nagajisの日不定記。
本日のアクセス数:0|昨日のアクセス数:0
ad
M14-17 敦賀線。柳ヶ瀬隧道は藤田組?その前後前後約8kmを鹿島組ほかが施工。→新道野二煉瓦工場
M29-30(M33.11.開業) 篠ノ井線冠着トンネル。姨捨駅-冠着駅間。大倉粂馬、星野鏡三郎、志坂信太郎。M30大日本窯業協会雑誌に煉瓦工場の記事。ここでは鹿島組となっているが、星野鏡三郎はM30に星野組を立ち上げたという話。んでここに「鐵道工事のある地方には隨所煉瓦工事を設け其需要を充たさん計畫」とある。
M31-32 京都鉄道嵯峨―亀岡間。鹿島組受注、「いろは」の横車に対抗するため三重役の一人・星野を現場へ遣わす。星野はこの時篠ノ井線にかかっていた。京都鉄道自前の?煉瓦工場。
京都鉄道は当初小川資源を技師長として招聘。小川は着工前に退任し建築顧問となる。M29.6.から渡辺秀次郎。M31.6.解任、井上徳治郎着任。
M31~T3 磐越西線(岩越鉄道) 郡山~喜多方は鹿島岩蔵参加。喜多方~新津は星野鏡三郎参加。喜多方以西には久保組工場が複数作られる。佐藤一男「大沼郡会津高田町北村の旭煉瓦工場について」〔会津若松市史研究第8号〕に以下のようにある。
「山都地方では登世島字近田の渡部好太郎所有の山が煉瓦製造に適した粘土とわかり、星野組下の久保組が工場を建築して煉瓦製造を開始した。また、尾登トンネル工事を落札し、近田地内に工場を建てて地元ではこれを西工場と称し前者を東工場と呼んでいた。」本文の旭煉瓦工場は地元資本家による。
M29.5. 中国鉄道、小川資源を招聘して技師長に。M31.12着工、大倉粂馬、菱川吉衛、中井由太郎等。手立隧道、蓑地隧道は大倉土木組の請負。大倉土木は第一・二・四・五工区を担当。M32.1.開業。([日本土木史明治編 中』https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2942276/136。 https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcersj1892/5/56/5_56_265/_pdf/-char/ja。『大日本窯業協会雑誌』第五巻第五六号に現地工場の話。備前國津高郡宇垣村大字宇垣字原に設立、讃岐地方で職人募集中。うーん、磐越西線は大倉組もいるのだな。
東北本線 板谷トンネル。直轄のはず。『鉄道と煉瓦』に詳細。井上徳次郎が担当!
関西鉄道 加太トンネル。1897(明治30)年11月11日開業。関西煉瓦会社が 関与?
東海道線 静岡へん 村井~
何がテーブルのキーになるのかわからなくなってきた。鹿島組?大倉土木?小川資源?
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1530310/63
帝國鉄道協會會報. 11(6) 小川資源君小傳
軽井沢線。軽井沢に工場。久保組?