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旧道倶樂部録"

nagajis不定記。
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2020-04-15 [長年日記] この日を編集

[独言] NHK R1

ここ最近再放送ばかりでつまんないな…。

特に楽しみにしている番組があるわけじゃないんだけど、過去に聞いた番組をまた聞くという状況がなんともせつない。日々新たな情報が入ってくるからこそラジオは有難い存在だと思うのだけれど。それに、再放送聞きたければ 聞き逃しサービス利用すれば良い話なんだ。

あれー、これ、4月に入ってから初めてのエントリなんだ。ここんところ帰って疲れて寝るのゞだったので書いてない&書くことがない。ここに書く程度のどうでもいいちょうどいい与太話がない。


2020-04-16 [長年日記] この日を編集

[独言][煉瓦] 初期の煉瓦建築於関西

http://bdb.kyudou.org/%E7%85%89%E7%93%A6%E5%BB%BA%E7%AF%89/

確か大阪歴博の酒井一光さんが試みられていたやつ。KINIASの発表で聞いたもの。あれを徹底的にやっておきたい。

煉瓦=近代化の象徴のように云われるけれども、じゃあ実際にどんくらい近代化に貢献したんか?ちうところを明らかにするためのたたき台である。煉瓦を使って建てられた建物、土木構造物、その他いろいろ、いま残っていてもいなくても、とにかく「この頃この建造物に煉瓦が使われた」っていうのを リストアップしたい。最低限必要なのは明治30年頃まで。35年を区切りにしようか、でないと後半にパンデミックして収集がつかなくなりそうな塩梅。


2020-04-18 [長年日記] この日を編集

桜ノ宮沈殿池ポンプ室 桁行60m、梁行21.7m、坪数396 煉瓦造り

受水井 長さ1.3m 幅2.4m 深さ3m 煉瓦造り

沈殿池 長さ100m 幅72.7m 平均水深4.85m 4池 側壁コンクリート、水に接する面は焼き過ぎ煉瓦

濾過池 長さ55.2m 幅45.8m 8池 構造沈殿池と同

量水池 長さ16.2m 幅4.1m 深さ3.6m2池 構造不明

城内配水池 長さ60.6m 幅30.3m 平均水深4.85m 3池 濾過池と同構造 12個の煉瓦造りアーチ型覆蓋12個 これらを煉瓦造隔壁11条 隔壁に8個のアーチ型空所

M28.11通水式

起工25.8.1城内配水池 9.23水源地

97-100


2020-04-19 [長年日記] この日を編集

[独言] 不要不急の概出

煉瓦建築リストを作っていてちと気になったので、天満紡績の周辺に出かけてみた。いろいろ思い違いをしていることを発見した。

画像の説明

明治41年測図1:20,000地形図「大阪東北部」。赤のところが天満紡績で、明治21年に操業を始めた。府下では大阪紡績に次ぐくらいの古さ。

その南側にある工場は「分銅会社」という表記があって、調べてみると「大阪電気分銅株式会社」という工場であった。電気分解で銅の精錬をやった工場。明治26年4月に創業していて、工場もだいたいその頃に作られているだろう。この工場は後に「日本伸銅株式会社」が使用したらしく(大正元年創業)、大阪電気分銅からこの会社に変態したのかも知れない。S4測量図でも「伸銅会社」になっている。

中西金属工業の煉瓦建物がある辺りは「織物工場」とある。これは「 天満織物株式会社」といって、明治20年に設立された京都綿糸織物→明治23年(有)天満織物→明治26年天満織物(株)と改称を重ねて図葉に至っている。当初は本社もここにあったようだ(のちに北浜に移転し、工場は「城北工場」と呼ばれた)。明治45年に鈴木商店の出資で同社の系列会社となる。(以上鈴木商店資料館HP)

画像の説明 大阪電気分銅の敷地は煉瓦塀記号で囲まれていて、今でも西側の一角が残っている。商店街の端の飲み屋街の通りに埃と違法駐輪に埋もれてある壁がそれのはずだ。

画像の説明NKC中西金属工業のほうは、この角度から撮った写真が『日本商工大家集』にある。手前の建物が取り壊され、その屋根の形が残存建屋に刻まれている。

画像の説明 んで、南側の繰出の裏に堺煉瓦刻印。中央にカナがあるタイプなので、明治26年改名からさほど間を置かずに建てられたものだろうと思う。ただし煉瓦は東京形で、そんなに早く東京形が普及していたようには思われない。30年代までずれ込むかもしれない。

今までずっと、これら煉瓦残存物がすべて天満紡績の遺構だと思っていた。そうではない。ちゃんと自分のアタマで考えんとイカンなと思った次第。

今回改めて天満紡績の敷地も歩き回ってみたけれど、煉瓦のひとつも見つけられなかった。毛馬の干潟に転がっていた煉瓦、案外ここが出処だったりしてね。


2020-04-21 [長年日記] この日を編集

[独言] コロナ禍・コロナ暇・コロナ嘉

緊急事態宣言のためせっかくの休みが無駄になってしまった。自粛要請を金科玉条的に守ろうというつもりはないのだけれども、非常事態なのかどうかいまいちよくわからない(実感できていない)以上は非常事態らしく振る舞っておくに越したことはないし、そういう我慢ができるかどうか、自分自身を試してみたくもあったりする。結局日曜日に閑散とした大阪市街地を歩き回って目ぼしい収穫もなく帰ってきただけだった。

大阪梅田の人出はいつもの8割以下だったそうだ。結果的には2割以下の1人になったわけで、ちょっとだけすまんなと思う。

同じ頃関東では江ノ島や吉祥寺の商店街が大賑わいだったというニュース。大阪でも天神橋筋商店街は賑わっていたそうだ(そういやその端っこを通り過ぎたのだっけ。賑わっているというほどの人出ではなかった気がするけど、梅田よりは確かに多かった)。そういうところに出掛けた人は、自分一人くらいなら……うちの家族くらいしかおらんやろ……という認識で出掛けたものと思う。そうしてその場で「なんでこんなにおんねん」と思ったに違いない。自分一人くらいなら……が一千人いれば混雑である。そういう可能性を予め頭に入れて行動しなければならない。

封鎖された廃隧道とか立入禁止のエリアにある物件。自分だけなら……と思って入ってみて、すでに何人も訪れた跡があり、金網がこじ開けられていたりするのを見たことが何度もある。そういう状況が嫌で……(嫌だと思うくせに自分もその一人になっているという状況が嫌で)……無理はしないようにしている。そうして禁を犯した人に腹を立てたり見下げたりすることもしないようにしている。そういう一人になる可能性はいつでもあるのだし。

あるいは、マスコミのほうが外出自粛を意識しすぎているかも知れぬ。日常生活に必要な外出が偶々被っただけであるかも知れぬ。自分の眼で見て判断しない限り、いろんなことが信用できなくなっている昨今。10万円給付とかマスク配布とか。ショボいだの遅いだのとは聞くけれど、実物を見ない限りなあ。手続き整えるのだってそう簡単には行かないだろうし、都度情報開示する姿勢は重要なんではないか。人づての情報ではなく、自分の眼で見て、どう判断するかが求められている。今回のコロナ禍で唯一得た教訓めいたもの。


2020-04-28 [長年日記] この日を編集

[既出] 9割

画像の説明レンズはよごれているけれど。なかなか神々しいと思うんだ。

書いておかないと忘れそうなことのいろいろ。

この時期の新緑。ライムグリーン。茶色がかった緑のもこもこ感。色とりどりのまだらな緑が黴びた炊飯器みたいだと思ったが考えてみれば同じ天然なのであった。

そんな緑を、直射日光の下でコピーを眺めた後にみあげると赤茶が強くなって急に季節が変わったみたいに見える。底の抜けた青空を眺め続けているとどんどん暗くなっていくorセルリアンなブルーになってしまうのと同じ現象

電車の中でふと手を見ると蜘蛛の子が這っていた。ああ蜘蛛だと思ったらマダニだった。慌てて弾き飛ばした。

乗り継ぎがへんなのだ。6時台後半に乗れば園部回り嵐電経由で22時台に帰り着く。それを逃すと福知山回りで23時58分着。そのくせ綾部で30分、福知山で1時間待たされる。先に乗越精算すれば下車可能。

10%。

青木の海の青きこと及び海中のコンクリート塔。

吉原。

阪急宝塚で券売機にじらされる。

空気不足。

煉瓦の重さ。鼻黒焼過の黒い方のサイズ感。空の冷たさ。しっとり感。笹薮を抜けるのが下手になった。

[奇妙なポテンシャル] 関

画像の説明商店街のアーケードの柱に貼ってあった。これを見て「監視カメラがあるのだろう」と思ってしまったのだが、よくよく考えてみればそうとも限るまい。ただ「カメラ」と書かれているだけだ。カメラ取り扱ってますとかカメラ格安ですとかカメラの落し物ありますとかカメラ墓場だとかいう可能性もないわけではない。要するに監視されているかも知れないという怖れを抱いているから「監視カメラでもあるんだろう」と早合点してしまったわけだ。心がびくつく盗人そのものである。

それよりか台紙のほうが気になる。「最高の品質をお届けします」「登録商標」うんちゃらかんちゃら番と印刷されてあって、元が何か特別なものであったらしい気配がある。番号で調べればわかるだろうが、調べずにもやもや考えてつづけてみたくもある。

雲門和尚の「関」字って、きっと顔の象形なんだと思うよ。目えあって眉伸びててきゅっと結んだ口があって。要するに眉毛フサフサだよってこと、間違ったことは説いてないよと。ザ・全体作用。


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