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旧道倶樂部録"

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2007-06-26 おもに独言 [長年日記]

[企画] OFF会参加者にメール

いたしました。届いていない方は御連絡ください。

メール一つ送るのに2時間もかけるなと。しかも間違えるしな。失礼した>あきら氏

[懐古] 2002年6月25日

激しく雨、そして体調不良。半径1m以上出歩くことなく丸一日テントで過ごす。確かテントから見える光景を写生していた。結局モノにはならず。あの画帳、どうしたっけか。。。

雨の日それ自体は嫌いではないけれど、わざわざその中を出歩く気にはなれない。憂鬱な気分で雨を眺める風情(その行為自体の風情)を楽しんでもいいじゃないか。マスターベーションと嘲られても構わない。特にこんな、先を急がない旅の途次、半径10kmの圏内に自分以外のニンゲンがいないような、世界では。

寂しさよりも先に来る開放感。それが不思議でならないが、実際自分はそういう生き物だと思う。ニンゲンと5分以上一緒にいたら煙を出しながらクシャクシャとしぼんでしまうかも知れない。いやあれは反対か。いずれにしても最後に笑うのはインベーダーだがな。

かといって、自然との一体感なんていう言葉には嘘を感じる。いくら自分が自分を否定したところで人間であることに変わりはなく、そして人間と自然とは相容れるものではない。自然と対立し、ある時は征服し、ある時は痛めつけられ、そんな敵対関係の中で己の身を守り続けてきたが故に人間という生き物がある。文明がある。この旅が終わればまた人間社会に戻らなければならないし、死ぬまで人間として生きていかねばならない。そんなことを考えたはず。現にこうして---無茶な旅を繰り返しても---結局はつまらぬ社会で嘆息しながら暮らしている。nagajisとは勝手な生き物だとつくづく思う。

柳田國男の論文のなかでは「山の人生」が一番好きだ。各地に伝わる「山中で異人に出会った」という伝承についての考察で、翁は本気で生物としての「山人」の存在を信じていたらしく、確かに説を読んでいるとあってもおかしくないことのように思えてしまう説得力がある。自分もできれば山人になりたいと思うが、遅くとも明治の末には死に絶えてしまったらしいから、たぶん無理だろう。何より煙草がネックになるのが目に見えている。

メモ:ニシゴリの枝を焚くと山姥が来る。剛胆なきこりは一夜の慰めにわざとニシゴリを焚いたという。ニシゴリはクロモジの別名。ちなみに先日峰越峠で実践したが、あの辺りには住んでいないようだった。

[独言] 自分にとっての書く事とは何か

アルコールが回らないので問はず語りを続ける。自分にとっての書く事とは何か。上でああ書いた割にはwebで人に向けて情報発信をしている。ORJを作っている。矛盾ではないか。いつもそう思う。

人間にカテゴライズされる以上、その活動に関わらずには生きて行けない。それはちょうど人間と没交渉を保っていた山人が絶えてしまったのと同じ。かろうじての接点としての書く事。書く事が何か・誰かの役に立とうとか、生きた証を残すのだ、とかはあまり思わない。生きて行くための一手段。そうして嘆息しかない身の回りの中で、かろうじて嘆息ではないことの1つ。

大学で学んだ最も大切なことは、文化・文明が積み重ねの上に成り立っているということだと信じる。19世紀から連綿と続く、例えばProc. Roy. Soc.、例えばChem. Soc.の論文と、その引用の数々、仮説とその検証と反証。個々人の知識についても然りだが、情報を得て満足するだけなら何も書きはしないしwebで駄文を垂れ流して満足するだろう。しかしWebではその積み重ねが塞ノ河原を為していて、殆んど効果が期待できない。だからこそORJを作る。webとは違う、永続可能性のある媒体として、積み重ねの一つの石となるべく書いている。

もう一つ、自身の「思考」を明確なものにするため。書いて文字とすることで自身の思考を構築する癖がある>nagajis。あいまいな知識は文章にできないし、揺れていた思考を文字にすることでその上に定着させることができる。思考を整える意味でも書く事は重要だ。そうしてこの一文も、自身の考えを固めるために書く。

本日のツッコミ(全1件) [ツッコミを入れる]
_ あきら@大阪 (2007-06-26 22:37)

まあ「予定」だからキニシナイ


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