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旧道倶樂部録"

nagajis不定記。
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2008-04-28 淡々と作業報告 この日を編集

[ORJ] 旧橋、プチ濃up

一気に玉手橋をup。鉛色写真を調整するのが上手くなった。プチ濃は校正を入れて章扉の修正。方向はこれでいいのだろう。か。

昼間は図書館に行っていた。アホや、大阪市立では戸倉の旧版地形図は手に入らんのだった・・・高野山も然り。総本山別院へ行かねばならぬのか。

それよりも、だ。若桜町からいただいた資料にどえりゃーことが書かれてあってだな。ドキドキして眠れなかったりする。

あとは自分の体が持ちさえすれば。独言。

天気がいいせいか、夜の冷え込みがちょっと厳しめ。セーター一枚要るな>OFF


2010-04-28 この日を編集

[企画] 大杉谷

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masaさん曰く、このルートのほうが早いだろうとのこと。地形図に道はないが山の登山コースにもなっているそうだ。だから2日朝に宮川発電所付近に集合ということになる。軌道跡では2泊ないし3泊する予定。うち一日で不動谷支線へアプローチする。参加希望の方はnagajis@the-orj.orgまで。

食料は大阪で用意していくべきかも知れない。大台のマックスバリュは9:00〜24:00営業であった。

そのまえに、、、ちゃんとフォローをしないと。謝んないと。


2011-04-28 晴雨不論 この日を編集

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下市町某所にて.大峰渡りは講を結んで登るのが伝統的で,而してそれは平成のいまでも続いている.それに惹かれて撮ったわけだが,それに加えて「雨天決行」の意味で使われている語の覚書のつもりでもあった.いつか使っちゃろうと思いつつ毎回忘れる.そうなんだよな,雨天決行だと雨の場合しか言及してない.

金剛水力電気の件を調べていて,水越峠と大峰渡に関係があることを知った.大阪平野から大峰渡に出るには水越峠を利用するのが多かったらしい.洞川の宿から水越峠まで迎えが来たのだとか.この逸話,一言でそう書いて「ふーん」で終わらせるには惜しいいろいろが詰まっている.宿の迎えは山上街道を歩き通したうえに広橋峠を越えて重坂を越えて水越峠を登ってを2セットなのだ.今日の旅館のバス送迎とは訳が違う.

[] 安治川4/10

昨日を取り返すべく働いたが4/10しか畏寒買った.約分すると2/5だ.その必要性および意味はともかく小さくなった感じがしてさみしい.さもしいともいう.どのみち全部終わったところで通しで調整せなあかんのやからあと3/5日=次号間に合う!とか考えないほうがいいのかも知れない.

今日は沈埋管受け口の修正の意味がわかった.なんで最初からそうしなかったんだろう&アンカーなかったんだろう.ブツは早くに発注してたんだから早い段階に変更してたはずだが.あと,中間払の申請にいちいち出来形明細つけるな>清水組.

役に立たないまめちしき:
大阪市は自前の造船所をもってた.
西九条駅の反対看板は撤去されてる.
南口のシャッターが新しくなってる!

ホウ。切抜きは大阪朝日であったか。

http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentView.jsp?METAID=10075063&TYPE=IMAGE_FILE&POS=1

本日のツッコミ(全1件) [ツッコミを入れる]

_ bnb206 [晴雨不倫と読んでしまったわたし・・・]


2012-04-28 この日を編集

[帰宅] 1ねんぶりのこうりゃく

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[キノコ] くさいきのこ

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ええっと,何でしたっけ.

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]

_ なき [アミガサタケの一種かな…。猛毒のシャグマアミガサタケではないでしょうから、加熱すれば食えるかも?]

_ tyaffic [とりあえず加熱して食べてみましょう。なきさまや私ではなく、jis氏自ら。食べて笑いが止まらなければ成功という流れで]


2013-04-28 この日を編集

[独言][近代デジタルライブラリー] メンテ

なんか調子が悪いと思ったら日曜日にメンテか・・・。そんな大事なことはTうぃってrで呟いて終いじゃなく、トップページに掲げて欲しい。

誰もかも、何でもかでもTwitterで済まそうとする精神はいまだに理解できない。

[独言][煉瓦] 明治〜大正期大阪府煉瓦業一覧

近デジがタコスになったお陰で入力済みデータの整理が捗った。大阪府統計書に工場一覧を発見し、6大会社が成立する直前の明治20年代~30年代に光をあてることができそうな塩梅。それによって2、3の刻印の出元も明らかにできそうな塩梅。ただし初年代~10年代は相変わらず闇のままだ。

大変なのはここから先なのだろう。会社<>刻印の対比が可能な資料はあらかた掘り尽くした感がある。これ以上やるなら工場跡地へ行って煉瓦を見つけてくるしかないのではないか。んでそれは大変な手間であり確実とも言い難い。

若井があるくらいなら、旭商社、大阪煉瓦、共立煉瓦のもどこかで見ている可能性がある。それとわかっていないだけで。○刻印とか英字の符丁なんかは実はそのどれかであったかも知れぬ(大多数の無刻印の煉瓦がそうであったかも知れぬ)。

近デジがタコスでなくなったら、兵庫、京都、和歌山のを確認したい。

[独言] 奈良公園

画像の説明

主張に忠実に奈良公園を歩いた。視点を違えるとそれだけで様々な発見があることを再認識。春日山遊歩道に架かる小さなこの橋がコンクリート実床板橋で、月日亭の下方に架かる同規模の橋が石桁橋であること、およびその相違の裏に秘められている理由。春日山周遊道路じたいの意味。今は通行止めの林道蝙蝠窟線。大仏殿参道前の吉城川に架かる橋、水谷川橋、春日大社万葉植物園の石柵、鹿苑。どれもみな忘れられた近代であり、奈良公園の看板役者を裏で支えた苦労人たちである。誰かに気づいてほしい。誰かに伝えたい。そう思って歩いたけれども、シンポジウムに参加してすっかりその気が失せた。

自分が考えている近代化遺産と世間一般の認識とはずいぶんずれているらしい。他人が求めているような見映えのするもの・他所に自慢できるもの・利用する価値のあるものは、自分の目に留まらない。分類するなら自分は原理主義的なのだと思う。どんな近代を経て今日があるのか知りたがっているのは自分だけであって、人々は今あるものさえ利用できればそれでいいのだ。過程などどうでもよくて、残ったモノさえ使えればそれでいいのだ。それを覆そうとして独り奮闘したところで何もできやしないのだし誰も望んではいない。誰も月報を読まないことが既にそれを証明しているじゃないか。それでも頑張ってみたが、無駄なものは無駄。だって人は空ばかり見ているのだから。それが「社会の総意」なのだから。

ああなけてくる。なけてくる。世界が、物的なものも精神的なものもすべて、結託して自分を無きモノにしようとしている。そういう疑心暗鬼が現実のものとなって自分を等閑死に追いやろうとしている。必要とされていないモノだと認識させられることほど心を危うくさせるものはない。キーボードのuの反応が鈍くなった。


2017-04-28 この日を編集

[煉瓦刻印] □×

やっとコピーが発掘できた…出典は「日本煉瓦史の研究」p.71。

山陽煉瓦では創立者の前谷茂久が修行をした、大阪の岸和田煉瓦綿業株式会社(後述)納入用煉瓦に図3-41の刻印を昭和17年から20年の期間押した。

この情報自体の出典は不明。聞き取り調査かな。山陽煉瓦と岸煉の関係は「赤レンガ物語」にも書いてあったような気がする(超うろ覚え)。

[独言] おめ

おめ。語るにやあらんの語るにやとカタロニアって似てる。

[独言] 技人一如

もともど土木科出身で意匠には詳しくなかった。橋専門でもなかった。それが福留並喜に引っ張られて大阪市の橋梁課に。はじめに建築のナントカ氏と組んで、その後?元良勲と組むようになって。欧米視察はその後。だからごてごてしい装飾よりも構造美に惹かれたところがあると思う。エンジニアとえーっとなんとかいうアーキテクチャだったっけとの協同というのも自分の体験を下敷きにしている。

監修した武田五一が都計橋梁の設計者として出てくることが多いけど橋の設計もやった。堂島大橋とか天神橋とか。秘密裏に大江橋をメタルで設計してみたりもしている。

重心のある橋をよしとした。重心。力学的質量的な重心でもあるが少し違う印象。求心力を発する何か、古い街並みのなかにある真っ白な白壁土蔵が風景を引き締めているような、祭りで賑わう境内のうちで「ここを見よ」というもの。そんな感じ。

堂島大橋は面白い設計だけれども橋全体の印象はぼんやりとしている。ここぞという重心が頭に浮かばない。天神橋は変断面の五連アーチがとても美しい。中之島の剣先のほうから見ても、橋のたもとから見通しても違和感がない。とくに後者の、浅いライズの大スパンの飛ぶ姿は素晴らしく洗練されていると感じる。この大スパンにも全体にも重心がある。後年つけられたスロープがとても邪魔。機能としては便利なんだけどな。

堀式突桁橋も単純な作りながら構造美がある。軽く反った吊り桁も橋台の突き桁も単純化すればもっとシンプルにできたはずだがああしているからホウと感じるものに仕上がっているように思う。直線直角だけでできていたら特になんとも思わなかったんじゃないか。

増田の橋はまったくもって隙がない。十三大橋はどこから見ても見栄えがする。歩道を歩きながら車道を見ても、車道から外を眺めても、橋たもとからも、離れて見てもよい。はしたもと脇から見た時のコロンコロンとした躍動感と橋上から見上げたアーチの力強さと護られているのだという安心感。違うものを見てるかのようだ。ひたすら重厚、どこから見ても重く感じる永代橋とは違う。旭川橋とか渡ってみたいと感じる。

全部が全部よいわけでもない。熊野大橋はどちらかというと平凡な感じがした。どこにでもありそうな橋という印象。チラ見だからアレかも知れんが。

あーどんどん脇にそれる。それそれ。


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