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旧道倶樂部録"

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2018-08-22 [長年日記]

[煉瓦][] 大高庄右衛門「煉瓦の形状に就て」大日本窯業協会雑誌 No.159 明治38年(1905)

名称長手(mm)小口(mm)厚(mm)
並形7寸4分
(224.2mm)
3寸5分
(106.1mm)
1寸7分5厘
(53.0mm)
東京形7寸5分
(227.3mm)
3寸6分
(109.1mm)
2寸
(60.6mm)
作業局形7寸5分
(227.3mm)
3寸6分
(109.1mm)
1寸8分5厘
(56.1mm)
山陽新形7寸2分
(218.2mm)
3寸4分5厘
(104.5mm)
1寸7分
(51.5mm)
山陽形7寸5分
(227.3mm)
3寸5分5厘
(107.6mm)
2寸3分
(69.7mm)

必要なときに見つからず、その都度書いているものだから失敗するのだ。これが原本と思って以降これを参照すること>nagajis

山陽型=肉厚なのは目地を合わせて3インチ(76.2mm)にするっていう意図があったと読んだことがある気がする。そういうもんだとだけしか思っていなかったけれども、それが山陽鉄道の独創によるのか、何かの規格を参考にしたのかまでは知らない。そうして山陽鉄道の最初の線は明治21年にできている。肉厚煉瓦は2寸5分=75.75mm。3インチに近いっちゃあ近い。

http://library.jsce.or.jp/Image_DB/mag/kogakkaishi/19/003-219-001.pdf

[独言] 京都大学構内遺跡調査研究年報 2010

https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/226486/1/2010_107.pdf

に出土した煉瓦の説明があり、

Ⅲ77は長さ22.4cm,幅11cm,厚さ6.5cmで,桜花章をかたどったと思われる粗い刻印を捺す。この刻印は明治23年の旧関西鉄道株式会社(JR草津線)の諸施設で使用していた〔水野1993〕とされている(2)。

とあってびっくりした。うえに注釈(2)に次のようにある。

  典型的な桜花章刻印煉瓦は集治監内で製造された「囚人煉瓦」〔水野1993・1999〕とされており,この煉瓦も監獄内での検印の可能性がある。比較的,近畿地方京阪間の鉄道などでよく見かける煉瓦である。

えー、草津線で桜刻印ー、聞いてないよー、と焦ったのだけれども、図版ページ https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/226479/1/2010_b.pdf を見て安心した。堺煉瓦の刻印のことらしい。

それなりにわかっているつもりになっているnagajisは危険である。草津線だって全部が全部見てるわけじゃないもの。ちなみに最初の一文をブラウザ上でコピーしてペするとなぜかcmが尺になってしまう。不思議で危険な現象だ。

この報文のおかげで、煉瓦屑を粉末にして耐火煉瓦に使ったやつをシャモット煉瓦と呼ぶのだと知った。厳密に言えば粘土質の耐火物を焼いて作った耐火煉瓦をシャモット質煉瓦とはいう。粘土を焼いて作った煉瓦をまた粘土に戻して耐火粘土と混ぜて焼いたわけである。そういえば深山砲台の麓で要塞の煉瓦をぶっ崩して売っていたことがあると聞いた。その行き先が耐火煉瓦工場だったのだろう。ふむふむ。だとしたら煉瓦工場の焼損煉瓦もそういう再利用法があったに違いない。でないと溜まる一方だろう。

[独言][煉瓦] 堺煉化石と堺煉瓦と堺附洲煉瓦にまつわる妄想

堺煉化石と堺煉瓦(株)。名前が似ている。しかし堺煉化石→堺煉瓦(株)になったという直接的な証拠はない。統計書やらを見る限り堺煉化石はM21を限りに出現しなくなる。

堺煉化石の所在地は南附洲新田。同じ字にはのちに大阪窯業が入ってくる。

堺附洲煉瓦は中附洲新田(=大浜通3、元大谷工場の位置)。堺煉化石と堺附洲煉瓦は同時に存在していたらしい記録がある(M22年7月の新聞記事;ここでは附洲商会という名前)。職工100人抱える大きな会社。

共立煉瓦は戎島附洲新田。吾妻橋通2丁目で、ここが後に堺煉瓦(株)になる。M22年7月の記事には共立煉瓦の名がないがM22.7or8設立らしいんでそんなものかも知れぬ。

一度休業状態になった堺煉化石が共立煉瓦を買い取ってここに再生したとしたら。三本線社章に共立煉瓦の役員を加えて五本線になった、とかいう。買収の記事に「すでに事業をなしおり」云々。空いた南附洲新田は「適所を得て」大阪窯業が入ってくると。


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