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nagajis不定記。
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2014-07-02 [長年日記]

[煉瓦] 愛知・三重

大日本商工録 http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/956898/406

http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/956898/406

帝国商工信用録

http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/924260/418

大日本商工録. 昭和7年版

http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1136915/598

[煉瓦刻印] 琵琶湖疏水工事事務所「蹴23」

画像の説明

げっちゅ。遊歩道の脇の崖に数センチ露出していたのを発掘した。我ながらゴッドハンドだと思う。

琵琶湖疏水工事事務所「蹴23」煉瓦刻印疏水事務所の瓦工場の刻印は2種類あることが知られている。ひとつはねじりまんぽの笠石に露出している□いタイプ。蹴上の「蹴」に英数字を添えたものだ。もう一つは「煉瓦刻印集成」に紹介されている◯+第壱or第壱 。これらはたぶん第一工場・第二工場の区別を示したもので、「日本煉瓦史の研究」にある件の壁から採取されたものと思う(写真の場所は特定できたけれども壁は跡形もなくなっていた。マンションが建ったためか、あるいは御陵駅の建設かで取り壊されたようだ)。

今回発掘したやつはそれらと若干異なっている。形式は□と同じだ枠が小判形で、大きさもdekai。小写真のねじりまんぽの刻印と比べてもらえれば違いが分かると思う(いま気づいたがこれも23だ!)

刻印が妙に凸凹なので拓が取りにくいが・・・それは技を駆使すれば済むだけの話だ。

[煉瓦刻印] 琵琶湖疏水工事事務所「ソ四四」

難関の一個を採取した上、さらにこんなのまで発見してしまった。

琵琶湖疏水工事事務所「ソ四四」煉瓦刻印

琵琶湖疏水工事事務所「ソ四四」煉瓦刻印

安朱川橋のいっちばん見難いところにひっそり使われていた刻印。「ソ四四」とある。この並びに「ソ一六」もある。ついでにいうとあまりおおっぴらにはできない場所に使われている煉瓦にも「ソ一二」の刻印がある。いずれも第一疏水時代に築かれた構造物である。「ソ」は疏水事務所のことでFAだろう。

謎なのは、同じ並びに「カ二」っていうのもあったことだ。。。蟹って何だ(汗 と思ったがカナと漢数字の組み合わせらしい。書体が「ソ+漢数字」系とちょっと違い、他社の刻印である可能性がなきにしもあらずだ。

画像の説明しかもそのあと別の場所で「ソ二九」の断片を採取した。この写真じゃとてもわかりづらいが長手に押されている。写真左右の幅が小口の厚さで、実測で約80mm(2尺5、6分)だ。おおっぴらには言えない「ソ一二」の煉瓦と同じサイズおよび押印形態だし、写真右面に手整形煉瓦の裏面の筋がついているので、これが長手だと断言できる。

この断片は[禁則事項です]を作る時に現場で打ち欠かれたものらしい。採取場所には似たような屑煉瓦が散乱していた。いくら煉瓦積みだといっても、必ずしも煉瓦の整数倍になるとは限らないから、現場ではつって微調整していた模様。新和歌第一隧道のポータルの上なんかもそんな感じの欠けた煉瓦が使われていた。

[KINIAS] 見学会

何も煉瓦拾いに行ったわけじゃない。KINIAS見学会で浄水場見学があったのだ。お約束のとおり写真公開不可だったし、あんま歓迎されてなかったみたいなので、詳しくは書かない。じっくり見たい方はやはり5月の一般公開の時に参加したほうが精神衛生上宜しいようだ。

敷地内で江州煉瓦の機械整形煉瓦がよく見られたのは興味深かった。さすがは日ノ岡、煉瓦も滋賀から流入してる。あと高部配水池と[禁則事項です]の壁の煉瓦はすごくきれいな機械整形煉瓦。時期的にみて大阪窯業の上等品だろうと思う。

本日のツッコミ(全4件) [ツッコミを入れる]
_ tyaffic (2014-07-02 23:48)

影響されて、最近自分も煉瓦拾いを始めましたが、たかが一個、されど一個の煉瓦の重量って結構なものですよね…。<br>作業として“持つ”のと“運ぶ”のとでは大違いだと実感しました。

_ nagajis (2014-07-03 18:11)

煉瓦を出荷する時は4個一組を荒縄で縛って運んだんだそうです。<br>それを両手に1つずつ。<br>実際に作業に従事されていた方からそう伺いました。<br><br>煉瓦一個が約2.5kgなので、一提約10kg。運ぶ距離は短いとはいえ結構な重労働だったろうと思います。

_ tyaffic (2014-07-03 23:58)

昔の人はタフですよね…。てか自分の腕がヘタレなだけですが(苦笑)<br><br>で、とても馬鹿な事をお尋ねしますが、煉瓦には必ず刻印があるものなんですかね?<br><br>自分が拾って来たのは明治の中央線旧線隧道の煉瓦なのですが、一通りクルクル回して見たけれど刻印らしきものがないんですわ…(土やら砂まみれで、水で洗えば分かるかも知れないけれど、下手にジャブジャブ洗うと煤煙どころか目地までも流してしまいそうで洗えない)

_ nagajis (2014-07-04 17:56)

私もヘタレですよ・・・ザックで4個半背負って帰ったのが最高記録です。<br><br>煉瓦の刻印は必ずあるとは限りません。一般的に、煉瓦に刻印を押していたのは大正から昭和の初め頃までと言われてますし、会社によっては同一ロットでも押したり押さなかったりしてたらしい節があります。自分が町中で煉瓦を探す時などは十個に1個見つかるかどうかという感じです(この中には戦後の煉瓦も含まれてると思う)。<br><br>しかし、仰る煉瓦は確実に明治製なので、刻印がある可能性はずいぶん高いだろうと思います。出土状態の保存を優先するか、刻印を優先するかでしょうね。<br>私は刻印を探すことが目的なので泥も目地もすっかり洗い落としてます。サンポールかけてがしがし磨きますよ。


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