nagajisの日不定記。
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寒稽古は第二回なりき。午後に、字号通信考査・体操・自習あり。随意運動時は予定の二千米持久駈歩は中止となりたる故、ドッチボールをなす。
東條首相曰く「香港・マレー半島は日本の領地となし、ビルマは手向わざれば戦後独立させ、壕洲・蘭印は以後手向えば徹底的に撃つ比島は独立をなさしめる」と。
雨にてむし暑し。午後は大阪朝日新聞社より紙面に熊幼生活をのする故写真をとる。我はかくの如く一時間を過すよりも、又それを写して体裁を取るよりも、普通の術科の元気ある所をそのまゝ写すが余程可なりと思う。種痘をなす。随意運動は剣術をなす。つとめて武道をなす事と定む。入浴無く気持悪し。運動班切磋会あり。尚一年と二年が話す如く言われたり。
生徒監殿注意
由良洞書き上げる.版組みーーーというほど大袈裟ではないがーーーにかかってみたが,やはり写真の配置に苦労する.もう少し考えないと.原稿を書く段階でくさび形と気付く.阿呆也.
FinepixS9100撮って出し。ISO80/S6.5
民家の玄関先で植生のバラが一輪、氷雨に震えていた。
椿なら風情があるし、こういう時「寒椿」というよい言葉があるのだが、バラだとちょっとイメージにそぐわない。寒バラ、というのもちょっと味気ない。いやいや、漢字で書けばそれなりに迫力が。寒薔薇寒薔薇、うん、いい感じ。
で、次に連想したのが蒲原有明、ってのはちょっと、どうかと思った。
牡蠣の殻なる牡蠣の身の、
かくも涯なき海にして、
生のいのちの味気なき
そのおもひこそ悲しけれ。
※まとめが最後尾にあり□
ISOイメージにしてDLしてもらうことは可能だが、HTTPではDL途中で切られてしまうんじゃまいか。接続リミット(連続して接続し続けられる時間)が確か15分前後だったと思う。FTTHとかADSL(速)だと何とかなるかも知れないが、低速だと間違いなく切られる。.htaccessでタイムアウト伸ばしてもムリっぽい(伸ばせない)。
購入者一人ひとりにFTPサブアカウントを発行することは原理的には可能だけれども、全員が全員FTPを使えるわけでもなし、DLした後どうすんの?的問題もある。このへんを自動処理することは不可能也。
そもそもサーバが慢性的に転送量オーバー気味なのだった。月150GBが目安だそうだがその殆どを発行後数日で使い切ってしまう感じに昨今はなっている。使い切ったからってすぐにbanされるわけではないのだけれど自重しろORJとか思う。スパマーばかりでなくカタギの人々も多いからな>23号
(これでも転送量や負荷率はサーバ内トップではないんだなあ・・・上の奴ぁ何やってんだろ?)
そろそろ真面目に負荷分散とやらに取り組まんといかんのかも知れない。もしくはもっと制限の緩いサーバを探すとか。無理だろうな。自宅サーバは電気代メンテ代が掛り過ぎてコスト的に無理だし。
いやいや、CD-Rに焼いて送ればいいのか。ジャケットとレーベルはつけられないけどデータで入れとくとかして。問題は価格だな。同じ500円にしなければならないのが受け入れてもらえるか?っちゅうとかなり未知数。とはいえあれか、ISO販売でもそうなるよな。
あー、そうするとCD-R販売で1〜10号買うのとどう違うのさ!っていう話にもなっちまうなあ。ううむ。うーむー。
CDプレスを1000枚単位でなく、500枚とか200枚とかで作るという手もある。必ず捌ききれるであろう部数で作ってさっさと売り切ると。利益は出ないしそのあとどーする?が残るが。これは次次善策か。(ンじゃ何で復刻希望ボタン作ったんだ?>bakajis)
あ、このへんが神籤のあれなのか。相場変動して定まらずとか何とか。むう。
まとめ:今すぐISO DL販売は無理。今後CD-R販売で1〜10号購入された方にはジャケットデータとレーベルデータをつけて差し上げる(過去買われた方で欲しい方申請してください)。価格はとりあえず現状ママで。もとよりCD#1は限定版みたようなものだしな・・・。
ヨッキ氏から届いてるが着手できてないぜ! 今日がっつりかかるぜ! てか、これで必要十分でないですかい?(特に第二部)
次回トークイベントの個人テーマは「空気読まない」かも知れねえ・・・(前回も充分読んでないがな)。脳内案件でも最後のオチをそう持ってくるなら行けると思うが、泥鰌の下に柳の木が二本ある!(偽ロシア的倒置法)わけでもないだろうしなあ。
そもそもプレゼンする気満々なのは汚ねえよなあ。もとより会話のキャッチボールは苦手なんだ・・・
ぐたらぐたらしてる暇はない。直感で書かねば間に合わないっ。代名詞塗れでいいじゃない、どうせ取り繕う価値もないのだから>nagajis
大津古谷木馬道(奈良県) 2P
川上村に現存する最長級の木馬道跡。石垣、橋台、岩屋、隧道跡、廃公園あり(?)
王子橋(京都府)
「廃道をゆく1」でちらっと紹介。明治●年竣工、組み合わせ環石による石橋。皆無ではないが非常に珍しい構造。ここなら再撮可能だな。
そして請取峠。これは許可が降りないと書けない。ルポにはならんと思う。かといって道場で掛け合うネタでもないのだなあ。
すごくわがままを言えば、特殊フォーマットでがしがし書きてえ>請取。これに限らず、もうちょっとじっくり紹介できるページがあってもいいと思うんだ。(いやいや、歴史カテゴリ継続させるのなら入れられるか)。
ともかく遺構にはあまり華がない。資料で掘り起こしたほうに価値がある。そういう楽しみ方も廃道はできるということを示す記事として。
以上、数撃ちゃ当たる方式で既出ネタ中心のピックアップ。他の方に頑張っていただかないといけない・・・。
企画ページ・道と人の試し書きとか(ぉ。「そういう人いるよねー」という展開になる。顔写真とその道。ああ三重行きてえ福井行きてえ。
標識ネタ@廃道は泣きたくなるくらいにない。大杉谷は大杉谷で使うだろうし。通行止も同じ。
理念ねえ・・・。あんまり変わってないな。
長過ぎなので未来に書く.大阪市『第一次大阪都市計画事業誌』(1944)より引用した.第一次都計事業で完成した橋梁の一覧なので,例えば安治トンや新淀川新橋については載っていない.ここからどう料理するかは考えていない(爆.
埋め立てられた河川のルートをGoogle Mapsに落とし込もうとしたが,手元のコピーでは微妙にわからん・・・特に河川名や橋の名前を読み取れないところがある.市立かどこかでゲッツしてくる予定.
くらいあんとに査収され,あのままで行きそうな塩梅.これで一息つける….この後さらに上に上がっていくことになる.そこでどうなるかはちっともわからないが,とりあえず笑わせることができたので満足である.
このネタ,ORJで使うのはもうしばらくあとになるのだろうな.若干惜しいが結果が出てからでも良かろうばい.
再び三石駅長さんにコメントをいただいた.せっかくなので毎度毎度言及している報告書の図をスキャンして掲げておく.最初からやれと>nagajis
これが三石高級耐火煉瓦のであれば大阪府庁の建設時期・改修時期と合わないよな,と思ったら,報告書のほうにはそのことがちゃんと書かれてあった.表層で採取されたものであって,府庁跡地に建てられていた府立産業技術総合研究所に由来するものだろうとされている.そもそも「三石高級」との書き込みは油性ペン(いわゆるマジックインキ)で書かれたものとみられ,その発売が昭和28年以降であった.
ついでにこの図も引用.大正時代に増築された南翼の一室(56暖炉周辺)で見つかったもので「Mitsuishi.」とだけある.同じものを大正煉瓦曽根工場跡付近で採取済み.
…と思ったら若干違うなあ.大正煉瓦跡地に埋まっていたのはupper-caseな「MITSUISHI」だ.ふむ.
報告書では三石耐火煉瓦(株)を想定するものの断定はしていない.両翼が増築された頃,三石には三石耐火加藤合資会社,三石白煉瓦合資会社,三石耐火煉瓦製造所,三石窯業株式会社など「三石」を冠する会社が多数あったからだ.
上記の会社のうち,三石耐火煉瓦加藤合資会社は三石耐火煉瓦の縦書のと似たフォーマットのが堺市で見つかっている.加藤は兵庫で耐火煉瓦製造をしていた会社.そことの合弁企業のハズ.三石窯業は大正五年に取得した商標がある.
こちらが正真正銘の三石窯業の耐火煉瓦.二山に三.なぜか南海線の線路脇に転がっていたので回収しておいた.耐火煉瓦は基本的に撮影だけのことが多いが(だってキリがないし重いもの),これは特別だ.
同じ頃三石耐火煉瓦(株)は一山にローマ数字の3(Ⅲ)のような商標を取得した.その刻印が入った耐火煉瓦がどこかで見つかっていたはず.そして大正11年には飛行船マークを出願&取得し,実物が舞鶴の煉瓦博物館に展示されている.
こういう情報は一箇所にまとめて書いておくべきだな…あとで探すのが面倒だ.
夢の内容を珍しく憶えていて、メモしておかなければと思いつつそのままになっていたことを今更思い出した。間が空いたせいで一部忘れるというていたらく。
キリンのような馬のような、正確にいえばそのような動物の四肢と胴体だけのような四足のロボットに乗って放浪の旅に出ることにした私。なぜそのようなものを入手したのか、それで旅しようと思い立った理由も思い出せたはずなのだが、その肝心な部分を忘却してしまったのが惜しまれる。ともかくそんな旅に出る決意をした。
けれども誰も構ってくれない。
周囲に人がいて、その集団の隣でうんとこうんとこ乗ろうとしているのだが誰も私に気づかない。敢えて無視しているようでもある。そういう放置には現実で慣れているつもりでいる自分にも拘らず、やはり心のどこかでは寂しがっているようで、どうやって周囲の気を引こうかと考えつつ、惜しまれない旅立ちのほうが自分には相応しい気もして、どっちつかずにうんとこすんとこやっている。幸いなことに四足ロボットは非効率的で操作が難しい。なかなか出発することができない。意図して、と意図せず、の中間点にいてやきもきしている辺りまではよく覚えている。その後どうなったか(続きを見たのか忘れてしまったのか)はっきりしない。
あまりに現実に即していてワロタ。
件のバンレン煉瓦。三本線マークから「4」まで比較的はっきりと打刻されている。とりあえずこっちを「表」と呼ぶことにする。
その裏側は三本線マークが見えていない。「35 4」だけが読める。「裏」と呼ぶ。
この煉瓦は全体が軽く反っていて(極端に言えば長手が「へ」の字型に反っている)、「裏」側に向けて凸になっている。実物はさほど顕著な反りではないけれどもスキャナガラスに載せたりすると覿面にわかる。
この反りは土練押出機で製造した機械成形煉瓦に特有の症状らしい。押出機の絞り金のところで、絞り金に接している粘土と中央付近の粘土とでは粘土に加わる力が異なる。粘土も一種の流体と考えると濡れぶちと中央で流速が違うのは理解される。
んで、それをピアノ線で切断すると、最初は真っ直ぐなおナマができるけれども、それを乾燥させたり焼いたりすると、粘土中に蓄積された応力が開放され?あるいは流速の違いにより生じる粘土の不整斉が顕在化して?反ってしまう(このへんは「赤煉瓦産地診断報告書」参照、したいが資料山に埋もれて見つからぬファッキン)。
図の反りは逆かも知れない。中央が左に強く押されているのが元に戻ろうとするので煉瓦全体は右に反るはず。上の「表」が進行方向。
バンレンではおナマを一次乾燥場に運んで約一週間乾燥させたと聞いた(昭和20年代の話)。またバンレンの刻印は一次乾燥場で煉瓦をひっくり返す時に使う道具に刻印が作り付けられてあって、そこへ落とすことで打刻したとも聞いている。この道具ちうのは作業台のようなものであるようだ。
んで、もしこの打刻が粘土が乾燥する前に行われていたとしたら、上写真のような掠れは生じないはず。いくら粘土が反っていたとしても板の上に落とした時点で反りが戻ってくれるだろう。そもそもそんな柔らかい粘土をボトンボトン落としたりひっくり返したりできまい。
そうではなく、ある程度乾燥させた時点で件の打刻を行なった結果がこの煉瓦になるはずだ。強く打てば凹みはするが煉瓦全体の形は変わらないという程度の乾燥状態(=手で持ち上げたりできる程度の乾燥状態)で落として打刻した故に播煉マークが出たり出なかったりしている。
表は「〔播煉マーク〕」から「4」まで綺麗に打刻し得る。実際「表」の刻印は播煉マークや「4」の頭が妙にはっきりしている。「5」の下の方は掠れ気味だ(「4」も下は掠れ気味か。平全体がくぼみがちだからだろう)。
対して「裏」はこうなり得る。これで煉瓦が変形するくらいの生乾きであったら、伸びて播煉マークまできれいに打てることだろう。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcersj1892/11/121/11_121_45/_pdf/-char/ja
東京煉瓦 カラス
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcersj1892/11/124/11_124_133/_pdf/-char/ja
碧海郡
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcersj1892/12/140/12_140_271/_pdf/-char/ja
乾式法
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcersj1892/13/147/13_147_91/_pdf/-char/ja
農商務省統計書式@M38
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcersj1892/13/149/13_149_178/_pdf/-char/ja
大阪煉瓦活況 朝日からの引用だが見てないはず
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcersj1892/15/174/15_174_209/_pdf/-char/ja
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcersj1892/15/177/15_177_301/_pdf/-char/ja
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcersj1892/15/180/15_180_407/_pdf/-char/ja
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcersj1892/16/182/16_182_69/_pdf/-char/ja
砂煉瓦 前号承
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcersj1892/16/183/16_183_141/_pdf/-char/ja
東京市況
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcersj1892/16/185/16_185_217/_pdf/-char/ja
砂煉瓦 承
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcersj1892/16/188/16_188_382/_pdf/-char/ja
東京市況
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcersj1892/17/195/17_195_67/_pdf/-char/ja
砂煉瓦
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcersj1892/17/196/17_196_99/_pdf/-char/ja
岸和田の機械
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcersj1892/18/205/18_205_9/_pdf/-char/ja
遠煙突式の煉瓦窯。堺窯業の「遠引き」と関連? 大事なとことがぬけちょる・・
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcersj1892/18/207/18_207_97/_pdf/-char/ja
石灰モルタルの強度 石灰は粘度を増すのには効くが強度下がる
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcersj1892/18/208/18_208_162/_pdf/-char/ja
大阪市況
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcersj1892/18/209/18_209_218/_pdf/-char/ja
東京煉瓦業組合の価格協定
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcersj1892/18/212/18_212_348/_pdf/-char/ja
煉瓦風化物 抄録
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcersj1892/18/214/18_214_437/_pdf/-char/ja
明治41年統計
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcersj1892/18/215/18_215_503/_pdf/-char/ja
大連窯業 堺市の煉瓦職人
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcersj1892/19/226/19_226_436/_pdf/-char/ja
大阪煉瓦業組合 紛糾
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcersj1892/19/227/19_227_449/_pdf/-char/ja
砂煉瓦
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcersj1892/19/227/19_227_466/_pdf/-char/ja
大阪煉瓦業組合 紛糾2
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcersj1892/20/229/20_229_18/_pdf/-char/ja
日本煉瓦製造と品川白煉瓦の提携
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcersj1892/20/231/20_231_ap1/_pdf/-char/ja
九州沖縄連合共進会
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcersj1892/20/235/20_235_256/_pdf/-char/ja
軽量煉瓦 珪藻土使用
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcersj1892/20/235/20_235_260/_pdf/-char/ja
煉瓦切断機の針金拭い
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcersj1892/20/235/20_235_ap1/_pdf/-char/ja
群馬県主催一府十四県共進会 岩手 小野喜惣次
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcersj1892/20/236/20_236_311/_pdf/-char/ja
煉瓦の品質と隧道問題
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jcersj1892/20/236/20_236_316/_pdf/-char/ja
隅田周辺の煉瓦工場 途中まで
萎え萎え恵南が穴見並みになったので
http://www.the-orj.org/cgi-bin/hyperestraier/estseek.cgi
を更新した。サーバ増強された際にpdftotextが使えなくなったのでローカル環境でなんとかしなければならなくなり-windows入れたりXampp入れたりnn.plをphpに書き直したりクソみたいなことをしてなんとか。逐次修正を繰り返していたらmkdirで2ディレクトリ掘れない罠に引っかかり,TRUEつけてやり直したり縦書き括弧句読点を置き換えたりなんかかんか。そしてestcmdでgatherしていると途中で必ずkillされてデータベースが物故割れる。クソが。
昨年末からの風邪がなんか長引いている感じ。鼻の奥がおかしいというか唾液の粘性が高くなりすぎて喉に詰まるとか。長くないと思う。
ネットの変化についていけない。必ず見なければならないわけじゃないが便利な情報が得られることがあるという情報源がなくなるのはつらいな。これから何をあてにすればよいのやら。
_ おろろn [お久しぶりです 深霧隧道、東側坑道残存可能性有]