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旧道倶樂部録"

nagajis不定記。
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2006-03-17 19日 この日を編集

雨かなあ・・・

再び天気が悪くなる模様.もう少し様子を見てみよう.土曜日の時点で降水確率が50%をうわまっていたら、21日(火・祝日)に延期.夕方に結果をupします.

市町村道と里道と廃道

先日宇治市の市役所に行ってきた.本当は自分の知りたかったことと先方さんが伝えたかったことが齟齬していてアレだったのだけど、ずっと疑問に思っていたことが解決したのでよしとしよう.

 OFF会で目指す隧道について書かれた資料によると、隧道のある道は「里道」なのだという.これは俗称ではなくて、ほんとに「里道」というカテゴリがあるのだ.明治9年に道路が「国道」「県道」「里道」の3つに分けられたとき、どんな小さな道でもすべて国の所有物となったため、山道や田畑の畔道も「里道」に加えられた.のちに大正8年、近代的な道路法が作られたとき「国道」「府県道」「郡道」「市道」「町村道」の5つに再分類され、ほぼこの通りで今日に至っている.大正の旧道路法が成立したとき、明治時代の里道のうち主なものについては市道・町村道に編入されたが、それ以外の小さな里道は法的には道路とみなされず、「里道」という名称のまま、国の所有する公共物とされた.それがつい最近までずっとそのままだったらしい.これらの忘れられた道は道路法などの法律で規制されない公共物という意味で「法定外公共物」と呼ばれているそうである.
 所有者は国だが、管理は市町村が担当する.ちょいとねじれた構造だ.それを正すために、昨年、市町村に返却されることになった.現状で道の機能があるものは無条件に、それ以外の里道も申請すれば無償で貰えたそうである.

 結局何が言いたいかというと「あの道の所有者は誰?」ということだ.実は私有地で無断立ち入り云々というヤヤコシイことになりはせぬかと心配し、それで市役所に行ってみた訳である.が、結局あの道は、もとより里道ではなく、市町村道として登録されてあったのだった.まあ、これで大手を振って歩けるのだから、どちらでもいいといえばいい.

 これも初めて知ったこと.市町村では町村道を記した「道路網図」という地図を販売している.10,000分の1という結構な縮尺の地図に、赤線でびっしりと市道が書かれている.地形図にも道が書かれていないような山のなかにも赤線が引いてあって、ホントカヨ!と思わずにいられない.しかしやっぱり、法律上登記上は道なのだ.いったん道として登録されるとそれを「道でなくする」ことはほとんどないと担当者氏.
 ただ、こんなことも言ってはった.市道に認定されていても、現地に明確な境界線があるわけでもない.何分古い時代の話だから、いつのまにか「私有地化」しているものもあるだろうと.公道だからといってずかずか入り込むのも考え物かも知れない.あくまで最後の逃げ口としてとっておくべきかも.

本日のツッコミ(全5件) [ツッコミを入れる]

Before...

_ レオの兄貴 [本日はお疲れ様でした&ありがとうございました。 隧道は残念でしたけど、皆さんとお会いすることができて、本当に楽しく過ごすことができました。 次回も是非参加させてくださいね〜。]

_ 学生服のヤマダ [確信の少ない情報にもかかわらず お集まり下さいました皆さまありがとうございました。 成果は^^のようですが また誌面で見えるのを楽しみにしております。]

_ 絹路 [遅ればせながら、皆さんお疲れさまでした。 広島からの新幹線&徒歩の日帰り参加はご苦労様です。 日曜日に先行視察に行った時は、一瞬ガセかとも思いましたが昨日の調査と、nagajis氏の資料、峠ピーク..]


2008-03-17 作業報告 この日を編集

[独言] データのバックアプ中

作業が一息ついて、版下データをバックアップ中。今号は全面psdなページが少なかったせいかいつもの3/4程度の1.5GBほどだ。それでもコピーするのに数時間掛かる。この間まともな作業ができないので部録"でも更新しておこう。

PM6:00、まだ残り40分・・・。

[web] EDITOR'S ROOM

各自のコンテンツを持ち寄ってサイトをにぎわそうという計画。nagajisはこの機会に報告書の手入れをしようかと考えている。時間がなくて全然当たれてないからな。.htaccessでリダイレクトしているのでリンク変更の必要はありません>リンクしてくださっている皆様。この部録"もそのうちnagajis.the-orj.org下に移動するかも知れない。

ついでに分水嶺辞典やその他のページにORJの広告を入れてみた。広告料が入る訳ではないが宣伝にはなるだろう。

[web] おまけ壁紙作成

毎度遅くなってしまうが壁紙作成。個人的に地味系が好きなので地味なものばかりだ(北摂線描はちょっと失敗気味)。大きさ等希望があれば作りますのでお教えください。ちなみにバラすとnagajisは息抜のページを壁紙にして使っている。ザ・自給自足。

フォトショを使っている割にはあまり凝ったことができない。もうちょっと上手くなりたいものだと思う(レイヤーマスク等、ちゃんと使いこなせていない)

[ORJ] 次号担当分

次号予告にはいろいろ書いているけれど、正直なところどこまで行けるかわからない。そもそも廃読は廃読の括りが必要なくなってるし、ネタもないのだからいいかげんやめといたらと(毎回)思う。不評だしな・・・。今は号数を数えるための目印にしかなってない。

定番記事
旧橋
最近ガチ気味になっているのでもっと軽いのにしたいな。今のところ心斎橋を予定。それほど長くなく「古いぜ〜」のノリで。
TRDB
(例の追加情報が入らなければ)インクラインのねじりまんぽか逢坂山隧道で行こうと計画中。
北摂線描
カイモリ峠。アンケートでもコメントをいただいているがもうちょっと変化をつけないとだめだなあ。(自分のなかで)中途半端にメイン記事化しているのがいけない。手を抜くなら徹底的に、そうでなければもっと変えていかないと。
探近土
テーマ的には湊川隧道なのだが、琵琶湖疏水の直後だけに大物続きになるかなあという危惧が。もっと身近な、ライトな感覚の記事でいいと思う>探近土。でないと寄稿しにくくなるし・・・(今の旧橋みたいに)。もしこの括りにしなかったとしても湊川は書くつもり。

準特集
明治隧道project
時期的に入れなければと思う。が、他の記事の進行状況によるな。
湊川
歴史的な背景は隧道保存の会や神戸市のサイトでかなり詳細に書かれているので、むしろコンサートのようすや内部の紹介に力を入れたほうがいいような気がする。保存に至った背景とか・・・(はほどほどにしないとアレか)。
徳川道
前回の探索で学園都市の辺りまで歩いているので書けないことはない。この日の探索のヤマは源流への下り(前回分)だけでなく、源流から藍那道へ上がる部分、白川への下り、学園都市に上がる箇所(ここはちょっとロスト気味だが)がある。全部を入れれば長過ぎるし1つずつではキリがない。ちょっと考えどころだ。
OFF
ミニオフどうしよう。
その他
次次号の発行が5/15でGWを含むから大きな探索ネタを入れたい(その予告を次号に入れたい)。久しぶりに泊まり込みでどこかへ行きたいものだ。関東にも行きたい・・・。村田鶴の資料も手に入れたいしな・・・とすると埼玉だけでなく東京とか茨木まで足を伸ばさねればならんくなるけど。
その他2
春日井市にも行きたい。面白い活動をしているNPOがある。先々月くらいに「ふるさと歌自慢」で知った(なぜか)

[web] どうもよくわからない

昨日一昨日の負荷率は0ポイントだ。モジュール版phpだと加算されないとか、そんなのなのか?


2010-03-17 この日を編集

寝起きの頭でシコシコ

きゅうけい

「頭に卵を載せる」を貼りたいところだが手許にない。どこ行ってもねえんだ・・・。

[独言] 大正5年夏・大阪府土木疑獄

が何なのかを調べに行ったが手掛かり那須。仕方なく朝日新聞を6月7月と読んでみたところで挫折&タイムアウト。2面7面を重点的に見たせいか(この範囲には)それらしきものがない。唯一、官有地の払い下げにからむ汚職で元府土木課職員2名が逮捕され*ていて*、その公判があったり伸びたりしていただけだ。他10何名とあるからこれなのかも知れないが。むしろ府報を見たほうがいいんじゃね? と帰りの電車で気づいて気落ちしている。

まあいい、工事画報コピってきた。OPACの罠(横断検索すると先頭一致で検索されるため「土木建築工事画報」がヒットしない)を忘れていた。ちゃんと市立図書館にある。「味舌村誌」と「土佐の名建築」は期待はずれもいいところだ・・・。高知県に「高知県営電気事業史」コピーを依頼するか、兵庫県立に行くか。いまは発電所本体の意匠に関心がある。発電所とともに作られたのだから同じ意匠であっていいはずなのだが、工事画報の図では判別できなかった(シンメトリックで縦に長い窓がついてるのは判別できるが)。むしろ水路隧道と共通項があるかも知れないがダムの底だろうし。

南国市に残っていた高知県営電気の建物、かつて存在した本社建物はアールデコという解釈(だったっけ?コピーを確認のこと)。確かにアーチの存在感は共通する。しかし「土佐の〜」ではドイツ表現主義風とされちょる。ピラスターが本当に機能に徹したものなら、表現として太くしたわけではないだろう。そのへん知りたい。

あ、あと、日露戦争に詳しい人教えてplzモードに入るべきかどうか迷っている。わかりそうでわからない。近衛歩兵第一連隊は確かに日露戦争に出征しているが、補充大隊ということは12月1日には実戦に参加してなかったor現地にいなかったということでFAなのだろうか(当然か・・・東京→広島→船で現地で何日も潰れるものな)。「実は村田は203高地の坑道戦に参加していた!」とかなったら(ゴシップ記事的に)面白いのだろうが、中澤さんで思い出した「第一聯隊史」ではそっちではなく沙河会戦に参加していることになってる。うーん。仕組みがよくわからん。花の梅沢旅団だったら鼻汁飛ばしてワラッチャル。村田が村田銃で戦った、と華南とか。

nagajis@the-orj.org

冒頭は篤農pdfを作ってたの表現だ。誤解してはいけない。しかもそのせいで眠い。しばし待たれたし>各位

うう、鼻風邪に発展しそうな咳が出よるばい。あったかくして寝れば汗をかくし、控えめにすると寒いし(当たり前だ)、加減がむずかしい。

本日のツッコミ(全4件) [ツッコミを入れる]

Before...

_ 饅頭 [オッキライさん。はじめまして。こんばんは。 唐突でかつ余計なお節介で恐縮ですが お金のかかるものは慎重になられたほうがいいと思うのです 結論を急がれないでじっくり検討してみてはいかがでしょうか ..]

_ オッキライ [「唐突でかつ余計なお節介で恐縮ですが」←いえいえ、参考になりました。お金のかかるものは慎重にじっくり検討したほうがいいですよね。もう少し検討してみたいと思います。饅頭さんも花粉症には気を付けてくだ..]

_ 饅頭 [オッキライさん、こんばんは ご返信ありがとうございます。 私は余計な口出しをしたのに、オッキライさんは私の意見をご考慮いただいて・・・・・・・うれしいです。 花粉症には十分気をつけます。 オッ..]


2012-03-17 この日を編集

[独言] すっかり忘れてた

今日発行だった・・・どうりで急にKDCのRef.が増えたわけだ。

[橋梁] 乙栗子橋

栗子乙!ではない。おとぐるすばし。昨年の今頃M先生と見に行った。

画像の説明

画像の説明確かにこれは、なまじっか橋に五月蝿いと分類に困ってしまう。2連の欠円充腹アーチともいえるし、余りに浅いライズにはアーチの特性を期待でき無さそうな気もする。雰囲気的にはやはり変断面のラーメン@2か。

[独言] 今日の収穫

畝傍跨線橋の竣工直後の写真見つけたった@大阪市立.が,遠景すぎてよくわからねえ….せめて設計図でもあればよかったのだが,宗光氏そこまで残してくれてはいなかった.その他2600年記念行事に関するあれこれ.あと,麦酒会社・北村化学研究所線に関する情報と写真と.そうしてまた北村~が何なのかわからずじまい.もうちょっとつっこめばルポれるかも.

北村~のほうだけ固有名詞なのは,「麦酒会社」がそもそも大日本麦酒(元大阪麦酒)を表す固有名詞的なものだったからかも知れません>高橋まさん.大阪で麦酒会社というと吹田のあの工場しかなかったので,それで通じたようです.通称「ビール線」.

帰りにとある思いつきがあり,一度尋ねた旧橋跡をもう一度歩いて帰った.予想通りにニアイコールな結果に.若干の例外も発生してて余計に面白いことになりそうだ.しかしこれをマジで検証しようとすると赤印を全部歩き直すさないといけない・・・それはいくら何でも困る.

[奈良近遺調] うぉぉぉ!

こっそりいろいろ仕込んでる!>橿原外苑道路.これが近代化遺産でなくして何としようとか道路史の定説をひっくり返す事実とか何とか煽っておきたい気分だが緩和曲線のことなんてよう知らんからな.出直して勉強してこい>nagajis

[独言] メール不調

なんでか知らんがすごく重い...

解決.Sendに大きなファイルが溜まってて,それを一所懸命スキャンしていたようだ.嫉妬に狂ったスーパーハカーの仕業とか一瞬でも考えてしまったnagajisはヒンズースクワットで校庭53周.

本日のツッコミ(全1件) [ツッコミを入れる]

_ 高橋ま [なるほど。 吹田は大阪麦酒(現アサヒビール)の創業の地ですもんね。]


2013-03-17 この日を編集

[KINIAS] なんでやねん

明日二次調査だというのに雨が降るとはどういうことだ。くそ。絶対晴れにしてやる。絶対にだ。

[KINIAS] 見学会

画像の説明琵琶湖疏水の流れ行く末を訪ねて京都市動物園やら平安神宮神苑やらを見て回る見学会。大変地味だが意外な発見が多く、得るものが多かったように思う。玄人好みな見学会だったと総括しておこう。なお写真はアカショウビンである。京都市動物園のイメージ画像のつもり。

画像の説明 午前中に単独行動で琵琶湖疏水の隧道群や本邦最初鉄筋混凝土橋を見て来れたのも満足。第二隧道吐口をそれなりに満足いく角度で撮れた。ここだけ視点場がないのが惜しまれる。公園の脇から降りていける小道つけたらええのに。あと第二呑口も意外に素晴らしいものであることを知った。

[道路遺産] 路線と個別物件を分けたほうがいいと思う理由

画像の説明

京都市左京区日ノ岡の車石。大津と京都を結ぶこの道には江戸時代に車石というものが敷設されていた。荷車が登りやすいように溝を刻んだ石を轍の幅に敷き詰めたもので、日本最初の車道舗装と見ることができる。度重なる改修で姿を変え、特に昭和初期の京津国道改修ですべて撤去された。無数にあった車石の一部は京津国道改修記念碑や日ノ岡の道の擁壁などに再利用されている。写真はその擁壁の一部。荷車の往来で深い溝が刻まれた車石をうまく使って擁壁兼記念碑にしている。「旧舗石 車石」という扁額までわざわざ作られている。

この物件は道路史上のマイルストーンとして貴重なことが理解してもらいやすいと思うが、日ノ岡越えそのものは車のエンジン音喧しい4車線舗装になっており、その道の姿には価値を見出してもらいにくいだろうと思う。かといって車石の存在を捨て置くことはできない。故に道とは別個にこういうものを「遺産」と認定すべきなんじゃないかと思うわけである。

車石についてはそれ専門のシンポジウムが開かれているほど研究が進んでいる。「車石」で検索されるとよい。

[]

(2)帯解町の四ツ辻の角、川のそばの上にあったが、道路が拡張されたためとられ、今はどこかに行っているが、たしか五ヶ谷街道の道路標であろうと思う。


2016-03-17 この日を編集

[独言] エンドプライヤー

これだ。私が必要としていたものはこれだ。これだったのだ。エンドプライヤーのお陰で足の小指の付け根にできて歩く度にズキズキしていた特大のタコを随分に毟り取ることができた。

これまで何度か爪切りで切ったりニッパーで切ったりしていたが角度がいやらしくて抜本的な処置にならなかった。以前使っていた100えんニッパーが行方知れずになったので新たなのを買いに行ったらこれを発見。試しに買って先ほどの風呂上がりにやってみると面白いように毟れる毟れる。毛が少ないと書いて毟れる。毟り砲台である。

まだ歩いてみてはいないが、ニッパーで処置った時よりすっきりしているだろうことは確実だ。


2018-03-17 この日を編集

[奇妙なポテンシャル] 歯医者と勝負する

今日小耳に挟んだ表現の話である。パートさんの義理のお父さんの言。

あそこの歯医者は勝負が早いから(気に入っているのだ云々)

などと使うそうである。今は大阪にお住いだが出自はチャキチャキの江戸っ子だと伺っているのである種の方言であるのかも知れない。しかし何とも妙を突く言葉だ。医者にかかるとか歯医者に診てもらうというと(そしてその行為自体も)受け身な行為という印象になってしまうが、「医者と勝負する」と書くと、その途端に人対人の対等なやりとりになって頼もしい。診察=一対一の真剣なやりとりなのである。

「結果」に焦点が向いているのもよい。治るのか、治らないのか。薬をくれるのかくれないのか。それが勝ち負けのメタファーによって明確にされる。いま抱えている身体の不具合を治してほしいから医者に行くのであって、その不具合の原因を即座に見抜いて適切な処置を施してくれたとしたら、まさしく医者の勝ちであろう。そういう勝負のはやさを望むだろう。患者自身が勝つことは期待されていない。なるほどそうか、この勝負は医者と病との勝負と見てもいいのだな。

どだい対人コミュニケーションはなんでも本来そうあるべきなんじゃないかと思う。 お客様は神様とばかりに妙に高圧的になる輩、その場を取り繕うだけの言辞でものを買わせようとする家電量販店店員、と「勝負」すべきである。コンビニに行って買い物をすることも「コンビニと勝負する」。王将で天津飯弁当を贖うのも「天飯弁当を勝負する」。注文した牛丼がなかなか出てこなれば「勝負にならん」。

というような用法を考えてはみたけれどもいまいちすっきりとしない。人対人の対面応接でなければこの語の感触は嵌らないようだ。コンビニなんか対人のナニカとは思えないしな。こちらの言葉を都合よく聞いて対応してくれるシステムにモノを買いに行っているようなものだからだろうか。言っても暖簾に腕押しで杓子定規な答えしか帰ってこないのであればそれこそ勝負にならぬ。刺すか刺されるかの真剣勝負であってみてもいいのでないか>コンビニ。

[ORJ] 総もくじ

そろそろ目次を作らないとと思ってファイル名を拾っていたら表紙の誤字とかナンバリング間違いとか出てきて恥ずかしいのなんの。生れてすみません。


2019-03-17 この日を編集

[独言] 本棚を新設する

恥ずかしい本ばかり読んできました。

画像の説明

この部屋に住むようになって初めてといっていい模様替え。新たな本棚を設置しパソコンの向きを変えた。新棚には文庫~A6版までの書籍を、元のスチールラックにはここに収まらない函装丁の本―――野幌窯業史とか日本の橋とか大阪の橋とか道路元標を尋ねてとか吉野の民俗誌とか揖斐郡教育会「道」とか昭和の道路史とか大阪安治川口の研究とか大阪市水道六十年史とか―――とA4版大型本---治山林道の変遷とか造幣局百年史とか日本の近代土木遺産初・改定版とか謎のお雇い外国人ウォートルスを追ってとか煉瓦のまちタイルのまちとか関西窯業の近代Iとか奈良県の近代化遺産とかTHEレイルNo.108とか長浜みーなとか五體字類とか---を置く。いまM6以上の地震が起これば、これらに潰されて死ねる。

長旅に出る前に筒井康隆の文庫本を全て処分したほかは基本的に保持して来れている。大学時代に貧しい収入を割いて購入した峠本も全てある。貧乏性なので捨てられない。いま自分の財産といえるものはこれくらいしかない(これと元本棚の資料群と、か)。

ちなみにこの本棚、裏にも置ける。そちらには辞書と消費される方面の本と、重石に煉瓦を置いてある。襖を開けて隣の部屋から取り出すという算段である。


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