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旧道倶樂部録"

nagajis不定記。
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2010-09-30 ああまどろっこしい [長年日記]

[] 種々

おおばんぶるまいじゃー

(誰に対して?誰が得するの?)

散々原典当たって疲れたところでテキストGooglableな資料ハッケン。てか前に散々見てるだろ>nagajis

http://www.bunka.pref.mie.lg.jp/rekishi/kenshi/asp/Q_A/detail.asp?record=161

原典で見つけたのは三重県令達全書の明治9年の所に三条実美の例の国県里道等級廃すの達書に続いて載ってた調書の書き方指南の中に。ここに特別扱いする街道一覧が出てて、和歌山街道も出てて、しかも「高見峠まで」とあるのじゃー。これがすぐさま仮定県道になったわけではないようだが上のハナシと合ってるのじゃー。

http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/788789/195

しかしながら三重県統計書の数値と合わない。M9 舟戸経由高見峠→M16 舟戸経由?2.18.26.06→M19 舟戸経由!1.31.06.06→M26 太良木経由!1.18.34。仮にこの時改修があったとしても同じ路線で24町も減るかー。だいいちM17のこの図じゃ1.31.06.06じゃー。

http://www.pref.mie.jp/haku/hp/osusume/map-mie2.htm#ritei1

三重県統計書はM25まで府境とか抜かしてるのであれじゃー。M13-M16のどっかに何かある? また探すのしんどいな・・・ むしろ統計書より前のん探さな。

東吉野村郷土史には明治16年って書いてあるけど出典不明。明治25年測図の2万図には木津隧道は載ってないのじゃー。M26年度通常会議事録(M25実施)にもつぎのよーにかかれてるのじゃー。

番外2(岡本)
木津より高見に至る迄の間に凡そ二里程の平坦部ありて此間に四十ヶ村程散在せり而して此村々に於て木津峠の改修を[北+異:き]望し其前後両端は里道の名称を以て開削したるも独り木津峠に至ては到底地方民力の及ぶ所に非ずとて地方税の補助を願出を以て伊勢街道の全通を計らんとしたる次第なり尤も改修工事落成後に於ける修繕費は一切地方に於て負担し更に地方税の補助を仰がざるとのことなれば左様了承ありたし
七番(山崎)
此木津峠を開削すれば伊勢街道は完通するに至るべきか
番外二(岡本)
此の峠を切下げ而して鷲家より峠に至る迄の間は地方人民に於て改修するとのことなり

木津隧道古い説は奈良県政七十年史にもある。曰く「女寄峠、桜峠(n注:佐倉峠:M16)の開通、木津隧道の開さくは大阪府時代からしだいに進められたもので」云々。あれ、ここにはM16とは書いてないな。府時代に伊勢街道の改修が建議可決されてるのは確かな事実だがJKとしては宇野嶺なんじゃないか(あれは郡事業か)。奈良県政七十年史=1962年発行、東吉野村郷土誌=1972。扁額を拾六と見誤る+府時代=M16とかだったらヤーヨ

史誌の類いににイチャモンつけるよーになったらビョーキ末期です。きをつけましょう。

画像の説明ぎゃあM36説浮上の助。

http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/779785/96

うむ確定。議会史要約+(位階+原長)+拾六年=M36やわ。しかし第4の確証を得るにはやはり奈良県議会へry

ちゅーか角川日本地名大辞典奈良県木津の項目に「明治36年木津トンネルが作られる」ってあるじゃんかばーかばーか>nagajis

[独言][][絵葉書] 大正六年陸軍大演習@滋賀

これも私にとっては激レアな絵葉書。大正6年に滋賀県で行なわれた陸軍秋期大演習の記念絵葉書。

画像の説明

これに[隧]タグ打ってる意味がわかる人は一握りもいないはず。この他にも記念スタンプだけ押されたハガキもあったがやけに高かったので見送った。

[独言] OHTO SUPER PROMECHA PM-1504S/0.4

文房具箱の底で腐っていたのを発掘した記念に修復してみる。芯先の長さ、および1ノックの出芯量を調節できるメカメカしいシャーペン。1500えんもした。グリップの太さと重さが心地いい。「これが使いこなせるか!」という煽り文句に負けて買ったこと、および使いこなせなかったことはあらかじめ自白しておく。

芯先を収納できるのはいいが収納する前に落として曲げてしまった記憶がある。いま触ってみても微妙に曲がっている。芯先が長いほうが使いやすいがこうなると気になって仕方ない。特にペンをくるくる回して書くタイプだった私には致命的な瑕疵だった。

ノックするところを紛失して別の0.5mmシャーペンのを流用していた(正確に言えば療養しようとしていた。その頃にはあまり使ってなかったからな)のが稍長過ぎたので鑢で5mmほど削った。もうちょっと短くでもいいかも知れん。芯先も絶妙に修正。以前の書き心地に戻り5mm角の字を書く心地よさを思い出したが如何せん筆記用具の出番が減りつつある。いまは無性に書いてみたい。

ま、も、きの区別がつかない

本日のツッコミ(全1件) [ツッコミを入れる]
_ ホルモン焼き (2010-10-01 00:24)

ハイ、センセ!「この大演習を大正天皇が見に来はるんで家棟隧道がでけたんですわ。違いまっか?」


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