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旧道倶樂部録"

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2012-10-01 [長年日記]

[][コアダンプ] キリズシ隧道 選奨土木遺産に

画像の説明

http://committees.jsce.or.jp/doboku_isan/system/files/2012_table_picture_1.pdf

今から7年前、近代化遺産の一次リストに埋もれているのを見つけて、所在地もはっきりしないまま現地へ行った。地元の方に道を尋ね、草木を掻き分けて登った。135年間変わらぬ姿でそこにあった。あの形で。

余りに驚いたから馬場先生にお伝えした。近代土木遺産に認定された。Aランクが与えられたのは正直予想外だったけれども、それが「いいもの」だと判断した自分の目が間違っていなかったと認められたようで嬉しかった。そしてそんな「いいもの」が世の中にはまだまだあるのだと知った。

それを探し、誰かに伝えるために、ORJを続けてきた。

今回、さらなる高評価が付与されて、自分のことのように嬉しく思う。けれどもそのモノは決して自分のものではない。自分が世に知らしめたと自惚れるつもりもない。何もしちゃいないしな。本来そういう価値を持っていたものが、評価されることなく百数十年間忘れられていて、やっと日の目を見て評価されたというだけだ。「日本の近代土木遺産」は出典を書く必要があって倶樂部の名が載っているが、無視して他を当たってほしいと思う。taiheiさんのところとか。もっと地元の人に掘り下げてほしいとも思う。

一つだけ誇るとすれば、それを是として信じたことを、7年間変わらず続けてきたことを誇りたい。 自分の興奮とか充足のためだけで続けてきたんじゃなく、誰かに役立ててもらいたい、モノがーーーそのモノを作った人々のことが正しく評価されてほしい、そういう思いで探索を続けてきた。一部のマニアの玩具で終わってほしくないと。挙げっぱなしで何もできなかったけれども、キリズシは評価され、一つ高次の遺産になった。その一方でいつの間にか自分も近遺調に関わるようになっている。道を踏み外して迷っていたように見えて一応は、目指す方向に進めていたようだ。購入の動機付けに貢献していない、存在を無視された、他サイトで紹介されている姿からしか知られていないようなnagajisだがね。

7年間進歩がないという言い方もできるが、たまには自分を誉めたっていいだろう。

ちなみに、認定されただけでは何も起こらない。 物件に直に関係する人が何かのアクションを起こさなければ従前のまま、ただの廃隧道のままだ。例えばプレート代やその設置費用は受賞者(管理者もしくは推薦者?)が出さなければならない。土木学会が与えてくれるのは選奨土木遺産の認定というお墨付きだけだ (安治川隧道も受賞しているが、大阪市は無関心、というかお金がなくて何もしてない)ツッコミ欄参照!! 。うろ覚えで書くもんじゃないぞ>nagajis。しかしそれを活用して何かをしなければ受賞の意味すら無くなってしまう。ぜひとも上手く活用してほしい>たぶん中津市さん。

浜中津橋に関しても同様。資料の所在をお伝えしただけ。K先生自ら市立公文書館に行かれて、設計図面と仕様書をきちんと分析された結果が評価につながった。自分写真を撮ってきただけでなんにもしてなかったからな。

[奈良近遺調] 一次中

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これらもやがて、ちゃんとした評価を受けられる日が来るのだろうか。いや、なってほしい。その歴史も、現在の姿も、(少なくとも奈良県下では)普遍的な価値があるものと信じている。 せっかく苦労して見つけてきたんだし。

東邦電力社史、及びその草稿に白砂発電所の増強に関する記録はない。関西水電時代のことだからな。「電気事業者要覧」を通し読みしてT9?に480kWになっていることを確認した。T11修正の「奈良」で位置が変わっているのとも符合する。

なお社史が予備として挙げていた遅瀬川水力発電所は着手届が出ているがT12に免許失効。by公文書。 中峯山のもたぶんそう。出来てもいないのに発電能力に加えてあるのは、それが一般的なことだったのだろうか?

遺産的観点から言えばこの水圧管よりも取水堰堤と水路のほうが貴重。明治40年に県下で最初に作られた水力発電所の水路がいまも水路として生きていて、奈良市民の喉を潤している。80%のさらに一部なんだけども。


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意外なところから「橿原道路元標」の謎も解明できた。 2600年事業で作った参詣道(天皇陵参道)が府県道に昇格した時、 かなりの数の道路が橿原神宮を起点or終点にしていて 、そのために元標を設けたらしい。 「奈良県報」昭和16年7月8日第2149号の告示385号。

もともと元標は旧道路法施行細則第9条の1に「各市町村に一箇を置く」とされているけれども、他に置いてはイカンとは書かれてない(置けとも書かれてないが)。第7条には「府県庁、師団司令部、鎮守府又は市役所の所在地を国道又は府県道の路線の起点終点と為すときは市町村に於ける道路元標の位置に依るべし」とある。府県庁や師団司令部のように、すでに存在する枢要施設のそばに道路元標を置くのがデフォであって、起終点が集中するような場所が後から作られることになるとは想定していなかっただろう。若干拡大解釈で設置されたものと言える。市町村以外に設置された道路元標は日本で唯一 ※ だろうし、そういう例外が認められたほど橿原神宮建設は特別のことだったのだな、と改めて思わされた。

もう一度行ってモノを見てこないと調査票が書けない。というか何度行くつもりだ>橿原神宮。ちなみにこの時認定された府県道は、大半が重用区間のほうが長いようななんちゃって県道。参道の階段まで認定されたわけではないような感じ。

※ 告示をよく読むと「畝傍町の道路元標のその2」という位置付けであったかも知れない。「同」とつくからにはその前の畝傍町を引き継いでいる。細則の通りなら駅前元標を廃止して神宮前に置くべきだった。いずれにせよちゃんと設置が告示された元標だということは間違いない。

一次調査は9月迄ってっことになってたけれど、結局どうなるんだろ? このままダラダラ続くんだろうか? なし崩し的に二次調査に突入するんだろうか? どちらでも対応しなければならないんだろうけれど。予定が組みづらいったらない。

[ToDo] KINIAS発表

いきさつ。近代化遺産調査とは。奈良市→KINIASが奈良県→KINIASに。奈良県最後。慣例的に近代建築が取り上げられることが多い。産業分野を主に担当。加えて土木。道路(林道)は個人的な趣味のぶんが多い(趣味は他に適当に書き換え)。

スケジュール ぐだってます 一次調査 →二次調査という流れ。以上を5分。

具体的に見つかった物件。ここで時間調整。自身が見つけたものを中心にすると廃物件ばかりになるので適宜うまくする。N先生のニチアス調査など。

大項目:発電所。M40白砂発電所。M43初瀬発電所。(吉野郡の小規模発電所群)。T9白砂二代目。T元筑波峰。吉野・樫尾、摺子は調査をみて。長殿の話から索道につなげる。

◎:吉野郡の索道。大和索道。北山索道(絵葉書のみ)。篠原索道と軌道。

◎:林道。滝川林道網。野迫川北又の木軌道。大鯛木馬道。

◎:道路。受取越ほか。天辻隧道。高橋。美吉野橋。小倉橋。池郷橋。西河橋はどうしよ。元標もここ。

◎:橿原神宮公苑。都市計画とれむにすけーと。橿原道路元標と2600年記念参道。畝傍跨線橋。

◯:鉱山。立里しかないのか・・・今のところ。

◯:市町村調査から。法隆寺防火池。

△:鉄道。きりがないので。せいぜい川端線くらい。他はどこにでもあるもん。索道の話につなげてループさせる。互いの連綿。

こう見ると結構しゃべれるものはある。入りきらないくらい。

自分で自分の首絞めているとしか思えん・・・

本日のツッコミ(全4件) [ツッコミを入れる]
_ ペッカー (2012-10-18 23:18)

須威圧感もとい水圧管の写真の上にコメント無しで霜降り和牛のすき焼きのような写真をのっけるのは極悪だと思う。どこだか気になってしょうがない。しょうがないので川上村へリベンジしよう。10月頭に上谷上道と伯母谷のトロ道を踏破したが(記事通りのええ道でした)神之谷はダム下のゲートが閉じ、上は砂防ダムが突破無理でした。ちなみに地元の木馬道も気になり始めているのですが、時間があれば”天竜美林を育てた人々”でググってみて下さい。小さな記事が載っています。支離滅裂ですがこれにて。

_ nagajis (2012-10-19 01:15)

これは良い記事を教えてくださいました。天竜ではこの頃まで木馬曳きが生きてたんですね。竹下さん、いい顔してます^^)<br>お礼に写真の件を。中奥の在所の先で左岸に渡っていくのが大鯛林道です。美林の中を登っていくと、谷を詰め切ったところに中奥の簡易水道施設があり、道はここで折り返していくのですが、この折り返しを数十m進んだところで左手に朽ちかけた鉄製階段がありますので、これを登ってください。あとは道なりです。<br>自分は時間がなくて隧道の先までしか行けていません。この秋、紅葉がきれいな頃に再チャレンジするつもりでいます。

_ 神吉 (2012-10-27 10:56)

土木学会選奨土木遺産は、各支部が推薦したものはプレート代無料(複数必要な場合は追加費用分は管理者自弁)、公募の場合はプレート代管理者自弁となります。なお、設置費用は管理者です。「土木学会が与えてくれるのは選奨土木遺産の認定というお墨付きだけ」ではありません。保存・活用策についても議論はしているようです。

_ 永冨 (2012-10-28 00:13)

あわわ、失礼いたしました。公募のほうばかり考えておりました。お詫びして訂正いたします。


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