nagajisの日不定記。
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やっとコピーが発掘できた…出典は「日本煉瓦史の研究」p.71。
山陽煉瓦では創立者の前谷茂久が修行をした、大阪の岸和田煉瓦綿業株式会社(後述)納入用煉瓦に図3-41の刻印を昭和17年から20年の期間押した。
この情報自体の出典は不明。聞き取り調査かな。山陽煉瓦と岸煉の関係は「赤レンガ物語」にも書いてあったような気がする(超うろ覚え)。
おめ。語るにやあらんの語るにやとカタロニアって似てる。
もともど土木科出身で意匠には詳しくなかった。橋専門でもなかった。それが福留並喜に引っ張られて大阪市の橋梁課に。はじめに建築のナントカ氏と組んで、その後?元良勲と組むようになって。欧米視察はその後。だからごてごてしい装飾よりも構造美に惹かれたところがあると思う。エンジニアとえーっとなんとかいうアーキテクチャだったっけとの協同というのも自分の体験を下敷きにしている。
監修した武田五一が都計橋梁の設計者として出てくることが多いけど橋の設計もやった。堂島大橋とか天神橋とか。秘密裏に大江橋をメタルで設計してみたりもしている。
重心のある橋をよしとした。重心。力学的質量的な重心でもあるが少し違う印象。求心力を発する何か、古い街並みのなかにある真っ白な白壁土蔵が風景を引き締めているような、祭りで賑わう境内のうちで「ここを見よ」というもの。そんな感じ。
堂島大橋は面白い設計だけれども橋全体の印象はぼんやりとしている。ここぞという重心が頭に浮かばない。天神橋は変断面の五連アーチがとても美しい。中之島の剣先のほうから見ても、橋のたもとから見通しても違和感がない。とくに後者の、浅いライズの大スパンの飛ぶ姿は素晴らしく洗練されていると感じる。この大スパンにも全体にも重心がある。後年つけられたスロープがとても邪魔。機能としては便利なんだけどな。
堀式突桁橋も単純な作りながら構造美がある。軽く反った吊り桁も橋台の突き桁も単純化すればもっとシンプルにできたはずだがああしているからホウと感じるものに仕上がっているように思う。直線直角だけでできていたら特になんとも思わなかったんじゃないか。
増田の橋はまったくもって隙がない。十三大橋はどこから見ても見栄えがする。歩道を歩きながら車道を見ても、車道から外を眺めても、橋たもとからも、離れて見てもよい。はしたもと脇から見た時のコロンコロンとした躍動感と橋上から見上げたアーチの力強さと護られているのだという安心感。違うものを見てるかのようだ。ひたすら重厚、どこから見ても重く感じる永代橋とは違う。旭川橋とか渡ってみたいと感じる。
全部が全部よいわけでもない。熊野大橋はどちらかというと平凡な感じがした。どこにでもありそうな橋という印象。チラ見だからアレかも知れんが。
あーどんどん脇にそれる。それそれ。