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旧道倶樂部録"

nagajis不定記。
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2018-10-01 [長年日記] この日を編集

[独言] 台風一過

わずかに直撃を免れたお陰でビニールシートっが吹き飛ぶようなことはなかった。賭けに勝ったようだ。

それにしても、と思う。いまは衛生写真や天気図で台風の姿形を知ることができ、今どの辺りにいていつ頃通過するのかリアルタイムでわかる。そうした便利なものがなかった時代の台風ーーー野分とか何とか呼ばれていた頃の台風を、人々はどう理解していたんだろうかと思ったりする。

例えば二昨日まで天気がぐずついていて、曇りっぱなしの空から降ったり止んだりしていた。一昨日はそれが一変して馬鹿みたいに晴れ上がった。雲ひとつ無い青空だった。住み慣れた町の真ん中で迷子になりそうな晴れだった。そうして昨日は朝から淀んだ雲一面の空。雨も降っていた。夕方ころには多少風も強くなって、傘がひっくり返りそうになるほどだったのだけれども、まあ普通にあり得る程度の風だったし、夜にはもうその雨もあがって、外で蟋蟀が鳴いていたりする。以上の経緯の中に今日の台風直撃を予感させる要素はない。もし仮にニュースも天気図も見ていなければ台風が直撃するなんてことは想像もできないように思う。ただ夕方の雲の具合が不穏な雰囲気を醸していたことくらい。山の向こう海の果てまで曇に埋もれているような空。動きも早かった。それくらい。

そうして台風情報を知らなかった私(仮)は今日の大雨と強風に苛まれることになるわけだげれども、直撃を受けている間もニュースなしでは現在地を推し量ることもできなかった。例えば夜7時頃に雨の中歩いたのだけれどもこの時すでに横殴りの雨で暴風雨と呼んで差し支えないだろうというような天候だった。倉庫に詰めてからのほうが雨風は弱くなったような気がするし、和歌山に上陸したという9時頃にもそれほどの勢いを感じなかった。そうして10時過ぎくらいからまた強風を伴う雨を感じた気がする。これが吹き返しだったのだろう。そういう変化だけから台風の現在地を知ることはできなかった。ニュースが言っている「和歌山に上陸」という言葉から吹き返しなのだと理解しただけだ。

当たり前だが自分は1人しかいないから、台風が接近している時のある地点の風向だとか降り方だとかしか知れない。舞鶴と大阪と和歌山の現在のようすを同時に体験することはできない。各地の情報を突き合わせて初めて上陸地点なり通過ルートなりがわかるわけで、電話とか通信とか未整備の時代にはその突き合わせすら難しかったはず。台風が過ぎてからやっと進路が判明する、という時代が長く続いたことと思う。

台風のかたち、も地表からの観察で理解し得たものかどうか。直撃されて台風の目の中にいたらわかるかも知れないけど、そうそうある機会ではないだろう。渦巻状で左回りに風が吹くとかいうことも理解されていたんだろうか。そうではなく、なんかようわからんけどめっさ風が吹き雨が降る自然現象として理解されていたりしたかも知れない。野分のことを詳細に記した古文書なんて、探せばあるような気も、ないような気もする。どうなんだろう。岩波か中公あたりの新書で「台風と日本人」とかあったりしないかなあ。知ってどうするというわけじゃないけど。


2018-10-03 [長年日記] この日を編集

[料理]一口カツを揚げ、食べる

最近運気が下がりつつあるのをひしひしと感じるのでその挽回を目論んで、というわけではないのだが一口カツを自作してみることにした。前回の揚げ物の時に豚ロース一口カツ用というのが安かったので買ってきてその2/3ほどが残っていた。それをかたそうと思ったのだ。

一口カツ用とかシチュー用とか用途明示で売られているお肉をその明示のとおりに調理したことがない。たいてい適当に焼いてタレつけて食うか、そもそもそういう肉を買わない。貧しいからだ。どれも喰ったら一緒だろうがということで豚バラ肉ブロックをぶつ切りにしてカレーに入れたり牛すじ肉を入れたりする。今回はたまたまそれが安かったので買ったというだけだ。

まず衣から困った。小麦粉をまぶしてから溶き卵につけるのか、溶き卵につけてから小麦粉をまぶすのかわからなくなる。パン粉の裏書にちゃんと書いているのだけれども、それを読んでいざつけようとする段階になって急にあやふやになる。溶き卵がついていたほうが小麦粉がよく塗れていいんじゃないかと思ってしまうためだ。そうしてそのとおりの順にしたあとパン粉をまぶす段階で間違いに気づくわけである。粉まみれの肉表面にパン粉がつくわげかないのである。

さらに油の温度の感覚がわからない。説明書きには「パン粉を落として底につく前に浮き上がってくるくらいの温度」とあるのだがいくらパン粉を落としても沈みすらしない。油表面でじうじう言うばかりである。結局そのへんも適当にやらざるを得なかった。

結果的には中々上出来なものができあがったと思う。何がうまいかってサクサクの衣がうまい。そしてスパイシーなとんかつソースがうまい。肉はどこいったという感じだが実際その2者が上出来であるように思うのでどうでもよいのである。んで一口カツ9つ揚げてパクパク食べてしまった。残りの油と小麦粉でナス揚げたり蓮根揚げたり長芋揚げたりもした。贅沢の極みである。

[]かく

写真だけ通しで入れた。キャプションはもっと工夫しなければいけない。長いので単調になりやすく似たような言い回しと言葉とが頻出するせいで余計に冗長である。nagajisは冗長不安定。


2018-10-04 [長年日記] この日を編集

[奇妙なポテンシャル] 罠山谷暗渠

わなやまだにあんきょ、と読むのだが、何故か正しく発音できない。特に連続してわなやまだにわなやまだにわなやまだにと喋ることができない。わなやなだにとかやまわなだにとかわやあななにとかやなやなだにとかになってしまう。文字に起こしても一抹の不安がよぎる。わやなあだにとかわなやまだにとかやまやまやまとか。正解が混じっていても気がつかない。困ったことである。

普段殆ど喋らないので口の筋肉が退化していると感じている。咀嚼に困難を覚えるようなことはないが喋るという行為に関しては不得手を自覚している。そのくせ独り言は多い。口を大きく開けまして、の発話が下手なのだ。多少なりとも鍛えておいたほうが旅先での聞き込みとか電話で凸とかには役に立つと思うのだがまさかそれだけのためにあえいうえおあおかけきくけこかこぱたりろとか練習するわけにも行かぬ。訳に行かないというより愚である。だったら普段の会話に役立つべく普段の会話で喋る練習をしておりさえすればよいだけの話なのである。

[][奇妙なポテンシャル] 穂村弘「絶叫委員会」(ちくま文庫)

密かに敬愛する歌人穂村弘氏のエッセイ。短歌以外の著作をじっくり読むのは初めてなのだがまったくもって共感した。要するに私が「奇妙なポテンシャル」と名付けてなんとかかんとか分析しようとしているあの違和感を、詩人の感性で端的かつ見事にことばにしてくられている。

例えば「天使の叫び」。すれ違った小学生集団のうちの一人が叫んだ

マツダのちんこはまるっこいです

という言葉に感銘を受けたという一文である。特に「まるっこい」というところに注目をしておられる。

 これが「ちっこい」とか「でっかい」では駄目だ。「ちんこ」が「ちっこい」とか「でっかい」っていうのは、現実世界における分類や価値体系のなかにすんなりと収まってしまう表現だと思う。
「まるい」でもまだ弱い。「まるっこい」の「っこい」がポイントで、ここに、なんというか、実際に手で握って確かめた実感があると思うのだ。
「っこい」には、現実の分類からはみ出して、世界の奥行きを柔らかく回復させる力が宿っている。褒めすぎだ。
(「天使の叫び」)

私がもしその現場にいてその言葉を聞いたとしたらきっと同じ感銘を受けるだろう。ちんこを「まるっこい」とする表現のしかたがあることを知りそれが素晴らしくフィットすることに瞠目して高度な奇妙なポテンシャルを見出しただろう。しかし言葉遣いの氏はさすがである。そこに世界の生命の回復をみる。世界というものが決して薄っぺらいものではなく「なんだか得体の知れない奥行きをもった場所」にしてくれる力を宿したことばと分析する。すばらしい。私には至れない境地である。

氏は別の編で、駅の伝言板に書かれていたという 次の一文を紹介して、そこに潜む「どうみても変な言葉でありながら、その全体から奇妙な真剣さが伝わってくる点」に最も興味を惹かれたと書いてある。

犬、特にシーズ犬

書いた人物の頭の中にはこの一文に達するまでに切実な思考の流れがあっただろうと感じ、「この不合理でナンセンスで真剣な言葉」を一字一句違わずメモ帳に記録したそうだ。そうしてこの一言を「天使の呟き?」とみている。生涯に一度会えるかどうかのメッセージとさえ考えておられる。この、ことばに対する執着の姿勢はさすがだと思った。私だったら「奇妙なポテンシャル」に分類しこそすれ、その絶対値を定量して書き示すことはおろか、 ポテンシャルの湧き出づるポイントを的確に指し示すことすら叶わなかっただろう。

畢竟詩句とはそういうものなのかも知れない。 画一的なことばで塗り固められた「日常」の壁を、鋭い感性と分析力で打ち砕いて、壁の向こうにあるものを切り取って持ち帰ってくることーーーことばの限界を押し広めて世界の奥行きをつくることが詩作句作なのかも知れない。ことばで世界を探検し未開の地平を切り開いて得た新たなた知見を私たちにもたらしてくれる人々が詩人であり歌人であり俳人であるのかも知れない(本のどこかにそのようなことが書いてあったように思うのだけど今慌てて探してみても見つからなかった) 。 奇妙なポテンシャルの追求もそれに似た意義があるように思われたことだった。

ならば奇妙なポテンシャルは即ち詩なのか。奇妙なポテンシャルを追求する奇妙なポテンシャリストは詩人歌人俳人と同義と云えるのか。多分違う。彼らは自ら詩歌を生み出すけれども奇妙なポテンシャリストは奇妙なポテンシャルを生み出すことはない。あくまでも日常生活の端々に垣間見える奇妙なポテンシャルを補足し分析するだけである。 日常の裂け目から顔を覗かせる見逃し難い違和感をとっ捕まえて鑑賞するだけである。徹頭徹尾受動的な行ないであって、せいぜい観察者とか観賞者止まり、それによって世界の生命が回復したりは決してしない。自ら奇妙なポテンシャルを生み出したりすれば、それは世界を混沌に落とし込む蛮行にしかなるまいと思う。あるいはただの自作自演、廃人の行ないである。


2018-10-06 [長年日記] この日を編集

[][煉瓦] 関西煉瓦海を渡る(大阪毎日新聞明治23年1月24日4面)

関西煉瓦のB.C.△H.J.はハンター商会が外国に輸出するつもりで作り始めたちう記事が「日本煉瓦史の研究」にあるのだけれども、それを裏付ける記事を見つけた。毎度毎度の毎索からである。

●関西煉瓦製造会社 当地の和田半兵衛難波二郎三郎氏等の発起にて昨春資本金十万円を以て播州舞子浜に設置したる関西煉瓦製造会社にては此程来既に充分の成績を得一日に三万個宛の製造をなし居れる由なるが同会社の製品は重に外国船のバラスに積むものにして過半は加那太地方に向て輸出する者なりと
(大阪毎日 明治23年1月24日 4面)

船のバラスに、というのはイギリスでも例があるようだ。帰り荷が空になるので煉瓦でバランスをとったのだろう。それにしてもカナダ行が多かったとはちょっと意外なカンジ。なお「重に」はnagajisの誤字に非ず。

[独言][煉瓦][煉瓦刻印] 国際煉瓦コレクター協会

これもnagajisの妄想ではない。本当に存在する。しかもはるかなはるかな昔から活動してはる由緒正しい協会らしい。

↑の記事を読んで、ひょっとしたらカナダでB.C.△H.J.が見つかってやしないだろうかと思って検索していくとDave Sallery氏の"Old Bricks - history at your feet"に遭遇。そこから辿っていったら協会のページに行き当たった。世界には確かに煉瓦収集家がいて---イギリスだけでなくアメリカとかロシアとかにもいてはるぞ---5000とかいう単位の煉瓦を集めているようだ。おそろしいことである。

諸外国の煉瓦はプレス成形が基本形で、平の凹みに会社名とか略号とかマークとかが刻まれている。会社名や所在地がフルネームで刻まれていることも多いのでどこの製品か突き止めやすいようだ。ざくっと眺めてみた限り日本みたいにマークだけで済ます会社は少なかったように見える。どうしてこうジャパンアズガラパゴースなんだろう。ふしぎなことだ。

英語で名前を刻む→アルファベットが記号にしか見えなかった→煉瓦には記号を押すものであるという認識、とか。でも阪府授産所は阪府授産所だけどな。

[奇妙なポテンシャル] 寄書

毎索を見ていておそろしい記事に出会った。大阪毎日新聞明治23年1月4日の記事である。時間がなくてコピー出来なかったが、記憶を頼りにその紙面を再現してみた。

画像の説明

松の内明けながら未だ目出度い言葉が居並んでいる6段組の紙面。その5段目の終わりから6段目いっぱいにかけて地模様のようなものが並んでいた。あれ、なんだこの記事、と思ったら「〓」記号でつらつらと埋められていたのだった。印刷で空白を埋めるためにゲタ記号が使われるという知識は持っていたけれども、その実物を(しかも実際に発行された新聞で!)見るのは初めてだった。

〓記号は印刷活字のオシリの形で、活字をひっくり返して刷るとこの模様になるそうだ。そうやって仮処理したものがそのまま紙面になってしまったのだろう。しかし印刷されたものは掠れているのかインクが載り過ぎたせいなのか「コ」文字のようになっているものも多かった。また横二線のゲタだけでなく縦になったものもある。そのせいで何か未知の言語のようにも見えてしまう。

タイトルはちゃんと「寄書」となっていた。誰かが投稿した文章(が乗る予定)だったのだろう。その文字と二リコ二コ二リの配置を見ているうちに「奇書」のようにも見えてきてなるほど確かにと思ってしまったりもした。

画像の説明そうして何よりこわかったのが、たった一箇所だけ「然れども」という語が生きていたことだった。謎の記号群のなかに突如紛れ込んだ日常語が正常な理解を歪ませずにいない。その前後の二リコ二二と二コ二リリが実は普通の人には読める言葉であって正しく逆接の接続関係にあったりするのか。小坂淳氏の疎通にも似た不気味さが感じられてならない。

素面で考えれば原稿の入稿が間に合わずこのようなゲタ埋めになったのだろう(「然れども」は前記事の残りなのだろう)とは想像されるのだが、だからといって1月5日号にお詫びの記事が載っているようなことはなかった。それもまた不気味な事実だ。正常な日常の一記事として処理され、何事も無く百数十年間埋もれていた地雷を、私は踏んでしまったのであろうか。


2018-10-07 [長年日記] この日を編集

[きたく] どっちも好きだが好いてはくれない

画像の説明

なにその不審な目。確かに不審者だけどさ。加減があるだろ。ないか。

画像の説明

「長浜み~な」記事を参考に行ってみた。なかなかがんばったほうだとおもうがフィルターきったねえまんまで撮ってしまって写真が汚い汚い。そうして白黒写真から読み取ったとおりのことを点検してきた。b1・b2の暗渠だけ肉厚煉瓦が使われている。

そのまま関ヶ原駅まで旧線を辿りつつ煉瓦暗渠を3つほど回収した。米原市域のとは異なり拡幅されていないのが謎。複線化と短絡線建設と柏原線の建設のタイミングを解きほぐさないといけない。

画像の説明今日最大の発見。やっぱ、滋賀県道にはコレがあるのだ・・・! しかも六尺五分とキタモンダ。

画像の説明

関ヶ原町でしつこく煉瓦を探した時の成果。愛知窯業(株)の耐火煉瓦。隣にO.Y.K.がある。ただしこいつには大窯マークが入ってねえ。その他ここが東西の境であることをかくにんした。

画像の説明

でっけえ蛇の抜け殻。しわくちゃな状態で1.8mにわずかに届かない。伸ばしたら一間行く。さすがに財布には入りそうにないのでナイナイはしなかった。

帰りに瀬田に寄って井桁菱カを取得してきた。ちゃんと家の人に断ったからな。しかしあとちょっと遅かったら壁撤去とともに失われていたかも知れぬ。


2018-10-08 [長年日記] この日を編集

[独言] 10/7メモ

明治四十二年四月三日 改修人 辻村嘉○

A1_x108x53
_x107x54
_x107x52
A2224x107x54
225x54x111
226x56x111
両端延伸? A1長手、中央は測れず A2長手はかなり誤差あり
B2224x110x79
(B1)225x112x78
225x114x77
継ぎ目なし
C1223x110x54
224x108x54
223x109x55
C2228x_x56
229x_x58
229x_x58
南側1/3ほど延伸←花崗岩
D1227x107x53
229x109x53
226x110x53
D内218x106x53
220x108x53
221x109x54
D2_x_x53
_x_x55
_x_x53
南側1/3ほどのところに継ぎ目? 外側は石灰岩、内部は石灰岩+花崗岩
藤井測定不能 幅4m
玉(小:子安地蔵)220x_x52
222x_x54
219x_x53
幅90cm
玉(大)225x105x53
226x106x52
229x106x52
幅3m

[独言][ph.] 硫酸瓶

画像の説明

どこかで撮っているはずなのだがいつも見つけられなくなる。必要なときに必要なものが出て来ないのは部屋だけではないようだ。なのでメモがわりにはっとく。ファイル名「DSCF8229.JPG」


2018-10-09 [長年日記] この日を編集

[] 堀川監獄での煉瓦製造

明治22年に堀川監獄で煉瓦の製造をやっていたことは以前東雲新聞の広告で見つけていたが、同じ広告が大阪毎日のM22.5.10 6面にもあった。そうして話にはもう少し続きがあるらしい。

M22.5.10 6面 大阪府堀川監獄の煉化石製造事業広告 東雲新聞に載っていたのと同じ広告 15日午前10時までに入札の事

文面は東雲新聞のとまったく一緒。材料を納入したら囚人が素地煉瓦を作って返す、のはず(後述参照)で、この時点でもう確かに製造はしていたと考えられる。

そうしてその月の末頃にこんな記事があった。

●囚徒の入替 当府堺監獄に服役中なる囚徒百一名を昨日堀川監獄へ送り彼の囚徒と入れ替えありし由なるが右は工場の都合に依るとの事なり (M22.5.21 2面)

鉄道寮が堺の函館会所跡で煉瓦を製造し始めた頃から囚人を使役していたことは堺市史第3編なんかにもある。そんな経験者を堀川監獄に移動させたのだと想像される。

してその年の暮れにこんな記事。

●監獄の煉化工業 来る二十三年より当府監獄の囚徒をして煉化工業に従事せしめんが為め固監獄内へ煉化工場を設置せんとの議案に対し常置委員の意見にては既に之れを賛成せしが以来同会にては調査委員を選んで実際の利害を調査し一昨日来同会の議に附し居たる所昨日の同会に於て愈よ此の工業を起すことに決したり(M22.12.1 2面)

5月の広告の素地製造がうまくいったので監獄内で焼いて出荷するということを始めることにしたのだと思われる。つまり小菅集治監と同じような監獄煉瓦製造をやり始めると。この当時監獄費は府県負担であったから、多少でも収入を得て出費を抑えようとしたのだろう。

●煉化工業受負の建議 来る廿三年度より当堀川なる府監獄内へ煉化工場を建設し囚徒をして其工業に従事せしむる事は目下開場中の当府会に於て既に議決せしが右工業の義は一昨日の同会にて六十八番(前川)よりの発議により専ら人民の注文に応じ凡て受負となすべき事を府知事へ建議するに決したり(M22.12.5 2面)

続いてこのような記事も出ていた。これはちょっと建議の意図がつかみにくい。「人民の注文」に限る必要はなぜか。鉄道建設とかに供給したらだめなのか。「凡て受負」というのは。そのへんわからんもんだろうかと思い、デジコレで『大阪府会史』を発掘してきたが、可決建議之部に議題名が掲げられているだけであった。多少でも理由書きがあったらよかったのに。議事録は明治12年の最初の会のみ。。府立にもM22のはないようだ。

堀川監獄で焼成までやっていたのであれば、小菅が桜印を使ったように大阪でも桜印を使ってて、桜+漢数字とか桜+カナの出処を帰結させられたりせえへんかなあと思っただけの話である。

とかなんとか書きながら、府会史を引き続いて読んでいて翌年3月の臨時府会で工場計画が廃案になったのを知った。場内工場の操業を民間に請け負わせ(労働力は囚人)るということだったけれども請負人が出入りせねばならんのは保安上大変な問題であるし私企業が私利私欲を追求し始めても困るし「更生案のごとくするも囚徒の全部を就役せしむる能わず尚空手徒食の輩を生ぜしむ」し計画なお不十分の恐れあるしで。実際、この本の最初の方にある監獄建築の新改築の一覧に煉瓦工場はない。煉瓦造の浴場とか薫蒸場とかはあるんだけど。そうなんだよな、府会の採択がそのまま実行に移されるわけじゃないのな。建議→府から監獄費修正案こみで実行案が提示される→府会で審議→承認or非承認、てな流れなんだ。要するにここまで書いたことがすべて無駄ということに!! おーいえ。

この計画は結局どうなったのだろう。臨時府会で「○○の件外△案が無事可決」みたいなのがほとんどなので、その△案のなかに監獄費修正案が含まれていたのかも知れない。少なくとも監獄内工場の案は無くなったはずだが、例えば堺煉瓦などは囚人使役の記録があるし、それと関係があるのかないのか気になるところだ。一応府会史を堺煉瓦創始のころまで追ってみたけれども具体的な話は出て来なかった。どのみちこの府会史が概略だけなので戦後に発行された方のを読まないとダメなのかも知れない。奈良県の議会史みたいにさ。

[独言] 藤沢周平原作「耳鳴り」

実はここ一週間ほど耳鳴りがひどくてnagajisついに更年期突入か短い人生だったなゴホッゴホッ(迫真)などと滅入っていたのであるが、ふと思い立って耳鼻科へ行ってみたところ、先生が苦笑するほど耳垢が溜まっていただけだった。ばーかばーかばーか。

吸引器できれいに取ってもらったら(器具が目詰りするほど溜まっとった!)ずいぶんスッキリした。左上間近でブラウン管が点灯しているような、遠くでセミが鳴いているような「ミーーーーーーー」というノイズがしなくなってまったく晴れ晴れである。多少は残っている気がするが一週間ちかく響いてたわけだし元より内から湧き出づる音なのだしで全く絶えることはないのだろう。絶えた時はそれこそナガジsの絶える時である。

診察・施術には約1400円かかった。世のお母さん方の無償の愛情も実はそれくらいの価値のあるものなんだと知る。独り身にはなおさら納得の費用である。

[独言]亀の瀬見学会

鷹を括って10時半ごろに電話したらすでに8割くらい埋まっていて13:00と13:30の回しか空いてなかった。未だに人気があるのだなあ。

前回は確かまだ右足を引きずっていて、じっくり見て回れなかった。写真も間違って800x600とかで撮っていたはず。今回は悔いの残らないようにしたい&新たな発見をしたい。


2018-10-10 [長年日記] この日を編集

[料理] 木通

画像の説明日曜日の探索で久しぶりに木通を食った。見れば見るほど芋虫に見えてグロいがたまんねえ甘さ。こんな甘いものが野山にあるということが時おり不思議に思えてしまう。柿とか栗とかもここまで甘くない。蓮華草はちょっぴりだし。

木通にとってこの甘さは何かの利点になるんだろうか? 甘さと匂いで鳥か何かを呼び寄せようとしているのだろうか。柳田翁ならきっと「人間のため」というだろうけれども(そういう独善者だったというわけじゃなく、時おり見せる諧謔として)。

[独言] 関ヶ原市関ヶ原の歩道橋

画像の説明なかなか思い切った作り。住宅密集地の中を通る国道21号を跨ぎ越して、国道に面する路地の一本に脚を突っ込んでいる。店や住宅が国道の際まで迫っているので国道脇に脚を下ろすことができないのだ。路地はこの歩道橋のためだけにあり、そこで行き止まりになった格好(徒歩であれば階段脇をすり抜けることができるが)。

[煉瓦][煉瓦刻印] 松本煉瓦○M@豊中市中桜塚

画像の説明何千回もその脇を通ったはずの見慣れた路地---というよりもその奥まったところにある民家の通用口の花壇に、松本煉瓦の○M刻印を発見した。不審者丸出しでお宅の門越しに望遠で撮った。豊中ではすでに山陽煉瓦MRKとか吉名煉瓦の○Yとか中国煉瓦の◇中とかも見つけていたので第4の広島製煉瓦ということになる。

自宅から直線距離で200mも離れていない。これが最近接、といいたいところだが約100mの位置で□リを採取しているのだから記録更新にはならなかった。

以前は豊中市岡町が特異な存在で、特に煉瓦が集まってくる場所であったのかも知れないと考えていたけれども、長い時間をかけて観察しているからたくさん見つかっているだけなのかも知れない。無論明治の昔に開発が始まった住宅地だったというのは大きいと思うけれども、それにして多種多様だし、比較的新興のエリアである桜塚でも見つかっているわけだから。そういや桜塚の共同墓地には讃岐煉瓦の松葉菱サがあったりもしたな。妙に瀬戸内圏の勢力が強い。


2018-10-12 [長年日記] この日を編集

[独言] Googleに嫌がらせをされる

画像の説明原稿を書いていたつい数日前まで、Googleマップの北陸道葉原トンネルが「葉原トンネル」になっていた。二度見三度見して確かに「トンネル」だったことを確認したから夢まぼろしではなかったと思う。そうしてそれを記事の中でネタにしていた。

ところが、pdfを作成し、リンクを貼る段階になったついさっき確認すると、ただの「トンネル」に戻っていた。なんということだ。

まるで狐につつまれた気分。つままれたでもいいけど包まれたほうが気持ちいいと思う。せめて気持ちよく騙されたい。「トンネル」だった頃のキャプチャを撮っておけば証拠になっただろうがそんなもの撮っちゃいない。頭おかしくなったんだろうかと自分でも怪しくなったものの、しかしこの付近で「トンネル」と検索すれば葉原トンネルの位置にピンが立つ。内部情報としては残っておるに違いないのだ。

くそ。Goolgeがおれの地図閲覧履歴を記録していて、二度見三度見したことに基いてチェックしたに違いないぞ。悪の帝国Googleがついにその牙を剥き始めたのに違いないぞ。恐ろしいことだ悲しいことだ。

[独言] 松茸狩り男性相次いで遭難

ここ数日、五條市大塔町で松茸狩りの男性が遭難したというニュースを立て続けに聞いている。前回は確か9日、篠原だったかと記憶する。今日は字まで聞かなかった。100mほど滑落したそうである。

あの辺り確かに赤松の林が多い。松茸山だという警告看板も見た気がする。しかしそれは通年そうであって今年ばかり事故が相次いでいる原因にはならない。夏が暑かったせいで松茸が豊作になっており、狩りに熱中しているうちに誤って、とか何とか……あるいは台風が何度も直撃して松が枯れていたり落枝が多かったりして誤ってボキッといってしまったのか。ともかく残念なことだ。松茸ごときで命を落とすのは勿体無い。松茸はまた生えてくるだろうが人はそうは行かぬ。

[独言]ORJを始めてからこのかた

mixiが流行し廃墟になった。

Google+が起こり廃墟になった。

Facebookが起こり個人情報を撒き散らしている。

Twitterが起こり広告ツールに成り果てた。

Geocitiesが跡形もなく消えようとしている。

廃道は変わらず廃道でありつづけている。いい気なものである。


2018-10-13 [長年日記] この日を編集

[独言]問い合わせ不発×2

長浜鉄道スクエアに井桁は八の件を問い合わせてもう2週間以上経つ。折り返し電話がかかってこないという一番悩ましい事態。電話番号を伝え間違えたのかと思うが関東大震災の年を言い間違えるはずもないので多分忘れられているのだろうと思う。

過日は河合町に煉瓦工場の件を訪ねてみたが同上。町史に書かれてあれば近遺調の時にリストアップされているんじゃないかと思う。なのでこのmuteは無の便りなんだと思うことにする。といっても尋ねたのは数日前だから未だ調査中であるのかも知れない。速攻で返事をされるよりもありがたいことではあるがそこまで深く調べていただくというのも何だか申し訳ない気がする。言ってみれば一個人の興味の問題でしかないのだから現時点では。

大輪田の工場は不成立の可能性も十分にある。広告はあくまで職人募集の広告だし親会社がその年限りで消えてしまうし隧道の完成はその数年後だし。奈良駅転車台の「山」だって申し訳程度に持ち込んだものであるやも知れぬのだし。だから亀の瀬の煉瓦の再確認が必要だと思う。

日曜日は峠集落のほうにも行ってみよう。東口は確か土木事務所の敷地内で立ち入れるかどうかちょっと怪しい。

[煉瓦][]実地土木工学

各国煉瓦と日本の煉瓦のサイズ。

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/845819/39


2018-10-14 [長年日記] この日を編集

[きたく]とりあえず

画像の説明

2018-10-15 [長年日記] この日を編集

[独言]どうも

どうも、あたまがわるい・・・


2018-10-16 [長年日記] この日を編集

[独言] メール2通かく から始まる大騒動

title/only.余計にこんがらがらせるだけかも知れぬが発行後の気安さに乗じて長文をおくりつけてしまう。さすが非道なnagajis。

ハガキを偽造する。せっかく送って頂いた出欠ハガキを汚してしまったため新たに買って来てスキャンした文面を印刷してさらに書くという暴挙に出る。こういう悪事はバラしておくに限る。

なんだかんだしてたら大掃除に発展。といっても数ヶ月放置していた隣部屋を片付けようとしただけなのだが謎の生物が発生してるわ天ぷら油をひっくり返すわで阿鼻叫喚の巷を現出させてしまう。なんということだ。

送りつけるための資料を作成する。地震が挟まってしまって伸び伸びサロンシップになってしまっていたものである。明日には発送したい。


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