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旧道倶樂部録"

nagajis不定記。
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2012-08-28 [長年日記]

[コアダンプ][奈良近遺調] どんどん敵をつくる

積年の宿題のつもりで橿原神宮を再訪したのはいいが(よくないという話しもあるが)、そこで興味深い水準基標(というのかどうかは知らない)を発見し、これはひょっとしたら神宮建設時の基準点なのではないかと想像し(妄想ともいう)てしまったからさあ大変だ(自分でやっといて何が大変だ、だ)。身の程もわきまえずに社務所に突入して迷惑がられた。結局は教育委員長さんなり何なりの偉い方の判子がなければ動いてくれんのだ(当たり前だ)。そして足が痛くなかった。

自分よりも格が上の人だったり、大きな団体だったりに相談事を持ち込む時、上を通してコンタクトすることは社会通念的に正しいことだとわかってはいるつもりでいる。せっかく委託してもらった身なのだから、委託してくれた人を「利用」するほうが賢いこともわかっている。けれどもその委託が解けたらどうなるんだろう? 結局は自分の身一つで勝負しなきゃならないじゃん。だったら今もそうしたらいいじゃん。なんか失敗したら尻尾切りして捨ててくれればいいんだし(上の人の首が怪しくなるようなことはしてないつもりだ)。というような覚悟で歩いているつもりでいる。社会通念を守れるほどの社会経験も素直な心も持ち合わせていない。ほんと、nagajisは役に立たない。身分証並みに役に立たない。ここでもう一度足のことを持ち出したらますます筒井氏の真似になるのでやめる。

その他、深田池が土木遺産相当の物件であること、帰ってからネットを見て洞池や共同井戸なんかもあることがわかった(帰ってから気づいたので立ち入ってはいない。するなら宮内庁に申し込まないと)。後者は結構デリケートな扱いになる。果たして公の刊行物で取り上げてもらえるのかどうか。せっかく竣工記念碑見つけたんだしなあ。載せたいなあ。せめて一次調査票くらいは書いてあげたいよなあ。

難しいのよね。生半可な知識しか持ち合わせていない人間が首を突っ込めば、ただの珍玩にしかならないだろう。深く学んでからしようと思ったら途方もない時間を要する。うえにその側へZBZBZBと踏み込んでしまいそうで、そうなったが最後その立場でしか喋れなくなる。どちらか一方に立つことが嫌なのだ。自分自身はそうだと知ってもちっとも気にならないことなんだが、あえて声を大にして語り継いでいくことよりも黙って忘れ去らせるほうが(どっちにとっても)得だろ、というのが持論。それを貫くならばなおさら面倒くさいことになる。

拠り所にするなら、やっぱり技術なのかなあ。技術は誰でも平等に恩恵を受けられる。分け隔てすることがない。一歩間違うと科学万能主義の弊に陥ってしまいそうなくらいに技術を信じている。だからこそ土木遺産とか近代化遺産とか云々言ってるのだ。橿原神宮外苑だって、偏った皇国思想とその反動との狭間で宙ぶらりんになっている状態を技術視点でなんとかできそうな気がしているからこそ再訪したりしているのだ。実は神武天皇稜のギテー地が怪しいとか、本当の地でマンセーを叫んだとか、は正直どうでもいい。今から約70年前にそれが本気で信じられていたことや、その思想の元で沢山の人が働き、橿原神宮が作られたことを「そういうもの」として理解するだけでいいんではないか。それが正しいことだったのか、正しくないことだったのか、白黒つけようとするからややこしくなるんじゃないか。

とは書いてみたけれども、技術=善の観点から見ようとしている時点で同じ穴の狢なのかも知れない。そう、=善としちゃいけないんだな、ここで。

で、結局橿原神宮外苑道路のどこがレムニスケートなのかはわからずじまい(ばく)。もうちょっとしっかり書いておいてほしかった>藤田氏。 BMもNo25の一本しか見つけられなかった。

結論。あんまり敵を増やすと生殺しにされちゃうよ>nagajis。すでにそうだけど。最近は自販機にすら顔認証がついているご時世だってこと忘れるなヨ。

[独言] 結果的に節電の夏

この夏は結構エアコンを回したつもりだったのだがいつもの月と略変わりがなかった。増えてはいるのだが目玉が飛び出たり冷や汗が垂れたりするような上がりぶりではない。これだったら暖房に使ってしまった数年前の冬のほうがヤバかった。

なるべく外に出るようにしてたのが良かったのかな。

[独言] TF101

TF101があるお陰でいろいろなことが捗っている。目的地の行き帰りに原稿打ったり書いたことが気になったときにちょちょっと手直ししたり過去に書いた記事pdfを出先で参照したり。もしこのマシンが10年前にあったらもう少し実のある旅になっただろうし、書く癖もついていただろうと思う。

IMEをいろいろ試した結果日本語フルキーボードに落ち着いた。これが最も違和感なく使えている。変換エンジンはOpenWnn固定で。辞書登録できないのは辛いがそれを避ける工夫ができないでもない。単漢字の語彙はたくさんあるしね。要はBeIMEとか初代ことえりと一緒だ、使えないなら使いこなせるようになればよい。使いこなせなければなれるように慣れるまで、という話。

電車の中で打っていると左右の人に圧力がかかる。満員の時には使えない。空いたとき、座席の端に座れた時、あるいは大和路快速でボックス席ゲットした時だけがOKタイム。ポイント数でかくして書いているので隣の人にまる見えだが別に官能小説書いたりしてる訳じゃないんだから堂々とおっぴろげている。キモい人と思われても構うものか。もとよりキモいのだnagajisは。

そういう開き直りがあるせいか、はたまた人前であるせいで書き急いでいるのか、案外すらすら文字が書けている。不思議なものだ。巣束で勉強とか図書館でカリカリしているとかと同じような効果があるのかも知れない。自分がやっていることが人より優れてるなんてことは微塵も思っちゃいないが。規定期日までにまとめられない能無しだからいつでもどこでもダラダラ書いているだけだ。

[独言] 涼

昨晩あたりから「涼しさ」を感じられるようになった。いつまで経っても生ぬるい感じしかしない夜ではなくなってきている。有り難いことである。

そうなんだよな、9月に入るとこんな感じなのだ。昼間は滅法暑くてパンツが腐るかと思うほど汗をかくのだが、夜になれば涼しくなって鈴虫蟋蟀の音も清い。こういう季節がいちばんうれしい。その昼の暑さを「残暑」と表現する言葉のセンスも捨て難い。残暑いいザンショ、とか無駄口を叩きたくなる。

そんな季節がいつまでも続いてほしいものだが、そうでないところにも日本のよさがある。肌寒い秋が来て、霜が降りて、冬が来て、また春が来て夏が来てというサイクルがあるからこそ今がいちばんいいのだ。せいぜい今を謳歌したまへ>nagajis、とうまく纏めてしまったのが残念だ。もうちょっとグダグダしないと夜は長いぞ。

[独言] きにちょ

TF101を持っていったお陰で帰りながら追記という姑息も可能になった。その場で完成原稿になることはまずないが、骨組みくらいは仕上げられた。ここからまたしばらく生理のもとい整理の日々が続く。まあたダダ長くなるな。ていうか本編どうするのさ。

きにちょの本願は、あれこれな方面に一度に手を伸ばさないといけない自分にとっての備忘録である。きっちり読み直すことはなくても、あそこで書いた、ここで書いた(筈)という記憶は残るので、あとでその場所を参照できる。自分にしかわからない言葉で書いておいても何とかなる。なかでも一番記憶に残るのが、あれ曖昧なままで書いちゃったなあという部分。次に書くとき何を抑えるべきかがわかっていると、例えば図書館でそれ関係の本を探したりできる(漠然と行ってしまって失敗すること多々ありなので)。そういうものを憂慮卯しに乗せるなという批判は甘んじて受ける。度重なれば嫌でも方針を変えたくなるだろう。

ちなみに自分の中ではあの記事を「きにちょ」と呼んでいる。テキストで書いている原稿のファイル名もきにちょである。謎のきにちょファイルがどんどん溜まりつつあるTF。他人に拾われたらえらいことになる。しかしメールもwebのパスも記録されていないので実害はゼロのはずだ。そのへんはちゃんと考えてある。

[料理] 今夜はラーメン

野菜の価格が平常通りになったので野菜たっぷり生活に戻っている。今日はラーメンを食った。キャベツの葉をむしって入れて輪切り茄子を放り込み卵1ケを落としただけの代物だが旨かった。袋ラーメンはうまかっちゃん派である。子供の頃日曜日のお昼はたいていうまかっちゃんだった。そこに焼き豚が入っていた記憶はない。常に野菜が多かった。当時はそれが嫌で嫌で仕方なかったが、いざ作ろうと思うとそういうもののほうが落ち着く。肉を食うと贅沢した気分になり罪悪感を覚える。昼にこんなに食っていいものかと思う。

一時期はサッポロ一番みそラーメンばかりだった(毎日ラーメンという意味ではなく、たまにラーメンを買うと味噌ラーメンに手を伸ばしてしまうということ)。それがうまかっちゃん回帰したのはなぜだろう。余りご飯に汁かけて食う侘しさに耐え切れなくなったためか。それとも「それじゃ猫マンマと同じやん」と気づいてしまったからか。わざわざ味噌ラーメンを作って残り汁をかけるよりも味噌汁を作ってかけた方が炭水化物過多にならないだろうからな。

一昨日の晩は蕎麦だった。蕎麦2把をぶっ茹でてもぐもぐ食ったれと思い、その通りを放り込んだはいいものの、規定時間以上茹でてしまってちょっと大変なボリュームになった。何とか余すことなく食い切ることができ、蕎麦栽培農家への顔向けもできたている次第なのだが、相変わらず進歩がないと思う。そういえば麺類の「ちょうどいい量」を測るのは難しい。物足りなくも余りもしない量を茹でるのは大変だ。筒井氏曰く「自分の勃起した陰茎の直径が適正量」とのことだったが、強ちただの戯言というわけでないように思われるのが嫌らしい。いろんな意味で。

食い物のことを書いていたらまた腹が減ってきた・・・。袋ラーメンも量の調整が難しい。消化がいいせいかすぐに腹が減ってしまう。かといって1.5袋2袋を茹でると確実にダレる。最後のほうを美味しく頂くことができない。単価100えんくらいで一日持つ食いもんなんてないもんかしら。タコの入っていないタコ焼きなどはいい線を行っているような気がするが試す気にはなれない(タコ焼き器ないしな)。お好み焼きも案外早く消化されてしまう。あれは疑似広島風だからだろうか。溶いた小麦粉に刻みキャベツをみっちり入れて焼くタイプのものであればもう少し腹持ちしそうな気がする。

人間はなんて贅沢なんだろうと思う。米と味噌だけでも生きてはいけるのだ。それに飽きたりするから他の料理に手を伸ばすのだ。美食文化を否定するつもりはないが、そういう気分でない時に満足させられる何かを用意しておいてほしい。あるいは美食欲を抑える何かがほしい。貧しいから買えない作れないというのは勘弁だけどもな。

[独言][未消化] いろいろ

落ちていたU字の金具はカン(うろおぼえ)なんじゃないかと思うのだが、 楔様の金具が必ずセットになっていた理由がよくわからない。まるでベルトの金具とそのベロのような関係。

S6修正高野山に「牛馬軌道」として書かれてる。じゃあ伯母子岳に続きが載ってる筈・・・なのに何で気づかなかったんだろ。

豆トロの車輪がぶ厚いのは、直径が小さいからではなく「木軌道」をうまく噛むためだったのではないかという仮説。無理無理、妄想でしかねえ。

大和西大寺駅の橿原線の出発ホーム、橿原神宮駅の南大阪線ホームはJR天王寺駅の大阪行き並みにトラップ。普段阪急宝塚線しか乗ってないからこんなに迷うんだと思う。

道路の改良「産業道路」。元から府県道だったような重要な府県道が地方長官管理・内務省監督の道(主要府県道)になり、それを改良するために「産業道路改良予算」がついた?それが産業道路? そういうことに検索が答えてくれた試しがない。

[独言] そうして今日もまた切符を無くした

買った切符は必ず財布の小銭入れに入れるようにしている。でないと無くすからだ。そのことを徹底しはじめてもう数年が経つはずなのだが、また今日も切符を無くした。また梅田からの帰りだ。岡町駅の駅員さんに「またか」という顔をされ、まるで汚い野良犬をシッシするかのうように、あるいは慈悲たっぷりなまなざしをもって、切符を通さずに抜けられる改札を送り出されることに辟易している。なので今回は最初から220円を用意して渡してこれこれこういう理由でございますと断ったうえで有無を言わさずに出てきた。我ながらちいせえなあと思う。それに梅田から乗ったという証拠がない以上220円が適正料金だと判断してもらえるわけがないではないか。くそ。仮に京都から乗っていて同じことをしたら200えん以上も浮くじゃないか。そうでなはいことを証明するために切符があるんだろうが>nagajis。

いったいどうして切符を落とすのだろう。最初に改札を潜る時に右手で切符を取るだろ。それを胸の財布に持っていって仕舞うだけの作業じゃないか。時間にして1秒もかからない動きじゃないか。なんでそれを忘れるのだ。そこでポケットに手を突っ込んだり鞄を持ち直したりするから無くすんじゃないか。それはわかっている。わかっているけれどもしかし、それをし忘れるのだ。やらなければならないと分かっていることがその通りに全部出来たら人間みな君子になれる。戦争のない平和な社会も築けるだろうし船場吉兆の女将がテレビで醜態を晒すことも長島が一塁を踏み忘れることもなかった。人間の必然なのだ。きっとそうなのだそうに違いないのだ。そう考えて慰めることにしている。

[独言] 結局もう一食食った

冷蔵庫の奥底にハムが1パック残っているのを発見し賞味期限も消費期限も確認しないまま投入してモリモリ食ったった。変な味はしなかったのでたぶん大丈夫と思う。卵も入れたので動物性タンパク質てんこ盛りだ。おお卵よおおハムよ我が肉となれ血液となれ。ついでにこの目のショボショボもなんとかしてほしいものだ。

食べてすぐ横になると牛になるというけれども、横になって飯を食うことの多い自分は牛以下になるかも知れない。このはしたない癖は狭い1テン生活で培われたものだ。大きな前室を作ることのできるダンロップのRー107は雨が降ったときに特に重宝した。テントの中に居ながらにして飯が炊ける。ただしそこで座位を取り飯を食うのは若干難しい。天井が足元に向かって傾いているので心地後ろに下がることができない。かといって前に出すぎると水が滴る。入り口の網も邪魔だ。中に籠って飯を食わねばならぬ。すると勢い横になったまま食うことになる。牛以下の完成である。

それほど頻繁には使わなかったが長年使い続けたせいでポールを入れる袋に穴が開いた。ポールのゴムは切れていないので一本二本が飛び出すことはないが、インナーを釣る青い棒(これだけ単独のパーツなのだ)が落ちて紛失するところだった。それを機会に袋を新設し、さらに重たくかさばるものになってしまった。材質はケツが破れたジーパンの裾だ。ケチらずに丁度いい大きさのスタッフバッグを買ってくれば良かったと若干後悔している。

[KINIAS][奈良近遺調] 調査票かく

31日に調査委員会が開かれるとのことなので慌てて調査票を書いている。これまで撮影し貯めておいた道路元標を一気に調査票化したらなんだか水増ししたかのような勢いに。そういうつもりは毛頭なのだが、候補リストにしつこく入れ込んだ割に誰も調べてくれてなさそうなのと、それくらい忘れられている付帯構造物がちゃんと存在していることを証明するためのつもりで書いている。町制施行で建て直した畝傍町(最近周辺が苅り払われて目視しやすくなった)とか奈良市の復元された里程原標のように地元の方に注目されつつあるものもあるのだ。そういうことを書いて皆に知らしめたい。そうして各地の元標を今一度確認してもらいたい。特に元標に関しては全市町村で徹底して調べないと意味がない。一次リストには載っていい物件だとは思うが、現存が知られているのに調査票が上がってこなかった場合、リストに載らない=現存しないと勘違いされる=変に調査欲を刺激=新発見した!と糠喜びする人続出、という構図が今からでも見えるようだ。自分が書いた元標だけしか上がってこなかったら尚たちが悪い。

西河橋小倉橋は8月月報の古写真を追加。加えて先日の下北山行きの際に撮ってきた歪んだ綾構の写真を追加。すでに川上村の調査員さんからあがってきているのだから越権行為かも知れぬ。しかしそこに漏れていて気づいてしまったことがある以上、書いて残しておかないと物件に申し訳が立たぬ。

長殿は調査票より付録資料のほうが長いという極悪仕様。して索道と軌道と堰堤を分けたった(水増しじゃないぞ!)。請け取り峠も年表を加えて再提出。二次調査対象にしたいとか、せっかく調べたんだから自慢したいとかいうわけでは決してない。決してだ。

橿原神宮と池はまだ。五新線も作りかけて置いている。地元の調査員さんの動向を見極めてからでも遅くないだろう。

本日のツッコミ(全3件) [ツッコミを入れる]
_ tyaffic (2012-08-28 04:22)

昨日、知らぬ神社でフラフラしてたら安全パトロールをしていた古老と出くわし、使い古し出来合い挨拶から古老と打ち解けての話しを散々した挙げ句、それでは!と格好付けて歩いた道が間違えた幼稚園への敷地で、周囲からの白い目を受けて顔を真っ赤にして退散したのが私です…

_ nagajis (2012-08-28 04:30)

米沢市の河川敷で一人旅の寂しさを如何ともし難く近くにいたルンペンのおっちゃんと打ち解けて二人して鳥手羽先入りカレーを作り貪り自由を謳歌しオチがなかったのは私です!

_ 38kw (2012-08-31 12:41)

昨日の敵は明日の友とか言うじゃないですか<br>友達いっぱいだよヤッタネ


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