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旧道倶樂部録"

nagajis不定記。
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2020-02-03 [長年日記] この日を編集

[独言] ざんねんだ

画像の説明

賞味期限切れの食品はあかんのか・・・考えてみりゃそりゃそうだわな。

[独言] 豆まき

夕方6時過ぎに豆を買いに行ったらどこにも置いていなかった。それどころかもうバレンタインデーとかひまなつりとかが始まっておった。そのくせ恵方巻きは定価販売という強気。大豆業界とは癒着していないのだろう。いいことである。

仕方なくコープさんでドライパックの大豆を買ってきて撒いた。すごいねこれ、茹でてあってすぐ食べられるのに乾燥してる。乾燥してるというか適度な湿度が保たれている。撒いたらホコリまみれになるかと思っていたがそんなことはなかった。

[煉瓦]再三の長田区

「ランプ小屋」刻印を探して長田区を歩いたが……残念長田、もとい残念ながら、第二第三の刻印は発見できなかった。

出かける前の希望では、北尻池町で大正7年から製造を始めた長田煉瓦(株)が第一候補だった。この工場は明治頃から窯業を営んでいたらしく「今昔マップ」の最も古い版に窯記号が描かれている。いまの高速長田駅の南東方、セブン-イレブンの西隣の辺りだ。それでこの場所を手始めに、一番町〜五番町、新湊川の縁、そこから南へ御蔵通とか東尻池町とか苅藻町とかを歩き回った。

n番町は明治の旧版図で住宅密集地帯になっている辺りよりも、その周辺地域で煉瓦を多く見た。明治の集落中心はほとんど全面がマンション・アパートの敷地になっていて跡を留めていない。見られた煉瓦は和田煉瓦とか播煉三本線とか東山工業所の釘カナ印とか、大正・昭和初期の工場のものばかりで、街の拡がっていった時期と一致するらしく見えたのが面白かった(明治の地形図では一面耕作地。大正の版から疎らにまんべんなく民家が建つようになる)。

御蔵通は震災ですっかり焼けてしまったところ。今日ではもうすっかり復旧して、いかにも住みやすそうな、広い間隔を開けて建つ住宅街になっている。古いものなど何もない・・・と思ったけれども、その片隅に移設されたお地蔵様の祠の足元で和田煉瓦のワを見たりした。

真野・東尻池・苅藻・浜添はかなり広範囲に長屋街が残っていて、そんな長屋の路地側溝に今でも煉瓦が使われている。前回歩いたのはごく一部だったので、今回はthrough the every passesのつもりで歩き回った。特にレアな煉瓦は見つけられなかったが、前回は見なかった大正煉瓦、ちょっと珍しい関野煉瓦▲、吉名煉瓦らしい○Y、丸丹を検出。前2件は位置的にあっておかしくないものだが、そういえば前回は見なかった。 画像の説明

泉州の煉瓦は、やはり岸和田煉瓦が最も多い。次いで大阪窯業があり、堺・日本・貝塚が稀に出てくる。この付近は明治時代にもまばらな民家街なので、その頃持ち込まれたものが転用を重ねて現存しているのかも知れない。ともかく長田区下では播州煉瓦団が最も優勢で、そうして特にこれが多いというものがないのは興味深かった。この地域の開発にあてこんで一斉に供給したように見える(先述2工場と伊東窯業は1例ずつ。路地ごとあるいは建物ごとで刻印が違うカンジ)。 p> 画像の説明

ちょっと面白かった例。旭硝子の初期の製品と思われる237mm四方の四角い耐火煉瓦である。19.9という数字、R−109?という記号が書かれている。社章以外はおそらく手書き。

それで結局川崎車両工場まで行ってしまったのだけれど、会社に凸するのは諦めた。最近ちょっと気弱モードなのでうまく立ち回れない気がしてね。たぶん電話で聞けば済む話だし。

そこからの帰りに大開など歩いてみたが、このへんもすっかり改まっていて発見はなし。ふりだしに戻ってまた四番町を歩いてみたりなどし、そうして大開から電車に乗って帰った。

長田区というとどうしても震災被害を想起しないではいられない。震災の翌々日、ここに住む同級生の安否を確認し救援物資を届けるために「銀輪部隊」を結成して走った。長田区のどこであったかはもう忘れてしまったけれども、確か大開〜高速長田の大通りを通った気はする。そうして小学校に避難していた彼に会うことはできた。家は全壊全焼だったと思う。道の悲景は漠「悲惨なもの」として然とした覚えていない(。れが初めての長田区だったこともあるし。(時はポーアイとかそのへんのフェリー乗り場までしか行ったことがなかったはず)。、ともかくワケワカランことになっていてまっすぐには進めなかった。人も車も瓦礫も多く、道が道として機能していなかったしな。

あれから25年も経つのか、と思うとなんだか信じられないが、25年間ずっと見てきたわけでもなく、その後足を運んだこともないから、今日見た街並みが昔からのcontinuousな発展の結果に見えてしまったことだった。途中に大きな断絶があったことなど嘘のようである。けれども長屋街の一角に草まみれの空き地が紛れていたり、煉瓦壁の基礎だけが残っていたりもして、そんな25年分の空漠にハッとさせられたりする。震災を忘れたわけではないのである、思い出すよすがが失われていて、しかしそうやって失われなければ、新しい明日が来ない気もするのだった。


2020-02-17 [長年日記] この日を編集

[橋梁] 浜中津橋の桁の重さ

部材名	点数
上弦材覆板A	1
上弦材覆板B	2
上弦材覆板C	1
上弦材覆板添継板	2
上弦材腹板	2
上弦材腹板添継板	8
上弦材腹板添継板リベット	160
上弦材ピン部補強板	14
上弦材ピン部補強板リベット	72
上弦材リベット	532
上弦材綾構	65
上弦材綾構リベット	81
下弦材覆板A*	1
下弦材覆板B	2
下弦材覆板C	1
下弦材覆板添継板	2
下弦材腹板	2
下弦材腹板添継板	8
下弦材腹板添継板リベット	160
下弦材ピン部補強板	12
下弦材ピン部補強板リベット	72
下弦材リベット	532
弦材側面山形鋼A	2
弦材側面山形鋼B	8
柱材山形鋼A	4
柱材山形鋼B	4
柱材鋼板A	4
柱材鋼板B	2
柱材鋼板C	2
柱材リベット	90
下弦材仕切板	7
ピンボルト	34
ピン	17
ピンスペーサー	17
斜材A	4
斜材B (Comp.)	4
斜材C	4
斜材D (Comp.)	4
斜材E	4
斜材F (Comp.)	4
斜材G	4
斜材H (Comp.)	4
斜材綾構	128
斜材リベット	120

以上、14.0t弱。アイバーの膨らみを無視しはしたが、それ以外は最大値になるよう細心の注意を払いつつの計算でこの値。台車1tもあれば十分やろ多分。あと錬鉄密度はとりあえず8000kg/m3で計算した。googleせんせが宣う7874kg/m3を採れば13.8tまで下がる。あかんかったらピンのボルト外してばらして持ってけばええんやし。

ぐじゃぐじゃ追記してチゴイネルワイゼンを確認しようとしたら消してしまった。何をやっているのか>nagajis。現場まではほぼ登りなしで尚且つ改修済み路面やねん稚児往ねるわ以前、と書くつもりであったのだ。

[独言] いま・ここ

予測は怖れを呼びつける。予測しなければ何も出来ないような気もするが、そこは禅的にあの何とか言うほら、あれで対処すればよいわけだ。んじゃあ過去を振り返って反省してしまうのは何だ。それも結局は未来への備えか。二度と同じことをしないぞと思えば思うほどそれは予測のほうに振り出すことになり、足は竦み手は空回りし飛沫を撒き散らして染捺してしまうのである。過去は過去として生暖かく鑑賞するのが吉。

[ネタ] ほう。

画像の説明

二重三重、合わせて五重の隠蔽幕をかいくぐって捕捉した。holeなのか、そうでないのか。とても微妙。でもまさしく推定地点なんだよな。 画像の説明

実はこれだけでも用が済んでるのかもしれないのだがね。


2020-02-18 [長年日記] この日を編集

https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/846793/306

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]

_ 謎の旅人ふーちゃん [隧道の構造に就てのページで、アーチ環の層で5層が最高とありますが、愛岐トンネル群の6号隧道には、7層となっています。 それだけ地形がもろく、崩れやすかったのでしょうね。 これが私が見たことのあ..]

_ nagajis [ツッコミありがとうございます。該ページはずいぶん前に作ってそのままになっています。大変申し訳ありません。 つい最近読んだ何だったかの資料では、鉄道トンネルで(恐らく局所的に)12枚巻を実施中とい..]


2020-02-22 [長年日記] この日を編集

[] 日本鉄道請負業史 明治編 上

画像の説明

この本を注文してから手元に届くまでどれだけの紆余曲折があったことか……。

『日本鉄道請負業史』は大正5年から編纂が始められたが、編纂担当者がころころ変わったり震災で原稿が焼失したりしてなかなか進捗しなかった。それでも昭和18年に明治編上中下巻を完成させ、物資事情の悪化する中、謄写版の仮綴書で刊行を遂げている。発行部数は各150部。 国立国会図書館デジタルコレクションでは中・下巻を見ることができるが、この上巻は、未収録。個人的には『こうだに誌』を数百円で手に入れたのに次ぐ幸運である。

今日私たちが目にすることのできる『日本鉄道請負業史』は昭和42年に社団法人鉄道建設協会が復刊したもの。明治編上中下巻は1冊にまとめられ、未刊行だった大正編・昭和編ものちに活字化されている。国デジなら図書館送信データで見ることができるが、 鉄道建設協会編の請負業史は 浅田政三工場が川田村だったり上神崎川橋梁が鉄管パイルだったりするような疑問点があった。もしかしたら復刊時に誤字が混入した?などと思っていたのだけれど、確認した限りではそんなこともなかった。うん、それが確認できただけでも満足だ。

それにしても扱いが難しい・・・触れば触るほどボロボロ崩れてしまう。これだったら大人しくS42版を手に入れるべきだったかも知れぬな。

[] 12枚巻

画像の説明

思い出した・・・『日本道路史』技術編のトンネルの項目だ。p.646。本文説明に「東海道線小田原近くの小峰隧道で、12枚巻中の状況」、とある。写真がわかりにくいが内側の6枚を巻き終えその外側に残りを巻いている所のよう。ここまで厚いと何が何だかよくわからない。


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