nagajisの日不定記。
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また、たくさん、かしこくなった。
東洋組刈谷授産所の煉瓦が猿島灯台に使われているのは東洋組がもともと愛知の砲台建設を当て込んで煉瓦だとかセメントだとか土管だとかと作り始めたことと関係している。愛知の砲台計画がポシャったので東洋組も困窮したが陸軍に嘆願書を提出して理解を得、1万円の資金提供を得たり豊橋の師団建築だとかに資材を供給したりしている(「三河地方の産業発展史」とかなんとか)。猿島もその一環なのだろう。だとすれば愛知の煉瓦が東京湾で使われたのは例外的な移動であったといえる。ついでに「西尾市史」に当地の煉瓦製造業の節があったので確保しておいた。
刀根越えの件、想像どおりの展開かつピンポイントに言質をゲットして我ながらすごいとおもった。しかしそこで国道路線変更?となって衝撃の事実に辿り着く。そのへんはひどく甘い。その気分で現地を歩けなかったのは遺憾とするところである。
英国の煉瓦製造業史についてまとめられたもの(「産業革命期の人びと」だったっけ)を発見し嬉々としてコピーする。&M16頃の関東の煉瓦製造法を取得。
日本産業技術史体系に煉瓦製造業の創始と発展期に関する比較的まとまった一章があることを知る。しかし例に洩れず関西は無視されている。第一回勧業博覧会の出品説明があったけれども原口のがないのは何故なんだぜ??? 各社の煉瓦製造法が結構まちまちで興味深い。四面を整えてから形を外す、ってどういうことだ? 8:4:2寸の型枠に詰めて四方を切るって???
最大の目的はもちろん工場通覧をゲットするためだったんだが発行年ではなく本の厚さでセルフコピー不可になり得ることをすっかり忘れていた。自分でコピーするのが面倒だったので国立国会図書館送信にある分はその出力を、残りはセルフで、と目論んでいたが見事に踏み外した。
工場通覧はS15からコピーしなければならなかったのだ。油断してS16から取ってしまった。また府立に行かねばならぬ。まあ、これは急ぐ仕事じゃないから。何なら郵送してもらっても可。
パンパってなんだ。いろいろわかったり用意したりしすぎたせいか、どれも整理が追いつかない。ECサイトは分解途中だし結局はレンズ買わなかったし(ピントが合わないのは仕様なのだ腕が悪いのだと信じ込むことにした)RMSは夜八時までだし原口の進歩賞は第一回内国勧業博覧会ではなく第二回だしそのかわりに第一回に阪府授産所の出品が見つかるし(三個人名有り)bdbはあれだけ見つけた○Gなのに2つしかPってなかったし折角スマホにマイマップ入れたんだからそっちで登録しときゃ済んでた話だったのだし。そして右足は以前より退化している気がしてならぬ。久しぶりに機能不全になっている。やだなあ。最近全然歩いてないからなあ。距離は歩いたからなあ。
よいネタがあるときだけは書きたくなる。現金なものである。発見を誰かに伝えたいと思う感情は多分人類共通の欲求の一つであって、だから論文という仕組みとかChem.Abst.とか出来たんだろうなって思う(ケミアブなんて単語、久しぶりに去来したぞ)。
んで、語ってしまえば元の虚無阿弥だ。そうやって忘れてしまった「稀代の発見」の多いこと多いこと、勿体無い話じゃないか。単なる「行ってきました」報告で済ませるには惜しい色々の発見があった気がするんだけどな。
そこはまあ……所詮その程度の発見、そうゆうものだと思って諦めよう。ひどれもこれもとつのお話に過ぎないのだ。蓄積が世の役に立つ類の話題には非ざる也。あっ、靴洗うの忘れてたっ