦を328個も集めたら大変なことになるだろう。現状でも煉瓦の壁ができている。この数倍量あったら間違いなく床が抜ける。今ですらひやひやしているのだ。本も多いし。
散弾銃を「銃身が3つあって三段階に打てる銃」だと思い込んでいた時期がある、という話も奇妙なポテンシャルに相応しくない。結局それは汚職事件と同じことだ。むしろ松竹梅の三段重とか上のお重に何入れよとかこれっくらいのおべんっとばっこにジスオ、ジスオ、ちょと詰めて、とか考えるべきだ。しかし生憎私は三段重を食べたことがなくどのようなものかを描写することができない。算段中でもよいのかも知れないが人のシンキングタイムほど手持ち無沙汰を持て余すことはあるまいからやめておく。ざっつ呻吟g timeである。
書いて眠くなろうという目標を達成したので寝る。
前回ああやって無駄な時間を過ごしたせいで翌日見事に寝過ごしてしまい悲しく恥ずかしい思いをした。今回はその反省の意味も込めてネタを用意して臨む。だから何だ、というネタである。
官能小説のチェックをしていると人間のエロへの反応の鋭さを実感させられる。動体視力で見ていても官能小説特有のワードが目に飛び込んできて、否が応でも認識させられてしまう。「乳房」だとか「ペニス」とか。なんだか自分のエロさを試されているようで悔しい。そのうち何でもない一文字、例えば「快」だとか「濡」だとかにすら反応するようになって、なんだかなあ、と思う。そんなのに反応する暇があったら折れとか水濡れとかのほうを見つけろと。
そんなことを繰り返しているうち、いっそ伏せ字にしててくれば良いのにと思った。 伏せ字の官能小説なんて需要があるとも思えないが、奇妙なポテンシャルは高いだろうと思う。
もちろんnagajisが反応しないくらいに伏せ字でなければならない。戦時下で反社会的小説を検閲したごとくな伏せ字にしなければならぬ。いやそれ以上にふせねばならぬ。何しろ「揺」に反応するくらいだからなnagajisは。
(以下名前はあくまで仮名である。特定個人をイメージしたものではない。ないったら)
「嫌だ嫌だと言うけど、下の□は正直じゃないか」
良夫はそういって花子の●●をま××る。××な○が○○れた。
「○やっ!!」
電□が走るような × ×を▽じ□け□る花子。その○はすでに△△△だ。良夫の○○した××は容赦◇く花子の◇◇を◇き続けた。
「○△、○△~!□」
xxに○れ、 △△が我慢□□なくなったらしい花子の■■が×む。●●●●、○○、う △腕□が▽▽れてゆく。 「○△、 ○△、 ○△〜〜〜!!!□」
そう叫んで××は@@した。
ああなんでいやらしいのだろう。扇情的だ。頽廃だ。
おい早すぎないか良夫、とか思った人はnagajisのせいにするといい。そんな描写できるほどの語彙も文才もないから。
それにしても『残像に口紅を』の綴込み官能小説はすごかったな。文字が半分も残っていない世界であんな描写ができるなんて。何度○△○たかわからぬ。
天辻隧道は確かに物件の描写が短いな。モノ自体は取り立てて書くべきところがないので歴史とか引用とかに注力したほうがいいとは思っていたが、全体通して読んでみてずいぶん浮いているなと感じた。特に建築はYさんがギッチギチに詰めてあるのでなおさら相対性が発生してる。まあ仕方ない。そういうぶんしょうしか書けんのだから>nagajis。
そのうえ近代道路網に5行以上も追記しなければならなくなり、泣き叫びながら削って圧縮して詰め込んだ原稿をさらに削らなければならなくなった。こういう時バイナリアンなら上書きで入れ込めるんだろうけど、そうじゃない自分は一度展開してから減らして入れてまた圧縮してしなければならない。たっぷり時間がかかった。たぶん.lzhか.cptか.7zの拡張子がついてる。んで解凍するときエラーが出るんだ。
吉野貯木場の注釈に川端貯木場のこと放り込んでおいてよかった。路線のことしか書いてもらえてなかった(泣。
ようやく余裕ができたので懸案だった蕨を料理する。といっても昆布だしとしょうゆで煮ただけだ。思った通りの懐かしい味になったのはやはり、青森のしょうゆで青森の蕨を煮たからだろう(昆布もそうだろうか?少なくとも北の方に違いない)。地のものは地のもので調理するのが一番だ。
ついでに冷凍肉団子で甘酢団子を作る。酢よりも醤油の刺激のほうが強いという一風変わったものになったが、自分的には旨いの領域に充分収まっている。そうそう、タンスーワンズだタンスーワンズ。
「道端遺産」は我ながらいいネーミングだと思った。いちコーナー作ってするほどの価値はないかも知れないが。
前回の原稿を書いた時に不用意に「裏日本」という言葉を使い、TUKAさんにツッコミをいただいた。故にこの本を読んでいる。言葉狩りは嫌いだが「なぜダメと考えられるようになったのか」をちゃんと咀嚼したうえで代替語を用いたい。
もうちょっと感覚的な話かと思ったら、そうではなく、データや文献、当時の新聞記事などを豊富に援用して、なぜ裏日本が衰退したのかを丁寧に説明してくれた。もともと「裏日本」という言葉には悪意も蔑みもなく、表日本に相対する(比肩する)文化圏という認識で使われていたらしい。北前船の交易とか出雲とか金沢とか。明治初年代、島根県には全国比で10%もの数の工場があったとか、人口の多い主要都市30傑に裏日本の都市が6つランクインしてたとか、私は知らんかった。それが近代化の過程でどんどん衰退していって(というのは正しくないかも。太平洋側の急激な発展についていけなかったとかそちらに労働力を吸い上げられたとか種々要因がある)、結果的に「裏」に悪いイメージがつきまとうようになる。言い出したのはやはり裏日本の人々らしい。裏日本だからなんとかしないと、というので頑張ったけれども 衰退しているところというイメージをより強く植えつけただけだったような感じ。まあ「裏」という言葉を使いだした時にそうなることが決まってたことだろう。男と女、陰と陽、上と下、AとB、並列にあるものを使えば(人は一度に2語喋れないから)どうしても順番ができる。その順番があとでとやかく言われるカンジ。
別に太平洋側が裏日本であってもよかったのだよな。文化が入ってきたのは大陸のほうで、その大陸に面している日本海地域が「表」と呼ばれる素質がなかったわけじゃない。けれども大和朝廷とか京都御所とか江戸城とかが太平洋側にあったせいで、そこからみて裏だ、向こう側だというイメージが定着しやすかったのだろう。
裏日本のハブられ具合いを示すために初期の鉄道網が示されていたけれども、表裏日本を結ぶ道路は案外早い段階に改修されてる。国庫補助で。京都の山陰道、島根兵庫の若狭街道、島根県の三道改修。もちろんそんだけじゃ足りないが、日本海ー太平洋の連絡を陸路に担わせようとした結果鉄道が行き渡らなかっただけかも知れない。人々が鉄道に期待を寄せすぎて、道路をないがしろにしたから、いつまで経っても旧態のままだったのかも知れない。
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/765471/297
明治大阪府誌第一巻。戎ノ町東一丁菅原社内 明治21年10月15日認可 組合員数14 代表安宅重三(日本煉瓦)
菅原社 https://maps.google.co.jp/maps?q=34.579421,135.476773&ll=34.579041,135.477106&spn=0.003847,0.004823&num=1&gl=jp&brcurrent=3,0x6000dc9221453461:0x389227a2b4f3612,0,0x6000dc918b7667a3:0x6fac80ff9a97d770&t=m&z=18
明治5年に神戸から内国産煉瓦輸出 5000(円?) http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/765471/497
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/788322/130 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/788328/302 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/788328/290
○明治24年3月28日告示第45号
地方税支弁及補助すべき道路(橋梁とも)堤防川除等府会郡部会市部会の決議を経て左の通之を定む
但本年4月1日より施行す
- 道路
- 国道<第二号東京より大阪港に達す路線>
- 交野郡楠葉村大字楠葉管轄界より東区高麗橋元標
- 国道<第三号東京より神戸港に達す路線>
- 島上郡島本村大字山崎管轄界より豊島郡北豊島村大字今在家管轄界迄
- 国道<第廿六号大阪府と広島師団を拘連する路線>
- 東区高麗橋元標より西成郡歌島村大字加島管轄界迄
- 国道<第廿九号東京より和歌山県に達す路線> 東区高麗橋二丁目国道第廿六号路線より日根郡東鳥取村大字山中管轄界迄
- 奈良街道
- 東成郡天王寺村大字天王寺国道第廿九号路線より安宿郡国分村大字国分管轄界迄
- 能勢街道
- 西成郡中津村大字下三番国道第廿六号路線より能勢郡歌垣村大字吉野管轄界迄
- 高槻街道
- 東区京橋三丁目国道第二号路線より島上郡盤手村大字安満国道第三号路線迄
- 西高野街道
- 堺市龍神町堺海港路線より錦部郡天見村大字西天見管轄界迄
- 竹ノ内街道
- 堺市大小路町国道第廿九号路線より石川郡山田村大字山田管轄界迄
- 八尾街道
- 渋川郡加美村大字正覚寺奈良街道より志紀郡志紀村大字老原奈良街道迄
- 国分街道
- 堺市戎町国道第廿九号路線より安宿部郡国分村大字国分奈良街道迄
- 東高野街道
- 交野郡招提村大字招提管轄界より錦部郡長野村大字長野西高野街道迄
- 堺海港路線
- 堺市大小路町国道第廿九号路線より大浜通四丁目海港迄
- 暗越奈良街道
- 東区高麗橋元標より河内郡枚岡村大字豊浦管轄界迄
- 楳田街道
- 北区樋ノ上町国道第廿六号路線より西成郡千船村大字佃管轄界迄
- 古堤街道
- 北区相生町国道第二号路線より讃良郡田原村大字上田原管轄界迄
- 丹州街道
- 能勢郡西郷村大字下田管轄界より同郡枳根荘村大字天王管轄界迄
- 道祖本街道
- 島下郡茨木村大字茨木高槻街道より同郡豊川村大字道祖本国道第三号路線迄
- 平野街道
- 住吉郡平野郷町より同郡安立町国道第廿九号路線迄
- 小栗街道
- 堺市市ノ町東一丁竹ノ内街道より日根郡北中通村大字下瓦屋国道第廿九号路線迄
- 余野街道
- 島下郡三宅村大字字ノ邊高槻街道より能勢郡東能勢村大字余野管轄界迄
- 清坂街道
- 島下郡清溪村大字千提寺余野街道より同郡見山村大字清坂管轄界迄
- 長尾街道
- 安宿部郡国分村大字国分奈良街道より同村管轄界迄
- 古市街道
- 住吉郡平野郷町奈良街道より古市郡古市村大字譽田東高野街道迄
- 伊丹街道
- 豊島郡池田町大字池田能勢街道より同町管轄界迄
- 安治川海港路線
- 東区平野町二丁目国道第廿九号路線より西成郡川南村大字天保町迄
- 木津川海港路線
- 東区平野町三丁目安治川海港路線より西成郡難波村大字材木置場迄
- 前島街道
- 島上郡高槻村大字高槻高槻街道より同郡五領村大字前島迄
- 麻田街道
- 豊島郡豊中村大字新免能勢街道より同郡北豊島村大字石橋能勢街道迄
- 尼ヶ崎街道
- 西成郡新庄村大字上新庄高槻街道より島上郡高槻村大字高槻高槻街道迄
- 孝子越街道
- 日根郡北中通村大字鶴原国道第廿九号路線より同郡孝子村大字孝子越管轄界迄
- 槇尾街道
- 大鳥郡鳳村大字長承寺小栗街道より錦部郡長野村大字長野西高野街道迄
- 山田街道
- 西成郡上福島村より同郡中津村大字小島能勢街道迄
- 八幡街道
- 島上郡島本村大字山崎より同村淀川渡船迄
- 天神街道
- 島上郡高槻村大字上田部より同村国道第三号路線迄
- 岩船街道
- 茨田郡枚方町大字岡国道第二号路線より交野郡磐船村大字岩船管轄界迄
- 牛瀧街道
- 泉郡山瀧村大字大沢より南郡岸和田町国道第廿九号路線迄
- 千早街道
- 八上郡金岡村大字野遠竹ノ内街道より錦部郡川上村大字石見川管轄界迄
- 亀岡街道
- 豊島郡細河村大字木部能勢街道より能勢郡東能勢村大字余野余野街道迄
- 阿部野街道
- 東成郡天王寺村大字阿部野より住吉郡遠里小野村大字遠里小野迄
- 龍華街道
- 若江郡八尾村大字大信寺新田八尾街道より渋川郡龍華村八尾停車場迄
- 市街接近道路
- 西成郡曽根崎村桜橋筋市郡界より楳田停車場構内境界迄
- 同郡同村緑橋筋市郡界より楳田停車場構内境界迄
- 字東寺町通西成郡川崎村北区<松ヶ枝町紅楳町>立会地を経て東市郡界迄
- 北区天神橋筋<三四>丁目市郡界より東へ同心町との立会地
- 北区<富田町伊勢町木幡町>西成郡北野村立会地元能場
- 西成郡<北野町曽根崎村>北区<老松町曽根崎新地裏町>立会地
- 南区難波新地六番町と西成郡難波村との立会地
- 常盤橋筋西区楳本町と西成郡九条村との立会地
- 北区老松町と西成郡<川崎村北野村>との立会地元相撲場
- 南区日本橋通裏町と西成郡難波村との立会地
- 南区<難波新地五番町西阪町>と<西成郡難波村東成郡西高津村>との立会地
- 東成郡西高津村天王寺村立会字中寺町筋高津表門筋より折曲生国魂神社表門東へ谷町筋迄
- 東成郡清堀村南区瓦屋町筋東へ田島町より吉右衛門肝煎地天神迄
- 西成郡難波村字千日前北市郡界より南行当榎木神社迄
- 西成郡難波村叶橋西詰より以西下道に出る迄
- 同郡同村鼬川筋木津村と取合橋迄
- 同郡同村南町に至る分道よりすみよし中道筋に出る木津村人家限
- 同郡難波村西側町西開橋南詰より材木置場渡船場迄
- 同郡北野村蜆橋筋行当西へ露天神社前東<北区木幡町西成郡川崎村>界迄
- 西成郡<上下>福島村東出入橋より西は北区安治川上通界迄
- 同郡九条村木津川西側市郡界より岩崎新田埋葬地前迄
- 同郡同村尻無川西側常盤橋西詰より花園橋西詰迄
- 同郡同村常盤橋筋市郡界より北区南安治川取合迄
- 同郡難波村字関屋口筋西戎橋筋市郡界より東日本橋通裏町迄
- 同郡北野村露天神社表門前西折曲同村鉄道踏切迄
- 同郡三軒家村北岩崎新田埋葬地分道より南三軒家紡績会社手前迄
- 同郡木津村今宮村界より住吉中道筋及今宮村戎神社辻南国道第廿九号路線
- 同神社東国道第廿九号路線迄
- 同郡難波村新川筋東側北市郡界より折曲御蔵前鉄道踏切迄
- 同郡上福島村浄正橋北詰西北へ折曲同郡鷺洲村大字浦江毘沙門天前迄
- 同郡難波村叶橋筋市郡界より東へ字千日前通迄
- 同郡曽根崎村字長池筋露天神社前通南は老松町通折曲西へ露天神筋に出て同筋新地裏町北の筋を経て新地裏町迄
- 東成郡玉造村内安堂寺町通一丁目行当北へ市郡界迄
- 東成郡西高津村天王寺村下寺町通北市郡界より南天王寺村奈良街道迄
- 同郡玉造村西東区内久宝寺町通市郡界より東折曲内安堂寺町筋暗越奈良街道迄
- 同郡西高津村東平野町高津神社表門通西市郡界より東上本町筋迄
- 同郡東平野町天王寺村上本町筋北市郡界より南天王寺南門前迄
- 同郡東平野町天王寺村谷町筋北は市郡界より南天王寺村埋葬地分道迄
- 同郡天王寺村清水坂筋天王寺西門通より西遊行寺下寺町通迄
- 同郡天王寺村天王寺西門前西へ奈良街道迄及西門通北ノ筋谷町筋迄
- 同郡東平野町大字南北平野町及生国魂神社表門筋上本町通迄
- 同郡清堀村空濠筋西市郡界より東同郡玉造村大字西玉造暗越奈良街道迄
- 同郡野田村大長寺前市郡界よりより同村字桜ノ見た鳥居前迄
- 同郡同村野田橋北詰国道第二号路線より同村大長寺前迄
- 同郡西高津村字中寺町筋北へ市郡界より南高津神社表門通迄
- 西成郡上福島村汐津橋北詰より東へ上天神社西ノ辻迄
- 西成郡下福島村耕作橋東詰北へ行当折曲西へ船津橋北詰迄
- 同郡川崎村字与力町東市郡界より西市郡界迄
- 同郡木津村大黒神社前木津川海港路線より北鼬川に沿い西鴎橋迄
- 同郡難波村鴎橋北詰東へ鼬川に沿い遊連橋東詰迄
- 以上地方税支弁
- 北八尾街道
- 若江郡八尾村大字八尾座より東成郡新開荘村大字今里迄
- 玉造街道
- 住吉郡平野郷町大字平野市町より東成郡玉造村大字西玉造迄
- 冠街道
- 島上郡高槻村大字高槻より茨田郡枚方町大字三矢迄
- 馬街道
- 島下郡茨木村大字茨木より島上郡三ヶ牧村大字三島江国道第二号路線迄
- 枝切街道
- 島下郡茨木村大字茨木より同郡鳥飼村大字鳥飼下を経て国道第二号路線迄
- 清瀧街道
- 茨田郡守口町大字守口国道第二号路線より讃良郡田原村大字下田原迄
- 十三街道
- 渋川郡布施村大字永和より高安郡高安村大字神立迄
- 枚方街道
- 若江郡八尾村大字八尾町より茨田郡枚方町大字泥町国道第二号路線迄
- 東上神谷街道
- 堺市少林寺町国道第廿九号路線より大鳥郡南上神村大字富蔵迄
- 大沢街道
- 錦部郡長野村大字長野東高野街道より同郡川上村大字石見川迄
- 岸和田街道
- 泉郡国府村大字和気より南郡沼野村大字沼迄
- 加田街道
- 日根郡深日村大字深日より同郡多奈川村大字小島迄
- 福田街道
- 大鳥郡東陶器村大字福田より泉郡信太村大字上代同郡取石村大字富木立会小栗街道迄
- 水間街道
- 南郡貝塚町大字中ノ町国道第廿九号路線より同郡葛城村大字蕎原葛城街道迄
- 粉川街道
- 日根郡北近義村大字脇浜国道第廿九号より同郡大土村大字大木迄
- 廿山街道
- 丹南郡大艸村大字関屋新田西高野街道より石川郡東条村大字佐備佐備街道迄
- 箕面街道
- 豊島郡中豊島村大字長興寺能勢街道より同郡箕面村大字平尾迄
- 瀬川街道
- 同郡北豊島村大字井口堂能勢街道より同郡箕面村大字瀬川国道第三号路線迄
- 能勢街道支線
- 能勢郡歌垣村大字吉野より同郡田尻村大字下田尻迄
- 田辺街道
- 交野郡牧野村大字禁野岩船街道より同郡氷室村大字尊延寺迄
- 小野原街道
- 島下郡味舌村大字味舌上より同郡豊川村大字小野原迄
- 十日市街道
- 島下郡茨木村大字茨木より同郡安威村大字十日市妙見街道迄
- 和気街道
- 南郡山直上村大字包近牛瀧街道より泉郡国府村大字和気小栗街道迄
- 葛城街道
- 堂郡岸和田町大字魚屋町国道第廿九号路線より南郡西葛城村大字蕎原迄
- 山根街道
- 交野郡交野村大字私部東高野街道より同郡菅原村大字長尾迄
- 宇治街道
- 同郡牧野村大字禁野より同郡菅原村大字長尾迄
- 雄山街道
- 日根郡尾崎村より同郡東鳥取村大字山中国道第廿九号路線迄
- 住吉街道
- 住吉郡住ノ江村大字長狭町より同郡依羅村大字寺岡迄
- 下高野街道
- 住吉郡平野郷町大座野堂町より丹南郡三都村大字茱萸木西高野街道迄
- 粉川街道支線
- 日根郡大土村大字土丸粉川街道より同郡佐野村大字佐野孝子越街道迄
- 佐太街道
- 茨田郡庭窪村大字佐太より同郡諸堤村大字諸口迄
- 丹波街道
- 島上郡五領村大字萩荘より島下郡見山村大字清坂迄
- 譽田街道
- 古市郡古市村大字譽田より志紀郡志紀村大字老原迄
- 茨木街道
- 島下郡三島村大字戸伏より茨田郡枚方町大字枚方迄
- 穴虫街道
- 古市郡駒ヶ谷村大字飛島竹ノ内街道より石川郡磯中村大字春日迄
- 徳庵街道
- 若江郡北江村大字鴻池新田より河内郡大戸村大字芝迄
- 根来街道
- 日根郡樽井村大字樽井より同郡東信達村大字葛畑迄
- 天野街道
- 大鳥郡東陶器村大字岩室西高野街道より錦部郡天野村大字天野山迄
- 父鬼街道
- 泉郡北池田村大字納花槇尾街道より同郡南横山村大字父鬼迄
- 孝子越街道支線
- 日根郡淡輪大字淡輪村孝子越街道より東成郡天王寺村大字天王寺奈良街道迄
- 垂水街道
- 豊島郡中豊島村大字長興寺能勢街道より島下郡吹田村大字吹田高槻街道迄
- 真上街道
- 島上郡高槻村大字高槻冠街道より同郡清水村大字真上丹波街道迄
- 稗島街道
- 北区安治川上通二丁目市郡界より西成郡千船村大字佃尼ヶ崎街道迄
- 立石越街道
- 若江郡八尾村大字東郷八尾街道より高安郡中高安村大字万願寺を経て国界迄
- 佐備街道
- 石川郡大伴村大字山中田千早街道より錦部郡川上村大字寺元大沢街道迄
- 大津街道
- 泉郡大津村大字大津国道第廿九号路線より同郡南池田村大字大和田槇尾街道迄
- 和歌山街道
- 南郡岸和田町大字南町国道第廿九号路線より同郡麻生郷村大字半田小栗街道迄
- 井関越街道
- 日根郡尾崎村大字尾崎孝子越街道より同郡東鳥取村大字桑畑迄
- 以上二分の一地方税補助
- 大ヶ塚街道
- 石川郡大伴村大字南大伴より丹北郡松原村大字阿保迄
- 伊丹街道支線
- 豊島郡池田村大字池田より同郡北豊島村大字神田迄
- 横関街道
- 西成郡北中島村大字十八条より同郡川崎村大字川崎迄
- 乙辻街道
- 島下郡三宅村大字乙辻より同郡味生村大字別府迄
- 西上神谷街道
- 大鳥郡中上神村大字片蔵より同郡鶴田村大字草部迄
- 明月峠街道
- 能勢郡田尻村大字下田尻より同郡枳根荘村大字森上迄
- 水越街道
- 石川郡赤坂村大字森屋より同郡河内村大字上河内迄
- 守口街道
- 茨田郡守口町大字守口より同郡古宮村大字濱迄
- 和泉街道
- 石川郡磯長村大字春日より丹南郡大草村大字草尾新田迄
- 善根寺街道
- 河内郡日根市村大字善根寺
- 交野街道
- 交野郡交野村大字私部より茨田郡門真村大字門真迄
- 俊徳街道
- 東成郡小路村大字腹見北八尾街道より渋川郡布施村大字菱屋西十三街道迄
- 三田街道
- 能勢郡枳根荘村大字山田より同郡歌垣村大字山内能勢街道支線迄
- 箕面街道支線
- 豊島郡池田町大字池田能勢街道より同郡萱野村大字東防島国道第三号路線迄
- 丹州街道支線
- 能勢郡枳根荘村大字山辺丹州街道より同村にて三田街道迄
- 勝尾寺街道
- 豊島郡豊中村大字新免能勢街道より同郡萱野村大字今宮国道第三号路線迄
- 富田街道
- 島上郡阿武野村大字氷室国道第三号路線より同郡如是村大字芝生高槻街道支線迄
- 妙見街道
- 島上郡芥川村大字芥川国道第三号路線より同郡石川村大字大岩余野街道迄
- 西河原街道
- 島下郡春日村大字郡道祖本街道より島上郡富田村大字富田富田街道迄
- 福井街道
- 島下郡三島村大字五日市十日市街道より同郡福井村大字福井余野街道迄
- 味舌街道
- 同郡山田村大字山田下小野原街道より島下郡味舌村大字味舌下乙辻街道迄
- 山家街道
- 島下郡三島村大字大田国道第三号路線より島上郡富田村大字富田富田街道迄
- 三宅街道
- 島下郡三宅村大字乙辻高槻街道より同郡宮島村大字宮枝切街道迄
- 勝間街道
- 西成郡木津村大字木津より同郡粉浜村大字粉浜国道第廿九号路線迄
- 本庄街道
- 西成郡北野村大字小野国道第廿六号路線より同郡西中島村大字南方横関街道迄
- 浦江街道
- 西成郡下福島村耕作橋より同郡鷺洲村大字浦江楳田街道迄
- 津守街道
- 西成郡難波村大字西側町より同郡勝間村国道第廿九号路線迄
- 豊里街道
- 同郡豊里村大字菅原高槻街道より同郡大道村大字大道高槻街道支線迄
- 蒲田街道
- 西成郡西中島村大字薬師堂高槻街道より同郡北中島村大字蒲田能勢街道迄
- 九条街道
- 西成郡九条村大字九条より同郡川南村大字福崎迄
- 岩船街道支線
- 交野郡磐船村大字私市岩船街道より同郡水本村大字寝屋交野街道迄
- 藤坂街道
- 交野郡牧野村大字坂淀川渡船場より同郡氷室村大字杉山根街道迄
- 信貴街道
- 志紀郡柏原村大字柏原より大県郡堅下村東高野街道迄
- 小坂街道
- 若江郡八尾村大字西郷枚方街道より同郡意岐部村大字御厨暗越奈良街道迄
- 平石街道
- 石川村大伴村大字南大伴千早街道より同郡白木村大字平石迄
- 金剛山街道
- 古市郡西浦村大字広瀬東高野街道より石川郡赤坂村大字水分迄
- 岩湧街道
- 錦部郡三日市村大字上田西高野街道より同郡加賀田村大字加賀田迄
- 東天野街道
- 丹南郡狭山村大字池尻廿山街道より錦部郡天野村大字山田長野街道迄
- 瀧畑街道
- 錦部郡市新野村大字向野東高野街道より同郡高向村大字瀧畑迄
- 三日市街道
- 錦部郡三日市村大字三日市西高野街道より同郡川上村大字寺元大沢街道迄
- 玉手街道
- 安宿部郡玉手村大字玉手国分街道より同郡同村玉手山山門迄
- 道明寺街道
- 丹南郡平尾村大字平尾千早街道より志紀郡道明寺村大字道明寺東高野街道迄
- 木本街道
- 志紀郡大田村大字大田太田街道より同郡三木本村大字北木本奈良街道迄
- 太田街道
- 志紀郡柏原村大字柏原奈良街道より同郡太田村大字太田古市街道迄
- 五軒家街道
- 錦部郡廿山村大字廿山千早街道より丹南郡狭山村大字池尻廿山街道迄
- 倉治街道
- 交野郡川越村大字村の岩船街道より同郡交野村大字倉治山根街道迄
- 花田街道
- 八上郡北八下村大字中竹之内街道より同郡同村大字南花田国分街道迄
- 石原街道
- 丹南郡黒山村大字黒山千早街道より八上郡金岡村大字長曽根国分街道迄
- 野尻街道
- 八上郡南八下村大字野尻西高野街道より同郡北八下村大字南花田国分街道迄
- 島泉街道
- 丹南郡大草村大字関茶屋西高野街道より同郡高鷲村大字南島泉国分街道迄
- 野中街道
- 丹南郡埴生村大字野々上竹之内街道より同郡野中村大字野中古市街道迄
- 葉室街道
- 石川郡石川村大字大ヶ塚大ヶ塚街道より同郡山田村大字山田竹ノ内街道迄
- 紀州街道
- 泉郡東横山村大字善正槇尾街道より錦部郡高向山大字瀧畑瀧畑街道迄
- 磯上街道
- 南郡北掃守村大字磯上国道第廿九号路線より同郡山直下村大字新在家牛瀧街道迄
- 百済街道
- 大鳥郡西百舌鳥村大字百済東上神谷街道より同郡久世村大字東山福田街道迄
- 内畑街道
- 泉郡山瀧村大字内畑牛瀧街道より同郡東横山村大字父鬼父鬼街道迄
- 納花街道
- 南郡山直下村大字新在家牛瀧街道より泉郡南池田村大字納花槇尾街道迄
- 松尾街道
- 泉郡郷荘村大字大福和気街道より同郡南松尾村大字久井まで内畑街道迄
- 東上神谷街道支線
- 大鳥郡久世村大字和田東上神谷街道より同郡中上神村大字豊田西上神谷街道迄
- 信達街道
- 日根郡西鳥取村波有手孝子越街道より同郡信達村大字市場国道第廿九号路線迄
- 大井関街道
- 日根郡田尻村大字嘉祥寺小栗街道より同郡日根野村大字日根野粉川街道支線迄
- 牛瀧街道支線
- 日根郡北中通村大字中庄孝子越街道より南郡東葛城村大字神於牛瀧街道迄
- 赤坂街道
- 石川郡石川村大字大ヶ塚より同郡赤坂村大字川野辺迄
- 山本街道
- 河内郡英田村大字吉田暗越奈良街道より若江郡八尾村大字萱振枚方街道迄
- 堀溝街道
- 讃良郡四条村大字深野北より交野郡水本村大字燈油迄
- 四条街道
- 茨田郡庭窪村大字東より讃良郡甲可村大字南野迄
- 美木多街道
- 大鳥郡神石村大字踞尾より泉郡東横山村大字福瀬迄
- 高山街道
- 豊島郡箕面村大字平尾より能勢郡東能勢村大字川尻迄
- 中高野街道
- 東成郡天王寺村より丹南郡野田村迄
- 招提街道
- 交野郡山田村より同郡樟葉村大字楠葉迄
- 八尾街道支線
- 渋川郡龍華村八尾停車場より同郡同村大字植松奈良街道迄
- 喜連街道
- 住吉郡喜連村大字喜連古市街道より同郡南百済村迄
- 春木街道
- 南郡北掃守村大字春木国道第廿九号路線より同郡八木村大字池尻牛瀧街道迄
- 北信貴街道
- 若江郡八尾村大字庄ノ内八尾街道より高安郡南高安村大字教興寺迄
- 父鬼街道支線
- 南郡岸和田町国道第廿九号路線より泉郡山瀧村大字内畑内畑街道迄
- 葛城街道支線
- 南郡貝塚町水間街道より同郡土生郷村大字神須屋葛城街道迄
- 秬谷街道
- 南郡木島村大字水間水間街道より同郡西葛城村大字秬谷迄
- 横山街道
- 泉郡西横山村大字下ノ宮より同郡東横山村大字槇野尾山迄
- 柳谷街道
- 島上郡島本村大字山崎八幡街道より同郡同村大字夫代を経て国界迄
- 中春日街道
- 島下郡茨木村大字上中条道祖本街道より同郡春日村大字中穂積余野街道迄
- 下春日街道
- 島下郡茨木村大字下中条高槻街道より同郡春日村大字中穂積余野街道迄
- 上春日街道
- 島下郡茨木村大字茨木十日市街道より同郡春日村大字倍賀道祖本街道迄
- 恩智街道
- 渋川郡龍華村大字植松八尾停車場より高安郡南高安村大字恩智迄
- 以上三分の一補助
- 河川
- 澱川
- 神崎川
- 中津川
- 安治川
- 木津川
- 大和川
- 石川
- 錦部郡長野村大字長野下流
- 大津川
- 樫井川
- 日根郡南中通村明治大橋下流
- 男里川
- 尻無川
- 池田川
- 豊島郡細河村大字古江下流
- 安威川
- 島下郡三宅村茨木川合流所下流
- 芥川
- 島上郡如是村女瀬川合流所下流
- 寝屋川
- 茨田郡今津村鴻池橋下流
- 以上地方税支弁
- 安威川
- 島下郡安威村大字安威下流同郡三宅村茨木川合流迄
- 寝屋川
- 讃良郡豊野村大字秦下流茨田郡今津村鴻池橋迄
- 樫井川
- 日根郡上ノ郷村下流同郡南中通村明治大橋迄
- 天野川
- 交野郡星田村下流同郡牧野村大字禁野字番ノ坂迄
- 芥川
- 島上郡清水村大字服部下流同郡如是村女瀬川合流迄
- 東条川
- 石川郡赤坂村千早川水越川合流所下流
- 以上十分の七補助
- 檜尾川
- 島上郡磐手村大字成合字北浦下流同郡大冠村中堤橋迄
- 穂谷川
- 交野郡津田村大字津田下流
- 西除川
- 丹南郡狭山池下流
- 津田川
- 日根郡土生郷村大字流木下流
- 牛瀧川
- 南郡山直上村大字積川下流
- 菟砥川
- 日根郡東鳥取村大字自然田下流
- 金熊寺川
- 日根郡東信達村大字金熊寺下流
- 近木川
- 南郡木島村大字水間下流
- 槇尾川
- 泉郡西横山村大字下ノ宮下流
- 茨木川
- 島下郡福井村勝尾寺川合流所下流
- 石津川
- 大鳥郡中上神村大字栂下流
- 山中川
- 日根郡東鳥取村大字自然田下流
- 以上十分の六補助
- 水無瀬川
- 島上郡島本村大字東大寺字鍋黒下流
- 船橋川
- 交野郡招提村下流
- 恩智川
- 高安郡中高安村大字万願寺道垣外橋下流
- 女瀬川
- 島上郡如是村鉄橋下流
- 箕面川
- 豊島郡箕面村大字西小路下流
- 梅川
- 石川郡石川村大字東山下流
- 西条川
- 錦部郡高向村大字高向下流同郡長野村大字長野界迄
- 三日市川
- 錦部郡三日市村大字三日市下流
- 以上十分の五補助
- 勝尾寺川
- 島上郡春日村大字郡下流
- 久安寺川
- 豊島郡細河村大字中川原下流
- 千里川
- 豊島郡麻田村大字走井下流同郡南豊島村大字原田界迄
- 天竺川
- 豊島村中豊島村大字服部下流
- 十三間川
- 西成郡木津村下流
- 佐備川
- 石川郡東条村大字佐備下流
- 原川
- 安宿部郡国分村
- 前川
- 交野郡交野村大字私部下流
- 北川
- 交野郡交野村大字郡津下流
- 楠根川
- 若江郡意岐部村大字御厨下流
- 天野川
- 錦部郡天野村大字下里下流
- 東除川
- 丹南郡狭山池下流
- 飛島川
- 古市郡駒ヶ谷村大字駒ヶ谷下流
- 大川
- 日根郡深日村下流
- 番川
- 日根郡淡輪村下流
- 佐野川
- 日根郡北中通村大字下瓦屋下流
- 見出川
- 南郡山直上村大字積川下流
- 春木川
- 南郡北掃守村大字春木下流
- 以上十分の四補助
- 松尾寺川
- 泉郡北松尾村松尾寺川合流所下流
- 新家川
- 日根郡新家村大字新家下流
- 西川
- 日根郡多奈川村大字谷川下流
- 東川
- 日根郡多奈川村大字谷川下流
- 大井川
- 石川郡磯長村大字太子下流
- 平野川
- 住吉郡平野郷町百済橋下流
- 南前川
- 茨田郡友呂岐村大字田井境橋下流
- 佐保川
- 島下郡福井村大字耳原下流
- 山田川
- 島下郡味舌村鉄橋下流
- 以上十分ノ三補助
明治20年に郡部河川堤防川除修築方地方税支弁・補助。http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/788328/302
大阪府会史 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/784892/126 参照のこと
あった! http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/784892/139
○明治24年4月22日訓令第25郷(郡役所市役所)
其部内地方税支弁道路橋梁修繕(架換共)補助費定額別紙の通相定む
但各街道区域は本年三月告示第四十五郷の通心得べし
(別紙は特に頒つ)略す○明治24年4月22日訓令第26号(郡役所)
本年四月訓令第二十五号地方税支弁道路橋梁費定額を以て施行する工事の内一箇所工費百円以上を要するもの及橋梁架換は設計書を添え其都度認可を得て施行すべし
大阪府の明治24年の地方税支弁道路告示を発見してうほうほいいながらテキスト化したら、終わった頃になってもう4年も前にテキスト化してたことに気づいた。ばーかばーか。
大阪府の広報pdfを漁ってM31の改正を発見。「地方税」で検索したかぎりではM24以降ここまで改正がない。しかし4年前のメモによると仮定県道はころころ変わっているらしい。考えられることは
1.nagajisの目がフシアナ(M31には粉浜街道も父鬼街道も仮定県道枠に入ってる)
2.府県道の指定と支弁法が連動していない(府県道は全額地方税支弁が前提で、府県道への昇格即ち支弁であって告示の要がなかった。それ以外の里道、前島街道などがずっと変化しなかった)
3.
が考えられる。となると地方税支弁法の枠内でどう変化したかを追うことと統計書で県道か否かを追いかけるのと2スキャンしなければならない。うっとうしい。
M31をテキスト化しつつ補助割合の変化を見ていくとかなり入れ替わっていることに気づく。これは統計書の県道の入れ替わりの速さに似ている。改修のため一時的に補助割合を変更→改修→完了とともに補助割合を下げて、かわりに他の未改修道路を昇格、という流れなのかも知れない。もしそこを裏付けようと思ったら府会議事録か府会誌を全読みしなければならなくなる。すごく・・・面倒です・・・。
とはいえ結構面白いことが見えてくる。井関越や平石峠が補助里道だったりとか、千早峠が早々と全額支弁でなくなっていたり。
大阪府の補助里道制度は確か明治10年代から始まっていたはずで、東熊野街道などは改修終了後に補助里道編入を申請したがrejられてたんじゃなかったっけ。22日に見つけた府会誌の熊野街道の記述@明治14年を混同しているのかも知れない。郡への土木費議論で減額されてるんは、この頃まだ地方税支弁法ができてくなくて、逐一しんせいしなきゃいけんかったのではなかったか。
明治13年に土木費打ち切り。明治14年に東京府京都府大阪府+神奈川県で区会・郡部会の実施。区部 郡部 で改修対象と改修費を議決>府会で請求という流れらしい。この頃の郡部会で土木補助費中に道路入れてくれとか地方税支弁にしてくれとかいう建議がいくつかある。熊野街道の改修費削除も@郡部会。そもそも土木費/土木補助費と分けられていた意味を理解しとかないといけない。明治11年?14?に府県会制>府経済の範疇と議決権のあたり。
明治24年の告示の背景はちとよくわからない。明治23年度の最後の府会で理事会の土木費(道路)の原案がなってねーちゃんとしろーそのために委員会作るから25年度からちゃんとしろーという建議がある。おぼろげな理解では3月はじめに理事会から土木費(道路)が示されたのに対し、大事なことなので査読会たてて議論した結果、あちこち修正したいんだけど時間ないからとりあえず原案可決しちゃるけんとか何とかな流れになって建議になっていたはず。対象路線の告示がこれにつながると思われるがもう少し読み込まないと理解ができない。
送信者 関西地方煉瓦刻印 |
堺市九間町東二丁(八木氏旧宅裏)で初見刻印を発見。5弁の花に「スク」の文字と漢数字が刻まれている。漢数字は六や三などがあり、いずれも五弁花に「スク」がついている。古煉瓦の多い旧堺市街でも、この一角にだけ存在する、かなりレアな刻印のようだ。
左書きで「クス」なのだとすると、鶴田村にM29に出現する楠本煉化工場が第一候補。他に楠根村の工場とか楠田氏の工場とかはあるが少々遠い(いまの城東区とか滋賀県とか)。まあ鶴田村もずいぶんとおいのだけれども。原口跡地になかったっけかクスのつく工場。
これを見て、以前直父さんが教えてくられた真田山陸軍墓地の刻印を思い出した。あれはこれの「スク」がないバージョンなのではないか。しこうして桜ではなく梅なのではないか。明治21年設立大阪府下煉化石製造組合の事務所は菅原神社にあり、菅原神社といえば梅だ。
この並びに小さな五弁花の刻印もあった。s先端が丸いが花びら各々に線が入っている。梅でないのかも知れぬ。
M24のテキストを流用しつつM31での変更点を追ってみた。ちゃんと整理できていないのでupはしない。やりながら気づいたことをメモ。
茨木街道・亀岡街道の新設と仮定県道への昇格。その周辺の街道も微妙に変わっている。国道への接続個所も大字レベルで微妙に変わっているのが多い。厳密に追うならGoogleMapsか何かに線を引きながら比べなければならないだろう。そういう細部を一度は見てみたい気もするが、あれだけ路線が大量にあると相当時間がかかるはず。そのうえ誰の役にも立たない。考えただけでケツの穴がむずがゆくなり糞コメントに糞をまき散らしたくなる。
南の方では小栗街道・富田林街道の周辺で大きな変化。富田林街道は千早街道の平野部区間を切り貼りしたもの? M31に補助里道でなくなるものが多数あるので2、3路線を合わせたものである可能性もある。ともかく実際に線を引いてみないとこのへんは解決しない。
二者の間に郡再編があったので単純比較ができない。それを消化した上でないと比較困難。
補助里道でなくなるということが何を意味するのか。改修が済んで解除されたのか、それとも単に不要不急と判断されて補助里道でなくなったのか。京都の場合は改修が済んでも解除されるようなことはなかった。より多くの道を改修するために土木費支弁法があったならば改修→解除で他の道を浮上させたほうがよい。その一方、大阪は特に摂河和の合衆国であったから利害関係の対立が意外に根強くあった印象があり、一地域のみの利害にしか関係しない路線に手厳しかった。役に立たない道はさっさと外された可能性も高い。どっちなのか見極めたい。そのために府会誌精読せなあかん。
さらに言えば補助里道になったからといって自動的に即改修されたわけでもないはずで、郡市町村から申請があって初めて補助が出され工事になったと思われるのだが、本当にその認識で正しいのか。畢竟土木費・土木補助費からその額が支給されたはず。その中に一括されているのだとしたら(路線が改修されたかどうかを)細かく見ていくことは不可能に近い。それやろうとすると府会議事録を読むか公文書漁らなければならないし、読んだからといって全部が全部書かれているとも限らない。だからこそこの道の分析がなされていないのだろう。たぶん。
土地勘のある北摂の辺りだけなら改修記録と指定とを結びつけることはできるんだけどな。
仮定県道の増加=勝手に増やしたんではなく逐一内務省にお伺いを立てて認可をもらった結果。
M24>32の告示比較に加えて統計書で仮定県道の増減も見なければならん。なおM32告示で仮定県道路線がそれだと明示されるようになるが、統計書ではずいぶん早くから仮定県道路線が仮定県道路線として掲げられている(M14?)。20101104の前後の大阪府まとめを見直すこと>nagajis
M24>31で、もしくは統計書で仮定県道が増減したとして、じゃあ減った仮定県道が支弁対象から外されたのか?
_ おこぜ [わろた。楽しい人世おくってはるんやね。]
_ nagajis [かかりましたね。楽しくないから面白いふりしているだけですよ。]