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2018-05-12 [長年日記]

[古レール][] Darlington Iron Co 略歴

出典:特記なき限り https://gracesguide.co.uk/Darlington_Iron_Co

Darlington Iron Works。William BarninghamがAlbert Hillに興す。Darlington最初の可鍛鉄(鍛鉄)を製造。

1858
もともとマンチェスター郊外にPendleton Iron Worksを有していたW. Barminghamが、ダーリントンAlbert Hillに新工場を建設。ロンドン-ダーリントン間の鉄道や北港・東北港に近いので外国からの注文に応えるのに便利な場所としてこの地を選んだ。またSouth Durham Iron Coの高炉(blast furnaces)から輸送料無料で銑鉄(pig-iron)を入手できることも利点。
工場の機器はPendleton工場で製造。製錬プラント(pudding plant)や圧延プラント(rolling plant)の屋根はマンチェスターから輸入。←Manchester Art Treasures Exhibition of 1852の会場の建物。付近を通る列車からの眺めが印象的だった。
1859
Albert hillの工場が完成する前にSpringfield farmも購入。
1859
5月に工場稼働。東インド鉄道(Eastern Bengal Railway)から受注したレールを製造。
1862年時点で45の溶銑反射炉(puddling furnaces)(当時Darlingtonには646の溶銑反射炉が所在していた)、6つのスチームハンマー、2つのレール圧延機(rail mills)を備え、500~600トン/週を製造。これは1864年までに800トン/週まで増加した。
Springfield Ironworksはメインラインの西・Skerneの北方にあって'Five Arch Bridge'を経由して鉄道でつながっていた。この工場は後にOld farmと呼ばれる。メイン工場(Albert Hill Ironworks)でレールに圧延する棒鉄(bar iron)を製造。
1860
Albert Hill工場はロンドン初の市街電車のレールを受注。WestminsterのVictoria-streetに敷設された。マンチェスターでも実験的な短い市電が建設されPendelton工場がレールを供給している(https://www.gracesguide.co.uk/William_Barningham)。
1864
Darlington Iron Company設立。800トン/週の錬鉄製品を製造(推計によれば73の炉と300のpuddlers,全体で1000人の従業員)。
1869
この頃レールチェア、切替器、クロッシングも製造。
1872
二つのサイトで1,600の従業員。1875年には約2000人まで増加。
1872
隔週の支払い(fortnightly wages bill)は5,000ポンドに達し、毎年80,000トンの鉄製品を製造。短期間に大儲けする。
1872
Pendleton工場でベッセマー鋼の製造を開始Darlington Iron Company Ltdを設立。BarminghamはOld farmから275,000ポンドの分け前を支払われる。新会社は1株20ポンドで350,000ポンドの調達を目論み、またTees valleyの大きな製鉄家を取締役に迎えた。198の溶銑反射炉を備え1873の終わりまで13ヶ月の間に80,000ポンドの収益を上げ、31.5%の配当を支払い、かなりの金額を積み立てた。が、直後の貿易不振がたたって二度と配当を支払うことはなかった。
1875
この頃メイン工場に105のパドル、40の溶銑炉、Springfield工場に92の炉を備えていた。自社所有の蒸気機関車でAlbert Hill工場に錬鉄バー(注:レールの原材となる棒状の錬鉄)を運び、実質的に唯一の商品たるレールを製造。当時イギリスで最大規模のレール製造会社と考えられる。(注:Barninghamは、とあるのでPendletonも含むかも知れぬ)インドのほとんどすべての鉄道のレール、Pacific Railroadを含む多くのアメリカの鉄道、ロシアにもレールを供給した。
1878
全従業員を解雇。
1879
1879年の終わり頃までに20,000ポンドの損失。ベッセマー炉の建設を開始。
1880
(which had collapsedな iron railsのtradeをやめ)ベッセマー鋼を使ったレールの製造を開始。当初は上々な商いだったがHematite鉱の購入のために多額の費用を費やす(注:当時のベッセマー炉は燐・硫黄分の含有量が少ないHematite鋼を使わなければならなかった)。社債を募るも金は集まらず、また工場購入費用に35,000ポンドの債務を負う(注:と訳すべきはず・・・)。
1881
会社再建、Darlington Steel and Iron Company Ltd.設立(この年William Barningham死去)。1878年にBarninghamが発注したベッセマー転炉は1884年にしか稼働されず(were delivered only in 1884、直訳すると「この年にだけ配達された」になるがあまりにあんまりだ)、Springfield工場を冗長なものにした。
1885
Albert Hill工場に新動力を導入するなどして再建が進められた一方、この年Springfield工場が放棄される。
1888
鉄道や炭鉱などのさまざまな製品を作っていたPendleton工場が閉鎖される。
1894
ヒュー・ベル卿(Sir Hugh Bell)に工場が売却され、翌年ミドルスブラに移された。敷地はDarlington Forge Coが継承(清算のため。事業は引き継がず)。
1902
Albert Hill工場(跡)がDarlington Forge Coのプレスショップに取って代わられる。
1919
Thomas Summerson and SonsがBarringhamの工場敷地(おそらくSpringfield工場の敷地も)に拡張。

ええい要するにだ、1972にベッセマー鋼を作り始めたのはBarlinghamが所有していたマンチェスターにあったPendleton Iron Worksのほうで、Darlington Iron Co(Albert Hill工場+Springfield製錬所)にベッセマー転炉が導入されたのは1878年、鋼レールの製造は1880年から数年間だけだったっちゅうこと! やっぱ機械翻訳はあてにならんわー、適当ゆうたらあかんわー。


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