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旧道倶樂部録"

nagajis不定記。
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2009-04-12 うーん この日を編集

画像の説明
こんな写真を撮りに行った・・・んじゃないんだけどな。姫路まで到達できなかったので晴天であったはず>Kateさま

[独言] そもそも

nagajisごときが天気をどうこうしようなどとは、おこがましいと思わんかね?

資料ゲットが目的の8割方であって、その資料は入手したのだが、知りたいこと2、3のうちの6割程度しか判明せず、かわりに1つ2つ小ネタを仕入れてきたという一日。昨日の作戦変更は5重円の2、3番目の円内。明治37年に関西鉄道へ譲渡された資産のなかに墜道1つがある。関西鉄道に当たるなら・・・今度は中ノ島か・・・。

近い内に六甲山OFFでもしますか。それまでに土木図書館のライブラリが復活してくれてるといいのだが。

[独言] 嗅覚

画像の説明足は弱っても嗅覚だけは。May the force be with them.

[独言] ネタはある。時間がない。

てもちのネタがある時は上機嫌で、ないときは不機嫌になるという、とてもわかりやすいnagajis。どうせすぐに枯渇するんだろうけどな。うひ。

[奇妙なポテンシャル] #100

先日郵便局で貰ったクーポン集を何気なく見ていたら、ちょっとそれはどうかと思うものが載っていて、引っ掛かった。

画像の説明最終ページが見開きで某リサイクルショップの広告になっている。そんなものが載っていることの是非はこの際問わない。ともかくよくありがちな、金・プラチナ買い取りますの例が16も示されている。

画像の説明最初の数例は何ということもない。コイン。切れたネックレス。片方だけのピアス。サイズの合わないリング。金・プラチナといった時にすぐ思い付き、持て余していることもあるだろう品々である。

問題は、最終段右から二つ目の例だ。

画像の説明掃除したら出てきた
何か分からない貴金属

部屋の掃除をしたら何だか訳の分からない貴金属が現れる、という状況がちょっと想像つかない。よほど裕福な家庭か炭焼き小五郎の庭でなければあり得ないのではないか。確かに写真の貴金属(特に右側)は何だかわからなさ紛々の形状をしていて、こういう遣る瀬ない金具がよく転がっている我が部屋から見ればわずかばかりの親近感があるものの、しかしそれが貴金属である可能性は万分の一もないと断言できる。

「金・プラチナ買い取ります」と銘打っておきながら貴金属とぼやかす辺りにも一抹の怪しさが漂う。貴金属ならば何でも買い取ってくれるのか。貴金属だと解っても成分が何なのかわからないとか、そういうことか。RhやPd、いやそれどころかLaCePr辺りの放射性元素レアメタルでもいいはずだ。メタル食品のインドカレールー(大)甘口などはレアの極みであるから買い取って貰わねばなるまい。そういうものが部屋の墨に転がっている状況もまた想像しづらいが。


どうでもいいことだが、原子炉(軽水炉)の燃料棒被覆に使われるのはZrの酸化物である。融点が高く耐腐食性があり中性子の吸収断面積も比較的小さいゆえに使われる魔法の素材である。このZrの高純度のものはプラチナどころの高価さではなく、それを結婚指輪にしてフィアンセに贈った炉工学者がかつていたという。特にオチはない。


2011-04-12 この日を編集

[奇妙なポテンシャル] #231

末端価格、という言葉が気になる。

覚醒剤の密輸の摘発とかでよく聞く言葉である。正しい定義を知らないが、文字から判断すればヤクの販売価格、要するに「この値段で売ってるよ(買えるよ)」ということだろうと思う。原価にもろもろの手数料だとか利益だとかショバ代だとかが加算されて末端価格になるのだろう。

ということは、店で売っているものはすべて末端価格と呼んで差し支えないのではないか。私たちはキャベツやニンジンあるいはねるねるねるねも末端価格で購入しているのではないか。よほど問屋に知り合いがいるとか自家製自家販売とかいう限りでない限りは。世の中全て末端価格なのである。

[廃道本] 決戦は今夜か?!

朝からORJやって眠かったりスルがここで落ちたら泣けることになる.踏みとどれ! 何じゃそりゃ,踏みとどまれ>nagajis

[ORJ] 次号

「廃道をゆく3」と恵方巻きになる(∵まるかぶり)ことはわかっていたので,先週の始めくらいから隙をみて書き溜めておいた.わざと誤解を招く表現をするなら「シコシコ仕込んでおいた」というやつだ.TUKAさんがかかれない可能性も考えて沢庵記事(∵お茶を濁す)もつくっておいて,それは週末にpdf化を終えている.で,月曜日に本編が全了となって,それと同時並行でpdf化した.結果的にTUKAさんも記事をあげてくれたので3本+αになりそうな塩梅だ.これでも一応は状況を読んでいるのである(自画自賛.内容と質は問うなよ).

しかしもう12日だ.早過ぎる.

次々号は何を書こう….請取は完結してないが行ける状況にあるが了承を得てないが掛からんとネタがない気がする.「廃3」でずいぶんリークしてるので面白みが減ったし.いや,誰も気づかないからいいか.

他にかかれるとしたら安治川か……あ,木梶の軌道や内山鉄太郎軌道もあるのか.大津古谷とかモノレールとかも片付けておきたいな.まだやってんのかよ!と言われるくらいに引っ張ってみたい気もする>Odyssey.

そうそう,次々号は寄稿が一つ入る予定.それだけで安心できる気がするふしぎ.っておい,次号はもうGW明けなのかよ!

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]

_ 謎の元自衛官 [うちにも末端価格11万2千円/tの白い粉ありますよw 塩ですが・・・]

_ nagajis [自衛官さんの部屋に,1tの塩が山積みになっている光景を想像しました(汗]


2012-04-12 この日を編集

[絵葉書][橋梁] 茨城:海門橋

画像の説明

ごはんが炊けるまでの間の暇つぶし.三代目の海門橋.Wikipedaで手に入れた程度の浅知識によれば,昭和5年に完成し,昭和13年の洪水で流失したという.たった8年間しか機能しなかったわけで,そのわずかな間に作られた絵葉書だということになる.

意匠は結構面白い.ヴォールト+柱のRC開腹アーチで,側面の開腹部だけでなく橋軸直角方向の柱の間にもアーチを入れている.橋脚の辺りなどは丸い窓のようになっている.なんだか曲線の塊のような感じだ.ただその多用が即ち美になっているかというと,そうでもなさげ(だから「結構面白い」としか言えない).なぜだろう.アーチがヴォールトだからだろうか.リブにして,もっと透かして見えるようにしていたらどうだったろうか.

この意匠のせいであっさり壊れてしまったわけではないらしい.基礎杭の選定にミスがあって,洗掘でひっくり返ってしまったそうだ.

[コアダンプ] 要するに言葉あそびやん.

「絶対」なんてあり得ないからと書き直しを命じたというのは快哉だったんだが言葉遊びでしかない修正結果に鼻タレタ.

[絵葉書][橋梁] 栃木県:荒沢橋梁

画像の説明今度はカレーが冷めた….

不思議な形をした3ヒンジアーチ.『日本の近代土木遺産』を読んでこれでも3ヒンジ・アーチなのだなと知り,頭を悩ませた覚えがある.福島の秋元橋と同様,ガントリークレーンの梁を流用したんじゃないかとずっと思っているのだが,そういう興味を持っている人はいないらしい.だいいち箱ガーダーじゃないもんな.

この絵葉書は物凄く高かった印象がある.といっても高々500円もしなかったはずで(たぶん300えんだったと思う),その時買いたいものが既に何枚かあり,ついでに買うかやめるかでずいぶん悩んだせいだろう.買ったところで雑彩色だし,遠方だし.行ける可能性はあっても保証なんて蚤の爪垢ほどもないのだ.

[独言] 36年生きてきて会得したたった3つの知恵

カレーにリンゴを入れるときは煮立ったら一度火を止め5割方冷ましてから続きを作るとトロトロになる

カレーに豚バラ肉を入れるときは水から入れて弱火で煮るとトロ(ry

カレーに千切りキャベツを入れるととろ(ry

[奇妙なポテンシャル] #278

画像の説明この看板を見て

マエカブの悲劇

ということを考えた.株式会社地球環境を勉強しています!と地球環境を勉強しています!株式会社とでは前者のほうが恥ずかしさが増すに違いない.電話を取りたがらない新入社員が続出し社内SNSに五月病スレが乱立するに違いない.

そういうことでないことは百も承知している.(株)△□商事もしくは△□商事(株)が看板を下ろして「△□商事」だけ取ったのだろうということは百も承知している.だがその時にもマエカブは悲劇を齎す.マエカブは容赦なく悲劇を齎す.もしマエカブであったなら,もっとアキが詰められて,私のような頓珍勘違いをするやつが一層増えるに違いないからだ.

ふと,マエカブって英語で何というのだろうと思った.やはりhead-tailなのだろうか.動物に見立てたポジショニングに対し,日本語は「前」「後」という抽象を用いるのは,何かを表しているのだろうか.「前」「後」なら縦書き横書きどちらでも対応可だ.どちらが頭でどちらか尻尾かわからない蚯蚓のようなものを想像したりする事故も防げていい.縦書きのもののheadを想像し,人間を連想してしまい,そういや尻尾ないやんけ,と一人でがっくり来ることもない.


2013-04-12 この日を編集

[近遺調][] 奈良公園史

画像の説明

奈良公園も近代化遺産なのではないか。公園そのものがそうなのではないか。いや近代化遺産にすべきではないか。そんな持論を勝手にでっちあげ「奈良公園史」を取り寄せて勉強している。

県からもらった近代化遺産分類表には含まれていないし、公園そのものを建造物と言い張るのには無理があることは承知しているが、しかし奈良県は昔も今も観光で成り立ってきた県であり、その屋台骨を支えていたのが奈良公園だった。奈良に行って奈良公園へ行かなかった人はいないだろうし、鹿を思い浮かべない人もなかろう。その鹿だって明治時代に保護政策が取られたお陰で公園内を闊歩するようになった。いわば近代の産物なのだ。近代奈良の象徴なのだ。観光立県の来し方を語る上でも、公園制度の近代化を考える上でも奈良公園は外せないのではないか。そんなことを考え、なんとかしてねじ込む方策はないか策を練っている。信念ありきで物件を探そうというのはいささか本末転倒な気もしないでもないが、ともかくそんな理由で図書館通いの日々である(よその図書館から取り寄せたものなので持ち帰れない)。

公園が設定されたのは明治13年。境界設定だとか拡張だとか山林整備だとかは近代の事業。公園を維持管理するための費用は春日奥山の森林経営によった。そういうところは林業と不可分な事業である。森林は無理だとしても、その伐採のための林道や、林道を基に開設された春日奥山周遊道路(明治33年開削・昭和7年車道化)などは対象にしてもよからんや。後者などは大軌が観光バスを走らせた観光道路だ。観光自動車道としては比較的最初期のものではないか。開設にまつわるひと悶着も、保全と開発の狭間で揺れた奈良公園を象徴するエピソードといえる。

モノに限定せよというのであれば、公園施設として作られた亭屋がいくつか残っている。例えば八方亭。いまは江戸三の所有物になっているが、もとは明治35年に浅茅が原に建設された亭屋だった。鷺池の浮御堂も大正5年の建設という(が平成6年に全面改築されているらしい。しかし鷺池自体が明治41年の築造だ。公園に水辺景観を加える意味合いが込められていたこともわかっている)。月日亭とかもそうらしいが改修度合いまではわからぬ。県物産陳列所はあの通りだから放っておいてよい。

鹿の角切りが見られる「鹿苑」は昭和4年に建設された鉄筋コンクリート柵が今でも使われているはずだし、それ以前に鹿園があった場所には日本最初の万葉植物園が作られている。大仏殿の南東には春日野運動公園があって近畿屈指の近代的設備を備えていた。今はもうないけれど。

国宝制度は奈良県議会の建議によって始まったものだし、保存法にさきがけて名勝・天然記念物の保護を始めたのも奈良県。文化財保護に関してはそういう先進性を常に発揮してきた。古物の保存はいわゆる近代化とは逆行する観念かも知らぬが、そのお陰で今日の私たちが安全に・隅々まで・心行くまで鑑賞できる環境が整ったわけで、それはそれで歓迎すべき近代化の一側面なのではないだろうか。そういう先進性を近代化遺産にも発露してはもらえまいか。とかく奈良県に全国一律の近代化観念をあてはめるべきではない気がしている。

まあ、そんなこと考えたところで実行しなきゃあただの妄想で終わるんよ。そうしてそういう権限も持たない一調査員である。

そういや近代化遺産分類表には「在来工法補強」があるな。東大寺大仏殿の明治の改修なんてモロ該当するんじゃね。

[] 旧橋

基本に立ち帰って写真による紹介をメインに。つつがなく終了。ってきた気分になってもらえたらいいなあと思う。旧橋企画は小難しくなってはいけない。

[料理] ラーメンをくう

駅前の阪急そばが卵入りうどんを「スタミナうどん」と称して売っているのに倣ってスタミナラーメンを作り食う。今日もそれっきりである。食べるものがあるだけで幸せである。

[web] そろそろトップを直さねば

試案だけ作ってそのままになっている。要らんこと二部構成バージョンで作ったからな。すぐには反映できない。

主に左カラムの整理。最新号の強調。webコンテンツは下げた。左カラムにグレー帯を入れたのは最初のに戻った気がする。記事pickupも。

本日のツッコミ(全2件) [ツッコミを入れる]

_ yuta [最近食べ物ネタ多いですね(笑)]

_ nagajis [そりゃ、飢えてますから。]


2016-04-12 今回は短い この日を編集

[独言] T/O

同じ話を何度も何度も繰り返す老人、というステレオタイプがある。自分もやがてそうなるんだろうなあと思うし書く上では既にそれに陥っている。気がするどころの話でなく厳たる現実としてそう認識する。

人は自分の後先が短いと悟り始めるとそうなるものなのかも知れない。今まで経験してきたこと、考えたこと、が死によって一切空になることに対して焦り始める。自分の失敗を、同じ失敗をしてほしくないという思いから伝える。それがちゃんと伝達されたかどうか心許なく、だから繰り返し繰り返し、執拗に語るのかも知れない。仕事だとか何だとかで多少なりとも社会に関わり社会の一部を構成してきたという自負がある人ならなおさらかも知れぬ。年を取り社会を遠巻きに眺めることが多くなって疎外感を感じ始めると、社会に向かって自分の存在を主張し注意を惹くために喋る喋る喋るもしくは喋る而して喋るしかなくなるのかも知れぬ。側葉頭の劣化と機能不全と生物学的に捉えてもよいだろうがそれだとなんだか味気ない。

昔の人は老後の手慰みに文字を書いた。地域の歴史だとか言い伝えだとかを拾い集めて地誌を書いてみたり自らの生い立ちを文字にして書き残してみたり。文学を志す者や戯作者とかはともかく青年の頃からそういうことをしたという人はあまり聞かない。そうして決まって歴史書か自分史かであり結局は自分に関わる歴史を後世に残したいという思いからの行為であるようだ。

自分はまだ、伝えて置かなけばならないという義務感も、切迫した焦りも感じていない。ただ無為に書き続けていることには倦怠している。

倦んでいるくらいならまだましなんだと思うことにしている。

誰かに阿るようなことや人気取りのために書いてはいない。それを百獣南郷続けてきたことだけは誉めてやっていい。そういうのを突き詰めていけばどうなるか、はメイドの土産冥土の土産に確かめておきたい気がしている。人間が人生一つ無駄にして無駄な文章を書き続けていけばどうなるか。社会的な評価がではなく本人がどういう心象を得てどういう気分で死ねるか。

[独言] 日記と石と女の子

時おり思い出す、自分の中の最も古い記憶のひとつ。幼稚園にあがる前だったと思う。近所の子だったか母親の知り合いの子だったかはっきり覚えていないのだが、自分より年下の女の子と遊んでいて、

子「こないだ犬に噛まれた」

私「こないだっていつ?」

子「わかんない」

というようなやりとりをして、その返答に対して妙に憤慨した。3日前なのか4日前なのか、それとも一週間前なのか、はっきり答えてくれないことに苛立ちを感じたようだ。そこまではわかる。しかし継ぐ私は何を思ったか「日記を書けよ」と言い出した。日記を書いてればいつのことだったかわかるやんか。なぜ書かないか。力説した。そしてその辺にあった石を並べて、この石が3日前、これが4日前、とか何とか説明しだした。そんな私に女の子は感心しきりだったような気がするが、これは自分の都合のいいように改竄した記憶かも知れぬ。

ともかく、石を使って云々の場面はしかと覚えている。のだが、どう考えても内容が理論的じゃない。並べた石が日記がわりだというつもりだったのだろうか。そもそもそんなことを宣う自分が日記を書いていたわけではなかった。むしろ逆で、夏休みの宿題の絵日記だとかあさがお観察日記だとかは苦手な方だった。

感情と理論と解決方法がてんで噛み合っていないところは、この頃から変わっていないのかも知れない。

うん。そうか。そういう自己認識をするために果てしなく書き続けているのだな。


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