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旧道倶樂部録"

nagajis不定記。
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2006-01-22 報告書 この日を編集

 由良洞書き上げる.版組みーーーというほど大袈裟ではないがーーーにかかってみたが,やはり写真の配置に苦労する.もう少し考えないと.原稿を書く段階でくさび形と気付く.阿呆也.


2009-01-22 深い意味は無い この日を編集

[ph.] under constructionの街角

FinepixS9100撮って出し。ISO80/S6.5画像の説明

[独言] 私家版・変なもの発見!

画像の説明市内で発見。まるで保護色な黄色看板。注意喚起にはならんだろと思い注意を惹かれたnagajisだが、よく見ると、

色が……反転している……???画像の説明

[独言] 牡蠣の殻

民家の玄関先で植生のバラが一輪、氷雨に震えていた。画像の説明

椿なら風情があるし、こういう時「寒椿」というよい言葉があるのだが、バラだとちょっとイメージにそぐわない。寒バラ、というのもちょっと味気ない。いやいや、漢字で書けばそれなりに迫力が。寒薔薇寒薔薇、うん、いい感じ。

で、次に連想したのが蒲原有明、ってのはちょっと、どうかと思った。

牡蠣の殻なる牡蠣の身の、
かくも涯なき海にして、
生のいのちの味気なき
そのおもひこそ悲しけれ。

2010-01-22 バックナンバーCD#1 この日を編集

[独言][バックナンバーCD] うん、難しい

※まとめが最後尾にあり□

ISOイメージにしてDLしてもらうことは可能だが、HTTPではDL途中で切られてしまうんじゃまいか。接続リミット(連続して接続し続けられる時間)が確か15分前後だったと思う。FTTHとかADSL(速)だと何とかなるかも知れないが、低速だと間違いなく切られる。.htaccessでタイムアウト伸ばしてもムリっぽい(伸ばせない)。


購入者一人ひとりにFTPサブアカウントを発行することは原理的には可能だけれども、全員が全員FTPを使えるわけでもなし、DLした後どうすんの?的問題もある。このへんを自動処理することは不可能也。


そもそもサーバが慢性的に転送量オーバー気味なのだった。月150GBが目安だそうだがその殆どを発行後数日で使い切ってしまう感じに昨今はなっている。使い切ったからってすぐにbanされるわけではないのだけれど自重しろORJとか思う。スパマーばかりでなくカタギの人々も多いからな>23号

(これでも転送量や負荷率はサーバ内トップではないんだなあ・・・上の奴ぁ何やってんだろ?)


そろそろ真面目に負荷分散とやらに取り組まんといかんのかも知れない。もしくはもっと制限の緩いサーバを探すとか。無理だろうな。自宅サーバは電気代メンテ代が掛り過ぎてコスト的に無理だし。


いやいや、CD-Rに焼いて送ればいいのか。ジャケットとレーベルはつけられないけどデータで入れとくとかして。問題は価格だな。同じ500円にしなければならないのが受け入れてもらえるか?っちゅうとかなり未知数。とはいえあれか、ISO販売でもそうなるよな。

あー、そうするとCD-R販売で1〜10号買うのとどう違うのさ!っていう話にもなっちまうなあ。ううむ。うーむー。


CDプレスを1000枚単位でなく、500枚とか200枚とかで作るという手もある。必ず捌ききれるであろう部数で作ってさっさと売り切ると。利益は出ないしそのあとどーする?が残るが。これは次次善策か。(ンじゃ何で復刻希望ボタン作ったんだ?>bakajis)


あ、このへんが神籤のあれなのか。相場変動して定まらずとか何とか。むう。

まとめ:今すぐISO DL販売は無理。今後CD-R販売で1〜10号購入された方にはジャケットデータとレーベルデータをつけて差し上げる(過去買われた方で欲しい方申請してください)。価格はとりあえず現状ママで。もとよりCD#1は限定版みたようなものだしな・・・。

[] プレゼン資料続々

ヨッキ氏から届いてるが着手できてないぜ! 今日がっつりかかるぜ! てか、これで必要十分でないですかい?(特に第二部)

次回トークイベントの個人テーマは「空気読まない」かも知れねえ・・・(前回も充分読んでないがな)。脳内案件でも最後のオチをそう持ってくるなら行けると思うが、泥鰌の下に柳の木が二本ある!(偽ロシア的倒置法)わけでもないだろうしなあ。

そもそもプレゼンする気満々なのは汚ねえよなあ。もとより会話のキャッチボールは苦手なんだ・・・

[独言] 今必要なのはこのスピード感

ぐたらぐたらしてる暇はない。直感で書かねば間に合わないっ。代名詞塗れでいいじゃない、どうせ取り繕う価値もないのだから>nagajis


2011-01-22 この日を編集

[廃道本] ネタ校正

  1. 大杉谷林鉄(三重県) 4P
     関西髄一の秘境と謳われた大杉谷のなかでも最も奥深くにある不動谷。その森林をターゲットとし、長大インクラと当時最長の索道(1200m余)をもって挑んだ極限軌道。アプローチの困難さ、険しい地形、ダイナミックな線形、どれをとっても関西を代表する(弱)林鉄跡。不動谷支線、日浦杉線全線の最新状況はたぶん貴重。
  2. 由良洞、鹿瀬洞(和歌山県) 1P or 2P
     道路難県・和歌山県の道路開発黎明期を物語る遺構。熊野街道鹿背坂から往来を誘致するため作られた由良洞(明治22年)と、それをさらに鹿背経由とするため設けられた鹿背洞(明治37年)。鹿背洞はフェンス封鎖以前の写真が貴重かも。
  3. 新和歌浦第一・第二隧道(和歌山県) 1P
     新興観光地・新和歌浦の命運を賭けて作られた明治隧道。破風に丸十字の家紋(開発を志した森田家の家紋)が掲げられているのが珍しい。当時の絵葉書あり。
  4. 毛見隧道(和歌山県) 1P
     現役(旧道)。大正期に作られた美しい石隧道。紀州名産の青石を贅沢に使ったcolorfulな胸壁に花崗岩の切石の白がよく映える。乾坤純和の額<しつこいけどね。
  5. 四日市製紙軌道(奈良県・和歌山県) 1P
     百名山の一つ・大台ケ原山のトロッコ軌道跡。二つの未成隧道と犬型犬釘と切り通しをメインに。
  6. 内山鉄太郎のトロッコ軌道(三重県)
    1P  大正時代に稼動していたという幻のトロッコ軌道。架線―軌道―架線―インクライン―軌道―牛馬道という複雑な動線で、うち山上の軌道(約1km)を探索済み。目立った遺構はないが線形の面白さとアプローチのしにくさ・マイナーさは随一
  7. 加賀山軌道(三重県)
    1P  昭和12〜16年頃稼働していたトロッコ軌道。軌道跡・隧道跡とジンクロを発見。「近畿の大と谷」にちらっと出てくるだけで詳細は一切不明といっていいが、聞き取り調査で稼働中の現場を見たことの有る方の証言を得ている。これは書いて残したい!
  8. 八反の崖道(岡山県) 1P
     江戸時代の出雲街道の難所。高さ数十mの垂直の崖の上をゆく。当時は牛が転落する事故が相次いだとか。今は国道法面の防護柵アンカーが並んでいて殺風景。一度遊歩道として整備され廃れた過去がある。
  9. 閑谷隧道(岡山県) 1P
     旧道の大正隧道。現在は歩行者専用になっている。最初期のコンクリート製隧道・完全なC製としては現存最古(大正13年竣工)。隧道内部に開けられた穴について。
  10. 東熊野街道南半分(奈良県) 2P
     東熊野街道の旧道群。河合峠(車道旧道)、小峠(現国道)、音枝峠(地道車道廃道)、池峰越旧道(アスファルト廃道)、不動峠(登山道)。第二期でいまの国道筋+県道筋になる。
  11. 小井のトンネル(奈良県) 1P
     明治23年頃作られた人用隧道(廃道)。江戸時代の隧道跡?(切り通し)と石垣も残る。利用していた方の話を伺っている。これも書いて残しておきたい。
  12. 深霧隧道、秋霧隧道(奈良県) 1P
     県下初の近代的道路隧道。明治16年竣工の伊勢本街道新道とその隧道跡。字秋霧隧道は埋没、字深霧隧道は後年改築された際の煉瓦アーチと隧道前の石積みが残る。県議会史から改修年判明。
  13. 高見峠(奈良県・三重県)1P(歴史カテゴリなら2P) 
     紀伊半島の難所の峠(和歌山街道・伊勢街道)。旧国道166号。紀伊藩の参勤交代にも使われたような由緒ある道だったが、明治以来4度改修が試みられて全て挫折、真っ当な車道は戦後まで開通しなかったという悲運の歴史がある。
  14. 与位の洞門(兵庫県) 1P
     明治時代に掘削された隧道。現役。川辺の断崖に作られてあり、隧道以前に使われていた桟橋の跡が残る<こちらのほうが貴重な道路遺構かも知れない。
  15. 千原隧道(京都府・兵庫県) 1P
     竣工年不明の人道サイズの隧道(おそらく明治時代中期)。山陰道から青垣の熊野神社(1500年代建造)に寄り道する道筋。戦後に車道化する計画があり、切り広げて切り通しにする途中で放棄されたので変なことになってる(写真参照)
  16. 高尾谷隧道と鈴鹿隧道(三重県・滋賀県) 1P
     かつて国道2号線(1号線)鈴鹿の関に控えていた鈴鹿隧道とうり2つな風貌の隧道。三つ鉾ピラスターに下見板張りという特異な意匠をもつ。鈴鹿隧道は改修されたが三つ鉾は現存。それを寸法比較する。(三つ鉾意匠の伝搬:愛媛県にも)
  17. 国栖隧道(奈良県) 1P
     「明治工業史 土木編」に「明治年間に廃止された」とある幻の隧道。現地には大正2年竣工・昭和44年?改修という南国栖トンネルが残る。旧隧道はどこへ行った? と現地へ行ったところ・・・(東熊野の絡みも可能。無理しないでいいか)
  18. 六甲ドライブウェイ旧道 1P
     京阪神でもっともにぎわう観光山・六甲山に初めて付けられた登山道路は昭和●年製! 昭和13年の大水害で壊滅的打撃を受け、放棄されたその道を求めて彷徨う。 絵葉書との対比あり。
  19. 有巣峠 1P
     これは・・・もういちど歴史を読まんとわすれてしもうた。明治年間に荷車道化、昭和●年代に廃止された街道ショートカット。さらに後年作られた短絡林道もものの見事に廃道化。旧旧車道の地道のつづら折れが美。
  20. 安治川隧道 2P(とかゆう)
     戦前唯一の河底隧道。存在はもちろん構造、建設方法もユニーク(エレベーター建屋と基礎を井筒工法で築造、トンネル部を丸ごと沈埋敷設など。トンネルでもあり橋でもある構造物)。稼動時の写真と詳細資料を大阪市土木部に頂いている。頑張ったら内部見られないか・・・(現在は歩道部のみ解放されている。執筆&KINIASにかこつけて)
  21. くろまんぷとあかまんぷ(兵庫県) 1P
     猪名川沿いの難所に作られた、明治14年竣工の道路隧道・くろまんぷ(現在は車道)と、明治42年に作られた新道のあかまんぷ(杤原隧道・埋没)。意外なところにさりげなく残る道路遺構の紹介として。

    大津古谷木馬道(奈良県) 2P

    川上村に現存する最長級の木馬道跡。石垣、橋台、岩屋、隧道跡、廃公園あり(?)

    王子橋(京都府)

    「廃道をゆく1」でちらっと紹介。明治●年竣工、組み合わせ環石による石橋。皆無ではないが非常に珍しい構造。ここなら再撮可能だな。

そして請取峠。これは許可が降りないと書けない。ルポにはならんと思う。かといって道場で掛け合うネタでもないのだなあ。

すごくわがままを言えば、特殊フォーマットでがしがし書きてえ>請取。これに限らず、もうちょっとじっくり紹介できるページがあってもいいと思うんだ。(いやいや、歴史カテゴリ継続させるのなら入れられるか)。

ともかく遺構にはあまり華がない。資料で掘り起こしたほうに価値がある。そういう楽しみ方も廃道はできるということを示す記事として。

以上、数撃ちゃ当たる方式で既出ネタ中心のピックアップ。他の方に頑張っていただかないといけない・・・。

企画ページ・道と人の試し書きとか(ぉ。「そういう人いるよねー」という展開になる。顔写真とその道。ああ三重行きてえ福井行きてえ。

標識ネタ@廃道は泣きたくなるくらいにない。大杉谷は大杉谷で使うだろうし。通行止も同じ。

理念ねえ・・・。あんまり変わってないな。

本日のツッコミ(全1件) [ツッコミを入れる]

_ おろろn [お久しぶりです 深霧隧道、東側坑道残存可能性有]


2012-01-22 この日を編集

[橋梁] メモ

長過ぎなので未来に書く.大阪市『第一次大阪都市計画事業誌』(1944)より引用した.第一次都計事業で完成した橋梁の一覧なので,例えば安治トンや新淀川新橋については載っていない.ここからどう料理するかは考えていない(爆.

埋め立てられた河川のルートをGoogle Mapsに落とし込もうとしたが,手元のコピーでは微妙にわからん・・・特に河川名や橋の名前を読み取れないところがある.市立かどこかでゲッツしてくる予定.

[独言] おしごと多分終わり

くらいあんとに査収され,あのままで行きそうな塩梅.これで一息つける….この後さらに上に上がっていくことになる.そこでどうなるかはちっともわからないが,とりあえず笑わせることができたので満足である.

このネタ,ORJで使うのはもうしばらくあとになるのだろうな.若干惜しいが結果が出てからでも良かろうばい.


2015-01-22 この日を編集

[煉瓦刻印] 三石高級耐火煉瓦@旧大阪府庁

画像の説明

再び三石駅長さんにコメントをいただいた.せっかくなので毎度毎度言及している報告書の図をスキャンして掲げておく.最初からやれと>nagajis

これが三石高級耐火煉瓦のであれば大阪府庁の建設時期・改修時期と合わないよな,と思ったら,報告書のほうにはそのことがちゃんと書かれてあった.表層で採取されたものであって,府庁跡地に建てられていた府立産業技術総合研究所に由来するものだろうとされている.そもそも「三石高級」との書き込みは油性ペン(いわゆるマジックインキ)で書かれたものとみられ,その発売が昭和28年以降であった.

画像の説明ついでにこの図も引用.大正時代に増築された南翼の一室(56暖炉周辺)で見つかったもので「Mitsuishi.」とだけある.同じものを大正煉瓦曽根工場跡付近で採取済み

…と思ったら若干違うなあ.大正煉瓦跡地に埋まっていたのはupper-caseな「MITSUISHI」だ.ふむ.

MITSUISHI耐火煉瓦刻印

報告書では三石耐火煉瓦(株)を想定するものの断定はしていない.両翼が増築された頃,三石には三石耐火加藤合資会社,三石白煉瓦合資会社,三石耐火煉瓦製造所,三石窯業株式会社など「三石」を冠する会社が多数あったからだ.

上記の会社のうち,三石耐火煉瓦加藤合資会社は三石耐火煉瓦の縦書のと似たフォーマットのが堺市で見つかっている.加藤は兵庫で耐火煉瓦製造をしていた会社.そことの合弁企業のハズ.三石窯業は大正五年に取得した商標がある

[煉瓦刻印] 三石窯業耐火煉瓦

三石窯業耐火煉瓦刻印

こちらが正真正銘の三石窯業の耐火煉瓦.二山に三.なぜか南海線の線路脇に転がっていたので回収しておいた.耐火煉瓦は基本的に撮影だけのことが多いが(だってキリがないし重いもの),これは特別だ.

同じ頃三石耐火煉瓦(株)は一山にローマ数字の3(Ⅲ)のような商標を取得した.その刻印が入った耐火煉瓦がどこかで見つかっていたはず.そして大正11年には飛行船マークを出願&取得し,実物が舞鶴の煉瓦博物館に展示されている.

こういう情報は一箇所にまとめて書いておくべきだな…あとで探すのが面倒だ.

[D] いつだったか覚えてないけど

夢の内容を珍しく憶えていて、メモしておかなければと思いつつそのままになっていたことを今更思い出した。間が空いたせいで一部忘れるというていたらく。

キリンのような馬のような、正確にいえばそのような動物の四肢と胴体だけのような四足のロボットに乗って放浪の旅に出ることにした私。なぜそのようなものを入手したのか、それで旅しようと思い立った理由も思い出せたはずなのだが、その肝心な部分を忘却してしまったのが惜しまれる。ともかくそんな旅に出る決意をした。

けれども誰も構ってくれない。

周囲に人がいて、その集団の隣でうんとこうんとこ乗ろうとしているのだが誰も私に気づかない。敢えて無視しているようでもある。そういう放置には現実で慣れているつもりでいる自分にも拘らず、やはり心のどこかでは寂しがっているようで、どうやって周囲の気を引こうかと考えつつ、惜しまれない旅立ちのほうが自分には相応しい気もして、どっちつかずにうんとこすんとこやっている。幸いなことに四足ロボットは非効率的で操作が難しい。なかなか出発することができない。意図して、と意図せず、の中間点にいてやきもきしている辺りまではよく覚えている。その後どうなったか(続きを見たのか忘れてしまったのか)はっきりしない。

あまりに現実に即していてワロタ。


2019-01-22 この日を編集

[煉瓦][煉瓦刻印] バンレン 35 4(続)

画像の説明

件のバンレン煉瓦。三本線マークから「4」まで比較的はっきりと打刻されている。とりあえずこっちを「表」と呼ぶことにする。 画像の説明

その裏側は三本線マークが見えていない。「35 4」だけが読める。「裏」と呼ぶ。

この煉瓦は全体が軽く反っていて(極端に言えば長手が「へ」の字型に反っている)、「裏」側に向けて凸になっている。実物はさほど顕著な反りではないけれどもスキャナガラスに載せたりすると覿面にわかる。 画像の説明

この反りは土練押出機で製造した機械成形煉瓦に特有の症状らしい。押出機の絞り金のところで、絞り金に接している粘土と中央付近の粘土とでは粘土に加わる力が異なる。粘土も一種の流体と考えると濡れぶちと中央で流速が違うのは理解される。

んで、それをピアノ線で切断すると、最初は真っ直ぐなおナマができるけれども、それを乾燥させたり焼いたりすると、粘土中に蓄積された応力が開放され?あるいは流速の違いにより生じる粘土の不整斉が顕在化して?反ってしまう(このへんは「赤煉瓦産地診断報告書」参照、したいが資料山に埋もれて見つからぬファッキン)。

図の反りは逆かも知れない。中央が左に強く押されているのが元に戻ろうとするので煉瓦全体は右に反るはず。上の「表」が進行方向。

バンレンではおナマを一次乾燥場に運んで約一週間乾燥させたと聞いた(昭和20年代の話)。またバンレンの刻印は一次乾燥場で煉瓦をひっくり返す時に使う道具に刻印が作り付けられてあって、そこへ落とすことで打刻したとも聞いている。この道具ちうのは作業台のようなものであるようだ。

んで、もしこの打刻が粘土が乾燥する前に行われていたとしたら、上写真のような掠れは生じないはず。いくら粘土が反っていたとしても板の上に落とした時点で反りが戻ってくれるだろう。そもそもそんな柔らかい粘土をボトンボトン落としたりひっくり返したりできまい。

そうではなく、ある程度乾燥させた時点で件の打刻を行なった結果がこの煉瓦になるはずだ。強く打てば凹みはするが煉瓦全体の形は変わらないという程度の乾燥状態(=手で持ち上げたりできる程度の乾燥状態)で落として打刻した故に播煉マークが出たり出なかったりしている。

画像の説明 表は「〔播煉マーク〕」から「4」まで綺麗に打刻し得る。実際「表」の刻印は播煉マークや「4」の頭が妙にはっきりしている。「5」の下の方は掠れ気味だ(「4」も下は掠れ気味か。平全体がくぼみがちだからだろう)。

画像の説明

対して「裏」はこうなり得る。これで煉瓦が変形するくらいの生乾きであったら、伸びて播煉マークまできれいに打てることだろう。

中高の反りをした機械成形煉瓦は「カネ○」刻印煉瓦なんかもそうだった。反ってるものだから積んで置いとくのが怖い。

結局この反りは解決されたのだろうか?それとも諦められたんだろうか?播州の煉瓦は比較的遅くまで手成形をやっていた節があるから(日成産業とか)結局なぁなぁで続いていたのかも知れぬ。そういうところ、今からがんばって聞き取り調査とかしたらわかるんだろうけどなあ。。。

といったことを眠い頭で書くのはむり。

[煉瓦工場] 北海道編にとりかかる

画像の説明

6時間ぶっつづけても1枚半かよ。

http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/806182/27


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