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旧道倶樂部録"

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2018-05-13 [長年日記]

[古レール][] Charles Cammell and Co

出典:Graces' guide https://www.gracesguide.co.uk/Johnson,_Cammell_and_Co、https://www.gracesguide.co.uk/Charles_Cammell_and_Co

1837
Charles Cammell、Thomas Manby Johnson、Henry Johnsonの鉄鋼業としてJohnson, Cammell and Co設立。
1845
Sheffield郊外の鉄道駅の近くにCyclops Steel Worksを設立。
1855
Charles Cammell and Coと改名
1861
レールや付帯部品を製造開始。
1863
アーマープレートの製造開始。
1863
ビジネスが順調でSheffield近傍のGrimesthorpeに新工場を建設。
1864
有限会社化(limited Company)
1864
PenistoneのYorkshire Steel and Iron Worksを買収。
1865
上場
1870
Dronfieldにレール車輪や鋼レール(steel rail)を製造する工場が開設される。
1873
Barnsley近郊のOaks Colliery(オークス炭鉱)を買収、種々レール製品の供給を確実にする。
1875
創業者の一人、Thomas Broadleyが76歳で死去。
1878
Sheffield工場はイタリアの戦艦Duilioにアーマープレートを供給。
1878
Charles Cammell死去。
1880
英国海軍にアーマープレートを供給。
1885
この時点で以下の工場・炭鉱を所有。
Cyclops Steel and Iron Works, Sheffield
Grimesthorpe Ordnance, Tyre and Spring works, Sheffield
Yorkshire Steel Works at Penistone
Derwent Steel and Iron Works at Workington
Old and new Oaks Collieries, near Barnsley
Other iron mines near Whitehaven
1903
Laird BrothersのBirkenhead造船所を引き継ぎCammell, Laird and Coとなる。

以降はhttps://www.gracesguide.co.uk/Cammell,_Laird_and_Coへ。以降造船・鉄道車両の製造がメインになってく。

1891年頃のトレードマークは「駱駝」。まんまCAMELなわけだ。

[古レール][] Barrow Hematite Steel Co

https://www.gracesguide.co.uk/Barrow_Hematite_Steel_Co

1859
Schneider, Hannay and Co設立。前年Furness at Hindpool に用地を購入。これが後のBarrow Hematite Steel Coとなる。Furness Railwayはこれによって鉄鉱石輸送量が激減したが、そのかわり銑鉄と石炭の輸送量が増え両者にとって利益となった。
1864
Barrow Hematite Steel Co設立。 (7th) Duke of Devonshire as ChairmaSir James Ramsden as MD and Josiah T. Smith as General Manager.
1865
Premises erected alongside Schneider and Hannay社の隣接に工場建設。10の溶鉱炉があり、5,000-5,500トン/週の出力。世界一と評された。
1866
5トンベッセマー転炉18を稼働。
1860年代
Furness Railwayを挟んでSteel worksとIron worksが(2つずつ?)所在。
1872
14の高炉の先端が排ガス利用のためにenclosedされる。(それだけの高炉があったということ)
Park炭鉱(1872年375,000トン産出)、Stank炭鉱など地方炭鉱のいくつかを管理下に。
1879
工場のキャパシティーを11の大きな転炉に、後日さらに8大転炉に集約。鋼は2トンインゴット。転炉は高炉・転炉の傍に設けられた250トン混銑炉(metal mixer)より「給餌」された。
出力の大部分は鋼レールの製造にあてられた。元は42 1/2インチのビームエンジンによって駆動される three-high-typeのミル。直径×6フィートのストロークで55ポンドの圧力、28ストローク/分。(このへん機械翻訳そのまま。蒸気エンジンの能力を示す記述で当時ならでは書き方があったはずだが理解できていない)
1880
この年までに11のsteam hammersがあったが 分塊圧延機(cogging mills)に置き換えられた.
ベッセマー転炉も段階的にシーメンス平炉(Siemens furnaces)に置き換えられたがレール製造は続けられた。
1880頃
二つの12トンシーメンス平炉(Siemens 12-ton open hearth furnaces)を備える。
1900
レールミルは二つの40x60 horizontal reversing enginesで駆動される36インチ分塊圧延機、 2つの48x54 inch direct-acting horizontal reversing enginesで駆動される28インチ粗圧延機(roughing mill), 同様の50x54 engines駆動の28インチ仕上圧延機(finishing mill)で構成。
1903
4つの18トン転炉が24時間に70個のキャストを製造。7000トン/週の製造能力
1914
蒸気機関車3台を製造
1920
W. F. A. Wadham が Directorに就任
1930s
この頃から70トン炉が使用される
WW2
第二次大戦の初期に steelworksは閉じられ予備役となる(mothballed)が、ironworksはBarrow Hematite Steel Co Ltdの名で稼働を続けた。
1942
steelworks が供給省に買収され生産を再開。
1948
Barrow Ironworks Ltdに買収されるが、Barrow Hematite Steel CoはStainton Limestone Quarries(ステイントン石灰石採石場)と the Pennington Ore Mill.(ペニントン・オード・ミル)を運営していた元子会社の持株会社として存続。

その後Barrow Ironworks Ltdは他社に買収され、1960年代まで製造(屑鉄熔解)をしていたが1963年3月31日に閉鎖。Barrow Hematite Steel CoはGeneral and Engineering Industriesの子会社として1964年まで存続(同社管財人となる?)。Barrow Steelworks は後にBritish Steelの一部となり、その敷地は工業団地になっている。らしい。

こーして見るとDarlingtonだけが製鋼開始が遅かったことがわかる 。他社は1870年よりも前から鋼を製造していた。たしかダイアックだったか誰かが「鋼は有望だけれども始まったばかりで品質が安定していない」とかなんとか言って錬鉄レールを採用したんじゃなかったっけか。それが桂川~京都間でCAMMMELLの鋼レールを採用し、また錬鉄平底が思いの外早く摩耗したんで慌てて明治13年頃から鋼平底レールへの置き換えを始めた(このへんの典拠は「帝国鐡道大観」(昭和2:図書館送信)のp.552)。

https://www.gracesguide.co.uk/Dowlais_Ironworks


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