nagajisの日不定記。
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鈴虫がいたのだと思う.
久し振りに戻ってきた我が家.出る前に綺麗に片付けておいたせいで畳が露わになっている.六畳間+四畳間という間取り.襖は開け放してある.縦に長い間取りの短辺の側から見ていて,その視界の手前のほうに小さく蠢くものが目についた.這いつくばって見てみると,それは青く透き通った羽根の虫.頻りに羽根を震わせているところからすると幼生の鈴虫だろうか.
ほういつのまに.風流だな.そう思いながら鼻先の虫を見つめていると,フォーカスの向こうにも同じ虫がいてぼやけているのが目に入る.あそこにもおる,と顔を上げた瞬間,同様の虫が3匹4匹と現れだし,すぐに無数と表現していいような数になってしまう.それどころか蜆の稚貝のような小さな蝶々だとか毟った芝の如き小飛蝗やらまで現れて辺りを飛び始める.翳った冬日の薄暗さの中乱舞する緑と黄色と薄鼠青の軌跡.尋常な状況ではなくなってしまう.うわあ,なんだこりゃ.
どうやって追い出すかを思いつくよりも前に,もっと大変なことを発見し,かつそのせいで虫が入り込んでいたことを了解した.屋根がない.まるで火災で焼け落ちた民家の屋根の如くになっていて,そこからどんよりとした灰色の雲が見えている.燃えてこうなったわけではないようだ.その証拠に,屋根天井の一部が裏返しの残骸になって建物の角にくっついている.強風で吹き飛ばされたらしい.古い木造屋だとは知っていたがこんなにオンボロだったとは.
追い打ちをかけるように雨まで降り始めた.糸を引くような細い雨.めくれあがったトタンに雨粒が当たり,さん,さんさんさんさんさん…とささめき出す.やばい.部屋が濡れる.大家さんに連絡しなければ.
この状況では部屋の電話など使えないだろうと判断.階下に駆け降りて公衆電話を探す.が,なかなか見つからない.携帯電話が普及したこのご時世,街角で電話を見かけることも少なくなった.くそ.こういう時に困るから必要なんだよ.弱者を虐げるな.そんな悪態を吐きつつ視線を左右に振りながら歩くことしばし.そうだ,角のインド料理店の中にあったよな.電話.あれを借りよう.と思い至った.
ビル一階の公共スペースと隔てる壁なしで隣接している謎のインド料理店.その隅に電話があった.今では絶滅種と言ってもいいダイヤル式の公衆電話だ.薄桃色のその機体に10円硬貨を入れ,ダイヤルを回す.しかしうんともすんとも言わない.受話器のレバーをガチャガチャやって,10円入れたり返却したりを繰り返すが効果はない.どういうことだ.この切迫した時に.
慌てている自分を見つけ,インド料理店の店主が寄ってくる.カタコトの日本語で「ドシタノ」と聞く.大家さんに連絡を取りたいんだと告げると,哀しそうは表情を顔いっぱいに浮かべて首を振る(その表情がとても悲しげでこちらまで悲しくなってくる).「デンワ,ツカエなーい.ワタシタチ,オシャベリし過ギタネ」.店長と店員が酷使したので壊れたか止められたかしたようだ.なんてこった.インド料理の店の人はよく喋るよなあ,何をあんなに喋ってるんだろうな,と常々思っていたものだが,電話もそうだったのか.
妙な納得をしつつ,しかし状況に納得することもできず,憤慨しながら店を飛び出す.相変わらずの細さで降り続けている冬の雨.ため息とともにアパートのほうを見やれば,建物の骨組みらしいものが傾き,路地を塞いでしまっているのが見えた.どう考えてもあれはうちのアパートとだ.二階にあった我が部屋は吹き抜けの伽藍堂状態になっている.あーあ.全部落ちちまった.資料,飛び散ってしまっただろうな.そのうえこの雨だ,濡れてぐじゅぐじゅになってしまうに違いない.
片付けるのが,大変だ.
なにかいいことがある前兆夢でしょう♪
だといいなァ!