nagajisの日不定記。
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朝方に飯を食って横になったらそのまま寝てしまった。起きたら夕方だった。発送しなければならないものがあるのに・・・。申し訳ない。
昨日無理したせいか足首が痛んでうまく歩けなくなった。もうしばらく2本杖で我慢したほうがいいのかも知れない。あるいは無理をしたほうが良いのか。捻挫した時は無理して動かしたほうがいいというし。
いまの感じでは春までは間違いなく全快しない。探索など遠い遠い夢のような話。G.W.にどこかへ行ければ御の字と思う。歪んだ骨が影響出ないといいのだが。きっと出るだろうな。
それまで原稿が持つだろうか? と思ってみたものの、その前に書かないほうがよさそうに思う。面白いものが書ける気がしない(とくにルポは)。これが最後の探索になったらという気分がぬぐえないまま書いてもな・・・。夏の日向に2、3日置きっぱなしにしたシーフードカレーみたいに腐ったのにしかならんだろう。
制度上から明治の道路を把握すること。各都道府県の県史の近代編とその資料編を読むこと(各県の土木費補助規程の収集)。できれば近畿圏以外にも目を通したいが、路線名を見てそれが現在の何線なのかすぐにはわからないから(感覚として理解すんのが)難しいと思う。
変遷を追うのが大変だ。DAにあるのも限られているから県史がいる。県史を読んで流れを掴んでおく必要がある。これは取り寄せで何とかなりそうだ。
あと、贅沢を言えば府県会史も。議事録は県庁所在地まで行かないと無理だろうが・・・。
御杖村には早めに行きたい。電車とバスを乗り継げば何とかならないか? 近鉄で名張まで行って、そこからバスで土屋原まで。土屋原から奥へ行くのが大変だが・・・。
昨日書いたものは昭和29年に出された道路局長通達。路線の認定や区域決定、供用の開始・廃止にあたっての指針。出されてから半世紀も経っていて、ほとんど歴史的文章の域に達しているが、これが今でも効力を持っているのだそうだ(考えて見れば現行の道路法だって昭和27年に出たものの改正だからな)。「路線」という概念の定義というか、道路に対する行政の捉え方とでもいうべきものがわかって面白い。
原文は三重県広報バックナンバーにある。これは県の土木局長が各地の土木出張所や市町村の道路担当者にあてた通牒。上からこんなん出たんでよろしく、というもの。
○仮定県道変換方稟申の件
明治二十七年七月二十五日 土木局長通牒乙発第二十八号
仮定県道の儀は去明治九年太政官第六十号公達に依り取調御差出有之路線の外里道を仮定県道に編入するもの又は従来の仮定県道を里道に変換するものは是迄取扱方区々にして或は処分済届出の向も有之候処右は向後御稟伺可相成儀と御承知有之度命に依り此段申進候也
出典:明治41年内務省土木法規第3巻 原文カナ旧漢字
国が国県道も指定しようとしていた名残り。県道の変更・追加・廃止については前もって国(内務省)に稟議をした上で行うこと、という通達。うやむやにしておいて何をか況んやという感じがしないでもない。
ひょっとしたら……これって古澤滋のアレが関係してるんだろうか。この年の3月だからなぁ。
土木局長通牒の原文ってどこに行けばあるんだろうか。と探したら奈良図にありそげ。「土木ニ関スル規則類集」で。でも付図ちゃんとついてるかな・・・