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旧道倶樂部録"

nagajis不定記。
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2009-05-07 帰還 この日を編集

[C60] 4個目

34/17/42.900,136/24/6.500紀勢線紀伊宮川駅間近の公園に1個。車窓からなので写真を撮れなかった。そういえば3つ目もこの近くだったな。フラーレン同士に働く引力が存在するのかも知れぬ。

[独言] 2度目

画像の説明昨年のちょうど今ごろ、「緊急企画」とか何とか言ってマダニの恐怖を煽っておきながら、また食われたnagajisは阿呆である。しかも今度は一度に2匹だ。

左大腿部の外側、4cmほど離れた位置に2匹。中日に風呂に入った時には気づかなかったから、きっと廃隧道廻りをしている辺りでゲッツしたんだろうと思う。同じ行程を辿ってしまわれた方、ご注意下さい。

2匹とも毟り取ってやった。前回の経験が(変な方向に)活かされた格好。どちらも3mm程度のちっちゃなやつだったしな。しかし適当な道具が見当たらずニッパーで引き抜こうとしたため見事に首チョンパしてしまった。(写真はそのうちの一匹。もう一匹いたんだが死骸がどっかいった)

まあいいや、咬口付近の腿の肉もついでに毟っておいたから、スピロヘータ感染して化膿して旅の記憶と次号原稿を抱えたまま彼岸へ行っちゃうなんてことは多分ない。すでに彼岸にいるわけだしうふふ。あはは。ヒャーッハー!

本日のツッコミ(全4件) [ツッコミを入れる]

Before...

_ nagajis [指先一つでダウンされないよう、お互い注意しましょう。メキョ]

_ noa [私も最近ヤられました(´Д`;) ホハレに行った時か近所の山でクライミングした時だと思います。鹿がいる山域は特に多く感じますねぇ(´Д`;)]

_ 遠方ゲスト3号 [俺も喰われてなかった。まぁあれだ、うん。]


2011-05-07 なんだかなあ この日を編集

[] あじかわまつれない

「廃道をゆく3」の時も思ったが、改めて書く用の文章(思ったことを適当に書き散らして気分転換するためのぶんしょーではなく人に説明するための文章)を書くのは難しいと思い、そうして難渋をしている。あれとこれとを書こうとは思っていて、その部分だけパーツとして書き出してみたりしつつあるものの、それが一つモノに組み上がるようには思えなくてならない。無理矢理やったらザクレロに足がついたりガンガルになったりしそうだ。概説がいちばん難しい。「廃3」でさんざ呻吟してまとめた直後なものだから、頭に浮かんでくるフレーズがみな廃3そのままという。どんだけ脳足りんだよ。

[橋梁] 二ノ俣橋

画像の説明
逃避行動的に写真をのっけて何か書く。二ノ俣橋は超絶峡谷地帯に架かっていてアプローチが難しい。接続していた部分は新規に付けられた車道林道によって削られ、もしくは埋もれてしまっている。車道林道の脇の崖下に橋だけがあるという状態。

はじめは離れた場所から川伝いにアクセスしたが、対岸に渡ることはできても橋の上に上がることはできそうになかった。対岸側(写真左)の橋台が崩落していて上がれない。そもそも車道側(写真右)の橋たもとにも近付けない。全部垂直の崖に囲まれているのだ。

3mほどの梯子があれば林道から真上へ降りていけそうだったのだが、もちろんそんな準備はなかった。仕方なく降下地点を探して右往左往した。上流側にルートを見い出そうとした私は5mほど降下して上の写真を撮るのが精一杯。あと1m川側に寄ったら川底という崖の上で木に足をかけながら撮っている。

結局masaさんが一点突破の秘孔的ルートを発見し、残存軌道へ降りることができたのだった。たった一つだけ残っていた親柱に橋の名と竣工年月が刻まれていた。

本線を探索してれば立派に記事にできたと思うが、病み上がりの治癒し切ってない足ではmasaさんが探索済みの支線に案内してもらうのが精一杯で、本線には足を踏み入れてない。また続きが歩けたら書くことにする。


2020-05-07 この日を編集

[D] 5/7

今朝見た夢も極めて奇妙な夢だった。

浮世絵が地層の如くに重なり圧着して塊になったところをフォークリフトのような乗り物に乗って剥ぎ取っていく夢。破棄するためだったのか後でなんとかしようというのだったかは忘れてしまったが、ともかくそんなことをしていた。ひどく勿体無いことをする、と思った。

その勿体無さがどんどん募っていって頭の中が凝り固まっていった。一度湿気て和紙の塊のようになったやつだし、リフトでそれを剥がすのだから、どう考えても綺麗にはいかない。破れたり汚れたりするのは承知済みで、しかしそれでも勿体無く、この作業をしなければならないことに憾みを覚えて、しかし手で一枚一枚剥がしていこうという気にはならない。ただやみくもにマシンを動かして塊化した浮世絵を削り取るばかりである。そうして剥ぎ取れば剥ぎ取るほど浮世絵は出てくる。部屋の中であったとは思うのだが「床」というものがないような感じだ。

後を処理気にせする必要がなく、捨てるだけが目的だったらた違ったであろうが、この重なりを記録した人物がいて?その記録と照合せねばならなかった。どう照合するのかは自分の任務外でわからないかったのだがそうこうしているうちに「記録した」のではなくこれから「記録していく」だったようにも思われ始め、それどころか記録の任務が自分の任務であるような気もし、そもそも記録した人物というのが私であったような気さえし始め、全く混乱してしまう。記録した人物の生涯を映画化していて、その映画の挿入イメージとしてこれをやっているようにも思われて、マシンを操作しているのも自分ではなくそのイメージを見ているようにも思えてくる。視点場さえ混沌としていてまことに気持ち悪い。

やらねばならぬこと、やってはならぬこと、我と彼とが渾然一体となって、しかし勿体無いという意識もあり、むしろ後半には勿体無いという意識の塊のようになってしまう。してもいいのか悪いのか迷いながら闇雲に作業し続けるという、出口が全く見えないタイプの夢で、以前見た「メニュー標をfpdfで製出」に苦しむ夢に似ている。

この夢の恐ろしいのは起きた後でも混乱が持続していたことだった。夢であったことはわかるのだが夢の中で悩みすぎたせいか意識が全く混濁していてまともにものを考えられなかった。頭痛がするとか痺れるとかではなく……無理に例えていうなら頭の中でサビ猫がゴロンゴロンとのたうち回っているような、裏返した脳みそに虹が降り注いでいて脳全体でそれを感知し続けているというか、まあそんなグジャグジャな頭で、思考が一切まとまらなかった。吐き気とまでは行かないにしても不快極まりなかった。うーんとがぐうーとか唸り続け、 どうしたらこのぐちゃぐちゃが収まるのかと焦った。その一方で「頭がおかしくなるとはこういうことか」とチラと思ったのを覚えている。入れば二度と戻って来れない痴呆状態の一つの入口であったのかも知れない。

結局そのままもう一寝入りすることができ、目覚めれば元の通りになっていて、心の底からほっとしたものだった。考えることができるということは本当に有り難いことであると思った。


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