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旧道倶樂部録"

nagajis不定記。
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2008-01-28 うまくまとまらんちん この日を編集

先に北摂線描のpdf化にかかる。原稿を書く段階ではレイアウトのことなど(ほとんど)考えていず、せいぜい「この文書と写真を組み合わせて・・・」程度のことしか頭にないため、実際に流し込んでみてはじめて文書に合った写真が同じページに収まるかどうかわかる。本来の雑誌製作からすればものすごく適当なやり方だし流し込んでから文書を修正することも再三に及ぶ。しかしこのほうが好き放題に書けるので自分には合っているように思える。最近はそんなやり方に慣れてきたせいかテキストエディタでテキトウに書いた分量が意図した通りのページに収まってくれることが多い。こういうつまらない能力だけは磨かれてきている。

一庫ルポはちょっと苦戦している。前回と同じようなルポにするのは芸がないし、ちょっと勿体無く思えてきた。産業遺産的にも面白い物件なのではないかと思い始めているのだ。しかし発電所遺構という畑違いの分野なだけになかなかうまくまとめられない。構成は「前回のあらすじ→発電所歴史概観→地形図・航空写真・前回の探索結果の写真で発電所施設を俯瞰→残された区間を押さえるルポ」という流れになると考えているが、ずいぶんな時間をかけてようやく発電所歴史概観まで行けた。しかもこれが、たった2・3ページ分だ。理解が出来ていない→噛み砕いて説明できない→無理をするので流れが悪くなる→さらに理解不能、という悪循環の入口をウロウロしている。

 産業遺構的な面白さがあると感じている部分も根拠薄弱といえばそうなのだ。ただ単に「水路隧道なのに素堀だ」「しかも数百mクラスの隧道が残っている」「うえにコンクリートの水路橋が遺されている」という3点あって、それしかないとも言える。そもそも他の発電所に比べれば圧倒的に小規模だ。客観的に見ればそれほど珍しいものではないはずなのだ(面白いと思うのはnagajisくらいか)。

…というわけで例によってここで愚痴る次第。

[独言][ORJ] 夕方追記

昼から作業再開。フェーズB・最終段階に突入。誤差±1mmを無視して無理矢理突っ込んだが、はて、どうなることか。今回は慌てずじっくり固まるのを待つことにする。

これでうまくいかなかったら・・・考えるだに恐ろしいことである。

[ORJ] 払い込み用紙が底を尽きた&封筒が残り少ない

CD発送用の払い込み用紙が底を尽きた。あれだけあったのになくなったのだな。すごいな。こいつはわずかな出費で増刷できるのでそれほど問題にはならない。

が、封筒が残り少なくなりつつある。また購入せねばならないが数百枚単位になるのが引っ掛かっている。捌けるのだろうか>CD。次のCDの製作を急いだほうがいいのか。

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]

_ しとろん [>(面白いと思うのはnagajisくらいか) 私も面白いと思うよ。 ORJの読者には土木・産業遺産等が好きな人は少ないのかな?]

_ nagajis [そう言って下さると涙が出るほどうれしいのですが。 たぶん私の力不足なんだと思います... nagajisの面白がってる姿を見て面白がってもらうというのを、 まずは目指そうかと思っております]


2009-01-28 ジャケット この日を編集

[バックナンバーCD] #2

ジャケット・・・できたぜ!

(CD#1とほとんど川ンないけど那)

(そうしてまたやってるけどな)

(今回は空き容量がないのでおまけでつきません)

[バックナンバーCD] #2

真面目な進捗報告。0608-0708のpdfの整理を一通り終えたところに0710も加えることになって(というよりもnagajisが放り込んで)、これもひとまず終了した。最終チェックを一度しとかないといけない。多分大丈夫と思うが。表紙のリンクは2度見直したしな。

HTML類も必要なものをすべて書き上げた。リンクも(原理的には)チェック。待ち受けがぞーは、どうしようか・・・。このまま行ってもあとで何とかフォローできるしな的なもの。

ジャケット類のデータもup。あ、レーベル忘れてた。エセに載せたもので行けるだろうが、一度確認しておかねば。最新版のテンプレ使っていないしな。

これが終われば新規に作らなければならないものはない。チェックが済んだらCDに焼いてプレスへ回すのみ。


2010-01-28 この日を編集

[独言][原稿][ORJ] 原稿up

こっちも進めないとなぅ。今回は長いものを書いている暇がないので短いのを2つ作成。手抜きっぽく見えるンだろうなあと思われるが致し方あるまい。

今回は数で何とかする算段。久しぶりに全部入りとかやってみたい気もする。間違いなくしぬるし誰も喜ばないだろうが。おれはこれが仕事だから。

[独言][原稿][ORJ] u-nn

いいアイデアだと思ったが32枚進んだ所で1GBも食うことが判明。間が持たないのも考えものだ・・・。どうしよう。

[独言] そういや・・・

相場 変動して云々ちうご神託であった。ORJの価値も浮き沈みするんだろうな>今年のORJ

さあて、頑張るか・・・nagajisを貶めればそっちに流れてくれるかも知れんしな。

[独言] 北海道へ行きたい

もし、今年の夏まで生きていて、自転車に乗れるほどだったら、北海道に行きたい。11年前に見たきりのあの道々を見てみたい。1カ月くらい製作休んで。そのためにORJを前倒しで作っておく必要がある。大変だろう&1カ月入金操作ができない。

新しいネタ探しというわけではなく、純粋に自分が走った道がいまどうなってるか見てみたい。最も行きたいのは金山峠。写真さえも残っていない、1996年に見たあの道から、どう変わってるんだろうか。LOGOSのストラップはまだあるだろうか。あと、三弦橋とJKT見たい!

あ、「生きていて」ってゆうのはただのシヌシヌ詐欺です。肉マレッコ世に幅かるってやつで。しかも行く資金が溜まる保証はない。

本日のツッコミ(全1件) [ツッコミを入れる]

_ こけ [11年前とは新日本海フェリーの到着時間が変わってしまって、 小樽に夜の8時くらいにつくんですよね、今。 昔は朝の4時くらいに小樽に着いて、夜明けとともに旅が始まったのに・・・。 いいな、北海道。]


2011-01-28 この日を編集

[][][] 祝文の栞

http://kindai.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/865669/31

数日前のAなんちゃらも参照のこと>nagajis。すぐには使わないが忘れそうだ。

難しそ〜な熟語を使うと偉く見えるという誤魔化しですよきっと>isoさん。

[] 木製アーチ13年で腐る

http://www.oita-press.co.jp/localNews/2011_129619314958.html

質がよくてもやはり産地外だと駄目なのか。もともと橋はお金がかかるもの、木橋は20年持てばいいのが習わし?だった。

本日のツッコミ(全1件) [ツッコミを入れる]

_ iso [「終始 しじゅうということ」なんだこりゃ…。「至仁」いみがわからない…。]


2012-01-28 この日を編集

[独言] インデクスされてねぇ

2007年11月のデータと格闘していた頃からインデクスされてなかった.いけねえデータのディレクトリ変えたんだった.明日には超迷子れると思う.ちゃんと検索できないと自分が不便だからな.というか自分しか使わねえかんな.

[ph.] みやこどおり

画像の説明

Picasaは時々おもしろいトリミングをする.しかしISO400は失敗.

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]

_ こけ [一番手前の鳥、二重あごになってるwつまみたい!]

_ nagajis [妻みたい?? たぶん望遠の圧縮効果ですよ~]


2014-01-28 この日を編集

[煉瓦工場][煉瓦刻印] ★刻印の出処を突き止めた(か?)

★煉瓦刻印

大阪府下、特に淀川以南で比較的頻繁に発見されるこの刻印。何処の煉瓦工場のものかわからなかったのだが、本日の探索行で有力な物的証拠に出会った。昭和3年に 泉北郡八田荘村大字堀上町156に興った 堺煉瓦製造所 (!=堺煉瓦株式会社)である可能性が高い。

画像の説明

現在は堺市中区になっている堀上町の156番地付近でこのような壁を見つけた。丹治煉瓦工場の壁によく似た見事な透かし積み+三種類の異形煉瓦を使った芸術的な煉瓦ワークに仰天した。三種類というのは、いわゆるへっつい角に使う丸角のものと、半円形のものと、普通煉瓦の長手が1.5倍になったもの。最後の一つは丸窓の桟に使われている。 そうしてここに使われている煉瓦がすべて

★煉瓦刻印

★刻印なのだった。

画像の説明 堀上町にはもう一つ煉瓦胸壁の小屋があって、ここにも★が使われている(裏には焼損煉瓦を使った壁も)。地蔵尊の祠の脇に積まれていた古レンガも★だった。これだけ集中的に使われている地域は初めてで、なおかつ工場の番地にそれがあるというのだから、かなり確率が高いだろうと思う。

★が堺煉瓦製造所だとするといろいろ説明がつく。大阪府の中部〜南部にかけてこの刻印煉瓦が分布していること、比較的分布数が多いこと(=後年まで製造してたから)、五本線と五稜星の近似していることとか。ただしこの会社は昭和3年創業なので、和泉市の舊府神社壁に堺煉瓦・日本煉瓦と共使いされていることが説明できない。明治29〜昭和21の日本煉瓦はともかく、大正9年頃廃業した堺煉瓦と一緒に使われるわけがない。

次点として八田寺村にあった塔本煉瓦商会の可能性が考えられる。もとは素地専業でM36年頃 鳳村大字大鳥に 創業、後に八田荘村に移って製造もしていた(大正5年)。大正10年には東洋煉瓦が買収している。塔本煉瓦商会所在地は八田荘村大字八田寺で、堀上町の西隣。T10時点で月産50万個(過去記事山椒)。

堺煉瓦製造所の規模はbctableで書き忘れている。S3−14まで存在し、その後似たような番地(165)に日本マグネシア煉瓦会社ができている。いま堺市堀上町には165番地が存在しない。堺温心会病院の斜向かいが164番地。

壁・倉庫はどちらも個人宅。前者は留守、後者は在宅だったが無関係とのこと。話を聞こうとすればするほどうっとうしがられて体よくあしらわれた。

堀上町のほか、深井駅東側の深井東町でも★が優勢。八田寺町は歩けていない。

[煉瓦刻印] S刻印@堺市堀上町

S煉瓦刻印

それに、堀上町でこんな煉瓦を見かけた。「S」とだけある。S=堺と見れなくもなく、そうなら★=塔本説を後押しするだろう。ただし採取できたのはこの1つだけであった。堀上町では他に焼損煉瓦っぽい紫がかった 機械整形煉瓦を複数個発見したが、この一団にも★は混じっていたのだった。

[煉瓦刻印] FYK耐火煉瓦@深井沢町住宅

FYK耐火煉瓦刻印

たまたま通りがかった深井沢町住宅は煉瓦の特異点になってた。理由ははっきりしないのだが、なぜか古煉瓦が多数花壇に使われていた。耐火煉瓦が多く、写真のFYKのほかにもATR、TAR、KATO、FUJIなど散見された。それに加えていびつな機械整形の赤煉瓦(JISサイズ)が多数。そんな中に

[煉瓦刻印] 大正煉瓦 on 機械整形@深井沢町住宅

大正煉瓦刻印

大正煉瓦の「大」刻印on機械整形が1個と、

[煉瓦刻印] 岸和田煉瓦「|×|」on 機械整形@深井沢町住宅

岸和田煉瓦「|×|」煉瓦刻印

キシレンが1個混じっていたのも謎……。

[煉瓦刻印] YMT刻印@深井駅花壇

YMT耐火煉瓦刻印

深井駅東側の花壇で。隣に大阪窯業のOYK。


2019-01-28 この日を編集

[独言] この時代に

統計の不備問題で揺れる平成31年の冬に、百年前の出っ鱈目な統計データを平然と取り扱って苦心惨憺しているのは、きっと何かの巡り合わせに違いない(否)。

[独言][煉瓦工場] スカッと戦う

恐る恐る東京に侵攻してみたが初手が南葛飾区だったせいもあってか気持ちいいという心持ちのほうが強い。明治初期のデータをかなり精度よく拾えていたお陰で繋がる繋がる。Excel生理中には気づかなかった食い違いをグラフ上で解きほぐしたり繋げ直したりしているうちにうんこれだという糸筋が見えてきてピシッとはまってくれる。足立区エリアで1枚使い、荒川区に入って小菅まで入れたところで約1枚でタイムアップ。これで90/220だからやんなっちゃうわ(多分残りは短いのと会社本社ばかり。この調子じゃ5枚行きそうだ)。

内国勧業博覧会の出品目録の創業年を信じれば銀座煉瓦街の煉瓦をもたらした可能性のある工場はいくらでも出てくる。田中工場とか齊藤工場とか。功績をひとり盛煉社に帰すわけにはいかん。つーても直接的具体的な記述は諸井の『煉瓦要説』にある話とS18の日本工業社会史だったっけくらいで、そこで 盛煉社の名前が出てくるくらい。ウォートルス研究が盛んにされているようだからその過程でわかった新事実もあるだろうと思う。それに内国勧業博覧会にある創業年は安政年間のとかもあるから瓦屋業としての創業年ではありえる。しかし他に信用すべき資料がないのだ明治一桁台は。

日本帝国興業要鑑?の人名+地名はたぶん工場所在地ではなく工業者の本籍地。この番地が統計書の工場番地とぴったり合致するものはほとんどない。 だいいちそうだろ、 この本は本来工業会社の一覧だ。工場の一覧じゃない。帝国商工通覧とか日本諸会社役員録とか日本工業羊羹と同じ。それに気づければ金町製瓦の会社欄住所と工場所在地の番地が2番違うのも納得される。工場敷地の外に本社屋があったちうだけの話。

工場所在地にこだわるのは、その番地の周辺に工場の製品が散在している可能性が高いからだ。本社の周りにはたぶんそんなに存在しない。品川白煉瓦の製品が麹町丸ビルのまわりにたくさんあるとは思えぬ。むしろ福島県磐城郡とか岡山県三石とかのほうがあるはず。

明治末年に利根川と支川が改修された時荒川沿いの煉瓦工場が絶滅した。金町も城北も大正時代を見ずに消える。齋藤煉瓦とか千葉煉瓦とかは生き残ったようだが大半は荒川アンダーザブリッジになって跡形も煉瓦の欠片もなくなっているはずだ。あとは鹿浜とか小台とか宮城とかの市街地にぽそと転石している可能性に期待するしかない。誰か探しちゃくれんだろうか。


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