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旧道倶樂部録"

nagajis不定記。
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2018-09-16 [長年日記]

[D] 9/15

鄙びた街に来ている。探索ではなく純粋な旅?とでもいうべきの、街歩きを楽しむために来ているようである。現実の土地とはリンクしていないが、いま思い返してみたときのイメージは木之本とか長浜とかいった北国街道沿いの宿場町が近い。南北に商店街の本通り=旧街道筋が通っていて、それが時代に取り残され、シャッター街になりかけている、というような街である(木之本や長浜がそうだというわけではない)。

画像の説明商店街の本通りからひとつ裏の筋へ入っていこうと、商店街と直交する脇道に入っていくと、商店街に面した商店らの裏側は空き地が目立つ寂しい空間で、その空き地に煉瓦が無造作に積み上げられているのを見つけた。震災後の神戸の空き地のごとく、慌てて取り壊して基礎やら壁やらがまだ幾許も残っている所にぺんぺん草が生えているような哀れの情を催すような空き地。解体屑として生じた煉瓦をとりあえず邪魔にならないよう隅に寄せて積み上げてある。それを見て、急にこの土地には煉瓦工場があったはずだと思うようになる。

積み上げられた煉瓦を確認してみれば、確かに初見の煉瓦刻印が。長手に大きく「雨宮製造」という判が押されてある。左書き二段の文字が凹みの底に刻まれている。判が大きいのに無造作に押してあるため、長手からはみ出てしまっていたりする。 画像の説明

画像の説明
画像の説明他のはどうだろうと思い、隣の山を見てみると、積み上げられた煉瓦の中ほどに似たような判を見つけた。しかしその判の右下の文字は「井」であって、さっきのとはちょっと違う。とっさに「雨井製造」が縦書き二段で刻まれてあるのだろうと想像された。雨宮工場→雨井工場と変わったのだ。刻印全形を確かめたかったのだけれども、刻印のある煉瓦の上に煉瓦が覆い被さっていて、上の二文字を確認することができない。上の煉瓦をどかせば済む話だが民家の裏なのでゴソゴソするのが憚られる。

画像の説明

ここはひとつ、家の人に断りを入れて調べさせてもらおう。そう思って民家の表に回ってみる。 街道筋の一つ隣の筋に面して店棚が設けられていて、和菓子か何かを商っている店のようであった。雰囲気的に観光客向けの商売をしている店ではないように見え、少しためらわれたけれども、せっかくなので何か一つ買っていこう、そのついでに裏の煉瓦の件を切り出そうと意を決した。

一昔も二昔も前の駄菓子屋をちょっとだけ上品にしたような古ぼけた店内である。売っているものはごく少なく、レジ近くに置かれてある陳列ケースがほとんど唯一。今時珍しい木枠+ガラスの平台である。

そこに並んでいる菓子のひとつに、なんと煉瓦刻印を打刻したお菓子があった。クラッシュケーキ?とでもいうのだろうか、かなりでこぼこした柔らかそげな姿形をしていて、濃緑色基調の色合いから抹茶味だろうと想像された(粉砂糖がかかっていたように記憶するがフォトショで再現する能力がなかったため省略する)。うん、これにしよう。

いくつかあるそのお菓子のなかからできるだけ刻印が明瞭なのを探す。お菓子ゆえにベタベタ触ることができないので上から覗き込んで半ば当て推量である。これにしようかな、これにしようかな……うん、これ、これください。

店のおばあちゃんは最前から目の前にいて私の選択をじっと見つめている。私がコレと決めて伝えると、しかし「おやまあそれでいいのかい?」と尋ね返されてしまう。うーん、じゃあこっちにしようかな、と選べば「だめだめ、そおれは売れないねぇ」などと宣ったりする。優柔不断な私はいつまでも迷い続ける。さっきの煉瓦のことなどすっかり忘れて。否、忘れたわけではないのかも知れぬ。このお菓子で拓本取れるからいいか、などと考え始めている。


ついに夢の中でまで煉瓦を探し始めたnagajis。あな哀れである。長手に大型印を押したものは実際には見たことがないし「雨宮」「雨井」という工場も知らない。だのになぜこんな刻印が出てくるのか。しかも大型印だからはみ出すだろうことを見た瞬間に悟っている(この場合「見た」というべきかどうかわからないが)。そのうえ横書き→縦書きの変遷を直観している。自分の業の深さに恐れ慄かずにはいられない。

[][煉瓦工場] 青山商店分工場〔大阪朝日M22.3.3.6面〕

結局決められないまま目が覚めたのが10時半。中途半端な時間に目覚めてしまって当惑し、どうするか思案した末、結局また図書館へ行って古新聞を読むことにした。今日は日曜日だから中之島は開いていない。府立中央くんだりまで行かねばならない。

前回の青山商会広告には続きがあった。

画像の説明

煉化石職工雇入広告

今般大阪鉄道会社より大和国線路使用の煉化石製造を請負同国広瀬郡大輪田村に於て一大製造の分工場を設置候に付熟練の職工数名雇入候間望の者は左の所へ至急申込あるべし
和泉国堺区少林寺町西四町
堺煉化石製造所 青山商会
大和国広瀬郡大輪田村
青山商会分工場
(強調筆者)

昨日の予想が正解だったわけで、これは絶対現地を歩かねばならんとぞ思う。大輪田村っていったらあそこだ、王寺駅を過ぎたところで見える沈下橋のたもとだ。

ここに分工場があったとすると、「山」どころかアルファベット系のあの刻印もここに寄せられる可能性が高い。分布が和泉国境付近に集中しているうえに短期間しか存続しなかったらしいわけだからまさしく大阪鉄道の工事用の臨時工場のと見得るのだ。しかし「R」が桜ノ宮で見つかっていたり「M」が大阪城で見つかっていたりするのだから油断はできぬ。そこまで存続していたとは思われないし、青山商会自身M22を最後に現れなくなるのだ。(この記事の数日前に芝山だったか亀の背だったかの工事着手が報じられている。完成は確かM23。大和国内も広告の頃には未着工という記事ありてコピってある)。

[独言] 誤植訂正

この時期の古新聞を見ていると前の日に掲載した記事の訂正記事にかなりの頻度で出くわす。誤字脱字は当然のこととして、すでに組合が存在するのに「今後組合を結成する予定」と書いてみたり、情報源が事実無根であったので該記事を抹殺するとか(本当に抹殺すると書いてあったのだ)、とにかくまあユルユルなもんである。新聞ですらそうなのだからORJだってゲフンゲフン、とか謂れ無き開き直りをしてみたりしている。

画像の説明極めつけだったのがこの謝罪記事。明治22年3月9日掲載。

画像の説明●お詫 昨日はツイ粗慥で鬼薊の書と振わけ髪の絵と組違いましたが実にそそッかしいにも程があッたものだとお叱りなく何卒大目にお見ゆるしを願ます

「鬼薊」と「振わけ髪」はどちらもこの頃連載されていた小説。2つの小説の挿絵を入れ子に掲載してしまったらしい。上の紙面に載っているのが「振わけ髪」のほうである。

そんなデカい間違いをするもんだろうか?と思い、該当日の記事をめくり直してみたのだが、

画像の説明

うん、全然違和感ない(笑)。本文はじめの方に「近頃村中に見慣れぬ男の多く徘徊し、人の門戸に佇みて何事か間探る様子に」とかあったりするし、門前のこの絵が組まれていても間違いとは思わない気がする。お詫びを載せなかったら誰も気づかなかったんじゃなかろうか。藪蛇なお詫びである。

大阪毎日はM21までは1日4Pが基本で、連載小説も1編だけだった。それがいつのまにか小説2編に勅令告示の類とか偉人伝記事とかまで載り1日6P構成になる。たぶん正月号辺りからだと思う。ページが増えるので目を通すのが大変だけれども、必要なのは結局2面以降の雑報と最終面あたりの広告くらいなので、慣れればぺしぺし飛ばすことができる。あとネットのレスポンスはやはり府立中央のほうが早い。


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